マスコミの信用失墜5(マスコミの節度)

中韓のあまりにもレベルの低い虚偽報道に反論するのもバカバカしいと高みの見物をしていると世界中の人が日本が悪いことをしていると誤解しかねないのが残念です。
誹謗中傷も短期間ならば、放置しても良いでしょうが、何十年も繰り返されて放っておくと世界中の人がそうかな?と誤解してしまいます。
企業が大金を投じて何故繰り返し広告するかと言うと、繰り返しの刷り込み効果が大きいこと知っているからです。
日本では「広告している会社はロクな技術がないから広告している・・そんなのに乗せられるのはバカだけだ」と言う人が多いですが、実際には宣伝どおり受け止める受動的なバカの方が世の中には多いのですから、広告業が成り立っています。
この辺は今後ネットの発達によって利口な人・・読み書き能力の高い日本が情報戦で有利に展開して行くだろうという意見を書く予定です。
中韓両国の虚偽教育も国内向け反日宣伝戦の一環でしたから、これに対しても「マトモな政治をする努力をしないでバカなことをしている」と放置していために、今や両国民の殆ど(40代半ば以降の若者)が日本に対する悪意の固まりになっています。
中韓両国が急に大人しくなった程度で(領海侵犯回数や告げ口外交が減ったが減った程度)では、反日教育をやめない限り首脳会談に応じない・経済協力しない等のきっぱりとした態度が必要です。
反日教育をやめさせない限り中韓両国は必要なときにすり寄って来るだけで、必要がなくなればいつでも反日がぶり返しますので、いつまで経っても本来の友好国にはなりません。
マスコミは中立であるべきだ=中立報道していると言う・・(日本人はルールが出来れば守る国民性です・・)善意・道徳律だけに頼る日本は、世界中に蔓延する反日虚偽報道に困惑するばかりで太刀打ち出来ません。
国際関係は虚偽宣伝戦でもあるという冷厳な事実を直視して、日本も国益を守るための国際宣伝は政府の方針に従って一丸となってやって行くべきでしょうか?
この辺は多種多様なな意見・方法があってもいいし、その方が健全で結果的にしなやかで強い社会になるようにも思えますので、言論の自由自体を縛るのは良くないでしょう。
マスコミは政府意見にも、どのような意見にも偏しないということは必須ですが、それとは別に国益を守ると言う1線だけは守るべきではないでしょうか?
勿論どのような報道が国益か国益に反するかは議論があり誰にも決められませんが、(少数意見の方が正しいこともあるので大事にしなければなりません)国益を守らなくて良いという意見自体は許されないと思います。
中立さえ守れば良いのではなく、そもそも特定意見を主張すべきではないという程度しか今は書けません。
意見と銘打って報道するならまだ良いのですが、中立と言いながら悲惨な状況ばかりを報じたらその社会の悪イメージが広がりますし、特定国賛美報道ばかりすればその国へのイメージが良くなります。
どこの国でも少しは良いところがあるし悪いところがあり,要は比率の問題です。
政治家の表情もいろいろあり、不機嫌そうな表情も自信に満ちた表情・不安そうな表情等々いろいろありますが、マスコミが意図的に嫌みそうな表情ばかりアップすればその政治家への攻撃になります。
うまく行っていることは極力報道しないで、うまく進まない場面ばかり報道するのもその政治家への攻撃になります。
一定の意図を持ってその一部を大げさに報道するのは、仮に事実であるとしてもマスコミの中立性を犯していることになるでしょう。
国際問題ばかりではなく、国内でもマスコミが自制心を失い(広告や接待等で)マスコミに食い込んでいる特定勢力の期待する方向へ中立を装って世論を誘導すると、マスコミしか情報源のない国民にとっては言論を統制して政府に都合の良い情報しか発信しない独裁権力者の君臨する社会と同じになってきます。
中韓両国はロビー活動や資金提供等で各国マスコミ(我が国マスコミはその主な対象です)に食い込んで反日宣伝に精出して来たのですが、ネット時代が来て誰もがナマの情報に接し易くなったことから、中韓寄り報道に徹して来ていた日本のマスコミの虚構性が白日の下に曝され、その信頼が足下から崩れ始めたのが昨今の情勢と言えるでしょうか?

友好国と行動基準5

中国や韓国が先進国や日本の市場・・商品売り込み先でしかなくて、せいぜい資本を受入れて技術導入や製品を買うばかりのときには「消費者は王様」とばかりに、無茶で一方的な主張をしていても売りたい・進出したい企業はその条件を受入れます。
中韓両国の企業も世界に進出するようになって欧米との真の競争関係になって来ると、世界ルールに反した無茶な要求が出来なくなります。
両国がこの段階になると漸く普通の大人の国になるべきでしょうが、韓国の場合日本以外を相手にしたことがない・・まだ初めての経験ですから、欧米では比較され易い日本に対する誹謗中傷で日本を貶める方法での競争しか思いつかないようです。
韓国が長年無茶を日本に言い、海外でも誹謗ばかりしているのは、日本が韓国から買うことがなく、技術や部品を売ったり教えるばかりだから・・韓国は恩を受けたり客の立場だから気楽なのです。
韓国も日本向けの製品輸出が増えれば、日本人に対して礼儀を守り気を使うようになるでしょう。
後進国は資本や先端技術導入をしたいのですが、これは飽くまで顧客の立場ですから競合関係にある似たような後進国との間での受け入れ条件の競争が気になるだけであって、顧客同士・後進国間の受け入れ競争さえクリア出来れば先進国に対しては言いたい放題の要求が出来る関係です。
韓国の場合、対日本では地理関係や歴史関係の結果、当時は他の資本導入に関する競合国が台湾くらいしかなかったので言いたい放題でやって来られました。
中国の場合は、遅れて参入した有利さ(周辺よりも無茶に賃金が安かった)と韓国やその他の新興国と違い市場規模が巨大なので他の資本受入れ希望国と比較にならないほど競争上有利だったので、資本進出国に対して横柄な態度・・文句あるなら来るな・・が可能だったのです。
購入規模を大きくすれば、仕入れ価格決定での主導権を握れるのでスーパーや量販店が巨大化を目指してきたのは、この原理を応用しているものです。
しかし仕入れ価格さえ安ければ、競争に勝つ安易な段階はいつまでも続きません。
仕入れの安さ・・下駄を履いていると、商品・製品工夫力が落ちて長期的には没落の道を歩みます。
アメリカなど資源国は、資源の安さに恵まれていることから、無駄を省く努力の必死さがなく、時間の経過で国際競争力が落ちます。
(アメリカ産業が凋落を続けているのは、アメリカ人の基本的能力が低いからだけではありません)
人件費が安ければ有利・・資源が安く手に入る有利さというのも、これに安住しているとホンの10〜20年もすればメッキがはがれるのが普通です。
格安人件費を売りにして来た中国は今や企業の脱出激増によって、ローエンド工場では失業者急増中と報じられていて中国政府は高度技術導入に必死です。
中国の場合巨大人口→巨大市場としての魅力を兼ね備えているので現地販売用の工業=車産業など工場の現地立地がまだ続きますし、日本のコンビニなどサービス業の進出がまだ見込まれています。
しかし、現地需要向けの工場が輸出向け工場に脱皮出来ることは滅多にあり得ません。
中国自身が需要地での生産を求めて工場誘致をしている以上は、自国の工場が輸出向け工場になるのは背理です。
まして民族資本でない多国籍企業の工場は、東南アジア等で中国に追っかけて需要が生じれば、同じようにミャンマーやインドネシア等での需要地での現地生産に踏み切るので、中国に設置した工場は原理的に国内需要を賄う限度に落ち着きます。
中国でいくつか台頭した民族資本自身も外国での活動をしようとすれば、後進国への生産移管を進めないと現地生産している多国籍企業と競争にならないので、多国籍企業と同じ行動をとっています。
韓国現代自動車で言えば、国際競争するにはまだ無理があるので国内の独占的地位を利用して国内で割高で売って得た(不当な)資金で海外で安く売る・・価格競争を仕掛けて日本と競争していました。
ウオン安を仕掛けたり電気料金をコスト以下に抑えて生産コスト・輸出競争を有利にしているのと同じやり方です。

友好国と行動基準3

日本は資源以外は輸出するばかりで輸入比率が低いことを書いている内にまた話題がそれました。
中国市場で日本とモロに競っている国においては,日中で険悪になればその隙に市場を奪えるので、当然日本の味方をするよりは中国へのゴマスリに傾きます。
資本関係で見れば、韓国の銀行は全部外国資本に握られていると言われているように実質的に欧米の金融資本を通じた植民地支配を受けています。
欧米の勢力圏にある韓国企業が浮揚する方が有利ですので、争いになれば韓国企業を日本より大事にするのは当然です。
仮定の話ですが、欧米人がトヨタの株よりも現代自動車の株を多くを持っている場合を考えれば、韓国の企業に競争で勝って欲しくなるのは当然の心理でしょう。
対中国でも同様で、欧米は対日本よりも中国へ多くの投資していますし、明治以降日本ではどんな企業が進出しても殆ど儲けられず撤退の連続で,外資が定着している分野は殆どありません。
ところが欧米資本も中国市場では儲けていますので、何かあると中国の肩を持って日本から中国市場を奪おうとするのは当然です。
(中国が損すると中国に投資している欧米の企業が困りますが、日本が損しても却って喜ぶだけです)
アメリカは戦後日本を直接支配し、日本独立後も事実上政治的には日本を支配してきましたが、経済面ではアメリカ資本が根付きませんでした。
折角占領政治をしたのに、経済的に大して旨味を得られませんでした。
この辺は、イラクやアフガンの占領でも多分似たような結果になるでしょう。
アメリカ人は腕力が強い・・人間が強い意味ではなく、豊富な資源力にものを言わせるだけで地道な努力に向いていないので、時間経過で結果的に地道な努力をする民族に負けるしかないのでしょう。

ココ数十年で言えば牛肉の市場開放を迫ってみたらオーストラリアの牛肉が入って来ただけで、アメリカの牛肉は参入に失敗しましたし、携帯電話の自由化を迫ったモトローラが敗退して国産携帯全盛になるなど、アメリカは全ての分野と言っていいほど日本市場参入に失敗しています。

戦後始めから見れば、アメリカ得意の自動車産業に始まり、アメリカ発のスーパーであれコンビニであれ、どの分野でも成功していません。
マスコミ報道では、日本に外資が入って来ないのは魅力がないからだと頻りに言いますが、日本に外資が入らないのはそれなりの理由があります。
日本は外資が入らなくとも金が余っていて外国へ投資している国・・企業は内部留保が巨額で有効利用出来ていないとマスコミでしょっ中批判されている状態です。
・・ですからあえて外資導入を必要としていないし、外資にとっても日本に投資してもこれまでの進出企業は失敗だらけで儲ける自信がないからです。
日本企業は強いので、国外競争で負けている外資が相手の本拠地に攻め込む勇気がないのは当然です。
車で言えば、クライスラーやGMが豊田市に工場進出するか?と言うことです。
我が国に外資がそれほど入って来ないのは、自主独立を守れているからに他ならず、新興国や資金不足国が、他の後進国と比べて外資導入競争に負けていると発展が遅れる心配があるのとは立場が違います。
この辺はペリーが幕末に日本に開国を迫ったものの、結果的に日本に経済進出・経済支配することに成功しなかったのと同じです。
日本は維新以降製鉄から造船・鉄道敷設まで何もかも自前でやってしまったばかりか、欧米の大事な中国市場を食い荒らす競争相手にまでになったことが、アメリカが口実を設けて日本をやっつけたくなった原因でした。
明治維新以降世界中で日本だけが欧米から独立していた(市場になっていなかった)ばかりか、競争相手になっていましたが、この関係は戦後も変わりません。
敗戦後日本の自主独立路線の成功とは逆に、東南アジアや中韓が経済的に欧米資本の傘下に多く入っていて、市場開放後の中国は、戦前同様に欧米の競争相手ではなく、草刈場・・市場争奪の的・・主要顧客になっています。

民意に基づく政治12(未熟社会とテロ5)

中韓では反日ならば何をしても良い・・犯罪にならないとなれば、そのうちに国内同士の争いでも気に入らない政敵がいれば、自分あるいは所属党派の考える正義のためならば、テロ・暗殺に走る障壁が軽くなって行くでしょう。
対外帳簿に不正がある企業あるいは北海道警察本部事件での簿外資金でもそうでしたが、企業内や組織で簿外処理が増えると関係者の私的使い込みも激しくなって来るのが普通です。
アラブ以外で現在暗殺が流行らないのは、宗教や人種対立に根ざした不満ではないからでしょうか?
フランス大革命時のジャコバン党に始まるテロも、元はと言えばカトリックによる新教徒へのテロに始まると言われてます。
中国では民族間対立も激しいようですが、それでもテロ・暗殺等に走らない様子ですから政府は安心して弾圧出来ます。
元々農業社会では集団行動が原則であるのに対して、アラブ等では個人プレーが原則という違いがあるからでしょうか?
指導者さえ暗殺すれば、相手の指導力が急激に落ちてしまう遊牧民の歴史に関係があるかも知れないという意見を12月1日に書きました。
政敵を葬るための暗殺は義挙でなんでもなく単なる殺人事件です。
集団間のテロの応酬も、正規軍の戦いではないと言うだけで一種の戦国状態・無秩序状態です。
戦国時代はそれぞれ領域があってその版図の取り合いですが、テロの応酬ははっきりした版図がなくお互いに出入り自由でイキナリ襲撃して殺し合うのですから、言わば暴力団の「出入り」に似ています。
テロの応酬はお互いに画然とした支配地域を持てない状態・・一定地域内ならば安全という場所を持てない状態です。
暗殺は指導者目当てが普通ですが、最近の自爆テロ等は、宗教施設やバザール等の庶民の集まりめがけて爆弾を仕掛けるのですから、集団抗争の一態様になっています。
国内対立による暗殺のスパイラル・・アラブ諸国やアフリカ諸国の部族間対立の手段になっているのでは、正義感での行動というよりは政治能力の未熟さにしか原因がないことになります。
韓国や中国の場合、身近に日本があるので内部対立を解決能力不足の回避策としての避雷針として反日を掲げて誤摩化すことが可能です。
反日ならばアメリカの覚えもいいし便利だったからです。
政治的対立による混乱が続く社会で、たまに強力な指導者が生まれて漸く乱世を統一しても、そうした政権は錯綜した勢力をつかねる能力に長けていても、平時の経済運営能力が低いのが普通です。
まして韓国では自分で乱世を統一したのではなく、日本敗戦→アメリカによる棚ぼたで政権獲得ですから、自力で統一した実績すらないのです。
「創業と守成いずれが難きか?」という問いが有名なように創業と守成は才能の方向性が違います。

貞観政要
貞観十年、太宗謂侍臣日、帝王之業、草創与守成孰難。
尚書左僕射房玄齢対日、天地草昧、群雄競起。攻破乃降、戦勝乃尅。由此言之、草創為難。
魏徴対日、帝王之起、必承衰乱、覆彼昏狡、百姓楽推、四海帰命。天授人与。乃不為難。然既得之後、志趣驕逸。百性欲静、而徭役不休。百姓凋残、而侈務不息。国之衰弊、恒由此起。以斯而言、守成則難。
太宗日、玄齢昔従我定天下、備嘗艱苦、出万死而遇一生。所以見草創之難也。魏徴与我安天下。慮生驕逸之端必践棄危亡之地。所以見守成之難也。今、草則之難既已往矣。守政之難者、当思与公等慎之。

権力奪取者はイスラム原理主義的思想あるいは共産主義思想で国内を縛ることは可能ですが、原理主義と(現在の経済思想を前提にする限りですが・・・)経済運営能力とは反比例的関係と思えます。

取締役の役割5(民意に基づく政治9)

1982年の三越事件のように社長が権限濫用して目に余る場合には、次の総会まで待てないのでこれをクーデター式に解任したということならば、それ自体を誰も驚きません。
(三越事件の場合は解任手続きに社会が驚いたのではなく、老舗三越の信用破壊になる大スキャンダル・・社長愛人が数万円で仕入れたイカサマ品を、三越のブランド力で数百万円だったか?で売っていたという不当商法が暴露されたのですから、その点で世間が驚きましたが・・・三越の信用が地に墜ちました)
当時我が家にもデパートの外商がしょっ中来ていて高価品の売り込みを受けている時代でしたから、身近な事件でした。
思えば温泉の水増し事件や数年前の高級料亭船場吉兆に始まり・・最近のホテルやデパートでの食材偽装事件の走りだったかも知れません。
昔から主君があまり駄目な場合、有力家臣が談合して主君を押し込めて別の主筋を擁立して君主になってもらうことは普通に行なわれていました。
(戦国時代では、武田信玄が父親を家臣と共同して駿河の今川家に追放したのは有名ですし、安定期にはいった江戸時代でもかなり行なわれていました)
会社法(会社法成立前の商法も原理は同じでした)の解任権の規定は、これに言わば法的根拠を与えたと見るべきだです。
今回は「殿の乱心」ではなく基本方針に関する意見相違でしかないのに、イキナリ解任までしてしまったので、(実質的ルール違反として)社会に与えた衝撃が大きかったと思われます。
話を浪花節的意見から戻しますと,川崎重工業の解任事件を見ると、取締役会議は議論尽くすことが法律上要請されていたのに、まだ議論の場になっていなかった・・成長していなかったまま現在に至っていた・・欧米流合議体にはなっていなかったと見るべきです。
そして社長解任に賛成した取締役が会議を法律どおりに議論の場にするために反対論を戦わせて否決したのならば正当性がありますが、その場合否決すれば足りるので、解任動議を出す必要がありません・・。
むしろ建設的議論が全く出来ないし、することが出来ない雰囲気・・だから解任というクー・デターしか出来ないところに、日本的な要素を見ることが出来ます。
ただし、解任事件直後に同社の株式相場が上がったので、株主利益を守るための行動だったと言う言い訳にはなるでしょうが・・・。
株価上昇により実質的株主総会の選任権への背信という批判も起きませんでした。
この辺で、取締役会の機能のテーマから、2013/07/19「民意に基づく政治7(リーダーと世話役の違い3)」民主主義の実現能力に戻って行きます。
我が国のように昔から草の根から吸い上げて行く民意に基づく政治をしたことのない社会・国が、「民主主義は良いぞ!」と言う宣伝に乗せられて独裁者を倒しても、倒した方(烏合の衆)に政治経験がない場合、結局は混沌するばかりになります。
我が国のように話し合いで決めてきた長い経験がないので、自由を手に入れてもどう活かして良いか分らず,多数派はごり押ししか出来ないし、少数派は結果的に不満が鬱積して直情的行動のスパイラル的増幅→テロ(後記のとおりこれは「テロ」ではなく暗殺と言うべきだと言う意見を書きますが、今のところマスコミ宣伝のとおり表現しています)の応酬になって社会が疲弊して行くリスクが高まります。
フランスが民主主義政体を知ってから、約1世紀半の混乱を経てド・ゴールの登場で第5共和制(大革命以来5回目の政体ということです)となって以来、漸く安定するようになれたのは、この間にジャコバンの恐怖政治とテロがあったのですが、ナポレオンによる軍政の確立・・その後は街頭行動による帝政打倒など陽性に発展したので際限のない国内テロあるいは暗殺の応酬までに発展しなかった面が大きいように思われます。
フランス統治下でもアルジェリアに関しては、まさにテロと弾圧の応酬でしたから、結局フランスは文字どおり収拾がつかなくなって(カフカ・・不条理の世界)これを切り離さざるを得なくなりました。
アラブ諸国やアフガンでは、テロ(正確には暗殺)に走る気質があって、これが際限のない憎悪を生み出してしまい、半永久的対立・・分裂の繰り返しになる可能性を孕んでいます。
一見テロリズム・暗殺がイスラム教徒の本質のように誤解され勝ちですが、イスラム教とテロとは本質的関連はないでしょう。
遊牧民族では、危機管理能力に優れた指導者一人の能力に大きく依存していることから、敵対している相手の指導者さえ狙撃・刀槍の時代には刺客が暗殺さえすれば、相手の集団戦力が激減し、四散してしまうことから、暗殺・刺客が有効な戦闘手段になっていた歴史があります。
古代から農業社会で来たエジプトでは、暗殺は主流的政治手段ではありません。

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