重商主義政策と植民地争奪戦3(フランス革命2)

中世の農業+キリスト教ミックス秩序からルネッサンスを経てスペイン〜オランダ・新教の発展・宗教戦争の世紀を経て、宗教と切り離した合理主義・重商主義を基本にする世界秩序再編成の動きが,いわゆる英仏第二次百年戦争であったと思われます。
宗教からの切り離し・合理主義精神の進展度合いで見ると,イギリスがキリスト教の影響が薄かったことから,徹底化できたのに対し,フランスが半端であったところが,勝敗を分けたと言えます。
結果から見ると,合理主義と味覚音痴・・芸術・文化能力と反比例する・・仕方がないのかも知れません。
以下英仏第二次百年戦争と言う長期スパンで見直してみましょう。
http://www.y-history.net/appendix/wh1002-032.htmlによると英仏第二次百年戦争は,1815年のナポレオン戦争終結時までとされています。
「17世紀に主権国家を形成させたイギリスとフランスは、イギリスは立憲王政、フランスは絶対王政の違いはあったが、いずれも重商主義経済政策をとって植民地獲得に乗り出した。17世紀中頃から両国の東インド会社は直接的に抗争を開始し、18世紀になるとアメリカ新大陸とインドにおいてたびたび戦闘を展開、さらにそれはヨーロッパでのスペイン継承戦争、オーストリア継承戦争、七年戦争などの戦争と連動していた。 インドにおいては、ムガル帝国の分裂と弱体化にともない地方政権の対立抗争に巻きこまれながら、1744年からのカーナティック戦争、1757年のプラッシーの戦いなどが戦われた。インドでの戦闘は最終的にはイギリスが勝利を占め、新大陸でもアン女王戦争、ジョージ王戦争、フレンチ=インディアン戦争の結果、やはりイギリスの優位のうちに終わった。」
「 第2次百年戦争とは、1689年のウィリアム戦争から始まった、イギリスとフランスの植民地(主にアメリカ大陸とインド)における勢力拡大の争いと、ヨーロッパにおける利害の対立が結びついた戦争で、ナポレオン戦争でイギリスが勝利した1815年までをいう。」
「1775年にアメリカ独立戦争が起こった。フランスは、アメリカ独立戦争が始まると、当初は情勢を見ていたが、アメリカ有利と判断した1778年に参戦し、海上でイギリスと戦い、戦後は西インド諸島トバゴ・セネガルを獲得した。しかし、長期にわたる英仏の抗争は、宮廷財政を困窮させ、それを機に貴族に課税をしようとしたブルボン王朝ルイ16世の統治に対して、貴族のみならず中産階級、農民が立ち上がってフランス革命の勃発となる。このように、英仏両国の植民地抗争は、両国に大きな影を落としている。」
英仏植民地争奪戦争とアメリカ独立戦争の関係,フランス革命については日本の学校教育ではそれぞれ別々の内政理由で自然発生的に起きたかのような羅列的説明をしています。
(私だけそのように誤解して来たのかも知れませんが・・)
植民地争奪では英仏7年戦争をクライマックスとしてあらかた勝敗がついたことも別の流れ教えられますが,これらは時間的に繋がっていて植民地争奪の勝敗があらかたついた直後にフランスによるアメリカ植民地人への不満たき付け・・内部不和の働きかけで宿敵イギリスの力を殺ぐ工作が行なわれ成功した結果アメリカの反乱・・独立運動が起きたと見るべきです。
上記記事では,フランスはアメリカ独立戦争に直ぐには参戦しないで情勢を見ていたとありますが,アメリカが対日宣戦布告しないで,裏で蒋介石や共産党軍を応援していてその後正面から日本叩きに転じたのとやり方は同じです。
人権などを煽った手前反乱軍側が勝ってもう一度「自分に支配させろ」とは言えずお祝いとして「女神の像」を送って終わりになりました。
独立戦争参加では膨大な戦費を使ったでしょうが、何の戦利品もなかったことになります。
この財政負担が次のフランス革命の直接の原因になります。
年末30日に書いたように産業革命で遅れていたフランスは国際競争力で劣っていたので,アメリカの独立に協力した「恩着せ」だけはアメリカ市場に食い込めません。
この辺は,ナポレオンの大陸大陸封鎖令が失敗した原因と同じです。
フランス革命はアメリカでのフランスの工作に対するイギリスの仕返し・・裏での撹乱工作があったと(私の独断推測です・素人は無責任で気楽です)見るべきでしょう。
今で言えばウクライナ危機の結果,仮に数年内にロシアで政変や内戦が起きて直ぐにアメリカ軍が介入した場合,アメリカの画策を疑うのが普通ですし,ロシアの政変だけ独立に勉強しても意味がないことが分るでしょう。
フランスの本当の敵はイギリスなので,革命の混乱後ナポレオンは大陸を制圧すると大陸封鎖令(イギリスのアメリカ大陸へのフランス製品輸入禁止の仕返し?)を何回か発してイギリス封じをするのですが,最後はナポレオンの敗退で終わります。
ウイキペデイアによると以下のとおりです。
「大陸封鎖令(たいりくふうされい)は、フランス帝国とその同盟国の支配者になった「ナポレオン1世が、その当時産業革命中のイギリスを封じ込めてフランスと通商させてヨーロッパ大陸の経済を支配しようとして1806年に発令した経済封鎖命令である。ベルリンで発令されたのでベルリン勅令(le décret de Berlin)とも呼ぶ。」
大陸諸国は豊かな経済力をもつイギリスと通商ができなくなったため、経済的困窮を招くことになってしまった。この封鎖はある程度の成功を見たが、その同盟国は恩恵を受けることができず、不満や不平がのし掛かっていくこととなった。」
ブルボン王家は,30年戦争で大金を使ったのに何の得るところもなくおわって植民地を失い,その後更にアメリカ独立運動を画策し参戦したのですが、独立を助けたものの経済的に得るものが皆無だったので却って財政逼迫してしまいました。
フランス革命は,財政赤字穴埋め・・増税のために1788年7月の三部会招集に始まりますから,一見アメリカ独立戦争(1775年4月19日から1783年9月3日)終結後5年もたっているようですが,フランスは30年戦争による財政赤字穴埋めのためにアメリカの独立戦争開始の前年74年には財政改革に乗り出しています。
この改革がうまく行かないで30年戦争だけでも大変な状態になっていた・戦争に事実上負けたのでイギリス以上の財政逼迫であった・・「自分のアタマの蠅も追えない」のに同時に独立戦争に肩入れ(援助)して独立させる成果を上げたのが命取りになったと見るべきでしょう。
プーチンが,原油・資源安による財政難を誤摩化すために、クリミヤやシリアで果敢な行動をして国民や世間の不満をそらしていますが,苦しいときの逆張り財政負担が中期的には彼の足を引っ張ることになると思われます。
基礎状態の改善は社会構造変革が必要で難しいのですが,地域大国が周辺の弱い国相手の恫喝外交は圧倒的戦力投入すれば間違いなく短期的成果が出ます。
ただ,赤ちゃんお腹が痛くて泣いているときにガラガラっと音を出して気を引いても一時的でしかないと同じで,基礎体力・経済に無理があって国民が苦しいままであるときには,(国民は熱しやすく冷めやすい・・)次々と冒険行為を続ける必要があります。
今は超大国アメリカがいるので,ナチスのように際限ない侵略・膨張を続けることは出来ないでしょうから、トランプ氏登場によってプーチンの対外勇ましい行動も終わりでしょうし,中国の海洋膨張も歯止めを掛けるしかないでしょう。
中ロ共に手詰まりになって誤摩化しがきかなくなって・・いつかは経済状態ありのママになるしかない・・国民不満が再自覚される・赤ちゃんがまた泣き出すのと同じで胡麻かしていた分だけエネルギーが高まります。
ウイキペデイアによると以下のとおりです。
「1780年代、フランスでは45億リーブルにもおよぶ財政赤字が大きな問題になっていた。赤字が膨らんだ主な原因は、ルイ14世時代以来続いた対外戦争の出費と宮廷の浪費、ルイ15世時代の財務総監ジョン・ローの開発バブル崩壊など、先代、先々代からの累積債務がかさんでいたことで、それに加えて新王ルイ16世が後述の財政改革の途中にアメリカ独立戦争への援助などを行い、放漫財政を踏襲したことで破産に近づいた。当時の国家財政の歳入は5億リーブルほどであり、実に歳入の9倍の赤字を抱えていた事になる。
そこで国王ルイ16世は1774年ジャック・テュルゴーを財務長官に任命し、財政改革を行おうとした。第三身分からはすでにこれ以上増税しようがないほどの税を徴収していたので、テュルゴーは聖職層と貴族階級の特権を制限して財政改革を行おうとした。しかし貴族達は猛反発し、テュルゴーは十分な改革を行えないまま1776年に財務長官を辞任する。
ルイ16世は次に銀行家ネッケルを財務長官に任命した。ネッケルは反対の大きい税制改革よりも構造改革によるリストラと募債によって財務の改善をめざしたが、失敗して赤字幅を逆に増やし、続いて免税特権の廃止によって税務の改善を図ったが、特権身分の反対にあってやはり挫折し、1781年に罷免された」

軍・警察とシビリアンの緊張関係2

クリスマスから話題が少しズレましたので,12月23日の続きに戻ります。
日本の軍・武士と家の子郎党の関係に戻しますと,落城・負け戦であったとは言え、みんなのために腹を切った元城主や奮戦した勇士を「戦犯」としてあしざまに言うのでは、バチが当たると言う意識の社会です。
アメリカによる日本支配に際しての「軍と国民」の離間政策はこれまで書いて来たように中世以来の歴史を持つ欧米での市民と民衆の分離意識からすれば,普通のことで民族分断を図る特別な悪意でやったものではないのかも知れません。
日本は欧米とは歴史はマ逆であるコトの理解不足が占領政策の基本的ミスであったことになります。
欧米的価値観(ナチスと国民の責任を切り分けるのと同様に)で日本でも軍部の暴走と言う切り分けると共に警察と国民との対立関係の強調・・特高警察が如何に酷かったかの大宣伝教育をしてきました。
アメリカが景気対策と人種差別政策の貫徹のために日本を戦争に引きずり込んだ真実の隠蔽工作をかねて,・・マスコミと教育界さえ支配すれば何でも出来る・・無知蒙昧な欧米民衆・ピープルレベルを前提にする政策でした。
この理解で,極東軍事裁判をやってしまった・・ロケット打ち上げ時の小さな角度失敗が宇宙に行けば大きな誤差になるように、今になると日米に大きなトゲを残してしまいました。
この誤りを少しでも早くアメリカが認めた方が双方にとって有効ですが(繰り返し書いているように日本人は韓国のように相手が謝ったからと言って調子に乗ることはありません),これを潔しとしない欧米発の(日本から見ればイチャモンに見える)中韓を手先に使った戦犯合祀非難問題です。
「軍部の暴走」と言う教育宣伝に私たち世代はどっぷり染まって育ちましたが,アメリカが日本を如何にして戦争に引きずり込もうかと狙っている状況下で・・何かとイチャモンつけては日本包囲網を狭めている状況下で,日本は粘り強く平和解決を求めながらも平行して国防体制を整えて行くのは政治の常道です。
国家の危機が迫れば,国防関係論客の影響力(幕末の海国兵談など)が高まり,政府も実務家を予め要所に配置して備えて行くしかない・・軍関係者の発言力が高まるのは幕末でも今のどこのクニでも同じです。
地震が頻発すれば,地震学者の発言が重視されるし、円相場が上下すればその道の発言力が高まります。
アメリカが日本に軍事圧力をかけ過ぎたから軍部の発言力が高まった・テロが頻発すれば独仏でも治安維持の成否が政権支持率に直結する→治安安定が政権の重要テーマになりひいては治安関係者の発言力が高まり予算も増えるのと原理が同じで現在と何ら変わりません。
日本がアメリカに軍事挑発したことはありません・挑発されていただけです。
アメリカのアメリカインデイアンに対する仕打ち見れば、アメリカの本性がすぐに分ります。
現在中国の違法な挑戦があると平和的に解決のために話し合いを進めたり,国際世論による中国暴発防止のための根回しをしながら、イザというときのためにアメリカの防衛協力を求め(この見返りとして日本もアメリカ軍に相応の協力が必要になります→集団自衛権問題)たり,人頼みだけなく,自分でもパトロールを増やすしかないから、海上保安庁や防衛予算が大幅増になってしまうし,国民の防衛意識も高まります。
軍部が力を持つから戦争になるクニもあるでしょうが,逆は真ならず・・と思われます。
江戸時代に武士の戦力よりは「文」が重視されたのは「四辺波穏やか」であったことによりますし,戦後貧弱な防衛費で間に合っていたのは強大な米軍のカサの下にあったからです。
このように周囲の変数関係を無視して「軍靴の音が聞こえる」と言っても始まりません。
中国の軍事挑戦にアメリカも危機感を持ったのか?次期大統領トランプ氏は軍を退役して10年経過していない人物を国防大臣に指名しました。
シビリアンコントロールのルール上、議会の特別承認がいるようです。
軍が支配権力の道具であって市民と対立して来た歴史を持つ欧米価値観では,相手国に対する非難も軍とあるいは権力と人民を分断するのが有力な手段になります。
今でもロシアや中国批判はいつも国民から遊離しているとか国民を抑圧していると言うスタイルです。
欧米手法をそのまま信じて戦争責任・・慰安婦でも南京虐殺でも何でも軍の責任にすれば良い(自分に関係がない)からと、中韓の主張に便乗して分断を煽る文化人の間違いがその内明らかになる時期が来ます。
警察官も庶民を守る味方であって権力の手先と言うのは、左翼文化人が日本の歴史に無知で?あるいは目の前で行なわれているおまわりさんの仕事を見ないで、西欧の概念を持ち込んで空想して主張しているだけです。
お猿が出たとか鹿がいる,蛇がいる,食いつき亀がいる,大分前にサーカスのトラが逃げたと言ってお巡りさんが探している様子が報道されていましたが,トラでは警察手帳を見せても驚かないので,困ったでしょう。
おまわりさんの道案内は日常業務ですし,夫婦喧嘩の仲裁をさせられたり、何かと忙しいのが日本の警察であって,みんなのヨロズ困りごと相談・・解決に協力する仕事です。
犯罪者を取り締まるのもこの一貫で、要は町中で困った害虫・与太者も退治してくれる頼もしい役割です。
ストーカー被害その他新たな被害パターンが起きると先ずは警察へ相談に行くのが普通の行動です。
困ったら弁護士に行くべきであって市民抑圧装置と教えられていた警察に何故相談に行くのか?と不思議に思うほど学校教育以外の知識の源泉がなくて世間がよく分ってない若い頃には,学校教育そのまま刷り込まれていましたが,大人になって世間を良く知るようになると真逆の関係と分って来ました。
万分の1の確率でおまわりさんも(誰でも)間違うことがある・弁護士は滅多にない間違いを正すのに必要な役割であって,おまわりさんは原則として有り難い存在と言う常識が身に付いて来ました。
母親の健康管理や教育方法が意識が間違っている場合もあるので,子供の定期健康診断や学校など外部チェックも必要ですが,母親を子供の敵だと教育する必要はありません。
おまわりさんを邪魔扱いしたいのは町のダニだけであって,おまわりさんが来たら普通の人がこそこそと逃げ回るのでしょうか?
防犯カメラに反対するグル−プも市民を守るおまわりさんが邪魔になる一群でしょうか?
マイナンバー法反対論者は政府に自分の行動が知られるのがイヤだと言うのですが,別に悪いことをしていない限り,何故そんなに騒ぐのでしょうか?
プライバシー侵害を許すな!と言いますが,政府も警察も犯罪の嫌疑のあるときだけ綿密に防犯カメラなどチェックするだけであって,何にも事件のないときには自動的に消えて行くだけで誰も見ません。
事件の前後に居あわせた人は自分から進んで「あのときは◯◯していたら、こう言う音がして振り向いたら・・」と言う体験談を話すのが普通で,プライバシーだから言いたくないと言う人は滅多にいません。
その人の体験説明が合っているかどうかを防犯カメラでチェックしたら確かにその人が振り向いた様子が写っていることが確認されることもあります。
と言うことは事件前後の犯人の動きを見るために防犯カメラを警察がじっくり見たからと言って犯罪に関係のない人が腹を立てる人は滅多にいないと言うことです。
プライバシーを楯に反対する勢力は、実態に合わない被害意識を創作していることになります。
国民の意識が低いから自分たちエリートが教育してやる必要があると言う立場が基本でしょうか?
おまわりさんは本当は怖い存在・・権力の手先だ・・如何に怖いものかを学校でしっかり教えられて来たとおりに、自分たちエリートは国民に教えねばならないと言う使命感に燃えているように見えます。
我々若い頃には戦前教育を受けた人が殆どでしたから、昔の人は政府に騙されている・・昔の人は仕方がないと思い込まされて育ちましたが,戦後教育を受けた人が中心になった今になると,「学校であれだけ習ったのに身に付かないのは成績の悪い子だったに違いない・・やはりもっと教え込まねば・・」と言うエリーと意識そのままで運動している人が多いように見えます。

シビリアンと信教の自由3(共産主義とシビリアン)

フランス革命では政体がどう変わろうとも(途中王制復活もありましたが共通の敵?)キリスト教の千年以上にわたる思想・内心統制の復活だけは怖かったのです。
何か外形行為をして処罰されるのはまだ防ぎようがありますが,黙って考えている内心を審査されて処罰されるのって,恐るべき支配です。
内心をどうやって第三者が判定出来るのかの技術問題から,証拠裁判主義の原理が生まれて来たし,証拠と言っても自白だけではなく補強証拠がいると言う原理も生まれて来ました。
自白等に関する証拠法則についてはDecember 9, 2014, 「証拠法則と科学技術5(自白重視5)」前後で紹介していますので参照して下さい。
しかしそれは言わば瑣末な技術論であって,そもそも内心自体を支配しそれを理由に処罰出来る原理・・一神教原理の恐ろしさの自覚・・フランス革命当時の市民はこれからの解放を切実に望んでいたことの理解こそが重要です。
内心支配=違反者処罰の思想が多神教社会では起きようがありませんから,破門されると逃げ場のない社会・一神教支配と表裏の関係にあったことが分ります。
フランス革命の経験では,政体がどのように変わろうとも,市民の心の中まで・日常生活のあり方まで根こそぎ規制する教会・聖職者・・これの強制装置である軍の復権に対する恐れがあったので,これのお目付役としての「シビリアンコントロール」をコトの外重視して来たことが分かります。
制度上信教を自由化しても簡単に社会に根付くものではありません・・いつ反動・復活し、権力と結びつくか戦々恐々だったし、革命の混乱中に王党派などの乱立がありましたが,キリスト教支配復活を主張する党派は成立していません・・それほど警戒されていたのです。
欧米でシビリアンコントールを重視する歴史経緯・元はと言えばキリスト教による内面支配に対する市民の警戒感から始まっていることをこのシリーズで書いて来ましたが,これの反革命・・信教の自由違反を潜脱し一神教支配を復活したのがソ連共産党一党独裁制です。
共産党は宗教ではないから,単なる一党独裁に過ぎない・一党独裁に反するから?宗教自体を認めない・・信教の自由を侵害するものではなくこれが近代社会の究極の形・・市民社会よりも進んでいる?と言う変な論理です。
政権の気に入らない人物の行為を咎めて共産主義主張に反する反党行為であると烙印を押しては粛清・・シベリア送りや処刑する・・芸術表現から何から何まで思想統制していたのですから、結果から見れば近世の魔女裁判との違いが不明で実態は排他的新興宗教そのものでした。
結果から見れば,魔女裁判との区別不明・・いわゆる人民裁判と言うやり方で吊るし上げては、徹底的に排撃していた中国の文化大革命を想起しても良いでしょう。
ちなみに専制君主と絶対君主の違いは一般の説明では分り難いですが,私の大雑把な(粗い)独自解釈では過去から積み上げられた宗教解釈のルールに一応従っているのが西洋の絶対君主(王権神授説はでキリスト教の範囲内で支配する意味)であり,宗教ルールも何も基準がない・・君主の恣意的基準で処刑出来るのが専制君主であると言う使い分けが可能です。
ロシア革命の結果出来た共産主義政権は,専制君主制と一神教による絶対君主制との(支配者にとっては)いいとこ取りみたいな専制支配政体です。
こう言う制度が成立したのは,ロシアが古代社会状況に留まっていたところに近代生産技術を上から導入したことと密接な関係・・先進国の技術導入・模倣するのがやっとでその次の自由な発想を必要としていない・・まだ思想表現の自由を求める市民階層が育っていなかった・シビリアンと言う抵抗勢力がなかったことによります。
人民にとっては,(共産主義思想と言う基本基準・スローガンに毛が生えたような程度?はあるもののキリスト教神学ほどの学問蓄積がないので共産主義の外延が不明です)いつ反党分子の烙印を押されるか不明・・自衛するスベがない点では恐怖政治・・いわゆる収容所列島になります。
専制君主制のときは恣意的基準で君主の癇に障ると一瞬にして文字どおりクビが飛びましたが,その代わり強い者にへつらいさえすれば良かった・内面までチェックされることはありませんでしたが,共産「主義」社会になると「主義」に反する思想かどうか・・内面まで規制される窮屈社会になります。
共産主義は経済原理である以上,日々新たに起きる(国内だけでなく国外の変化があります)経済変化対応が必須ですから、共産主義の内容はキリスト神学のように特定時期の理想に固定出来ません。
社会や産業構造の変化に対応して現場で工夫するといつ共産主義の範疇を越えている反党行為として粛正されるか不明になります。
例えばレーニンのネップ政策のように一歩後退路線も政策的には(物事には妥協が必要です)有効でしたが,これを中下位幹部がうっかりやると粛清の標的にされる恐れがありました。
こう言う政体下では,西洋中世以上の暗黒社会ですから,活発な創意工夫が生まれるわけがない・・せいぜいアメリカの技術を盗んでは真似する・・これは国策ですからお墨付きがあって安心です・・のが限度ですから,(ロケットなどは大資本を掛けて盗めますが多種多様な民生技術窃取は無理なので)民生レベルが低下する一方になった原因です。
中国やロシアでロケットを飛ばせても、おいしいご飯を炊ける電気釜やウオッシュレット、クルマのエンジン1つ国産技術で作れないと言われている原因です。
両国共に国民がスポーツを楽しむ余裕が無くてオリンピック種目だけ集中練習させても、国民の体育レベルが上がるものではありません。
ソ連崩壊後にロシアが政治経済の自由化をしたらめちゃくちゃになった・・揺り戻して身の丈にあった,プーチンによる事実上の独裁制に戻って一息ついているところであるのに対し,中国の場合、改革開放政策がロシアよりうまく行っているのは,辛亥革命まで専制支配しか知らない民族とは言え,社会の発展段階がロシアとは格段に違っていたことにあります。
ただし、中国がロシアより社会構造が進んでいるにしても,日本のように千年単位の時間をかけて健全な市民階層(日本の場合武士層)を育てていなかった点は同じですし,これが一党独裁制(形を変えた専制支配)が未だに機能出来ている根拠です。
中国の社会構造は1君万民体制とは言え,極く少数とはいえ士大夫層が数千年単位で存在していたし,政体・・政治権力と関係なく商業活動は活発でした。
これは以前から書いているように中国地域はメソポタミヤ文明の先進商品販路の最東端として,(ずっと後世の名称ですが)過酷な中央アジアの通商路・シルクロードを経由して来て山を越えて初めて出たところ・・山々を越えて黄河上流域から入って来て一旦落ち着いた場所が黄河文明と言う位置づけです。
伝説上の古代王朝殷を中国では「商」言いますが,まさに「商」のクニが始まりです。
そこから河川沿い拠点を広げて行った歴史・・都市国家・・拠点網の形成から始まったこととも関係しています。
黄河文明?はメソポミヤ文明の東端商業拠点として始まったもので,独自文明ではないと言う意見を10年ほど前から書いて来ましたので,参照して下さい。
攻略軍が入城すると城内の有力者が祝いの酒をもって出迎える・・誰が勝っても(異民族でも)商売さえ出来れば良いのですから,これが古代から繰り返された風景で・・日本軍の南京入城も同じですから,出迎えた南京市民を大虐殺するわけがないのです。
どの政体・異民族も,城内進軍しても折角手に入れた都市の商売を潰すわけに行かないので,(上澄みとして商業社会と関係なく祭り上げられて来ただけ・・特に異民族支配のときはこれが顕著)先行している商業社会そのものを破壊する能力がなく,商売人自体は支配者の変更に関係なく連綿と続いていたことをここでは書いています。
03/27/10「農業社会=世襲→封建制と商業社会=中央集権→専制君主制1」以降に書いたシリーズでは,商業と規制は表裏の関係で馴染み易いことを書いたことがあります・・専制支配と馴染みが良いのです。
物造りになると自由な発想が必要ですが,商人は売れ筋情報を逸早くつかんで・・情報収集に励み急いで真似する・・商機を早くつかんだ方が勝ちでその程度の自由があればその他は規制がきっちりている方が便利です。
これが中国の模倣・・ブランド窃取等に繋がりサイバー攻撃が得意なのは中国商人の歴史によります。
中国はロシアより社会構造が進んでいる面で共産主義の思想統制・内面支配が緩いだけのことで単なる専制支配+商業社会の焼き直し・現在的表現です。
この限界・市民社会未成熟=言論重視=約束を守る社会に至らない点で、限界に突き当たっているのが現状です。
先端技術を盗む・模倣し身につけるだけでは追いつくには容易でしょうが、自発的にその先に進むには限界がある・・世界を指導する模範社会になるのは無理があります。

Civilian1とCitizen3(信教の自由1)

昨日紹介した記事にあるように教会財産を国有化して経済基盤を奪い,「聖職者に対する統制を強めた」とありますが,聖職者が第1部会で市民が第三部会だったのですから上下逆転して統制される側に回ったことになります。
地位の逆転はナポレオンの戴冠式によっても、ヴィジュアルに見ることが出来ます。
従来国王就任の正式儀式・・法皇(代理の聖職者)から戴冠されて叙任される千年単位続いた形式から見れば天地がひっくり返るような大逆転です。
ウイキペデイアによれば以下のとおりです。
「戴冠式(たいかんしき、coronation)は、君主制の国家で、国王・皇帝が即位の後、公式に王冠・帝冠を聖職者等から受け、王位・帝位への就任を宣明する儀式。」
朝廷から叙位されていた徳川家が,逆に禁中並公家諸度(慶長20年7月17日[2](1615年9月9日)を定めたのに似ています。
ただ日本ではその後も,将軍宣下があり,上下の格式は変わりませんでした。
西欧では実力差がそのママ出て来る点では、習近平氏が,国力が上がるとそのままイギリス訪問時に威張ったのと似ています。
ナポレオンの有名な戴冠式では,ナポレオンが王冠を自分で自分のアタマに乗せるデッサンが残されているようです。
屈辱的な戴冠式に招かれた法皇が政治妥協の結果(苦渋の決断で)出席したものの何の役割もなく,椅子に座っているだけの有名なナポレオンの戴冠式の絵が残っているのはそのせいです。
ナポレオンが自分で自分のアタマに王冠を乗せたのですが,そのままの絵では法皇に対して露骨過ぎるのでナポレンがジョセフィーヌに戴冠する形式の絵に修正したらしいです・・いずれにせよ法皇のメンツ丸潰れです。
ナポレオンの戴冠式に関する以下の記事からの引用です。
https://ja.wikipedia.
ナポレオン1世(1769–1821)は、ローマ皇帝の即位式に似たローブを身に着けて立っている。他の人物は、受け身的な見物人に過ぎない。絵をよく見ると、絵が修正されていることが分かる。最初の構図は、ナポレオンが頭上に冠を掲げて、自身に戴冠しようとするものであった。
ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763–1814)は、フランス民法に則りひざまずいて恭順を示している。彼女は、教皇の手からではなくナポレオンの手から戴冠されるところである。」
関心のある方は上記記事を見て下さい・・ナポレオンが自分の手で図上に持ち上げて戴冠するデッサン(これもルーブル美術館所蔵らしいです)が紹介されています。
信長の肖像画の改ざんがここ何年か騒がれていますが,政治意図による修正はよくあることがわかります。
油絵の場合デッサンが残っていることもあって、早くから知られていたことです。
一方で1789年8月26日に憲法制定国民議会によって採択された「人間と市民の権利の宣言」(Déclaration des Droits de l’Homme et du Citoyen)において,「言論と出版の自由、「[宗教上の意見の]表明は法によって設立された公的秩序を乱さないことを規定された」コトによって(異端審問による刑事処罰が禁止されて)間接的に信教の自由が宣言されています。
以上見て来たとおり,people対置概念としてのCitizenが上位権力に対する抵抗勢力として自己表現するときにはシビリアンと称し,市民革命で漸く制度的に,キリスト教支配・・異端審問・魔女狩りを怖がらなくて良い社会になりました。
我々学校で習った知識では,ルネッサンスで人間解放が出来たと誤解し勝ちですが,1300年(ダンテの神曲)から始まった筈のルネッサンスでも1650年代になってもガリレオが「それでも地球は動いている」と言わざるを得なかった例で分るようにまだ言論の自由に及んでいなかったのです。
せいぜい絵画や彫刻表現の自由化が進んでいたに過ぎないことが分ります。
ルネッサンスとは,まだまだ解放して欲しいと言う気分が出始めただけで、うっかり自由に発言すると破門されて処刑される恐怖下で市民が生きて来たコトが分ります。
フランス革命で「信教の自由」と「思想心情の自由」がセットで宣言されたことは、日本人には気が付かない重要な制度変更・・社会のあり方の根本変更を意味しています。
革命による人権宣言以降,「何を言っても良い」ことの制度的裏付け・・それまでは破門されると地獄に堕ちるだけではなく現世で・・火あぶりにされても仕方がない制度でしたが,信教の自由=破門されても処刑されないしキリスト教徒でなくとも良くなったのです。
ローマ消滅〜西洋始まって以来の一神教社会を廃止して異教徒の生存を認めて,多神教社会に遅ればせながら参加することになったことを意味しています。
何回も書いていますが,フランス革命は日本に比較して進んだ誇れる社会ではなく,遅れていた社会を日本のようにさしあたり制度だけも自由化したと言う程度のことです。
信教の自由化の結果、何か変わったことを言って破門されても・社会から抹殺されなくなった制度変更ですから,フランス革命での信教の自由宣言は制度的に大きな意味を持っています。
(制度が逆転しても民心が変わって行くのは千年単位の時間がかかります・・ナポレンの戴冠式を紹介しましたが,法皇にとって王冠を授ける役割のない出席は屈辱だったかも知れませんが、逆に言えば政治的にはなおキリスト教式の戴冠式を必要としていた現実・・法皇の影響力を無視出来なかったのが実態・・今でも欧米では法皇の政治発言には大きな影響力があります。)
思想表現の自由と信教の自由は表裏一体の関係があり,フランス革命での信教の自由宣言は一神教世界の否定ですから文字どおりキリスト教支配を覆す革命的大転換を意味していたのです。
日本では元々八百万の神・多神教社会ですからこの辺の意味に気が付き難い・・政治に市民が参加出来るようになった身分差別がなくなったと言う外形歴史を習う傾向があります。
戦後アメリカ占領下で制定された日本国憲法では,(欧米系にとっては信教の自由は人権保障の基本ですから入れる必要を感じたのでしょうが・・)信教の自由が憲法に明記されたのでこれを有り難がっている人が文化人や法律家に多いのが現状です。
ところが、我が国では自分と宗派が違うからと言って,実際に弾圧や喧嘩など昔からありません・・葬式に行って初めて宗派を知る程度です。
(他宗派排斥論の強い日蓮系が嫌がられて来た歴史・・これがキリスト教が普及に失敗した原因でもあります・・信教の自由を侵害する危険のある排他的宗教を禁止して来たのですから真逆社会です。)
憲法学者や左翼文化人が占領軍の遺産(今で言うレガシイ?)である憲法の有り難みを宣伝したいのに,新憲法による変化を強調する材料に困ってしまい?「神社に自治体が数百円〜数千円の◯◯料を払ったのが違憲でないか」などとあちこちで争うようになりました。
西洋で信教の自由が宣言されたのと歴史経緯・・本質的意味が違うのですから、国民の多くは「専門的なことは分らないがケチな言いがかりが幅を利かす?変な社会になったな」と思う訳です。
ちょうど現在・前衛?絵画展覧会などに行くと素人には分らなくていいと言うような雰囲気と同じ印象です。
絵画には「日本画」と言うジャンルがあるので助かりますが,憲法学者も欧米価値観の受け売りではなく日本人の気持ちにあった・・欧米と日本双方の歴史を理解した国民のために役立つ憲法論を修得してほしいものです。

規模追及の限界1と民度3

米英やEUに比べてこの矛盾が極端に出ているのが韓国(良いとなれば極端に動くのでひずみもダイナミックに出る社会)ですから,今回韓国の反朴運動の原動力は低賃金化の流れに対する不満にあることを無視出来ないでしょう。
アメリカ式経営を極端に追求して来た韓国経済は今や危機状況ですが,危機状況下においてもいわゆる労働貴族は立ち位置を修正することはありません。
長年のヤンパン支配に無理が来ていたのに、明治初めに日本からの政体変革必要性の提案を無視して、頑迷に旧体制維持に固執していて結果的に民族の独立を失ってしまった轍をもう一度践もうとしているかのようです。
現在韓国の国際競争力はサムスンと現代の2枚看板で成り立っていますが,その2強がそろって躓き(昨年あたりだったかの燃費偽装と今夏のスマホ発火事件)、もしかしたら将来の大きな危機に発展する可能性に瀕しているのですが,こうした反省・危機感が従業員には乏しそうです。
この危機状況下で・・現代自動車労組の非常識な賃上げ運動が労組の勝利で終わったことから見ても分るように、そのコストは全て下請けや非正規賃金に転嫁する仕組みです・・この結果個人負債は増加の一途らしいです。
韓国では財閥社会ですから,財閥系に就職するのとその他ではまったく違う・・この結果財閥系に就職するための就職塾があって就職浪人が当たり前の社会と言われています。
失業率の取り方が国によって違うのでイチガイに言えませんが,実際には無職若者が一杯いる社会になっているようです。
ヤンパン支配に対する憧れが背景にありひとたび労働貴族なれば,庶民生活など気にする必要がないと言う風潮・これを許し憧れる庶民の気持ちがあるからでしょうか?
韓国では隠れ失業者が溢れているので,最低賃金が守られていない悲惨な状況が報道されています。
ネット情報なので,引用出典自体が正しいかどうか・・事実か否か不明ですが,一応以下のような情報が氾濫しています。
「また、1時間当たりの最低賃金は今年から5210ウォン(約490円)に引き上げられたが、ほとんど守られていない。先日、あるコンビニに面接に行くと『うちは時給3000ウォン(約280円)。働きたい奴はいくらでもいる』と言われた。働ける場所は限られているので従うしかない」(20代・男性) 出典NEWSポストセブン|韓国現役世代に貧困の波 113万人リストラされ再就職率43%│
最低賃金は東京の2分の1にも関わらず、スタバのコーヒーはほぼ同額。ビッグマックにいたっては韓国の方が高い。これはキツイ! 出典韓国のバイトが不憫すぎる! 5人に2人は最低賃金420円すらもらえない
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2014年5月2日、韓国紙・朝鮮日報によると、「消費期限を過ぎた食品は売ってはならない」という法律を悪用し、食品を故意に販売せず消費期限切れにして自分のものにするアルバイト店員が増えている。このため経営難に陥る店舗もあるという。
3日付でチャイナネットが伝えたhttp://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=87565
配信日時:2014年5月5日
上記はオーバー表現が含まれる..ネット情報の真偽は別としても海外へ韓国女性売春婦が大量進出している実態が何年も騒がれていることや移民願望の高さなどからも国内での困窮が窺われます。
日本のマスコミ文化人は欧米の真似をして低賃金移民を入れないから負けているのだと言い,これを失われた20年とバカにした論調が繰り返されて来ましたが,移民→低賃金競争に参加する間違いが白日の下に曝されてきたと言うべきです。
新興国参入=今後は低人件費時代だと言うことで,安易に低賃金移民を入れる競争(これをグロ−バル化と言うまやかし標語にしていますが本質はこれです)に参加していたのでは民族(アメリカはピープルしかいない・民族がないから気にしないと言うスタンスに対するピープルの不満が出て来たのです)の将来がありません。
移民を入れても元々の居住者と差別しない平等の人件費だから、低賃金化を狙ったものではないというのでしょうが,3k職場に大量に労働者を入れることによって,求職者が増えれば3k職場の改善が遅れ賃金抑制に働くのは当然です。
日本の場合,実習生と称して僅かに移民が入ってはいますがそれほど大量ではなかったので、業界が必要に迫られて3k職場の改善が進み女性の参入が進むなど・・やせ我慢した結果,改善が進んだ面があります。
諸外国並みに移民受け入れをを日本の政府や業界が望んでいたのですが、国民の強い(と言うよりは古代から国民や従業員のための政府であり企業です)日本では業界の思うように(産業革命時にイギリスがエンクロージャー・小作人と羊を入れ替えたのですが、日本では小作人が強くて出来なかったように、低賃金移民と国民を入れ替えることは出来ません)実現出来ないイラダチが,国内マスコミで氾濫していた失われた20年論の背景です。
アメリカの政策結果に戻りますと、移民をドンドン入れて来た結果、・・昨日人口変化を見たようにこの約20年でアメリカは6000万もの人口増・・働かないでいられる移民は滅多にいないので3kでも何でも必死に求職活動をしますので,・・大雑把に言えば移民の数だけ既存住民の職場が奪われ、結果的に失業者か非正規層へ転落したことになります。
下がり切った最低賃金階層には最早これ以上の損はない・・後はフードスタンプ受給条件緩和を期待したりセーフネット整備期待程度?でしょうから、最低賃金引き揚げや生活保護レベルの引き揚げ、保険その他社会保障基準アップなどを言ってれば良い政党・・アメリカの民主党には有利でした。
ヒラリー氏で分るように民主党は,貧困対策を宣伝するものの実際の政治資金はウオール街・富裕層経営層から得ているのが現実です。
結果から見ると資本家代弁による移民受入れ推進→低賃金化政策と転落した最低辺層代弁政党のマッチポンプ政治がこの数十年間(民主党は資本家と庶民層双方に良い顔が出来たので強くなり,共和党は資本家代弁だけしていたので支持が減ったと言う構図です)続き中間層代弁政党がなかったので,中間層は非正規階層にドンドン沈んで行きましたので、まだ生き残っている非正規に転落しそうな中所得労働者の怒りが爆発したことになります。
トランプ氏は共和党の弱点を補うためにヒラリー氏同様に移民排斥論で庶民を煽って当選し、当選後は工場海外移転阻止のパフォーマンスなどをしていますが,工場移転決断するには相応の理由・競争力低下が基礎にあるのですから,移転を阻止しただけではその工場の競争力が低下している方向性は変わりません。
工場移転阻止は,先送り強制の強制に過ぎず中間層が生き残る政策とは直接の関係がありませんから,どうやって中間層のための政治をするかの展望が見えません。
日本のような高レベル中堅層の努力工夫に頼る・・中間層の活躍できる社会に切り替えて行くには流れ作業向きレベルに満足していたのではピープルの人材レベルが低過ぎるのが難点です。
数日前に人材レベルを10点〜5点2〜3点と比喩的に分類し、アメリカの流れ作業方式は5点前後の人にも出来る職場提供であったと書きましたが,今では5点前後の人は2〜3点の人と同様の仕事しかない社会です。
中間層が中間層として生き残るには、比喩的に言えば8〜10点の能力の必要な時代です。
現場の工夫によるおいしい料理提供や高級みかんやトマトの果物,嗜好品,高級牛肉等の生産工夫能力次第となって来ると,奥の院の研究所にノーベル賞級の研究員が大勢いても・・現場人材が5〜2〜3点ではやって行けません。
日本では現場的研究からノーベル賞受賞者が出る社会です。

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