行政警察2(最判51年決定〜米子銀行強盗事件)

昨日の中央ロージャーナルの論文・第一京浜事件最判部分引用続きです。

II 第一京浜職務質問および車内検査事件での最高裁判所判断の検討
だが,この事件での車内の検査は違法と判断されるべきものなのだろうか。
1.家のプライヴァシーと自動車のプライヴァシーの相違
5.車内に立ち入って「懐中電灯で車内を照らし,背もたれを倒し,座席をずらせて調べる行為」の適法性─同意・承諾は絶対的条件か
(1) 最(3小)昭和 51・ 3・16 決定18)との関連
この事例は,飲酒運転で物損事故を起こした疑いのある被告人を警察署に任意同行し
た後,呼気検査を求めたがそこでも呼気検査を拒否し,母親が来れば警察の要求に従うと述べた被告人が,母親の来署前に,マッチを取ってくるといって,玄関の方に向かって小走りに行きかけたのを,警察官が,「風船をやってからでもいいではないか」といって左手首を摑んだところ, 被告人がこの警察官に暴行・ 傷害を加えたという場合であり,第一審はこれを任意捜査の限界を超えたものだと判示したが,第二審はこの警察官の行為は説得のための活動であるとみて許されるとした。
最高裁は次のように判示している。
「捜査において強制手段を用いることは, 法律の根拠規定がある場合に限り許容される」。しかしながら,「ここにいう強制手段とは,有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく,個人の意思を制圧し,身体,住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて,右の程度に至らない有形力の行使は,任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。
・・・必要性,緊急性などをも考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」

 このように判示してこの事件での巡査の手首を摑んだ行為は,呼気検査に応じるよう被告人を「説得」するために行われたものであり,その程度もさほど強いものではなく,適法な職務行為であると判示した。
・・・・強制手段とは,「個人の意思を制圧し,身体, 住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」を意味するとの判示は,職務質問のあらゆる場合について相手方の同意が得られなければならないことを判示したものではなかろう。
・・・常に同意によることが必要であると解することは,後述のように,職務質問の制度の趣旨と合致しない場合を生ぜしめ,職務質問の必要性が最も高い事案で全く実効性を発揮できない制度としてしまうことになろう。
最高裁判所の判断も, 自動車の挟み撃ち検問を認めた事例やエンジンキーを回してスイッチを切った行為20)やエンジンキーを取り上げるなどして運転を阻止した措置
21)を職務質問の観点からも適法とする判断を示して, 上記の51 年判例の事例とは異なる,事例の特徴を踏まえた判断をしてきている。

(2) 米子銀行強盗事件最高裁判例との関連

(第一京浜事件では・稲垣注)違法である根拠が「 承諾がない」,というところに求められているが, この点は 米子銀行強盗事件と整合しているのか否かが問われなくてはならない。
銀行強盗の不審事由のある被告人らに,緊急配備検問により停車させた自動車から下車を求め職務質問したが,質問に答えず,所持品の検査も拒むなどの状況があり,そのままでは不審事由の解明に支障がある状況で,承諾がないまま,施錠されていないバッグのチャックを開けて中を一瞥した行為を最高裁は適法であるとして,次のように判示した。
「警職法は, その2条1項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで,所持品の検査については明文の規定を設けていないが,所持品の検査は,口頭による質問と密接に関連し,かつ,職務質問の効果をあげるうえで必要性,有効性の認められる行為であるから,同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが, 相当である。
所持品検査は,任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから,所持人の承諾を得て,その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。しかしながら,職務質問ないし所持品検査は,犯罪の予防,鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であって,流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは,所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく,捜索に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,所持品検査においても許容される場合があると解すべき」である。
・・・「所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり,捜索に至らない程度の行為であってもこれを受ける者の権利を害するものであるから,状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて, かかる行為は 限定的な場合において,所持品検査の必要性,緊急性,これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ,許容されるものと解すべきである。」
この判示は職務質問制度の趣旨に適っている。
とりわけ都市化された社会における犯罪の予防・犯罪発生後の早期の摘発・発見という警職法の目的を達成する観点からすれば,職務質問に伴う所持品検査が明文で規定されていないとはいえ,所持品検査により不審の有無を確認することができるときに,これができないとすれば,立ち去るのを許さなければならないことになり,その後に犯人であることが判明したとしても,遅きに過ぎ,街角を曲がっただけでもとらえにくくなり,都会のビルやその他の不明な場所に移動し潜伏し,あるいは,自動車で逃走されてしまった後の逮捕は困難となり,犯罪の予防や犯罪発生後の早期の摘発・発見という警察官職務執行法の目的は挫折させられてしまう
このような観点からすれば,法執行の安全性を確保し,不審事由がある場合の不審事由解明のための活動が, 殺傷等を懸念することなく行えるように凶器の捜検(frisk)23)が認められるのはもちろん,それに限らず,不審事由解明のための所持品の検査も認められるべきことになろう。

中央ロージャーナルでは省略されていますが、米子事件の判例解説では以下の判旨も記載されていますので、ついでに紹介しておきましょう。
http://hanrei.blog.jp/archives/958438.html
⑤ 本件をみるに、被疑事実は猟銃及び登山ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪で、犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況のもとで、深夜に検問の現場を通りかかった被告人らが犯人としての濃厚な容疑が存在し、凶器を所持している疑いもある状況の中で、被告人らが黙秘し、警察官による採算のボーリングバッグ等の開被要求に応じないなど不審な挙動をとり続けたため、所持品検査の必要性、緊急性が強かった反面、検査の態様は、施錠されていないバッグのチャックを開被し内部を一瞥したに過ぎず、法益侵害の程度も大きくないから適法とした。これに対して、施錠されたアタッシュケースをドライバーでこじ開けたことは刑事訴訟法上の捜索と目すべき行為であって違法であるとして原審判断を是認した。
もっとも、施錠されたアタッシュケースをこじ開けた警察官の行為は、ボーリングバッグの適法な開被により既に緊急逮捕できるだけの要件が整い、極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件では、緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視うるものであるから、アタッシュケース及び在沖していた帯封の証拠能力はは移譲すべきものとは認められないとした。」
ドライバーでこじ開けたのは行き過ぎ・所持品検査としては違法であるが、(その前に紙幣の束が見つかっていたので)刑訴210条の緊急逮捕の要件があった状況を認定した上で(刑訴法220条で)逮捕時に所持品の捜索差押えが令状なしにできるので)結果的に証拠能力の排除をしていないようです。

刑事訴訟法

第二百十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
第二百二十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。
一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。
二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。

上記事件では一つのバッグから合法的に銀行強盗によるとみられる紙幣が見つかっているので、緊急逮捕手続きに入ってからもう一つのバッグをこじ開けていれば違法でなかった事件だったからでしょう。

原理論と時代不適合4(テロ対策2・フランスの場合)

現実の殺傷や交通機関破壊などの実行行為前の阻止手段・・テロ対策法として考えられるのは、内乱予備罪や凶器準備集合罪がこれですが、内乱予備と言えるほどの大規模なものは民主国家では現実的でないので、ちょっとした凶器を準備する程度では凶器準備集合罪程度しかありません。
この法案提出時には革新系政党や進歩的文化人?が人権弾圧法案として猛烈な反対運動していたことは周知の通りですが、法成立後現在までの約60年間でどのような弊害があったでしょうか?

刑法
(予備及び陰謀)
第七八条 内乱の予備又は陰謀をした者は、一年以上十年以下の禁錮に処する。

ウイキペデイアによると以下の通りです。

凶器準備集合罪・凶器準備結集罪は、刑法に規定された犯罪類型の一つ。
「第二十七章 傷害の罪」の第208条の2に規定されている。生命、身体又は財産に対する危険をもたらす一定の予備的な行為を処罰する。個人的法益に対する罪であると同時に公共危険犯としての性格を持つ。
暴力団の縄張り争いや過激な政治団体同士の抗争を早期の段階で取り締まるため、1958年に新設された規定である。

現在日本では、暴力行為を実行する前の規制は凶器準備集合罪・共謀罪法が成立しましたが、実務的には共謀だけでの検挙が難しいので、一味の一人でも現実に窃盗等の実行行為をした時に、その数時間前の共謀した時点で犯罪が成立していたと時間的に遡れる程度でしょう・・だけであって、それ以外は具体的犯罪行為をしようとしている場合に事前規制をしたり、より重く処罰する程度しかありません。
事前集結して気勢をあげて行進するようなことをしない・いきなり襲撃する共謀罪法以前の既存法令では現在型テロ行為に対して現行法令では、適応できなくなっていることは明らかです。
犯罪成立要件は、「凶器の準備プラス集合」ですが、テロは集団の威力を誇示するのではなく一人2人が別ルートで現地付近に赴き各自が別々に発砲したり爆発させたり、トラックを群衆に突っ込んでも大きな被害が生じる時代です。

特に現在のIS式テロの場合には組織らしい組織もなく、矯正シアtもノアh各自勝手にテロをやればいいという仕組みでネットをつじて煽っているだけですから、共謀さえありませんし、もちろん組織化されていないので集合さえありません。
既存法令・・・既発犯罪の捜査→検挙という法体系では、テロが起きるまで黙って見ているしかないのでは時代遅れ・・困るでしょう。
アメリカの銃乱射事件で言えば、アメリカの場合銃所時が一定手続きで合法ですから合法所持している人を検挙できません。
これから学校に行って銃乱射すると言って家から学校に向かう青年を、警察は途中で阻止できないのでしょうか?
事件が起きてからの捜査を前提にする近代法の原理はそれなりに人権擁護に果たした役割は否定できませんが、今では航空機搭乗前の所持品検査が必要になるなど、事前情報蒐集や所持品検査が必須の時代です。
空港や学校など場所限定列挙の銃所持禁止法律を作った場合、その境界10センチ手前で銃を持っていてもいいのか?
そこからの銃乱射を待つしかないのでしょうか?
それとも1メートル〜50〜数百メートル先から検問することになるのでしょうか?
欧米では日本と違いテロ防止用の特殊法令が発達しているように思えますが・・・。
そういう紹介がネット上にも出てきませんし、まして日弁連関連や法律専門雑誌では、そういう紹介はタブーのように全く入ってきません。
「近代法の法理を守れ」いうばかりです。
今ではテロの方法が日進月歩ですので対策も日進月歩でしょうから、だいぶ古いですが、2006年に発表された紹介文が見つかりましたので、その目次と概要を紹介しておきます。
(その後いわゆるIS方式による末端とも言えない個人暴発的大規模テロがパリやベルギーであったので、以下の紹介制度後さらに新たな対策法ができているのでしょうが・今わかるのは、2006年方です)
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/228/022807.pdf

特集 テロリズム対策◆外国の立法 228(2006. 5)
フランスのテロリズム対策
高山 直也(主任調査員)
目次】
I  2006年テロ対策法の目的と背景
フランスはテロの標的になるたびに、新たなテロ対策を講じてきたが、その中でもフランスが重視してきたのは、テロを防止するための諜報活動である。
2006年テロ対策法は、その方向をさらに進めて、テロを予防するために「さらに上流にさかのぼって(注4)」情報収集ができるよう、国家警察や国家憲兵隊(以下「憲兵隊」とする。)に新たな権限を付与する内容となっている。

2 テロの性格の変化
3 ロンドン同時多発テロの教訓

II 2006年テロ対策法の内容
1 テロの未然防止対策
2 特別な司法手続きの適用
フランスは、テロ犯罪は特別な犯罪であるとして、テロの実行者またはテロを企てた疑いのある者に対して、普通法とはちがった特別の司法手続きを適用することにしている。
006年テロ対策法は、つぎの11章33か条から成る。
第 1 章 ビデオ監視カメラに関する規定
第 2 章 テロ行為に参加している疑いのある者の電話・電子交信に関するテクニカル・データの移動及び伝達の監督に関する規定

i 行政警察が交信記録にアクセスする権限を認めた前述したように、司法手続きの枠内であれば、交信記録の消去または匿名化の猶予期限を最大1 年間延長できることになっている。しかしテロがおこってから捜査のために交信記録を利用するのではおそすぎるとして、今回の改正ではもっと「上流にさかのぼって」、テロが実行に移される前の段階でそういう謀議がおこなわれていることを把握するために交信記録を利用しようというのである。今回の改正では、国家警察と憲兵隊に対し、「テロ行為を未然に防止」するため、電子通信業者等から交信記録のデータの伝達を要求する権限を与えている。ただしそれができるのは、「特別にテロ対策の任務を与えられた」国家警察及び憲兵隊の担当のうち「個別に任命され、正規に授権された警察職員」に限られる
アクセスできるデータ権限を与えられた警察職員が要求できる交信記録データは、盗聴の場合とちがって交信記録の内容そのものではなく、「電子通信サービスへの加入又は接続の番号の同定に関するテクニカルなデータ、特定の人物の加入又は接続の番号のすべての明細目録、利用された端末機器の位置に関するデータ、並びに受信先又は送信先
番号のリスト、通信の時間及び日時に係る、加入者の通信に関するテクニカルなデータ」に限定される。

第 3 章 個人情報の自動処理に関する規定
第 4 章 テロの抑圧及び刑の執行に関する規定
3 刑の加重

以上を概観すると、司法の権限行使であれば憲法上の要請・事前の令状発布や、捜索される相手に対する事前開示が要請されるが、フランス憲法では、行政警察であればその要請がなくなる・緩くなるということでしょうか?

原理論と時代不適合3(テロ対策1)

日本の野党文化人?は学校で習った(時代遅れの)近代法の原理原則しか知らないのかな?・・具体論に弱いので各種議論の場では、アラ探しに特化する傾向があります。
共産主義思想は産業革命→工場労働者増加に基礎をおいていますし、労組はその申し子です。
共産・社会主義系野党政治家は、19〜20世紀中葉までの近代社会をモデルにし、工場労働者・労組に足場があっても、古代から存在するサービス系や農業系が脱皮し高度化してきた現在社会の当事者に足場を置いていません。
支持基盤が硬直的・・産業革命で生まれ出た工場労組中心の結果、変化の激しいサービスや知財〜IT分野に足掛りを持っていない点が、観念論に走りやすくているように見えます。
「近代法の法理を守れ」のスローガンに頼る所以です。
原理原則というものは、働き方に限らず刑法の秘密保護法やGPS捜査も同じですが、時代(多くは科学技術)の進展変化によって生活様式や社会のありようも変わるので、部分的に手直しする必要が生じるのが普通です。
テロが頻発し、しかも旧来型でなく突発型でも被害が大きくなってくると、事前情報収集プラス抑止力が必須になってきます。
西欧でのテロ発生後数時間後には犯行グループが大方特定されてそのうち一人はどこそこ方面逃走中などのほか拠点捜索などの報道が出て、その事前行動把握などが報道されていますが、今は事前情報や警戒が重視される時代です。
一方で、なぜ実行阻止できなかったかの政権批判記事も出ます。
テロの頻発を許せば政権が持たなくなるのも現実です。
このように今では為政者は治安の責任者として事前抑止できなかった理由で批判されるのに、一方では個人情報保護違反で犯行前の情報収集が違法と評価される矛盾時代です。
ベルギーテロの時には、各人種ごとに居住区が分かれていて、治安組織もそれぞれになっていてその連携が悪く、事前情報収集がうまく行ってないことが原因であるかのような報道されていました。
http://www.asahi.com/topics/word
ベルギー連続テロ(2017年03月21日 朝刊)
2016年3月22日、ブリュッセル空港とブリュッセル中心部の地下鉄マルベーク駅で爆発があり、32人が死亡、約340人が負傷した。実行犯5人のうち3人は現場で自爆し、残る2人は後で逮捕された。一部は15年11月のパリの同時多発テロにも関与したとされる。また過激派組織「イスラム国」(IS)の拠点があるシリアへの渡航歴があることが判明している。
ベルギー同時テロの続きです。
以下の文章は、結論としてはテロを防ぐのは「政治の問題」だと言う意見ですが、前提的に以下のような治安状況が紹介されています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48352?page=3

2016・4・9
ヨーロッパの華やかな小国・ベルギーがなぜ「テロの温床」になったのか
自治と共存の伝統はいったいどこに…

文/松尾秀哉(北海学園大学教授・ベルギー政治史研究)
3月22日、ヨーロッパの小国、ベルギーで連続テロが起きた。死傷者は300人を超えるとされる。・・・
まだ昨年のパリ同時テロ事件の記憶も新しいなかで、フランスの隣国ベルギーの首都で、なぜテロが生じたのか。・・・
今後捜査が進み、新しい事実も発見されていくだろうが、現時点の情報を基に、ベルギーの現代政治を調べてきた者として考察してみたい。
ベルギーの「最大の問題」
・・・・この国が抱えてきた最大の問題が言語問題である。1830年の独立の時点で既にフランス語を話す人びととオランダ語を話す人びとがいた。生まれついての多言語国家である。
ベルギーの独立戦争は、フランスの革命思想に憧れて自由と自治を求めた人びとが中心となったが、当時の周辺大国は、革命思想をベルギーで食い止めるために、オランダ語を話す人びとが多く住む地域を併せて独立を承認したと言われている。
「オランダ語圏の中にあるフランス語圏」として、ブリュッセル首都圏は19の区に行政の管轄が分かれ、それぞれに市(区)長がいる。住民のほとんどがフランス語を語る両語圏のなかで、飛び地のようにオランダ語話者の集住地区が存在していることもその原因だ。
・・・ブリュッセル19区とモレンベーク
それぞれの区長たちは協調的であるよりも、自らの支持を集めるために、非協力的であると言われている。警察も6管轄に分かれているため、管轄が異なれば手が出しにくい。
・・インテリジェンス(諜報活動)の管理も多元的で、データはひとつのネットワークで管理されておらず、各地区の公安担当者は、危険人物リストをeメールに添付してやり取りしていると現地ル・ソワール紙は報道している。 こうしたベルギー側の多元的な治安、管理体制の問題は指摘されて仕方ないのかもしれない。
しかし・・そもそもそのすべての人からテロリスト容疑者を峻別することが可能だろうかとも思う。
・・問題は治安体制の瑕疵よりも別のところにあるように思われる。ここで重要なのは「政治」の役割である。
以下省略

と、この著者は情報集取の難しさを言うメデイアの上記前提状況を紹介しながらもテロが起きる温床をなくすのが政治の仕事だろうという意見を書いています。
軍備の必要性の議論に際して、戦争が起きないようにするのが先だというような意見ですが、医療・消防予算・機器更新必要性の議論で火事や病人を出さないように教育したり、建物を不燃化するのが先でないかとの議論で堂々巡りするのに似ています。
現実は両方同時進行で必要なことが多いのですが・・。
この種意見の優劣は別として、ここでは世界的傾向は「テロが起きてからの検挙」では国民が納得しない現実になっている事を書いています。
佐倉惣五郎の時代には、地域の集落代表が何回も協議を重ねてイザ決行となっても集結してから徒歩で行動開始ですから、仮に鎮圧をする予定でもそれからの軍勢召集でも間に合います。
まして戦国時代の一向宗の一揆と違い江戸時代の一揆勢は集団で城下に押しかけて、気勢を上げていると、城方の上使が来てこれに強訴できれば目的達成・解散です。
後は首謀者がお咎めを受ける覚悟と言う穏健なものですから、お城の方でも政治的対応をどうするかを決める(その時になってオロオロ狼狽しない程度の備えが重要)だけのことでした。
戦後盛んに上映された清水次郎長、黒駒勝蔵(千葉でいえば、笹川繁蔵、飯岡助五郎)などのヤクザの出入り(例えば人生劇場で有名な吉良の仁吉の荒神山の出入り)映画でいえば、徒党を組むところから始まるから、その段階で規制すれば足りるというのが日本の戦後(最近できたばかりの共謀罪を除けば現在の!)治安システムでした。

原理論と時代不適合2

極端な言い方をすれば、国家全体がマイナス成長で生活水準が落ちて餓死者続出でも気にしない・・国際競争力維持よりも審議時間が少ないとか、「強行採決は民主主義の死」という方向に優先順位があるという意味でしょうか?
時には分配や癒着解明が優先順位になってもいいでしょうが、劣位でも成長目標が一切ないのが不思議です。
今の北朝鮮のように国民が食うや食わずでも平等の方がいいというのでしょうが、こう言う綺麗ごとをいう国に限って・実際にはソ連や中国の例で言えば党幹部と庶民との格差が日本よりも激しいのが普通です。
反対ばかりの政党批判対策のためか?「既得権や癒着の構造と闘う」テーマも入っていますが、結局は何かの反対・まずこの疑惑はどうなのか・資料が出るまで国家的懸案になっている政策に対する賛否や対案を出さない・・審議に応じない・・結論を先に送る戦術イメージです。
疑惑に関連しない別の議案は並行審理しても良いはずですが不思議です。
今国会の主要議題である「働き方改革」について言えば、ITの進歩で産業構造が激変してきた以上は、働き方も明治以降採用してきた時間給型(画一的工場労働を基本とする法制)では対応できない分野ができてきた・・部分的に変わって行くべきである点はほとんどの国民一致した考えというべきです。
野党・メデイアは歯止めがなくなるとか過重労働になると批判して国民不安を煽っていますが、従来型・電子レンジやパソコン普及時に煽っていた危険論や一定時間で休憩が必要だという意見同様に根拠なく「変化反対」を煽る域を出ていないイメージです。
労働のあり方改革が必要なのは全分野ではなく、裁量労働の必要な分野が増えてきたのでその分野に限定した部分改正が必要と言うだけのことではないでしょうか?
・・・法案を見ていないし今問題になっている資料の何が間違いかについてははっきりした報道もなくて・・私が読み落としているだけかも?・・重要性もわかっていませんので、断言できませんが・・.。
産業構造が工場労働中心からサービス・知財系に大幅に変わってきた以上は、構造変化に合わせて働き方を変えて行くしかない・・「変更の必要がない」という意見が野党からも聞こえてこないので、これが大方の意見なのでしょう。
とすれば、どのように変えていくべきかの違いについてのいろんな意見があって当然です。
我々素人には時間も能力もありませんが、政党である以上は、いろんな角度からの検討を経て提案すべきで、その程度の時間労力を惜しむべきではありませんし、「わからないならば」その程度の政党として国民の評価を受けるべきです。
政党と名乗り国費補助を受けている以上は、どのように変えていくべきかの対案を出すべきですし、それに基づいて各政党案の優劣を競うのが公正な競争であり民主主義です。
まして労働法分野は労働者階層を基礎的支持母体とする野党が自分の専門領域であり、「自民党案に乗る訳に行かない」という面子があるならば、本来自民党よりも自分の方が詳しいし実情を知っているのだから、時代即応の働き方改革の提案を先にすべきだった事になります。
自分の専門分野で自民党に先を越されても対案すら示せずに、相手の提出資料の批判ばかりでは、合理的討論になりません。
これから未知の領域に踏み込む以上は、やってみなければ分からないことが多いのが普通で(多くの法律で施行後数年〜5年内に検証して修正含みの法律がいっぱいありま)す
完全無欠の法案などあり得ないのです。
各政党の案の中で最も欠陥の少ない案を選択するか修正して成立させるのが民主主義です。
野党のあり方はなんでも反対が職務ではなく、自分の資料の方が優れている・ひいては、自分の提案する「働き方像」の方が優れているという論戦をすべきでしょう。
国会論戦では相手の揚げ足取りばかりではなく、独自資料に基づいた対案をしめすべきが責任ある政治家の役割ではないでしょうか?
働き方改革で議論すべきは、どの分野に認めどのような規制を設けるかその場合に生じる不都合をどう補整するかのすり合わせであって、イデオロギーで決まる問題ではありません。
プロの政治家である以上は、意見がないならば反対する資格もありませんし、政治家の資格もありまっせん。
そこが理由不明でも「納得できない」というだけでその政治家や政党に投票しない・拒否権のある国民との違いです。
こうすべきという意見もないのに、政治家をやり政党と名乗る不思議な政党・・昨日紹介したように綱領さえ作れない政党・・何の目的で政党結成しているのか不明・・(昨日紹介した自民党の主張によれば「大臣になりたいから集合したグループ?かのような表現)野党に転落すると党の方針がない以上は対案を作れないので「相手の意見にはともかく反対する」という政党活動になってしまったのでしょう。
結果・・あげ足取り・・政策遂行の妨害だけする目的の政党に国費補助する存在意義があるのかとなります。
社会変化に対応していかないと国際競争から落伍してしまう危機感を持つ国民から見れば、何でも反対ばかりで変化適応妨害しているような(綱領に明記していないが本音の「隠れた綱領」は「何でも反対して日本の国際社会適応妨害」が目的?)の疑念を持つようになっていきます。
この種の疑念が旧社会党隆盛の頃から国民的規模に広がってきたのは、慰安婦騒動拡大激化に加担したグループ(政治家やメデイア)が虚偽誇張宣伝〜捏造に加担したのではないかと疑われるようになってからです。
このために社会党の凋落が急激に広がり、旧社会党議員の多くが新党結成に参加して社会党から逃げ出したのですが、選挙対策で?新党結成に参加しても対案策定能力がない政治家の資質は変わらない以上は、結果的に「何でも反対」に精出すことになたtのでしょう。
この批判が強まったので1昨年民進党に改称し同時に党綱領も定めましたが、構成員が同じでは具体論を議論する能力がない点は同じです。
「保育園落ちた日本シネ」問題でいえば、保育園不足・・急促進設置の必要性があることについては与野党同じで意見相違がないのですから、争点はどうやってスピードアップするかの具体論ですが、野党は「「日本シネ」と言うだけで、どのようにして保育園を急激に増やすべきかの提案が一切出ません。
緊急対応のために臨時に一定期間設置基準を緩めるか、補助金をどうするか、保育士の補給をどうするかの議論が中心となるべきでしょうが、そうすると「事故が起きたらどうするのだ誰が責任を取るのか」「環境基準が劣化すると発育が心配」の反対論の大合唱になります。
国会で各党の案を提出して優劣を競うべきなのに、何の提案もしないで「日本死ね」というだけの非建設的主張をメデイアが喝采して煽るのでは健全な討論を封殺するもので民主主義の死滅です。
対外政策についても日本のために「謝るべきは謝るべき」という運動は言論の自由ですし、いろんな意見の存在は日本の国益でもありますが、サンゴ礁の自作自演・捏造報道事件を何回もこのコラムで例示していますが、前提事実を虚偽捏造までして日本人全体の評価を下げるために国際運動までするのは行き過ぎという感情です。
捏造したのかちょっと行きすぎ・あるいは感情移入で報道傾向が偏っただけか私にはわかりませんが、国民の多くが憤っていることは明らかでしょう。

政党と内閣支持率推移3(劇場型政治から安倍政権へ)

3月2日に紹介したグラフを見るとバブル崩壊後小泉政権を除けば政権獲得後すぐに幻滅に見舞われ短命内閣が続いたのを見ると、新時代に応じた人材養成期間が必要であったことがわかります。
キャッチアップ・調整型政治に慣れ親しんできた社会でいきなり構想力・実現力を求められても、そういう人材が産業界を含めた各種分野で中堅幹部等にしか昇進していなかった・・そう言う人材は海外子会社に飛ばされているなどすから、創意工夫・企画力のある人材が中枢に抜擢され昇進してくるまでの期間が必要です。
その間目くらまし的に劇場型・イメージ・パフォーマンス戦略に走るしかなかったのは・・・政治の足腰・前提たる実業界自全体が従来型キャッチアップ商法からどうやって脱皮・転換するかに苦しんでいたのですから、政治分野だけ成果をあげるようなアイデアがある訳が無い・堅実な裏付けのないパフォーマンスに終始したのは当然です。
パフォーマンス政治=実現性のない格好付け政治スローガンの意味とすれば、バブル崩壊後安倍政権に至るまでの各内閣を見ると、小泉氏以外のパフォーマンスが全て失敗した原因と小泉政権との相違点を見ると小泉氏以外は、鳩山氏の「少なくとも県外へ」同様にすべて前向き政策の提示でした。
バブル崩壊後政治家だけではなく、超円高と中国の開放による超低価格攻勢に実業界もどのように対応するか模索中でしたので、どう言う構造改革が必要か不明のまま「蛮勇を振るって改革する」という期待感を煽るだけでは(裏付がなく実行力を伴わなかった結果)政権発足直後失速した点では鳩山氏に限らず結果からみると保革を問いません。
鳩山氏は何をするか不明の構造改革論と違って「少なくとも県外へ」と焦点を絞った点で小泉劇場同様にインパクトがあったのですが、郵政民営化は国民がそのスローガンに熱狂さえすれば一定の法改正自体可能ですが、基地移転は相手が米国ですし、国内的に見ても移転先の同意・用地獲得などの手当てが必要ですから、熱狂・国内をいくら煽ってもどうにもならない・・スローガンの実現不可能性は素人にもすぐに判明した点で目立ったにすぎません。
小泉劇場の成功の秘訣は、野党の「〇〇反対」と同じ「ぶっ潰す」というだけで新たに何かする提案をしていない、出来もしない前向き政策を提案していません。
現行政策をストップするだけで具体的政治に対する期待感を煽らなかったので、既存政治家にいじめられているイメージだけ膨らませて、いじめられている人に対する同情心・判官贔屓で成功したものです。
「ぶっ壊す」のは、新たな制度構築に比べて権力者にとっては楽なことです。
たとえば道路をつくるといえば道路用地買収から予算までいろんな手順・実務能力が必要ですが、(「少なくとも県外へ」が失敗したのは受け入れ先の同意その他の実務がいるからです)中止ならば実行中の工事の次の工事の発注さえしなければ済みます。
小池氏はその真似をすればいいと思った・・まず最初の大政党を敵に回しての孤軍奮闘のイメージ戦略で有権者の同情心を掴み、都知事になって実際に何かする必要が出てくると築地市場の移転では、豊洲の粗探しで工事中断に持ち込みました。
オリンピックのエンブレムに始まる騒動も全て粗探しに始まって手続き中断を狙ったものでした。
築地移転もオリンピックも目先の注目期間が終わり、何のための中断だったか(停滞の損失)に関心が移る頃に総選挙になったので失速してしましたが、ともかく工事中断効果があったことは間違いがありません。
このように「やめる」だけならば、トップの権限で公約通りに実行可能な点が前向き政策との違いです。
民主党政権での「事業仕分け」が華々しかったのは、事業廃止だけだったので強引無茶な仕分けが可能だったにすぎません。
(馬に水を飲ませないことはできるが)「飲ませることはできない」という箴言の応用です。
革新系のように反対・粗探しによる議事・進行妨害だけならば国民の納得不要で簡単ですが、前向きの政策の場合には国民が自発的に動いてくれないと進まないので難しいので自己満足ではどうにもなりません。
小池氏のオリンピック問題のカラ騒ぎや築地移転のいちゃもん騒動では、以下の通りの大損失ですが関係者の協力不要で先送り可能でした。
オリンピックでは東京都以外の競技場検討というだけ言って大騒ぎした結果、競技場が元の予定に戻るなど関係者は不満だらけですが、国益のためになんとか間に合わすしかない・仕方なしの協力関係になっています。
築地移転に至っては具体的損害が出ています。、
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201707/CK2017073102000110.html

2017年7月31日 朝刊
東京都の築地市場(中央区)から豊洲市場(江東区)への移転延期が長引き、築地市場の建物解体工事を都から受注した業者が困惑している。移転時期が不明なため、都が契約解除を求めているためだ。業者にとっては大きな仕事を成し遂げて実績にしたいとの思いがあり、「落札した契約を都の都合で破棄されるなんて聞いたことがない」と反発している。 (唐沢裕亮)

http://ytanaka.g.dgdg.jp/toyosubook/ebook-8.pdf

大騒ぎをし、数百億円の損失を残した、豊洲移転延期騒動は何だったのか

上記では各分野の中断による損害を弾いていますが、省略します。
小池氏は、次の予定された次の工事着工OKの印鑑を押さないだけでは格好がつかないので、過去の決定手続き過程調査が必要と言って時間稼ぎをしていたように見られてしまいました。
パフォーマンス政治脱却に成功した安倍政権(BtoCからBtoBへの実業界の対応が進んできたことが背景)時代になっても、まだパフォーマンス劇場型の小型版・・二番煎じで支持率を維持できると誤解していたのでしょうか。
バブル崩壊後次から次へと政権が交代してもその都度支持率急落の連続でしたが、3月2日紹介のグラフで第二次安倍政権の支持率を見ると、派手なパフォーマンス不要で内閣支持率が党支持率を長期安定的に上回っている初の本格政権になっていることが分かります。
安倍政権が次々次繰り出す政策が良いから経済順調・支持率維持なのか、経済が息を吹き返した時に政権獲得したから支持率が安定しているのかの関係は不明ですが・・。
内閣支持率の安定こそ政敵・野党に限らず中韓等敵対国は、政権党を攻撃するよりは先ずは安倍政権打倒に必死になっているのでしょう。
60年安保以降〜高度成長期以降の野党の動きを見ると体制(政策)選択の主張で競争するのは無理が出てきたので、各種反対運動や国会議事妨害目的になって行き、清水幾太郎がそのように変化していった丸山真男ら主流的文化人らと反目するようになっていったことをFebruary 23, 2018,に紹介しました。
「何でも反対」論は、四日市の公害や熊本の水俣病などによる公害反対激化したころまでは社会的意義のあるものもありましたが、駅前商店街(零細商店)を守れなどの反対になってくると市中心部の空洞化の原因となり、空港立地や高速道路反対・工場立地反対など地域経済に対するマイナスが目に見えてきました。

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