規制→特定産業従事者だけの損害ではなく、生活禁止の制限を受ける地域住民も被害を受ける→巨額原油輸入のコスト負担する国民一般・・ひいては原子力産業消滅(東芝苦境の遠因にもなっていると思われます)→将来の国防不安を兼ねます。
過大規制による被害・・原発に頼る地域経済の壊滅や広域避難命令による生活破壊が、一般(地域)住民〜周辺県→国民一般に直接目に見えるように拡大されたことによって、被害推定が大きければ大っkきい程よいと言う安易な基準ではなく、公平・合理的に決める必要があると分ってきたと思われます。
それまではフッ素規制で書いたように各種規制は、特定業者の損害だけだったので、一般国民は自分に関係のない他人事ごと・・厳しければ厳しい程自分にはよいことだと他者への配慮を欠いた安易・無責任に考えて来たに過ぎません。
一種のいじめられっ子探し同様で、国民の方はいじめっ子の権力を握った「自分がマスコミの標的にさえされなければ良い」と言う自己中心思想にならされてしまい、一方的洪水報道がのさばってしまったと思われます。
マスコミによる国民教育効果の恐ろしさです。
マスコミ・・週刊誌は次々と苛める対象を見つけると集中砲火を浴びせる・・原発事故と慰安婦騒動が世界規模になったところで・・国民全部がいじめられっ子になったところで、限界を露呈したように思われます。
ただし、被害想定基準設定はマスコミの影響を受けたとは言え,当時の国民の信任を受けた政治が決めたもの→「自己中心・・・社会全般への影響を無視することが良いことだ」と無責任思想を煽る政権を選んだ結果ですから、国民の自己責任でもあります。
マスコミと思想的一体化している民主党政権の場合、沖縄普天間基地問題迷走の原因を作った「少なくとも県外へ」と言う一方の立場だけの主張・・あるいはヤンバダムの中止決定と継続への方針転換など見れば分るように、全ての分野で多様な利害を有する当事者の存在を視野に一切入れていなかったことが分ります。
被害があれば「可哀相」と言う視点ばかりで加害者に対する過大請求・・必要以上の苦痛を与える運動になっていた基礎です。
事業仕分け時に公開された議論の粗雑さを見れば分かりますが、多様な意見を吸収する気持ちがない・一種のつるし上げ政治で、党が決めた一方の立場だけ推進し、矛盾調整努力を始めから問題にしないのが民主党政権でした。
利害調整の必要性を無視した一方的主張・・全体的政策整合性を無視する・・その場限りの政策が基本で収拾がつかなくなったことが直ぐに判明しましたが・・利害調整を一切しない政治家って、そもそも政治と言えるのかの疑問があります。
元々専制権力とはそう言うもので、専制権力の意向による不利益を受ける方は完全無視し、天安門事件を見れば分るように抵抗すれば戦車で踏みつぶして平然としているような政体です。
天安門事件は国際的評判が悪かったので、最近では戦車出動をやめて・・秘密警察の活用・香港まで出向いて本土へ連れ去るなど思想統制に精出しています。
民主党政権は、政権党になった以上は全国の統治をする必要がある・ある県で都合の良いことを言っておいて、他方の県で矛盾主張するような使い分けは許されません。
民主党は利害調整の重要性に重きを置いていない政党・・一方の主張だけで政治をすることが政権担当してすぐに国民に分りました。
その象徴的事件として諫早の水門開閉に関する無責任な対応を紹介しておきます。
諫早の水門を巡る2つの矛盾する裁判所の判断が両立するようになったのも、民主党政権が従来の政府意見を変えるならば、(政権が変わっても組織として連続性があります)従来の支援者に対する十分な説明をして和解に持ち込むべきであったし、裁判所判断に従うならば、上告して最高裁の判断を求めるしかなかった筈です。
控訴しない→形式的には裁判所の判断を尊重する振りをしながら,結果的に最高裁の判断を避けた姑息なやり方が収拾のつかない矛盾状態にしてしまったのです。
政治と言うものは、利害対立・・矛盾関係を止揚してより良い解決を目指す努力をするべきものですが、民主党は「これを一切しない・・する能力がないと言うのでは失礼かも知れません。
実は能力はある・・バカなのではなく、意図的に日本民族が国際進歩に伍して行くの妨害し、内部的には一方的主張することによって、民族内対立を煽る・・一体感破壊目的で運動している高等戦術だと解した方が合理的な感じです。
水門を「開けろ」と言う判決と「開けるな」と言う両立出来ない現実がどうなるかですが、この矛盾の結果、国は開けることも閉めることもできません・・他方で「◯◯するまで一日いくらの賠償金を払え」と言う付随命令(間接強制)がついているので、地元対立と国の賠償金支払だけが続く変な解決?を目指していたことが分ります。
これでは地元対立を半永久的に放置する・・煽りっぱなしになって、諫早の干拓事業をどのように解決するべきかの国民的展望がたちません。
対立を止揚した解決ならば地元の対立も収まり「雨降って地固まる」平和な社会になりますが、対立を煽りっぱなし・・日々賠償金をとられっぱなしでは・却ってしこりが長引きます。
乱暴な改革は良くない・・漸進的改革が日本民族の世界に誇る智恵ですが、それと矛盾した意見を煽るだけ煽って、相手の傷口に延々と塩を刷り込むような状態を固定するのとはちがいます。