覇道支配の終焉4

安倍総理のアメリカ議会での演説内容は言わば仕上げでしかなく、その前の地球儀を舞台にした外交戦で負けが込んでいるアメリカは、日本を旧敵国と強調するよりは同盟国として持ち上げるしかないようになっています。
アメリカ政界に食い込んでいるつもりの韓国は、次々と政界大物を送り込んで安倍演説阻止に働いて来たのですが、奏功せず赤っ恥をかかされた状態で国内的に大騒ぎです。
(中国は背後で動くだけですので恥をかきません・・この辺は韓国よりはしたたかです)
古代に遣唐使が派遣されたときに朝鮮使節が日本よりも先に謁見を求めるなど序列にこだわっていたことが、我が国では笑い話にされていますが、現在の動きを見ると強国の自民族に対する評価順序がどの序列であるかが朝鮮民族にとっては今でも大騒ぎする対象であることが分ります。
(誰でも少しは気になりますが大騒ぎまではしません)
アメリカは対外的には専横かも知れませんが、対国内的には専制国家そのものではなく、国民に開かれた民主国家ですから、裏で政界にいくら取り入っていても国民全般の意向を政治家は無視出来ません。
クリントン前国務長官は(中国による食い込によって?)当初明白な(反日)当初中国寄りでしたが、国民意思を無視出来なくなったらしく任期終わりころには遂に中国批判に転じました。
政府要人さえ取り込んでしまえば、勝負ありと自国基準で考えている点が中韓両国の思惑違いになっているところでしょう。
親中韓政権である民主党政権に気を許して、日本国民の反応を気にしないでやり過ぎた李明博大統領の竹島上陸や天皇侮辱発言による失敗と同じです。
日本マスコミでは、戦後70年の節目で総理がどこまで反省する演説をするか、アメリカ議会でどこまで踏み込むかばかりに焦点を当てていましたが、これは中韓の関心事項であって日米にとって重要事項ではありません。
日本としては世界のあちこちで紛争当事国の信用を失いつつあるアメリカに、どこまで付き合うかを決めることが重要であり、かと言って中国と仲良くするのは、懲り懲りした状態です。
(中国は自分の方が強いとなれば、正面から問答無用式専制的支配南沙諸島の武力侵攻など強引そのものですが、これに比べれば表向きだけでも、「法の支配」・・正義を掲げるアメリカ支配が続いた方がマシ・・もう少しアメリカを盛り立ていくしかないと言うのが国民大方の意見でしょう。
アフリカ、アジア(アメリカによる制裁を受けていたミャンマー・ベトナムなど)諸国も国際的に孤立していたために中国の協力を得るしかなかったのですが、進出を許してみるとその酷さ・横柄さに懲り懲りしている状態で、日本に進出して欲しい国が増えています。
日本は中国に懲り懲りした国々の期待に応えて進出して行くにしても、まだまだアメリカの応援(経済制裁解除など)が必要です。
アメリカの方としても、この辺で日米間の戦後を終わりにしたい・・旧敵国かどうかの関係を早く卒業して、信頼出来る同盟国としての日本を迎え入れた・・「まだ裏表なく誠実に支えてくれる味方がいるぞ!と世界に宣言したい立場でしょう。
以下に書くように世界中の従来からのアメリカ同盟国ではアメリカ不信に陥っている国々が増えています。
同盟国の離反が相次いでいるアメリカにとって、これと言った利害対立のない日本は唯一信頼出来る同盟国になっています。
この状態で、日本を敢えて70年も前に戦った旧敵国だからどうのと差別している余裕はない筈です。
AIIB・中国主導のインフラ投資銀行設立参加問題では、アメリカの締め付けに対して欧州やアジア諸国は聞く耳を持たず、日本・カナダ以外の大方の西側諸国は参加してしまいました。
ドイツもイギリスもフランスもそれぞれアメリカとはいろんな利害対立があって、アメリカのやり方に不満・含むところがあると言われています。
中東では忠実な同盟国サウジアラビアさえもが、アメリカの対イラン政策に露骨に反感を示して非常任理事国就任予定を拒否さえしてしまいました。
イスラエルのオバマ大統領に対する怒りも大きく報じられています。
このように長年親密な関係にあった同盟国でさえも、アメリカに対する反感・不満だらけになって行動に表すようになって来た様子です。

覇道支配の終焉1

日本にもアメリカ式金融資本主義一辺倒に走りたい人もいますし、戦争に負けたらすぐにキリスト教に改宗する人もいたでしょうし、ドイツ式に原発が危険だとなればすぐにやめた方が良いと短絡的に走る人もいます。
多種多様な人がいるから(英米法に詳しい人や、金融デリバティブで稼ぐ人も必要です)日本は適応能力が高いのですから、八百万の神を認めるのと同様に、短絡的な人がいる事自体めでたいことです。
そう言う人にとっては、被害がなくともドイツが原発政策を全面(廃止方向へ)変更しているのに、あれだけの被害があった我が国が、何故直ぐに「廃炉する」と決めないんだ!「何をモタモタしているんだ」と言う気持ちでしょう。
原発事故=全面即時廃炉論者と、日本の敗戦は軍備があったからだ、軍備さえなければ敗戦がなかったと言う・・意見は短絡的と言う面で繋がります。
その結論との間にはいろんな思考パターンがある筈ですが、この辺が単純・・文字どおり「短絡」ショートさせてしまうのが、この種論者の特徴です。
複雑に考える必要がないので原発が良いとなれば原発一辺倒、駄目となればすぐに全面撤退で、こう言う人は生きて行くには簡単で良いかも知れません。
韓国をみると、自由貿易体制が良いとなれば民意など無視して100%その方向へ舵を切るなど、アメリカ式に表音文字・ハングルだけにしてしまう・・戸籍制度もやめてしまうなど、すごく簡単に大幅な制度改正をしています。
元々自国の基礎文化が薄いことが簡単に大変更出来る原因かも知れませんが、中国などでは歴代王朝が転覆すると前王朝を全面否定する文化・・全く新しく歴史を書き換える文化です。
我が国で考えている歴史とは違い、中韓やアメリカなどは客観性など問題にしない・・勝った方が歴史を好き勝手に作るのが当然と言う意識の社会であることを理解しておく必要があります。
アメリカの好きな・・基本国家原理である「法の支配」も、東京裁判を見れば誰でも分るように、事後法で一方的に裁いて人殺しをしているのですから、アメリカの基本原理である法の支配自体に矛盾している・・破綻しています。
また原爆投下や一般人殺戮を目的にした東京その他の大空襲は人道に対する罪そのものですが、これに対する一切の弁明すらしていません。
アメリカの価値・道徳観は、どんな非道なことしても腕力さえあれば良いと言う本質を表していますので、権力闘争に勝ちさえすれば何をしても良い・・中国の歴史同様の専制支配の価値観と本質が変わっていません。
この種の身勝手な二重基準は、世界各地で行なわれて来た筈(イラク戦争も同じ)ですから、今や世界中がアメリカの身勝手な行動に対する不満だらけです。
この国が「法の支配」「人道主義」などと言っても、世界中(国内では激しい人種差別がまだ続いています)で誰も信用していないでしょう。
アメリカの言う「法の支配」とはアメリカ以外の国に対する専制的支配を前提にして、権力意思の貫徹を目的にしていた中国古代の韓非子の法家の思想と同じで、「法」自体正義に基づくか否かではなく、自分の決めたルールを弱者に守らせようとする利己主義の表現でしかありません。
この辺の疑念があるので、市場開放・自由主義とかTPももしかしたた、アメリカの一方的要求を貫徹する道具じゃないのか?と言う疑心安危が小国に根強い理由です。
アメリカの国際政治の基本は、王道(道義)によるのではなく、覇道によると言うべきでしょうから、世界中でアメリカ式圧政に対する不満が高まるのは仕方のないことです。
この矛盾に対する世界的抗議が9・11以降世界的抵抗が燎原の火のように広がって来た原因と思われます。
日本以外の国では、前政権の支配は全面的に悪かったと言う虚偽歴史、虚偽の正義を教えることにも、何の疑問も恥ずかしさもありません。
日本の場合、その都度前政権の功績を認めてその上に改善して行く社会でしたから、絶え間ない発展が続いて来たのですが、中国では王朝が倒れる都度全否定から始まる・・ゼロからの繰り返しでしたから約2000年間制度的に全く発展性がなかった原因です。
彼ら(特に中韓政府)から見れば、2000年にわたる専制支配下で生き抜く智恵を身につけて来た経験・・覇者に取り入って自己保身することには長けていますので、アメリカに気に入ってもらい相手(日本)を蹴落とす権謀術数ではヒケをとらないと言う自負心があるようです。
習近平氏就任直前の権力闘争の激しさに関して、権力闘争に関しては2000年の歴史があるので、権力闘争(・・権力内の政敵を蹴落とす争い・・現在では覇者あるアメリカの意を迎える競争)に関しては、「日本などは赤子の手をひねるようなものだ」と豪語している関係者発言?を読んだことがあります。
実際に韓国系はこの能力を活かして国力の割には、米国政界に巧妙に取り入って大きな地盤を築いています。
中韓の価値観では、覇者(古い言葉で言えば専制君主)アメリカの支持を受けている限り噓でも何でも言い募って弱い者イジメに使うのは古来からのやり尽くして来た讒言の一種であり、「強者の覚えが目出たい」取り入るのに有益と言うプラス要因でしかない前提ですから、我が国が慰安婦問題や南京虐殺は史実と違うと主張すること自体が「世間知らず」とバカにされていました。
南京虐殺であれ慰安婦であれ正義・事実とは関係なく、世界覇者のアメリカが喜ぶかどうか、アメリカが裏で推進する気があるかどうかで勝負が決まると言う考え方です。
こう言う狡い考えが世界中ではびこっているのは、アメリカ自身に正義に従って行動する基準がないからです。
賄賂で動く女に弱い、お酒が好きだ、ゴルフが好きだとみれば、その道で攻勢を掛けるのが普通ですから、要は上に立つ人の生き方です。

我が国の文化受入れ態度1

ドイツの最近の対中国接近等の動きを見ると、(昨日紹介した鳩山政権同様に)充分に考えないで目先の損得・国民受けを狙ってあわてて行動しているような印象です。
ドイツは長い中世時代には領邦国家であった関係で地域間競争があった点は我が国と同様で、じっくり社会の成熟と文化を育んでいたので、その点が強みです。
英仏では王権が強かったので早くから、国家一丸として時代の進運に逸早く対応出来る・・重商主義政策に邁進出来た優位性がありました。
歴史教育では、ナポレンによる民族国家成立を理由にしていますが、その前のルイ大陽王の時代は民族国家成立前ですから、その成功は中央集権制度確立の成果によると言うべきです。
その代わり、中央集権制の宿命で国内競争が弱いので、国内的に文化成熟しなかった(フランスの得意とするものの多くはイタリア文化のパクリです)と思われます。
日本では庶民相手に浮世絵や歌舞伎、俳句、落語その他の芸術が花開いているのに、西洋では、王侯貴族相手の肖像画程度しか芸術や音楽がなかった原因です。
統一の遅れていたイタリアでは、今でもフェラーリや料理文化などの各種の技術があるように、ドイツでも、領邦制が国際展開が遅れる関係であった代わりに、国内諸候の領土主権が強固であった分、競合する技術や文化発達の歴史を持っていました。
これがドイツイタリア共通に音楽が高度に発達し各種技術力が高い所以でしょう。
ドイツは封建制のために国内諸候に対する対応に忙殺されていた外に、西洋の端っこ・田舎にいたために都会人としての気配りや国際情勢対応能力が身に付いていない点は宿命的です。
(・・このために宗教戦争の舞台にされて外国軍がドイツで入り乱れて30年も戦うようになったなど)
田舎者のままで機敏な国際対応能力が劣ってはいますが、同じ国際体制が続くと、国内技術・文化の厚みが底力を発揮するので、ドイツが地力を発揮する前に作られた国際秩序がドイツの底力と合わなくなってきます。
第一次、第二次世界大戦も大きな目で見れば、実力に比例した国際交渉能力不足を武力で解決しようとした結果とも言えます。
この弊害克服のために、EUは、設立当初からドイツの意見が入って作られた初の国際制度ですが、今回南欧諸国に対するEU処理の混乱は、田舎者のドイツが牛耳っているので、うまく行かない面があると思ってみています。
我が国は、ドイツ同様の封建制でしたから、各地領主ごとの経済(特産品)競争があり国際経済組織としての為替制度など発達していたほか、いろんな文化が西洋よりも発達していました。
明治維新の大変革時でも我が国は、当時圧倒的覇権国家だった英米の統治方式をあわててそのまま取り入れませんでした。
古代佛教や律令制の取り入れや儒教の取り入れ、キリスト教の受入れ・・等々我が国はその都度智恵を働かせて慎重に対応して日本人の精神(和魂洋才)を大事にして来たのですから、本当に祖先は偉かったと思います。
左翼・人権派系は(兎も角)「世界の流行に乗り遅れるな」今では国際人権委員会の動きがどうのと言う主張・・思考方式が普通です。
英米思想の根本=ユダヤ系の金融資本主義であり、「宣伝に勝ちさえすれば良い方式」ですが、今はアメリカ支配だからとそれ一色で進みたいのが日本の文化人です。
中韓では、国を挙げてこれが良いと思ったら一直線に全面取り入れですから改革は早く(韓国ではアメリカ支配になるとすぐにキリスト教徒が多数になっていますし・法制度の改革も急激です)「金儲けにさえなれば何でも良い」「噓でも何でも宣伝戦に勝ちさえすれば良い」と言う思想そのままに邁進している様子です。
韓国は「アメリカの力が落ちて中国の時代が来そうだ」となれば中国寄りに露骨に舵を切ります。
中国政府の主導するアジアインフラ銀行に乗り遅れるな・・政府の判断ミスだと言う政府批判が一時マスコミを賑わせましたが、ネット発信による批判によって、すぐにトーンダウンして来ました。
ネットの発達によって、中韓寄りのマスコミによる世論誘導力(何故誘導したいのか不思議ですが・・)が格段に落ちて来たことが分ります。
明治維新直後・自由民権派によるヤイノヤイノの憲法制定要求には、政府は拙速に応じませんでした。
20年近くもかけてじっくり市町村制度など地方制度を整備しながら、世界の実情を調査研究した上で、(帝国憲法は明治22年発布です)国情が似ている上に、実際には長い歴史経過を見るとドイツ諸国の方が文化その他の基礎が進んでいると見抜いた我が国は、法制度や医学・文化学問の基本をドイツから学ぶことにした智恵と似ています。
緊急に決めるべきことと、充分な準備時間をかけて慎重にやるべきことの区別をしてこそ大人の智恵と言うものでしょう。

原発再稼働の是非と原子力政策1

現在政治家が優柔不断で決断力がなくて誤摩化しているのか、重要なので機が熟すのをじっくり見定めているのかの違いは、経済政策のように瞬時に決めて行くべき緊急性があるかどうかによります。
原発の新設をどうするかは国家意思が決まらないうちは手を着けなければ良いことですが、福島原発事故当時稼働中の原発をどうするかは緊急の課題です。
そこでもっとも津波に弱いと思われていた御前崎・浜岡原発は即時停止方向に決めた他は通常どおり運転し、その間新たな規制基準を作成して、定時点検による休止後新たな基準で再開の是非を決めると言う方式がとられています。
ところで、新設とは違い既存施設を再稼働するかどうかは、燃料棒の違いによっては実はそれほど緊急に国論を決めなければならないことではありません。
MOX燃料棒の場合には、再稼働しないで、今の施設のままで放置しておいて(廃炉すると決めても冷却しないで放置すると燃料棒がすぐに危険になる・・冷却不要・・危険でなくなるまでには何年もかかるようですし・・)、その間に津波で冠水・電源喪失すれば、稼働中と似たような被害が起きる点は同じです。
電源喪失の危険性・・大地震の確率はよく分らないとしても、稼働中ではない使用済み燃料棒も電源喪失して冷却し続けられなくなると大変なことになる危険性は同じです・・。
このために福島原発事故の場合、大騒ぎして全国から高所(高層ビル)放水用の消防車を動員したりして高所に保管中の燃料プールへの注水作業に必死になっていたことを想起すれば良いでしょう。
(ニュースでは東京都の石原都知事の発言だけでしたが、千葉市の最新式消防車も出動した・・その費用を請求中と震災後大分経った頃に聞いたことがあります)
燃料棒の違いによっては冷却する必要がないらしいのですが、その違い・・どこの原発ではどう言う燃料棒を使っているのかが報道だけではよく分りません。
MOX燃料棒使用原発の場合、「再稼働しなくとも、プールで冷やし続ける必要のある使用済み燃料棒の危険と再稼働したトキの危険性との違いが何か」と言う点にあるように思われます。
新設するかどうかの議論は、何の危険もないところに危険物を設置するのですから危険性が「あるかないか」ですから、大きな違いがあります。
(「50歩100歩」と言う言葉がありますが「ゼロと5〜10」の倍率は50歩100歩の比ではありません)
だからこそ、新設して行くどうかの基本方針を決めるには、国民意思が揺れ続けているのですが、その前に既存設備をどうするかの議論が決まった(この間にいろんな議論が煮詰まって来るでしょうからその)後に、じっくり決めれば良いことかも知れません。
この辺は歴史の長い我が国の優れたところで、慌てふためいてさしたる議論もしないで、直ぐに原発ゼロを決めてしまうドイツ等とは民族レベルが違います。
革新系文化人はドイツの英断を賞讃する傾向がありますが、自分自身じっくり考える能力がないから乱暴な決定を英断として賞讃する意見になるのでしょうか。
福島原発事故当時を思い出してみると、ドイツは事故直後慌てふためいて東京の大使館を閉鎖して大阪へ移転していました。
私は当時ドイツ銀行に対する投資信託もどきの遺産相続の関係で解約手続中でドイツ大使館にドイツの裁判制度関係の照会をしようとしたら、東京の大使館が閉鎖されてみんな大阪に逃げている・・窓口が大阪になっているのに、驚いたことがあります。
日本中が大地震に遭遇して大変な心労の最中に、このようなことしたら日本人がどう受け取るかの配慮が全くないのです。
国家を代表して来ている以上は、東京都民が移転しても国家代表として踏みとどまるくらいの気概が必要ですが、率先して東京を引き払って,日本を貶める急先鋒(韓国以上の露骨な動きに日本人は驚きました)をやってしまいました。
メルケル氏は震災後約4年経過後日本初訪問しても被災地へ足を運ぼうともせずに、岡田氏と慰安婦問題を話し合って日本批判したと報道されています。
何ら下準備もなしに鳩山総理が、イキナリ大幅なCO2削減を国際公約したり沖縄の基地移設問題で根拠・下準備なしに「最低でも県外へ」と主張していたのですが実際には、何も実現出来なかったことがあります。
この無責任発言が未だに我が国にとって沖縄基地移転問題解決にとって大きな負の遺産としてのしかかっているのは周知のとおりです。

原発問題と統治行為理論(専門家の限界)1

話が変わりますが、全体の利益を考える必要がないかのような一方的主張を繰り返している印象(しか知りません)の農協系主張は、左翼系主張方式に親和性がありますから、政権党向きではありません。
将来的には自民党から離れて行くべき・・逆に責任政党を目指すならば、自民党が離れて行くべきではないでしょうか?
韓国や中国が、兎も角無茶苦茶要求して来るのと似たやり方・相手が引くまで言うだけ言えばよい・・思考方式に左翼系が染まっているようです。
日本人のやり方は何事も相手の立場を慮って言い過ぎない前提ですから、こちらが引いていれば相手が遠慮すると思っていると「こちらが引けば中韓はいくらでも圧して来る」ので、慰安婦問題のように大変なことに発展してしまいます。
相手(国民全般)にそこまで(正しいかどうかは別として相手がのめば良いと言うスタンスで一方的な主張ばかりだと)思われたら(ヤクザとは二度と付き合いたくないように)後がありません。
旧社会党は「無茶苦茶言っているだけではないか」と言う国民評価が定着して事実上壊滅的状態になりましたし、今や日本人の嫌韓感情は後戻り出来ないほどになっています。
弁護士会の各種委員会の行動様式は、行け行けドンドンの一方的なやり方ですから、その委員会に出掛けて行ってたった一人で敢えて「企業にも言い分がある・消費者をそこまで守る必要がない」「犯罪被害者にそこまで権利を認めるのは反対」「少年にそこまで権利を認めるのは反対」と反対論をぶつために消費者委員会や少年委員会や男女共同参画委員会などに参加する人は(お前は人権意識が低い・・と吊るし上げられるだけですから・・)皆無と言っていいでしょう。
◯◯の人権と言うテーマも一杯ありますが、理想的には、完全な主張をすれば良いのかも知れませんが、実現性がない・・社会が容認出来ないことまで、オタク化・純粋化した委員会では反対論がなく通ってしまう傾向・・主張するだけしてその半分でも通ればいいのだと言う気持ちがあるように思います。
消費者系は頑張っている面が多くありますが、企業側の立場を認めない・・消費者視点で突っ張って行けば、企業利益は別の団体が主張するから弁護士は気にする必要がないと言うスタンス・・要求をどこまで勝ち取るかの視点で頑張っているように見えます。
刑事手続での各種専門委員会の要求もほぼ同様です。
こう言う委員会に入って「そんな無茶言っても通る分けないよ!」反対意見を主張するのは無理があるので、「行き過ぎじゃないの!」と思っている弁護士は殆ど委員会に入らないと思われます。
この結果、弁護士会の公式意見は、外見上反企業的、反進歩的・・新しい技術や製品が出るたびに「危険だ」と言う反対意見一色になっている印象です。
ただし、建築や医事紛争の委員会は、医療側と患者側の双方の弁護士で構成しているので、比較的抑制的な委員会になっていますし、こう言う委員会もいくつもあります。
(私の属している委員会はこう言う種類ばかりです)
政治要求的色彩の強い委員会・・対外運動系では一方的に反対運動したり、権利要求したりする傾向が多い・・元々対外宣伝したいのですから、これが対外的に目立つのは当然です・・知らない人は弁護士はみんな政治運動ばかりしているのかと誤解しそうです。
以上は私の個人的印象・偏見?ですので、具体的根拠はありません・・念のため・・。
たまたま、4月15日の日経新聞朝刊では、福井地裁で高浜原発再稼働執行停止の仮処分決定が出たと報道されていました。
裁判所は弁護士会の委員会のように特定立場の集まり・構成ではなく、双方の意見を聞くべき組織・・中立機関です。
事件詳細を知りませんので具体的意見は書けませんがので抽象的感想に留まりますが、高度な政治判断を含む紛争の場合、司法がどこまで踏み込めるか、抑制的判断するべきかと言う哲学的な論争が必要な印象を受けました。
重大な国家利益判断の妥当性に付いては、そのときの政治(国民総意)に委ねてその正邪は後世の歴史が決めて行くべき事柄です。
政治判断の訓練を受けていない法律家・・事実認定の専門家でしかない司法機関が国家の命運を決めるような重要政治決断の是非を判定する権利・能力がない・・最終決定権を行使するのは、司法権の濫用になります。
岸政権が改訂した安保条約に関しては、最高裁判所が統治行為理論で判断を回避したのですが、その後の歴史を見ると、明らかに賢明な判断だったと思われます。
統治行為理論に付いては、最近では、「解釈改憲3(憲法秩序の事実上改変)」October 8, 2014で書きました。

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