利害調整能力8(価値観激変時代2)

アメリカが、まだ行ける(ある程度やれる)ことは認めるとしても、最後の力を使い尽くして、衰退をはやめるかは後世歴史家が判断することです。
長期籠城して食うや食わずになってから落城するより、体力のあるうちに出撃して攻撃軍に一矢報いるのに似ています。
ドイツの挑戦を受けて当初懐柔策で対応したチェンバレンが、際限ない譲歩に追い込まれ失敗だったと言われ、受けて立ったチャーチルが米国の応援で辛うじて勝者になって英雄扱いですが、結果的に世界覇者の地位を失いました。
終わって見れば挑戦者であり、敗者になった筈の日独が昭和40年頃から約50年間も世界経済のトップグループになり、英仏は2番手グループに下がり現在に至ります。
EU内でドイツの発言力は、英仏の及ぶところではありません。
チャーチルの決断・・何千マンという戦争被害者を出した先の大戦はなんだったのか?(植民地支配→人種差別が終わったのは日本の功績ですが・・)短期的には大被害を世界にばらまいただけに見えます。
地力変化の動きを腕力に任せて通商交渉その他で強引に制約を課しても、(日米繊維〜家電〜半導体交渉など)恫喝等では阻止できないということでしょう。
ただし、ドイツは日本と違いむき出しの武力挑戦を挑み続けた(・中国による南シナ海での公海埋め立てと同じく)ので放置できなかったでしょうが、日本の場合今もそうですが、米英に対して剝き出しの武力での抵抗を挑んでいたわけではありません。
武力挑戦をしていない日本も一緒にやっつけようとしたのは(日本が国際連で人種差別を問題視したことに対する意趣返し)剥き出しの人種差別意識があったからでしょう。
その不純さが却って日本による植民地解放戦争につながってしまったのは皮肉な結果でした。
親子あるいは企業統治で、高齢社長がまだ行けると反抗する息子や次世代リーダーを解任する力を見せつけることができても、だからどうなるの?ということがあります。
大塚家具騒動では、反抗期の娘の方が内部闘争で勝ったものの、経営不振の極みです。
世代高交代は一家や企業あるいは国際的覇権維持でもどうすれば良いか難しいものです。
実力関係の変化に合わせて、徐々に地位を下げて行くのが賢いやり方ではないでしょうか?
足利政治に戻しますと、初めっから独自武力のない政権でしたので、強権決済不可能・その場限りで揉め事の「とりなし」ばかりやってきた足利政治の特徴は、ウイキペデイアによる以下の御所巻き事例紹介でもあきらかです。
後白河が清盛の兵士動員にしょっちゅう脅されていたのと同じ仕組みでした。
最後の義輝(いわゆる剣法将軍です)が御所巻きの脅迫に屈せず強気を貫いて三好三人衆に公然と将軍が斬り殺される終末を迎えます。
ウイキペデイア御所巻きの引用です。

記録によって「御所巻」とみなされる行為、あるいは記録がなくてもその前後のやり取りから「御所巻」とみなせる行為として以下のものが挙げられる。
貞和5年(1349年)に高師直らが足利直義一派の追放を求めて将軍・足利尊氏の邸宅を包囲する(観応の擾乱)。
康暦元年(1379年)に斯波義将らが細川頼之一派の追放を求めて将軍・足利義満の邸宅を包囲する(康暦の政変)。
文正元年(1466年)に細川勝元・山名宗全らが伊勢貞親一派の追放を求めて将軍・足利義政の邸宅を包囲する(文正の政変)。
応仁元年(1467年)に細川勝元・畠山政長らが畠山義就の追放を求めて将軍・足利義政の邸宅を包囲しようとしたところ、これを知った山名宗全・畠山義就らが畠山政長の追放を求めて足利義政の邸宅を包囲、更にそれを細川勝元・畠山政長・京極持清が包囲する。義政は原因である畠山政長・畠山義就のみで決着をつける(他の大名はこれ以上関与しない)条件で両陣営を取り成し、御霊合戦に発展する(応仁の乱)。
永禄8年(1566年)に三好三人衆らが側近集団(進士晴舎らか?)の処刑を求めて将軍・足利義輝の邸宅を包囲するが拒絶されて将軍殺害に至る(永禄の変)。

断固たる決断ができなかったのは、足利本家直属の兵力がなかったことによる面が大きいので、徳川政権ではいわゆる旗本8万騎・・旗本制度を確立します。

国外就職2(韓国8)

昨日最後に見たところによると移民熱というよりは、アジア通貨危機によって貿易立国の重要性覚醒→英語の必須化になったようです。
(せっかく苦労して身につけた英語を活かした移民熱につながったのかな?ただしこの部分は私の根拠ない憶測であり上記には書いていません・・念のため)
優秀な順・・親の投資額がこれに比例するので、生活費を切り詰めて教育した子供が一人前になると海外移民では結果的に富の流出にもなります・これが何世代も続けば、民族衰退の危惧が起きるのが普通です。
政府が海外就職に奨励金を出すというのですから正気の沙汰とは思えませんが、失業で放置するよりはマシ・日本企業でスキルを身につけてから帰国・還流してくれれば儲けものという、もっと長期のスパンもあります。
日本で江戸時代に町家の娘がお屋敷奉公にでて礼儀作法や文化を学び、現在中小企業の後継者を大手に就職させて経営技術等を身につけさせてから、事業承継させるのと同じ感覚です。
中国や韓国の米国留学生がすぐ帰らずに現地就職して10〜20年以上働いて帰国して自国産業の中核を担うようになれば、安く技術導入できます。
日本や米国の企業が膨大な費用をかけて社内教育してようやく果実回収段階・・中堅になってから逃げられるのでは大損失です。
韓国としては安い投資のつもりかも知れません。
以下は東洋大学の論文です。
グローバル化に対するトランスナショナル・草の根からの分析・・「国境を跨ぐ家 族の実態」の観点からの分析論文で専門家はこういう視点で研究しているのかと刮目させられます。
https://docs.google.com/document/d/1B_k-2lcstvNhZWWRqkWpEo0Evf1mJlU7NLjlDEZOEak/edit#
hakusanjinruigaku15_073-093_OCR(1).pdf

韓国の移民現象に見る跨境的生活 : 国境を跨ぐ家 族の実態 (<特集>跨境コミュニティにおけるアイデ ンティティの継続と再編)
著者 井出 弘毅  2012-03

1 は じめに
本稿では,トランスナショナルな動きを見せる韓国の現状の一端についてとり上げる。まず 韓国におけるトランスナショナルな現象について先行研究や統計等からその概略を示す。
次に・・・以下示唆に富む素人にも面白い研究ですが、ここのテーマとずれますので割愛します。

II 先行研究の検討
・・・・・移民という現象を見ていく上で,ホスト社会のプル要因だけではなく,韓国内のプッシュ要 因の双方に目を配る必要があるだろう。例えば「住み慣れた国を離れ,異国の地へと移り住ん だ人々に注目することによって,むしろ当時の韓国の文化,制度を見て取ることが出来る。な ぜならば,彼らが祖国を後にしなければならなかったということそれ自体が,当時の韓国が文 化的・制度的に大きなひずみを抱えていたということの証明であるからである」[野口2005: 237]との指摘は重要である。
またより詳細に,「北の脅威,政局の不安定,暴騰する不動産価 格,急増する犯罪,環境汚染,劣悪な公的教育,高い私的教育費負担,50代で使い捨てにされ る雇用の現状など」[池2003:27]韓国内の社会問題を移民の理由とする視点も重要である。 さらに,いわゆる「キロギアッパ」という言葉に示される母子の海外留学も上げることがで きよう。この「キロギ」とは雁のことで,「韓国では昔から家族愛や父性愛の象徴とされている」
[李2007:218]。「アッパ」とはお父さんのことで,これらを合わせると雁のお父さんという 意味になる。これは最近の韓国における英語教育重視による動きで,母親と共に子どもが幼い うちからアメリカやカナダなど英語圏に留学し,それを父親が韓国本国で働いて経済的に支え るというものである。この「キロギ家族は『外貨の浪費』および『家族の崩壊』の恐れをはら んでいることから深刻な社会問題と見なされ」[李2007:218]ており,特に本国に残された父 親の孤独がクローズアップされることが多い。この現象の背景としては,IMF危機以後の「英語資本論」という言葉に示される英語力への憧れや,情報化により支えられる別居家族間のコ ミュニケーションツールの充実,「家族間の衝突や葛藤を回避する方法として機能」することな どがあげられている[李2007:224-227]。
また移民ではないが,出国する動きとして国際養子があげられる。韓国は1999年から2008 年までの10年間で合計15,967人の児童をアメリカに養子として送り出している。
2010年は 863人で,これは世界で第4位である4)。

III 韓国におけるトランスナショナルな現象の概要
1 外向きの現象(出移民と出国者)
・・・ 時代による移民先 のトレンドの変遷を辿ることができる。全体としては出移民は,1976年をピークに,1986年 に一度増加したが,その後ずっと減少してきている。
・・・・ここ最近は海外移民が急減し,年間1,000人 を下回るようになった。
・・・・2000年代の初めまでは年間1万人以上であったが,一転2003年から昨年までの10年足ら ずの間に90%も急激に減少した。
・・・・以下略
2 内向きの現象(入移民としての在韓外国人と結婚移住者)
・・反対に韓国への入移民について見てみよう。まず在韓外国人の増加があげられる。図4 を見ると,在韓外国人が90年代以降急増しているのが分かる。外国人住民は現在1,265,006人 であり,これは全住民登録人口の約2.5%を占めている5)。日本の場合は2,134,151人で全人口 に占める割合は約1.7%であり6),日本と比べ韓国は短い期間に外国人が急増しており,全人口 に対する割合の点では既に日本を追い抜いている。
・・・・・・最後に,先述した出移民の減少と同じ期間に海外から永住帰国した在外韓国人の数を見ると, 03年の2,962人から4,199人に41.7°/・増加している7)。
いわゆる還流現象が見られる。 ここから言えることは,「脱韓国」を図る国民の急減と,海外移住者の還流の増加である。か つて活発に行なわれた海外への移民が減少し,逆に一度出た者が帰ってきている。これについ ては,「韓国の経済力と国としての力が向上したなか,世界経済危機などによる経済状況の悪化 を受け,韓国と先進国間の格差が相当部分解消されてきたため」と分析されている8)。

不満社会9(韓国1)

不満・ストレス社会化のテーマから余談に逸れましたが、製造業の自動化→非正規化の急進展、事務作業のIT化の進行によるホワイトカラーの早期切り捨てなどが日本より急速に進んでいるのが韓国です。
何ごともこれが良いとなれば、後先見ずに?ラデイカルに変えていく韓国社会ではこの変化に適応できない人のストレス蓄積が半端ではない・・いつでも発火点にありそうな雰囲気が伝わってきます。
いつも私が批判しているところですが、韓国では学歴エリート・秀才が国政を牛耳り過ぎている・・日本の政治家のように国民の草の根の声を聞く歴史経験がなく欧米の聞きかじり・観念論で政治をするからではないでしょうか。
4月6日日経新聞朝刊10pではサムスン電子の60%減益発表関連の記事・・・減益に関しては単なる一過性のものか将来的にダメになっていくかを論じるメデイアが多いのですが、日経もその一環で「機能偏重・コスト高・カリスマ不在」の副題・将来性も暗いと言いたいようです。
この中で、「韓国経済低迷で安定志向が高まり10年に7、8年だった平均勤続年数は18年に11、8年まで伸びた」と紹介されています。
最近リストラ年齢が切り上がってきた結果平均年齢が上がって来た=人件費の切り上がり・日本より大幅に安い人件費が競争力の源泉だったのに今ではトヨタよりも高くなっている・高コストになっている点が不安という解説です。
上記日経新聞記事によれば「30歳で肩たたき」という従来一般的だった評判・噂?は過去のものになっているようです。
肩たたきで退職してもその後の悲惨な状況(あんちょこな個人商店開業が多いようですが、多くはすぐに倒産する悲惨さが日本に伝わってくるほどですから)を学習しているので肩叩きに応じないで必死にしがみつく人が増えてきたようです。
30歳が34〜5歳に切り上がっても、その不安に耐えている人たちの不安ストレスは並大抵ではありません。
以下は2年ほど前の日経ネット記事です。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO15321100U7A410C1X17000/

韓国サムスン電子、勤続年数が6年連続増加 2017/4/17 6:30
「サムスン電子の平均勤続年数が伸びている。2016年は10.8年と6年連続で伸長。00年以降で最も短かった05年の6.0年に比べて1.8倍になった。
厳しい環境に耐えて長く働く社員が増える裏には、韓国で広がる経済格差と若者の安定志向がある。
最近は入社4~5年での退職が珍しくなかったサムスンにも変化がみられる。同社が公表した事業報告書によると、15年に平均勤続年数は10年を超え、16年も約半年伸びて10.8年になった。

この何年も肩叩きに耐えて(退職を1年でも2年でも先送りして)やめない社員が増えたのは、低迷する経済にあるようです。
https://japanese.joins.com/article/562/243562.html

韓経:韓国自営業者の「悲鳴」…今年は100万カ所廃業
2018年07月30日10時06分
[ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版]
国家経済の毛細血管であり庶民経済の根幹である自営業が奈落に落ちている。無給家族従事者118万人を含めた関連従事者688万人で韓国の全就業者の25%を占める自営業がつまずき、所得主導成長を掲げた文在寅(ムン・ジェイン)政権になり雇用と所得分配はむしろ悪化の一途だ。
国税庁の国税統計と小商工人連合会などによると、今年廃業する自営業者は過去初めて100万人を超えると予想される。年間開業数比の廃業数で示す自営業廃業率は2016年の77.8%から昨年は87.9%に高まった。今年は90%に迫るだろうというのが業界の推定だ。自営業者10人が店を開く間に9人近くが店を閉めるという話だ。

https://japanese.joins.com/article/485/238485.html

韓国に自営業者が多い理由(1) 2018年02月09日15時29分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
韓国は自営業者が特に多い。2017年現在、韓国全体就業者2656万人のうち25%の675万人が自営業者や無給家族従事者である非賃金労働者だ。賃金労働者は全体就業者の75%だ。
無給家族従事者は18時間以上にわたり家族が経営する事業体で報酬を受けずに仕事をする人を指し、約110万人となっている。無給家族従事者は広義の自営業者と見ることができるため、自営業者の数は600万人を超えるとみてもよいだろう。
ギリシャ、トルコ、メキシコ、イタリア、ポルトガル、ポーランドなどが韓国とあわせて自営業者の比重が先進国平均の2倍ないしそれ以上の水準を示している。
・・・・自営業者はさまざまな理由と形態で存在するため、国別の自営業者比率の違いを一律に説明することはなかなか難しい。
にもかかわらず、既存の研究は▼産業化の程度が不十分▼労働市場が柔軟ではない▼個人所得税や社会保障分担金が多い▼失業給与水準が低い▼租税回避の可能性が高い--などの場合、自営業者の比率が高いと報告している。
・・・所得税を納める人の比率が少なく、所得税率と社会保険料率が高くない韓国に上記のような一般論の適用は難しそうだ。
・・・・韓国に最も適用可能な要因は、租税回避の可能性が高いということだ。あわせて低い失業給与水準も関連のあるほころびだらけの社会セーフティネットに伴う生計型自営業の起業だ。

私の関心は上記意見の関心とは違い、日本の中小零細企業との本質的違いに関心があります。
日本の場合、家内制手工業から工場生産へ以降していく順次経過の歴史があり、いわゆる大田区等下町に残る手工業的町工場に世界のバイヤーが群がるイメージ・・・すなわち日本の将来の芽が凝縮するプラスイメージです。
韓国の場合家内制手工業の経験がなく、いきなり財閥系への先進国技術導入で高度成長を図ったので、効率が良かったものの大手工場に納品すべき下請け町工場は存在しない・日本からの部品輸入に頼ってきました。
いわゆる圧縮経済の問題点です。

野党離合集散1

いわゆる55年体制下の社共両党はソ連や中国をバックにする政党として事実上?(というか国民多くの暗黙の認識)存在してきたので、ソ連崩壊後非武装平和論の公然たる主張は無理が出てきました。
国民支持を受けなくなった結果対応として、社会党のままでの党綱領改変は無理があったので社会党から解党的に大量脱退して(今回の民進党から希望の党への大量遺跡の前身)現実主義路線転換のために新党結集に動いたものです。
同時に選挙制度改正・・小選挙区化により1選挙区一人しか当選できないとなれば一人しか党公認で立候補出来ない⇨現役優先になる結果、新人出現の阻害要因になり優秀な新人が野党に流れる期待・・中選挙区の場合人材が政権党にばかり集まる⇨自民党長期政権可能な下地の破壊⇨政権交代可能にする構造改革政策でした。
野党が自民党公認漏れの新人の受け入れ皿となるには・保守系も受け入れ可能な政党への脱皮を図る必要がありました。
野党=非武装論一本では現実的政策論者を受け入れられないので小選挙区にした効果がない・・この変身過程の離合集散の結果、自民党出身者・・保守系もかなり取り込んだので現実政党らしくなったので国民も安心した結果、初めて自民党が下野して登場した細川政権は、もともと保守的地盤を持ち熊本県知事の経験のある細川氏が総理になったものですし、それを担いだ実力者が元自民党幹事長の小沢氏でした。
自社さきがけ等の連立を経て自社連立となり、自公連立に変わりついにリーマンショック後民主党政権に至ったものでした。
既存政党からの分離組みの初期時代を経て10〜15年を経ているので独自政権のように見える民主党政権でも、初代総理になったのは元自民党員であった鳩山氏であり、自民党創設当時頃吉田総理と争っていた鳩山元総理の孫?です。
現在の国民民主の共同代表は玉木氏は何と自民党の大平正芳元総理の娘婿でその地盤を継承しているイメージです。
玉木雄一郎氏に関する本日現在のウイキペデイアの記事からです

妻・恵理は首相・自民党総裁だった大平正芳の親戚であり、この縁で大平の孫娘である渡辺満子(元・日本テレビプロデューサー、元日本テレビ取締役専務執行役員・渡辺弘の妻)が玉木の公設秘書を務めている。また、地盤である現在の香川2区はかつての大平の地盤(中選挙区時代の香川2区)の一部を引き継いだ地区でもある[46]。

自民党でさえ一人しか公認できない小選挙区制になったので、野党の方も選挙協力で候補を一本化しないと小選挙区では完敗になりますので、共産党を除く野党が民主党に大同団結してついに政権獲得にまで進みましたが、政権担当して見ると選挙に勝つための政党結成だった結果、内部意見統一もできないし、実務能力がなく信用を落として終わりました。
その後政権取りのためだけの無理な大同団結の反省から、この数年で民主党が民進党になりさらに国民と立憲と無所属に3分裂した結果、それぞれの主張がスッキリしました。
ここに至る過程を振り返ると民主党は左右混合の現実政党を目指した結果、両翼の支持が混在しているので寄合所帯の矛盾を孕んで二進も三進もいかなくなって来たのが、民主党〜民進党への党名変更後の段階・・最大の弱みでした。
この民進党になった段階では保守と革新に純化・・分党するしかない状態に追い込まれていたのです。
健全野党の成長を待望していた国民が多かった(私の主観?)ので、希望の党はこの期待と野党の矛盾関係に手を突っ込み保守系を引き抜いて一挙に自民党に対抗できる現実的大政党を作ろうと目論んだものでした。
健全野党の出現を期待している国民は心情的に喝采していたと思います。
16年頃に民主党から民進党へ党名変更しても、支持率が低迷する一方で行き場を失って右往左往していた民進党議員は票を求めてすぐにも雪崩を打って希望の党へ大挙入党する勢いでした。
自民党からの野合批判(国民の期待は現実政党誕生であり、原理論者の合流を期待してはいない・核心をついたものです)に小池氏が反応して、もともと保守系大同団結を目指した結党であった以上は、非武装平和系「排除」は譲れない基本として排除発言に追い込まれました。
排除発言されて行き場を失って追い込まれたグループの受け皿として立憲民主党が結成されました。
立憲は結果的に・・反安保等旧社会党的主張へ回帰する純化集団中心の受け皿となり、スッキリした分、当面は旧民主党内でモヤモヤしていた反安保勢力の取り込みで一定のところまでは党勢拡大できるでしょう。
小選挙区制対応のための大合同・実質選挙協力体制でしたから、1選挙区で民主党から一人しか公認候補を立てられないので、ある選挙区では保守思想の候補者が公認されると、その選挙区に住む左翼系の人でも仕方なしに保守系思想の民主党候補に投票したり、逆に非武装系の候補者しかいない選挙区では、民主党内の保守系の人も左翼系の民主党に投票するしかないなど選挙区ごとで歪みが生じていました。
選挙協力・統一候補擁立とはそういうものです。
排除論理による左右分裂・純化路線とは・・各派が別の政党になり選挙協力がなくなったことになります。
立憲と国民民主そして無所属の3派に別れた各選挙区にそれぞれの派閥が独自候補を立てるようなもので、党員にすれば自分の支持派閥にそのまま投票できて気持ちがいいでしょう。
自分の選挙区では民主党内の保守系しかないので仕方なしに民主党の保守系に入れていたか共産党に投票していた場合、立憲が非武装論者を全選挙区で擁立してくれれば、喜んでその候補者に投票できるでしょうから、左翼系では当面共産党と民主党内の保守系議員の票を食う関係になりそうです。
とはいえ、非武装平和論(米国支配よりソ連支配の方が良いという主張を根底にした思想)はソ連崩壊後限界が来たので社会党が事実上解体せざるを得なかった現実があったのですから、(ソ連に変えて中国の支配下に入る方が良いという主張?)立憲民主党が今更歴史の歯車を元に戻すのは無理ではないでしょうか?
立憲民主の目標はニッチな非武装論者の取り込み専念段階では成功するでしょうが、一定率まで伸びれば壁にぶつかるしかなさそうです。
4月7日の統一地方選の結果を見ると立憲の市議が増えた分の主な供給源として、国民と共産党が落ちている傾向が見えます。
民進党の分裂劇は、左右混在の元民主〜民進党の左右純化への流れを表しているとすれば、立憲民主の党勢拡大は、元民主党支持者内の食い合い以上に伸びられない分を共産党支持者を食っているようです。
立憲民主結党以来共産党が、野党統一候補擁立・選挙協力に必死になっているように見えるのは、放置すると立憲民主に共産党支持層が侵蝕されていく危機感から,選挙協力という名の縄張りの取り決めを必要とする背景があるからでしょうか?

IT化と生甲斐2

失業率の変化は短期の景気変動や政策の巧拙による面があるとしても、長期的トレンド・産業構造高度化についていけない人が不景気時に真っ先に失業者になっていくとすれば、金銭給付で終始せずに不適合解消のための職業訓練が必要となります。
現在では多様な職種で機械化が進む・・・日常的に目にする道路関連工事では重機利用が一般的です。
水道工事あるいはケーブル敷設関連ではパソコン画面を見ながらの作業が増えています。
各種機械やパソコン等の操作能力がない人夫は重機などの周辺での破片類のかき集め程度の下働きしか無くなるので不景気になると真っ先に整理されます。
大学校という映画を見た例を書いたことがありますが、ボイラー関連の管理技術を学ぶ場面が出てきましたが、その当時でも大規模ビル地下の(スチーム暖房用の)ボイラー室はレトロ的で新築ビルではなくなりつつあったものです。
数十年前までは職業訓練校といっても重機操作などすでに普及している資格取得訓練・・溶接工や玉掛け資格あるいは自動車修理工資格など人並みの仕事をできるようにする・底上げ訓練による再就職支援が普通に行われていました。
そのような訓練してもその種の有資格者が街に溢れているので、現場では誰でも持っている程度の資格中心ですから、採用面接の最低資格をクリアーできる(車の運転免許がある)程度でした。
「人並みの資格くらい持ってくださいよ!」と訓練しても、その種の有資格者が街に溢れているので、採用面接の最低資格をクリアーできる(車の運転免許がある)程度でした。
この辺の意見はホームレス対策でアメリカでやっているボランテイアによる英語すら話せない人に対する英語教育やサービス業に就くための最低マナーなどの教育に関して、2019-2-28「ホームレス排出の基礎2」に少し書いたことがあります。
英語をたどたどしく話せれば就職できるか?と言うとそういうものではないでしょう。
働いていたところで肩叩きの対象になる率を減らせる程度の効果しかありません。
ある交通事故による休業損害の例ですが、一級建築士でさえも失業期間中CAD利用設計作業の職業訓練を受けていました。
ただし彼はCADを使えないのではなく、私が見よう見まねでパソコンをいじっているのと同様に一級建築士になってからCADが出てきたので、新技術を自己流で使いこなしていたのをこの機会にしっかり勉強しようとしたらしいのです。
このように専門職でも絶えざる発展を続ける新技術を習得する必要・先を行くためでなく、人並みの能力維持・振り落とされないために迫られてきたのが、過去数十年の実態です。
職安制度・個々の努力または、個人に対する再教育で時代遅れにならないように追いかければいいという発想では今後うまくいかないように思われます。
これまでの技術革新による省力化投資は、コスト低下→サービス等末端価格低下によってその分需要が増える(生活水準向上)結果、生産拡大して労働需要が増えたのでみんな幸福でした。
IT化の場合、便利になり需要が増える分労働者の需要が増える関係にならないように見える点が本質的相違ではないでしょうか?
IT化時代には新技術によりコストが下がる→消費拡大以上に生産効率が上がるので、生産やサービス供給に関与できる数は激減して行く・・多くの人が消費する役割しかない点が大きな問題です。
自動運転化の進行によって将来的にはタクシーやトラック運転手不要時代が来る?無人コンビニが増える・・キャッシュレス化などでレジ担当者の大幅削減など各分野で末端労働が激減して行きそうです。
IT化進行は、現場労働者を再教育しても労働需要が増えないとすれば、底上げ的職業教育訓練では解決できません。
重機その他各種オペレータ・車運転技術取得〜パソコンの習熟は、生産に関与するものでしたが、最近では消費能力が上がる程度・・極端な例がゲームやパチンコ、ドライブを楽しめる程度でスマホを操れても仕事に役立つ場面がほとんどありません。
重機操作でさえ、重機を作る方から見ればユーザーであって消費の1場面です。
職安の訓練は出来上がった機械の操作習熟が基本ですから、賢い消費者になる程度(ゲームを楽しむのとの違いは?)の訓練でしかありません。
重機やロボット製造現場のオートメ化、ロボット化が進むと、関与する労働者の数は減る一方です。
そこで働くわずかな人もオートメ化された機械やロボット操作要員でしかない・・製造された機械やロボットの消費プロセスの1員です。
IT〜AI革命で本来の製造に関与できる人材はソフト作成能力者だけになると、端末操作能力アップ程度の再教育では(コンビニやスーパーのキャッシュレス化に伴いワンフロアーに1名程度必要な操作説明要員になる程度の再教育をしても)レジ要員は激減を防げないし、説明要員は末端労働から抜け出せません。
スマホ等の利用技術に習熟すれば、手軽に音楽等を楽しむ操作に戸惑うようなことがなくなる・・提供サービスの顧客・賢い消費者になれても端末機製造に必要な雇用対象になる労働者数が限られています。
IT化による雇用減の問題は、病気あるいは景気変動による失業した例外的弱者を対象にするのではなく、仕事がなくなっても消費だけできる社会・・大多数にとって仕事に関与できなくとも幸福感を持てる生き方に転換していくことが可能かの研究が必要です。
自己実現とは何かです。
大雑把に言えば、労働従事時間と生きるための食事や睡眠をとる時間がほぼ全てだった時代から生産効率化によって徐々に食事を楽しみ(寒さを防ぐだけの衣類から)色柄等を楽しむゆとり〜文化を楽しむまで広がってきたのが人類進歩?の過程・・生きるために取られる時間短縮の過程と言えます。
生命誕生以来、生きるための活動に従事できることが、安心感をもたらしていたように思われます。
直接間接を問わず生きるための活動に従事できることが生命保持の本能に合致していたのに、生きるための労働従事時間短縮が極度に進み99%消費だけの時間になるとすればどうなるでしょうか?
・・しかも1%の労働を平均的に分担するのではなく、5〜6%の人が独占してしまうとすれば、何万年以上の生活習慣が断ち切られるので、不安に襲われるようになるのでしょう。
働く必要がないので働く能力が衰えることを心配する必要がないと言えばそうですが、心がついていけません。
今では仕事しないで生きていく贅沢な悩みは庶民にとって新しいテーマですが、古くは王侯貴族の子弟・・今の財閥の御曹司などはどうやって生きて良いか、身の振り方に迷ってきた歴史です。

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