覇道の限界と日本の補完性3

幕末、井伊大老による安政の大獄〜桜田門外の変→政体的には諸候会議化した後→平行的第一次〜第二次長州征伐につながる武断政治の採用と失敗による撤収とその後始末の政局混乱に対応するのが、アメリカによるブッシュのイラク〜アフガン侵攻→事実上の失敗によるISIS台頭によるシリアの混迷です。
徳川将軍家が諸候や民間有志の意見を聞くようにすることと、テロ取締行為とは矛盾関係・・正義に反することではありません。
その意味では幕末当時も今も皇室に兵を向ける行為が許されることではない・・禁門の変に対する懲罰行為・・第一次長州征伐は大きなテロに対する反撃であって、言わば正義に反する兵ではありませんでした。
アメリカの第一次イラク戦争はだまし討ちのような感じですが、クエートに対するイラクの侵略に対するもので一応名目が立ちましたが,第二次イラク戦争は大量破壊兵器があると言う虚偽・言いがかりによるもので、正義の名目すらない100%不正な侵略行為でした。 
覇道政治とは言ってもある程度の正義・・大義名分が要請されているのですが、第二次イラク戦争は誰の目から見ても(石油資源枯渇論に慌てた石油資源略奪目的?)不正が明白な戦争であったことが・・現在の中東での混迷を招いた直接の原因です。
歴史上王朝末期の混乱の多くは、国力低下が混乱の始まりですが、今回の中東混迷は、世界1強のアメリカが腕力に任せて不正な戦争を仕掛けたことが切っ掛けで混乱が始まり、結果的にアメリカの国力低下があらわになって来たと言う逆の構図です。
ブッシュによる正義のないイラク〜アフガン侵攻作戦の事実上の失敗・・これによる国力疲弊を市場評価として明らかにしたのがリーマンショック事件でした。
この事件の結果、アメリカ・イギリスの虎の子である金融資本が大幅に毀損し,欧州諸国も大損害をしました。
独り日本だけが資本的に殆ど無傷でしたが、無傷であった分日本の超円高が続き結果的に日本も国際競争力が大幅に低下しましたが、競争力がないからの低下ではなく、競争力があるから円高になったのですから、競争力ある技術と資本力を持って海外展開したので、結果的にトヨタその他が世界企業として雄飛する下地になりました。
繰り返し書いて来たように円高は日本企業の海外展開コストを低くする応援団のような効果がありました。
昨年の国際収支を見ても海外収益・・所得収支の黒字が巨大になっています。

平成27年中 国際収支状況(速報)の概要
平成28年2月8日
        財務省
I 経常収支

金 額 前年比
貿易・サービス収支 ▲2兆2,062億円 +11兆2,755億円 (赤字幅縮小)
貿易収支 ▲6,434億円 +9兆7,582億円 (赤字幅縮小)
輸出 75兆1,773億円 +1兆 756億円 (+ 1.5%増加)
輸入 75兆8,207億円 ▲8兆6,826億円 (▲10.3%減少)
サービス収支 ▲1兆5,628億円 +1兆5,173億円 (赤字幅縮小)
第一次所得収支 20兆7,767億円 +2兆6,563億円 (黒字幅拡大)
第二次所得収支 ▲1兆9,292億円 +637億円 (赤字幅縮小)
経常収支 16兆6,413億円 +13兆9,955億円 (黒字幅拡大)
「経常収支」は、「貿易・サービス収支」が赤字幅を縮小し、「第一次所得収支」が黒字幅を拡大したこと等から、黒字幅を拡大した。

円高の結果貿易収支が赤字になっても、所得収支は上記のとおり巨大な黒字を稼いでいます・・この状態だとドンドン円高が進むのは仕方がないところです。
円高をバネにして海外雄飛の糧にして来た・成功して来たことが分ります。
リーマンショックで世界経済停滞・縮小時の受け皿に役になったのが中国で、4兆元の巨大国内投資で世界経済(需要)縮小危機を吸収した功績は多とすべきですが、威張り過ぎたので、マイナス効果になってしまいました。
受け皿としての巨大輸入によって資源輸出国等への発言力を拡大したのが、現在の中国の姿です。
需要を無視した巨大投資がいつまでも続く訳がないので、国内過大投資の副作用によって今や中国が青息吐息になっているのは周知のとおりですが、リーマンショック後4〜5年間、中国の爆買いが日の出の勢いのように見えたことが中国の態度を大きくしてしまい、世界を敵に回すほどの傍若無人ぶり・厄介者になってきました。
上記のように臨時に大食らい競争に参加した程度で、買い付け出来なくなるとおしまいになる・・中国経済はまだまだひょろひょろっと背が伸びただけのような弱い存在です。
臨時的4兆元の国内過大投資のひずみが数年前から出て来たことによって、(不良在庫の増加→バブル崩壊)国内政治・経済が行き詰まって来たことによって、政権は国内危機の高まりに比例して、対外冒険主義に走るしかない→対外的にも追いつめられているのが中国の現状です。
対外的には新常態の成長と発表していますが、昨年夏の株式の大暴落と年初来の大暴落・外貨準備の急減等の市場判定は、誤摩化すことの出来ない実態を表しています。
内部が苦しいだけでも大変なのに、対外冒険主義の実行(南沙諸島での埋め立て強行など)によってより無駄な出費が増える・・しかも周辺から嫌われるなど悪いこと尽くめです。
上記のとおりアメリカが正義なき戦争で信用を落としたところで,カウンター勢力としての中国の(ヤミクモな?)台頭によって、アメリカ1強時代が終わり中長期的に相対的強国に立場が弱くなって行く方向性が明らかになりました。
腕力剥き出しの対中競争が始まり、他方で、ロシアがクリミヤ・ウクライナに剥き出しの武力で侵攻しても、アメリカが圧倒的戦力による押し返しが出来なくなった以上は、部分的に正義の基準に従う方向へ舵を切り替えて国際優位性を保つしかなくなったのが、近年の国際政治混迷の原因です。

覇道の限界と日本の補完性2

15年5月13日の中段あたりから中韓バブルに話がそれていましたが、ここから世界中が日本の政治(対等者間で合議して決めて行く)技術や各種技術の「補完」に頼る現状を書きかけていたコラムに戻ります。
米中ロの覇道政治の限界・・May 4 2015「覇道と日本の補完性1」の続きです。
以下特に断らない限り「日本の補完性」テーマのコラムは、昨年5月ころに書いてあった原稿を基礎にしたものとご理解下さい。
日本マスコミ各社は安倍総理の訪米前には、「先の大戦に対する謝罪のベンを述べるかが問われる」としきりに世論誘導していました。
安倍総理の謝り方がはっきりしない場合とか演説次第では如何にしてケチをつけるか手ぐすね引いているかのような報道ぶりでした。
戦後70年の節目を強調してどのように謝罪するかばかり焦点を当てていたのがマスコミです。
戦後秩序重視・・60年節目、65年の節目と称していつも日本の「悪事」の再確認を求めて以前に比べて少しでもニュアンスが後退していないかに目を光らせて来たのがマスコミです。
中韓とその意を受けたマスコミは、いつまでも過去思考で日本を追い込むことが利益ですが・・。
覇道に頼る点では、中国もロシア(これに追従する韓国)も同じですが・・世界中で覇道支配がうまく行かなくなったアメリカが、今回(この基礎原稿は15年5月初め安倍訪米直前のものです)アメリカ訪問した安倍総理に対して、上下両院での合同演説(・・戦後日本の総理としては初めての名誉だと言う触れ込み)させてやるから、日本を旧敵国と言い「どんな謝り方をするのだ」と条件を付けるどころではなかった筈です。
極論すれば先の大戦に付いて「明白な謝罪の言葉を貰いたいのは日本の方です」と言う時代が目の前に迫っています。
(この時点の原稿では上記のとおり過去志向で謝るかどうかではなく、(アメリカは謝ってもらうより協力を必要としているので)前向きにアメリカに対する協力姿勢を示せば良いと言うスタンスで書いていました)
維新後榎本武揚など有能な旧幕臣を使おうとしたときに、あいつは旧幕臣だと誹謗し続けるひとがいたとすれば能力競争に負ける人材の方でしょう。
人種差別や学歴などをひけらかす人も同じ傾向です。
世界中の紛争地でアメリカの推進する構想は・・元々覇権主義・・正義の基準がなく、自国の都合で・「戦略的に」いろんな勢力を利用するだけ利用してはポイ捨ての歴史でしたから、(テロ組織アルカイダはアメリカが対ソ連用に訓練していたのが不要になったと切り捨てたものが育ったと言われています)結果的に双方から信頼を失う・・全てうまく行っていません。
この数ヶ月〜半年間(昨年5月基準)に韓国主張には都合の悪い慰安婦関連データや報告書がアメリカから頻りに出るようになってきました。
日本にとっては有り難いことですが、アメリカは戦争終結時・・日本軍解体時に一緒にいた慰安婦に関する聞き取り調査したデータがあるのに、(韓国の虚偽主張を黙認して日本を困らせるために)これまで隠蔽して来たことになります。
こう言うご都合的やり方が多過ぎて、アメリカは世界中の紛争地で信用を失い不信感を持たれるようになって来たのです。
この辺で割り込みで書いておきますが、アメリカ外交のふらつきはオバマ個人の責任と言うよりは、アメリカがは国力低下でどうだけ名どうにもならなくなったので、遅まきながらも一部でも王道政治に向けて手を付け始めざるを得なくなった客観状況にあります。
ロシア革命は、皇帝が世論に圧されて半端に(旧勢力を無視出来ないので、改革はいつもどこの国でも半端なものか始めるしかない)農奴解放をやったことが、致命傷になった例です。
日本でも、幕末に徳川家が井伊大老による専制的決断に無理が出て軌道修正・・諸候会議を招集しているうちに、収拾がつかなくなって、最後は小御所会議でのクーデターを経て明治維新になったのもその一例です。
覇道政治の場合、アメリカの意向だけソンタクし,アメリカに都合が言いように付き従っている国・・世界的にアメリカの御先棒担ぎをしていた国にとってはアメリカの意向に従えば良いので基準がはっきりしていて安心でした。
強者に従う・・正義の基準を度外視して邁進していたのが、中東ではイスラエルや革命前のイランパーレビ王制やサウジであり、アジアでは韓国であり、欧州ではイギリスだったでしょう。
ソ連崩壊後2番手に仏独や中国や首長国連合やエジプトであったでしょうし、3番手がその他日和見国と言う順でしょうか?
私が長年批判するように覇道政治や専制政治は武力・権力を基礎にしているだけで、正義の基準がないので、強い者の気持ちを押し測って周囲が行動するしかありません。
皇帝(権力者)に取り入って相手を蹴落とす術(権謀術数)に掛けては、(馬を鹿と言うほど極端な不正義でもトキの権力者の言うとおり賛同することが、中国高官の生き残り智恵として2000年間言い伝えられてきました・・バカの語源)専制政治の経験が長い中韓には得意の分野です。
覇道政治下の行動基準では正義の裏打ちが不要ですから、権力者の都合=戦略次第ですが・・アメリカや中国の戦略的思考に比べて日本には戦略思考がないとマスコミがいつも日本の政治家や経営者をバカにしていました。
マスコミ人は、中韓的価値観にどっぷり浸かっているので、権謀術数が良いと心底思っていたのでしょうが、日本人は古来から正義だけが行動基準で立身出世その他の邪な戦略で相手を騙したり陥れたりする気持ちがないし、正義に反して権力者にこびる発言・行動は卑しまれる社会ですから当然です。

失言パッシングと言論の自由2

民間企業の場合、国民が見ない→広告を出さないとなれば、経営が成り立たないので自然に営業現場から顧客の好みに合わせるしかなくなりますが、公共放送には民意反映・・市場淘汰の手段がありません。
国民無視の赤字経営が続けば公的団体でもいつかは解体するしかなくなる・・中国もそうなるのかな?世界中注視の段階に入っているのですが、NHkの場合、強制徴収制度・・一種の税金で成り立っているので、顧客減少は経営に全く関係がありません。
国鉄その他いろんな分野での民営化が必要とされる所以です。
旧国鉄の例で言えば、民営化前には従業員がやりたい放題のストやサボタージュを出来ていたのは国民の迷惑など関係のない仕組みだったからです。
普通の国の場合、国営・国有企業と言えば国策を貫徹するためのものですが、日本の場合国有・公共事業体には(独占的事業が多く)市場競争がないマイナス面だけ取り入れて、怠け者や偏った人材が浸透してしまえば、外部チェックの聞かない変な仕組みです。
日弁連も法律業務の独占事業体になっている弊害が指摘されるようになっていますので,人ごとではありません・・心すべきです。
日教組の場合、公教育中心時代には一種の独占事業体でしたが、その代わり巷に私塾が発達して来ましたし、マスコミ界も同じ思想基準でしか報道しない独占業界類似の状態(中韓支配の完成)になっていましたが、ネット発信の発達によって風穴が空いてきました。
中立でもないし、国の方針に反することを目的にする国営放送などはあっても,諸外国は、日本の方針かと誤解してしまう・・害があるだけですから解体すべきです。
事実を言うと失言として大騒ぎして口封じをするようになった歴史背景を考えて行きましょう。
戦後70年間もの長きにわたって、アメリカのでっち上げ歴史観に日本人多くが疑問を抱かずに来たように見えた原因は、アメリカ占領中の教育界とマスメディア支配の徹底とその置き土産によるところが大きかったでしょう。
サンフランシスコ講和条約が1951年9月ですから敗戦後11年間も軍事支配していたのですから、この間にアメリカ賞讃型(非)国民への入れ替えが教育界やマスコミ界で完了した・・その完了を待って、日本独立を認めたのかも知れません。
独立直後には、なお実際の歴史を知る日本人が多かったので、「アメリカが正義である・・」と言う教育には内心不満な人の方が多かったでしょうが、なお日本はアメリカの庇護がなければ独り立ち出来ないひ弱な状態でしたから誰も「ウソッ八だ間違っている!」と声を上げることが出来ない自主規制状態が更に何十年も続いて来たことになります。
アメリカは日本独立後露骨な検閲が出来なくなったので、影響力を保持するために教育界やマスメデイア界に自主規制や内部チェックするべき人材を残しておくことに重きを置いていたと思われます。
直接の検閲の代わりに、アメリカによる戦後秩序・・価値観批判をすれば、現在の失言批判同様のパッシング様式を採用して言論弾圧に励んで来て,・・最近でも、安倍総理就任初期には歴史修正主義者と言うレッテル貼りが盛んに行なわれたことを記憶している人が多いでしょう。
20年ほど前に或る委員会の視察旅行で一緒になった高齢委員(私より20歳くらい年長者だったので当然戦争に行った人だったと思います)の人と一夜飲酒して話し合ったことがありますが、高齢委員の今の教育に対する悲憤慷慨・・アメリカの言いなりの世の中を嘆いていましたが、わたしが、「そんなことは若い人でもみんな知っていますよ!今はアメリカ一強だから何も言えないだけですから、心配しなくていいですよ」と言うと、その先生は「若い人はそう言う考えなのか!」と多いに感激して安心した様子でした。
その方は、当時若かった私からその言葉を聞いて日本の将来にすごく安心した様子を今でも鮮明に思い出します。
今思い出すと、その方は日本の誇りを取り戻すために何一つ本当のことを言えない日本の将来を心から心配していたのでしょう。
今回の安倍総理に対する修正主義者批判が奏功しなかったのは、アメリカ自身の基礎体力低下とこれに反比例した日本国力上昇関係があります・・アメリカ退潮の空白の穴を埋めたのが在日系人材浸透でしょう。
アメリカの締め付け縮小の穴を埋めるようにいつの間にか在日系がマスコミ界に浸透して来て、今度は韓国に不利なことは一切言えない・少しでも言うと失言として大騒ぎになる時代が続きました。

マスコミの中立性5(環境大臣発言1)

ここで、今回問題になった環境大臣発言叩き・・パッシングの問題に入って行きます。
環境大臣発言はマスコミによれば、放射能許容基準値は政治的に決まったものであって、科学的記事根拠で決まったものでないと言うことがマスコミの逆鱗に触れたようです。
科学根拠がないと言う大臣発言は事実にあっているのに、それが、マスコミ界挙げてのパッシング対象になり、何故陳謝しなければならないかの疑問です。
真実でも嫌がる人の前で公言して良いかは別次元ですから、事実を公言するのは、政治的に得策かは別物であるものの、それは自民党や当の本人が反省すべきことであり、選挙民が考えることです。
自民党内で謝った方が得策かの判断をして環境大臣にアドバイスするかは別としてマスコミから謝れと責め立てられるのは筋違いです。
報道界が一方的に決めた基準に合わないからと言って(マスコミが勝手に民意を代表して?)「◯◯の発言は許されない」「土下座して謝るべき」とパッシング・・言わば袋叩きする資格はありません。
報道界としては「そんな発言は許されない」」「吊るし上げ」に加担し、如何にも大臣不適格・・辞任すべきことのように煽るのは。仮に地元選挙民の一部から委任を受けているにしてもその行為は、選挙民内の特定勢力の応援をしていることになります。
100%の選挙民が謝るべきだと考えているとは到底思えません。
その発言が特定選挙民の気に触るどうかは別として、中立を守るならば、特定者の代表することは許されないので少なくとも、客観事実してはこう言う決まり方ですと言う並列・冷静報道に徹すべきでした。
失言非難ばかりで、客観事実に合っているが、それをどう受けとるかは人次第だと言う客観報道を見かけません。
ところで、過去にマスコミが煽って来た失言騒動を見ると、事実に合っているときに大騒ぎになるのが不思議です。
マスコミは自分が虚偽報道に慣れているから、事実を言われるのが困るのでしょうか?
ところで、大前提として放射能基準に客観性がないと言う事実に即した発言が福島の人を何故侮辱することになるのか・・私によれば、むしろ根拠のない厳格設定では、却って福島の人たちが(風評被害などで)いつまでも故郷に戻れないし生き辛いのではないかと言う逆の印象です。
政府の根拠のない厳格基準では、福島だけなく、諸外国でも該当する地域が一杯あるやに聞いています。
何のために民主党政権が自然界にあるのと大差ないような基準を居住基準に決めたのか・・半永久的に福島には人が住めないようにしてしまおうと言う意図があったのでしょうか?
放射能基準に関しては福島原発事故当時のコラム「放射能の危険性2(管理区域)」March 28, 2011に連載したことがありますから、再論しませんが、各種規制基準は政治的圧力で決まることが圧倒的多数です。
まして大事故があるとこれに便乗する反対勢力の動きで、必要以上に厳格基準に振れ過ぎ易いのが普通です。
私は、数年間フッ素化合物の含有した住宅地の裁判をやってきましたが、フッ素規制基準も科学的根拠とは関係のない・・運動体の圧力次第と言う如何にもいい加減なものでした。
原発関係者・放射能を出す方には大事を取って「厳格基準で行動して欲しい」と言う願いは分りますが、被害を受ける居住者がその程度の基準を超えると本当に健康被害に遭うリスクがあるとして、日常生活を禁止されなければならないかは別問題です。
実害がないのに厳格基準を居住基準を強要すると福島の復興が容易ではありませんし、復興に向けた作業を禁止する合理性もありません。
このように見て行くと、マスコミ界がこぞって「客観的事実としては正しいと言うコメントが一切なくて)事実を言うと失言として大臣に対する批判一色なのは、福島の復興を遅れさせる目的があるかのような印象を受けます。
福島原発事故に大はしゃぎしていた韓国の陰をここでも感じる人が多いでしょう。
韓国では、一旦弱者となれば、感情反発万能で何をしても許される式の過激な行動が多いですが、日本でも弱者・被害者になればどんな感情反発も許されるとするかのようなマスコミの助長・煽りが多過ぎます。
ここ何十年かはやっている言葉狩り・・めくら、オシ、ツンボの使用自粛程度はまだマシと思っていたら、最近はドンドン広がる一方でしかも自粛どころか禁止用語になっていすが、これらも行き過ぎです。
日本ではマスコミがいくら被害感情を煽っても肝腎の被害者らの感情発言は滅多に見られませんが、(日本人は韓国人と違って冷静です)マスコミが勝手に「被害者にそんな発言が許されるのか」・・と言うパッシング・・一方的陳謝要求がいろんな事件で目立ち過ぎます。
弱者の代弁と言う僭称によって、本当の弱者が望んでもいない過激な追及をしたり、記者会見で陳謝要求するのってどこかおかしいと思いませんか?
マスコミ界には韓国系の人材が多い・・韓国や中国系がマスコミ支配のために人材を送り込んでいると言う噂・・私には真偽不明ですが、もしかしてそのとおりとすればこう言うところに民族性がにじみ出ているのかも知れません。

ダイジェスト報道4と正確(中立)性担保3

保険赤字の原因を正面から具体的に解説しないこと自体が一定の立場に偏っている自覚がないのでしょう・・(もしかして政府と意を通じて?故意に)高齢化と言う決まり文句で誤摩化しているように見えます。
最近政治がマスコミの思うようにならなくなってきたので、高齢者の投票率が高いのが原因と言う大宣伝で選挙権年齢を18歳に引き下げましたが、これなどもその一連の流れのような気がします。
マスコミ各社が、財源はどうでも良いからドンドン高額医療に対する保険適用を認めろと言う特定立場によっているから、コスト面を同時解説する必要性すら気が付かない視野狭窄に陥っているのではないでしょうか?
個別具体的議論・・難病に対する自己負担減や高度医療を保険に含めた場合の国民負担額増加などの議論の公開・・これらの詳細議論を分り易く国民に解説することこそがマスコミや周辺関係者の責務ではないでしょうか?
昨日のコラムで連日のように新規医療技術開発の紹介→新規保険適用が、如何にも良いこと尽くめのような記事が出ていると書きましたが、今日の日経夕刊5pにも、坂道を歩き易くするための義足開発が進んでいて、現在90万円の費用だが、現在保険適用認可申請中で認可されれば、4万円になると書いています。
このようにその気になって読んでいるとほぼ連日のように保険適用が期待される(のは、夢のように良いことのような)の紹介ばかりですが、(弱者救済だけではなく関連産業育成などのメリットがあることは確かですが・堂々と両方を書いた方が良いのです)コスト→保険料アップの方はさっぱり書いていません。
そうした具体的議論の解説があって、最新技術に対する保険適用を認める以上は、(業界育成分と個人の保険料アップ分の比率など・・目に見えるように議論を公開して議論した上で国民が納得したのならば、自己負担額が増えるのはイヤだとは言えない筈ですから、保険料の引き上げが簡単でしょうし、業界育成分の本質は医療関連産業育成の補助金ですから、税負担分があるのは当然であってこれを保険赤字とは言えないでしょう。
具体化すれば、最新機器や高度医療や新薬に保険適用を認めるとしても、自己負担率3割が5割に上がっても良いから使いたい人もいるでしょうから、負担率引き揚げとの抱き合わせ保険適用を認めるのが良いかなどの中間的ないろんな案も出てくるでしょう。
一律何割と言う決め方も無理がありませんか?
マスコミが「高齢化→保険赤字化進行・・」と言うムード宣伝で国民を思考停止させないで、個別具体的問題ごとに問題点を整理公開して国民一人一人が考えられるようなダイジェストデータ解説・・報道すべきです。
国民が判断し易いような資料作成を怠り、国民は愚昧・大衆意見など無視すれば良いと言うのは、(いろんな場面で言えますが、)保険赤字を例にすれば、超高額医療が保険適用になり、負担限度額を認めるのは患者には朗報ですが、その対として一般人のコスト負担があると言う両面理解能力がないことと、自己のダイジェスト能力不足を前提にしていませんか?
保険赤字に限らずいろんな場面で、必ず両面性を気にする姿勢がマスコミには必要です。
最近アメリカの大統領選を機に、トランプ氏に関するオポチュニスト論が盛んですが、具体的データ解説が乏しいと国民は情報不足のために煽動者の煽動に乗るしかありません・・仮に正常な民意と衆愚の区別が可能としても、国民レベルが低いからではなく、報道機関側の問題提起能力の結果、庶民を情報不足のままにしておくから、こう言う事態を引き起こすのです。
いわゆる風評被害など根本は皆同じです。
保険赤字の具体的内容については、審議会等では当然分野別(高度機器増加による分、高齢化による分、難病対策分・・生活保護などによる無償化分等々)資料が提出されて合理的な議論がされているのでしょうが、国民には全くこうした議論経過が見えません。
マスコミがこれを正確に伝えてもどうせ、(国民はバカだから?)国民には分らないだろうと言う前提で、正確に伝える努力・工夫を怠っているように見えます。
高齢化による赤字部分が皆無とは言いませんが、何でも高齢化に押し付けて終わり(思考停止)にしていないかの疑問で書いています。
マスコミ界の理解力不足の結果、(自分が理解していないと、分り易い説明が出来ません)ムード的な高齢化による医療費増加と言うスリかえ短絡的イメージがばかりが伝わって、世論をミスリードしているように見えます。
健康寿命の報道に関して Jan 17, 2016「健康寿命と自立可能年齢2」〜January 20, 2016「健康寿命→寝たきり開始イメージ報道の意図」まで、批判してきましたが,厚労省のホームページに入ると発表自体は正確に書かれていましたので、マスコミがこれを巧みにすり替えて健康寿命の終わり→寝たきりになるイメージ報道しているのではないかと言う関心から、最近何事でもまずいことは全て高齢化に押し付けて終わり・・思考停止する論調に対する疑問で正月以来書いています。
保険赤字の原因も政府自身はきちんと議論して公開しているかも知れませんが、マスコミが政府の意を受けてこれを意図的にすり替えているのか、あるいはよく理解出来ないので高齢化にすり替えて報道しているのかも知れません。
マスコミのミスリードを政府に都合がいいので黙認している二人三脚のような印象がないでもありませんが、(政府の意図的リークがいろんな分野で一杯ありますので・・)仮に黙認していない場合でも、「マスコミが間違って報道している」と政府が批判すると政府のマスコミ介入と言われるので、黙っているしかありませんので、マスコミの間違った・・あるいは一方的理解による情報ばかりが流布されてしまいます。
保険に限らず経済政策・・いろんな分野でマスコミ・・周辺文化人・エコミストその他関係者レベルの低さによる誤解+解説能力不足と積極的偏向のミックスがマスコミの中立性を犯しているように見えます。
マスコミの中立性とは、与野党激突のテーマに限らず、どんな分野でも1つの政治決定には、必ず損をする反対の立場があるのですから、その立場による疑問や主張を(損の補填策を)紹介してこそ中立と言えるのであって,一方当事者が弱過ぎて声をも挙げられないからと言って無視するのは、中立ではありません。

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