民主主義の基礎4・信頼関係3(governmentとは?1)

アメリカの場合人種のルツボであって民族主義の情緒に訴えられないので、for the people「人民のための政府」という秀逸レトリックが生まれたのですが、こうなると政府・人民とは何かが気になります。
国民を対外戦争に動員するためには人民による、人民のための政府擬制が必要なので、政府実在を強調するしかないでしょう。
政府・governmentとは何かですが、直訳すれば統治(者)ですから、これを日本の「政府」と翻訳するのは誤訳ではないでしょうか?
governmentの内容実質は、統治する機関・支配者でしかないのでしょうし、the people・ピープルは構成員?ではなく支配・管理対象でしかない、日本で言うところの国民ではなく「烏合の衆であるpeople」民衆がその対象になっています。
governmentに関するギリシャのプラトンから始まって、現在のガバナンス論まで有益な講演・質疑録が以下に載っていますので、関心のある方は参照して下さい。
専門家同士の長いやり取りがあって、これを私が勝手にまとめても間違いがあっても困りますが、運良く?まとめがありましたので、その部分だけ引用しておきます。
http://web.iss.u-tokyo.ac.jp/gov/research/dp_uno.pdf
DiscussionPaperSeries
全所的プロジェクト研究 ガバナンスを問い直す 政治思想史の観点から
東京大学社会科学研究所
InstituteofSocialScienceUniversityofTo k y o
宇野 重規(東京大学社会科学研究所)
2012年11月
「とりあえずのまとめ
(フーコーが正しいとすれば)本来は私的な財産や従属的立場にある人々を管理す
ることを意味した「統治」が、君主が自らの私的財産である領土と人民を管理する
という趣旨から、近代国家による行政、さらには公的秩序の維持一般を指す用法へ
と拡大した。と同時に、以前はさまざまな主体の実践に用いられていたのが、もっ
ぱら国家に関してのみ使われるようになった。」
欧米思想史では、日本の政府とは違い、governmentは統治、支配機関のあり方論でしかない以上は、ガバメントの特性は支配階層・・・共和党統治などで表現するしかありません。
日本の「政府」はマツリゴトをする府であり、集団員を超越したリーダーや支配者・管理者を予定していません。
古代の卑弥呼その他日本列島でのマツリゴトの本質は「憑依」に頼る点で一見非合理ですが、集団構成員の言葉にならない本音・・集団の総意を体感する儀式だったと見るべきでしょう。
「総意」については日本国憲法で書いている「総意」をどのようにして知ることが出来るかと言う関心で大分前書いたことがあります。
憲法
第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
大方の納得する総意・落としどころはその場の雰囲気?を読む能力が必要です。
多数意見であっても反対派もいるので総意ではありません・・。
多数意見で押し通すのでは、落ち着かないのである程度反対論者も納得する妥協的現実論は、選挙では知ることが出来ません。
最後まで妥協せずに(不利な判決が出れば不当判決と非難するなど)最後までいがみ合っている社会では民主主義社会は成立しませんので、本当の明主義社会が成立するには、高度な民度が必須です。
どうやって総意を探るかの智恵。民度ですが、口論の末につかみ合いの喧嘩をしているのでは社会の融和が保てないので、我が国古代には憑依に頼って、これに従うルールが出来たのです。
巫女に頼る古代社会は、現在でも冷静な話し合い解決能力がなく際限ない争いをする後進国よりも社会運営方法としては、はるかに進んだ制度です。
喩えば、スポーツ競技で0、何秒まで測定出来る時代と違い目測のときには、測定出来ないときに、判定不能な場合には勝敗をクジやじゃんけんで決めていたのと同じです。今でも相撲やスポーツでは行事や審判の判定は絶対と言う決まりがあります。
測定器あるいはDNAなどの発達によって厳密判定可能化が進んでいますが、政治意見の優劣はいくら議論しても決まらないのが普通ですから、(現在の支配的方法である多数意見だからといって正しいとはかぎりません・・クジで決めると予め決めたのと同様の一種の取り決めです)最後はクジやトランプで決めるのは意外に合理的です。
これと同じことを古代から考え出して内輪もめをやめたのですから、今でも適当なところで論争を終わりにする知恵がなく、内部紛争に明け暮れる社会に比べれば、かなり進んだ制度です。
測定機器発達同様にこれが次第に合理化されて(冷静・論理的な議論が出来るようになって)、朝廷や幕閣での合議制や村落での寄り合いによる民意集約方式に発展したものと見るべきです。
日本では組織と言えば村落集合体が基礎ですが、構成員である自分自身の意思が無下に否定されることがない融和的解決が多い社会の運営は参加人の意思をソンタクした「政(まつりごと)」であり、誰か強い人の意見で統治される対象ではなくみんなの総意、共同作業であることは古代から今も変わっていません。
日本の集団には支配・被支配という2項対立意識はありません。
ちなみに政治の「治」とは、治山治水の治であって、上から命令・支配出来るものではなく、自分より超越的な自然界に「御治め下さい」と受納して頂くものです。
結局は集団総意をルールに従って憑依して(お上の声を)聞き、これを実行しましたので嘉(よみ)して下さいと言うに過ぎないのが我が国の政治です。
「国民」と言う漢字がありますが、これは明治政府が無理に西欧流近代国家概念に当てはめただけであって、元はと言えば「くに」の民です。
「くに」とは何かと言えば、今でもクニ(郷土)に帰るとか邦人と言うように「くにを同じくするひと」「はらから」としてあい助け合う同胞を表す意味です。
郷土を同じくし、何世代にわたって維持して来た相助け合う同胞を国民と漢字表記しているのですから、支配の対象でしかなく共に助け合う存在ではない・砂粒の人達?であるpeopleをクニの民ではない「人民」と翻訳したのは誠に的を射た翻訳と言うべきです。
日本人をも欧米並みに「人民」と定義すれば、社共・文化人勢力のスキな「搾取」される被害者像がフィットする関係になります・・実際彼らは国民と言う言葉より「人民」と言う言葉が好きです。
アメリカの人たちは日本の国民に昇格していない・・工場の機械や工具・牛馬や原材料同様の支配利用の対象。商品でしかないが、タマタマ牛馬ではない「ひと科」に属すると言う意味で「人民」と言うのですが、その状態で今まで来たことになります。
フランス革命後の民主主義と言ってもgouvernement・government・統治機関を構成する支配層間のヘゲモニー争いをpeopleの選挙で決めるようになっただけのことであって、ガバメントは人民の支配(者)機構である点は変わりません。

民主主義の基礎3・情報の正確性1

今回のアメリカ大統領選の事前報道でも同じですが、日本に伝わるマスコミ報道を前提に判断していると本当のアメリカ人の心・・民意を読み間違えます。
韓国がマスコミに出ない日本人の気持ちを読み間違えて取り返しのつかない大失策をしてしまったのと同じで、日本もマスコミ報道に頼ると痛い目にあいます。
マスコミ報道では、安倍総理とクリントン氏との選挙期間中の会談ばかり取り上げていましたが、幸い安倍政権は水面下でトランプ氏にも面会要望を事前に出していてトランプ氏の都合で会えなかっただけだったたらしく、(むしろ貸しがあった結果?)世界で真っ先にトランプ氏との会談予定が入ったと報道されています。
安倍政権は外務省ルートだけに頼らずに独自情報収集に努力していたと言われます。
1両日の株式や円相場の乱高下を見ると、日本のマスコミの予想どおりトランプ氏当選の場合の株式の「売り」「円買い」を仕掛けていた大方のプロ?はみんな大損害を出したようです。
トランプ氏に対する否定評価のマスコミに従って、トランプ氏当選結果で想定どおり即時の売り仕掛けで東証日経平均株価は約1000円も下がり円も急騰しましたが、日本市場終了後に始まったアメリカ市場では逆の動きでしたので、(・・トランプ氏の穏健な発言があったようですが、選挙前からある程度こう言う事態は読み込まれていた筈です・・アメリカのトレーダー・プロはマスコミに踊らされずに冷静に実態を読んでいたことになります)その翌日の日本市場ではあわてて買いに戻り1000円以上値上がりで往復2000円の読み間違いとなって大損の結果に終わったようです。
(それ程の損がないようですが、解説によるとプロは売るときは買い予約を入れ、買うときは売り予約を入れるのが普通ですので、その読み違いで2倍の損になるようです)大損らしいです。
トレーダーが恥をかき、大損をした程度では金銭次元に留まるので、慰安婦騒動で韓国が日本マスコミを信用し過ぎて日本人の奥底の心理を読み間違って受けたダメージほどの大損害ではないにしても、経済界も世界から直接データを仕入れる・・日本マスコミ報道に頼る姿勢を改める必要を感じたでしょう。
大手マスコミの偏向を日頃主張している人を含めた政治経済系評論家も藤井厳喜氏を除いて殆どの人がクリントン有利を前提に、しかもトランプ氏が当選すれば世界経済が大変なことになると言う前提の議論するしかなかった弊害をどうすべきかが重要です。
金融の場合、その日のうちに株式・為替相場に結果が出ますので、成果が分りよくて良いです。
政治の読み間違いの損失は複合的にじんわりと出て来ますので、マスコミが誤った報道をし、評論家がそれを前提に議論を重ねる弊害は大きなモノがあります。
第一次世界大戦後じんわり日本包囲網が始まった世界政治の動きをどう読み解くか・希望的観測と違った結果を見て「欧州情勢は複雑怪奇」と言うしかなかった日本の世界情勢把握力によって日本が戦争に引きずり込まれた教訓を学ぶべきです。
慰安婦騒動での朝日新聞の検証でも「角度付けが過ぎる」と言う批判があったことを紹介しましたが、今回のアメリカ大統領選挙報道では、(これを反省せずに)大手マスコミは客観事実報道をしないで、アメリカの支配的マスコミの偏見(国際秩序や社会のあり方がこうあるべきと言う1つの意見)をそのまま転送するような「事実?」報道をしていたことが今回もよく分りました。
11月13日あたりからトランプ氏の支持者には中高所得層に多いと言う報道がされるようになりましたが、選挙前は移民に職を奪われる白人負け組貧困層が非合理な不満を言っているだけと言う印象的報道ばかりでした。
事前報道では、双方共に低レベル主張ばかりでアメリカ国民の多くがこんなことで満足しているのか?何故支持するようになったか・・聞いていると余程アメリカ人レベルが最低の印象を受けますが、プロたる日本の政治評論家としてはそんな漫画っぽいことが本当にあるのかと言う疑問を持つべきだったでしょう。
我々事件処理でも相手弁護士の主張があまりにもレベルが低いように見える場合・・こちらの方でスジの読み違いがないか・・何か隠し球を持っていないか最悪事態を想定して検討するのが普通です。
これだけ接戦になるにはマスコミ報道にない合理的な主張が隠れていないかという疑問を持った人がいなかったのが不思議です。
選挙前に中間層がトランプ氏を支持していると言う分析報道を、どこのメデイアもあるいは政治評論家も何故一切しなかったのか・・現場報告に読み違いがないかの疑問を言う意見がなかったことの疑問です。
今頃になって、中高所得層が支持していたと報道するのでは、アメリカ支配的メデイアが選挙前に如何にも「トランプ氏を支持するのはみっともない」と言う印象操作をして選挙を特定方向へ誘導しようとしていたのを、みんなで鵜呑みにしていただけではないか?疑問を抱くのが普通でしょう。
日本が敗戦してから、ルーズベルトがコミンテルンに侵蝕されていたと解説してもトキ既に遅しです。
民主党のバラマキ政策が嫌われていると言う噂を私も個人的に聞いていましたが、肝腎の政策論争がマスコミでは報道されず(パラパラとこんな非常識なことを言っていると言う程度のマイナス評価に結びつく情報が出て来ますが・・)個人的中傷合戦ばかり大きく報道されていました。
政策面でヒラリー氏あるいは既成政党全部が批判対象になっていたので、これの論争になるのを避けるためにマスコミとの合作で低レベル中傷合戦に持ち込んでいた疑いがあります。
中高所得層の不満と言う報道を前提に私なりに考えると客観事実とかなり符合して来ます。
すなわちヒラリー氏・・何とか財団が金融街から巨額資金を得ていることから分るように、国際資本・グローバリストを富ませると共にバラマキ強調で貧困層への手当増額する政策です。
如何にも格差救済・・人権重視政党のようですが実質は逆でしょう。
民主党は人道・人権がどうのとキレイごとを言って移民をドンドン入れる→未熟練労働者=(中国に対抗するために)低賃金労働者を増やして行けば低賃金で食えない階層.民主党支持者が増えます。
その代わりフードスタンプ支給基準緩和や増額・・医療費免除〜保健制度完備(オバマケア)など社会保障政策を人権派として約束する・・一種のマッチポンプ政党です。
その財源としては、巨額献金を受けている法人税や資本所得税を上げないで逆に下げる→中高所得者の累進課税のカーブを引き上げ保険料負担増などで補充する政策です。
中国対抗のために2000年代に入って、共和党含めて民主党政権(既存政党が)がやって来たことは、移民受け入れ.低賃金化政策→中高所得者=サラリーマンに対する累進課税の強化=中間層に不利益で、貧困層と累進制が打ち止めになっている超高収入層にとって利益のある政策でした。
累進課税制度は中高所得者に不利に働くことを2003年に書いたことがあります。
累進課税制度は身を粉にして働く人はいくらうまく行っても長島のような人で1〜2億で、サラリーマンでは役員クラスまで言っても数千万円で打ち止めですが、資本所得はその何十〜何百倍も儲けられるが、累進制が課税対象が身体が資本と言う人の最高年収・3000万前後で終わってしまう仕組みがおかしいと言うことです。
サラリーマンが頑張って役員クラスになっても打ち止めになる3000万円が累進税率の最高所得でそれ以上になると税率が上がらない仕組み・・当時の税制・・では才能のある努力するサラリーマンには不利で、資本所得者には有利になること・食べる時間も惜しんで働いたり努力した人に報いるために逆に3000万までは累進税を課さないで、1億以上・・資本所得者に累進課税すべきだと01/18/03「55年体制7(税制2)で書いたことがあります。
トランプ氏支持層必死に働いて一応成功しているサラリーマン層の不満が爆発・・怒り(高学歴で企業内である程度成功していても勤務先の倒産その他で・・直ぐにも路上生活に転落する弱い立場)が(私の推測では)トランプ旋風の基礎らしいです。
日経新聞13日朝刊1面の記事は以下のとおりです。
「2008年リーマンショック以降の回復局面で収入が増えたのは2割でそれ以外は増えていない・・上位1%が全米所得の2割を独占している。
格差は第二次世界大戦前に逆戻りした。
年収20万ドル以上の所得者はクリントン氏よりもトランプ氏に票を投じた」
我が国で言えば、格差拡大反対を唱える野党系が賃金引き上げに熱心ではなく(・・累進カーブ強化に熱心・・労働者仲間同士の妬みを刺激するレベルの低い政党です)安倍政権が賃金引き揚げの音頭を取るようになって久しい・一見逆の関係が起きている原因がこれで分かります。
働く人を増やし、あるいは既存労働者の月収を2〜3万増やす政策は、生活保護費引き揚げや児童手当増額などの運動よりも健全ですが、それでは弱者の味方・・野党の主張が霞んでしまうから面白くないから(人道の立場から?)生活保護基準が低過ぎる、児童手当を上げろとかの主張ばかりです。
失業者が月15万〜20万でも働くようになると、正規雇用を総合した一人あたり全国平均賃金が下がりますが、個々人は生活保護を貰っているよりはその方が幸福ですし、児童手当などを5000円増やしてくれるよりも出勤日数が増え月収が数万増える方が良いでしょう。
働く人が増えると、生活保護支給基準を上げろとか児童手当を増やせと言う野党の出番が減るので、野党とマスコミは安倍政権の賃金アップ努力を冷ややかに見ていました。
アベノミクスでは実質賃金が下がっていると言うキャンペインを張っていましたが、(好景気が来て失業者が20万前後で働き始めパートに出る人が増えれば平均賃金が下がるのは当然です)このコラムで何回も批判を書いている内に最近その主張はマスコミに出なくなりました。
重要なのは平均賃金の上下ではなく、労働者の総収入が増えたか減ったかです。
アメリカ民主党や共和党・・従来政治家は労働者の総収入を減らしてフードスタンプ受給基準を緩和し、(アメリカでは、フードスタンプ利用の買い物客で賑わうウオールマートの従業員の多くがフードスタンプ受給者であると言う報道を見たことがあります)社会保障を引き上げる・・比喩的に言えば総賃金支給を減らして(企業利益は高まります)国民を困らせておいて、その半分ほど還元して社会保障を増やしましょうと言うことですから、国民が怒るのです。
フードスタンプを貰う権利より、自分の働いた賃金で生活したい人の方が多いでしょう。
国民は社会保障費の増額よりは労働収入を増やして欲しいのです。
アメリカでの格差反対論は中高所得者との格差ではなく超高額所得者との格差不満を言っているのに、(上記新聞記事にある上位1%とは数千万程度の所得者ではありません)中高所得に対する課税強化で誤摩化すから中高所得者が怒っている図式が分りました。

司法権の限界16・謙抑性4(民主主義の基礎1)

司法権のあり方に戻りますと、日経新聞に出ていた訴訟手続外の「心象風景」を重視する裁判官が増えて来ると結局はマスコミさえ味方に付ければ、民意を知るために行なわれた選挙の結果を覆すことが出来る・・政治の負けを挽回できる図式になります。
こう言う繰り返しの結果、政治論争をドンドン司法に広げて行くと政治と司法の限界がなくなってきます。
この結果・・司法権が肥大して行き政治論争のうち重要なテーマであればあるほど憲法違反の言いがかりをつけ易いことですから、重要事項については全て司法権が最終決定する場になってしまいます。
16年3月27日紹介したように右翼から批判されている日経新聞でさえも「裁判所が国民心象を認定する・・」危惧を示しているように民意吸収の場になってしまって良いか・・裁判所周辺デモやマスコミ報道だけを民意のように誤解させてしまう訴訟戦術は民意を覆す=国民主権の憲法理念を空洞化させてしまう・・民主主義を破壊する悪い戦術ではないかの疑問が生じます。
こう言う実質的憲法破壊勢力を見ると、何かと憲法違反と言い立てる集団構成員に多いように見える・・冗談みたいな集団です。
買収に応じる役人が悪いのは当然としても、これを誘惑する贈賄提供する方も汚職罪として処罰されるになっているように、民意は選挙で決めるべきが憲法の原理なのに選挙結果無視の裁判を求めるのが日常化すると民主主義が死滅します。
憲法は下位目的の運動に誘惑される裁判官個人の責任だけと言い切れるのでしょうか?
人権団体?がアメリカの大統領選挙の結果を認めないと言う主張で、連日激しい反トランプデモを繰り広げていますが、人権団体の主張は憲法をより所にすることが多いのでですが、出たばかりの選挙結果を認めないと言うデモをする人たちが憲法を拠り所に運動する集団って、どこかおかしい印象です。
選挙後の政策が憲法に反すると言うならば分りますが、選挙後まだ何もしていない選挙の翌日から、反トランプ運動するのでは、何のための選挙だったのか・選挙制度否定論と同じです。
自分の意見に合わない集団には表現の自由や人権を認める必要がないと言う(気に入らないデモは暴力的妨害しても良いし、中ソの核実験や公害・人権侵害等々不都合な事柄には一切触れないなど)偏頗な我が国の人権団体と同じ偏頗集団に見えます。
大統領選挙後のアメリカの騒動を見ていると、サッカーの試合に負けた方のフーリガンが暴れているようで、我が国のような落ち着いた民主主義社会(・・合議を尽くす社会)になるには、数千年単位で遅れているから無理が出て来たと見えます。
過去何世紀もアメリカが何とかなっていたのは、産業革命後必要になった豊富な資源+労働力の(移民をドンドン入れることによって補給する)供給力、右肩上がりの成長経済によって、不満が隠されていたに過ぎません。
アメリカの成長ドンか・・ニクソンショック後で言えば約30年以上経過で遂に国民亀裂を隠し切れなくなって来た印象です。
中国でもサウジでも、どこでも成長しておこぼれをある程度分配出来ている限り不満は起きません・・。
配分が減り大災害や敗戦などで、国民が困り切った極限状態で国民がどのような行動をとるかで民度・・元々の信頼関係が試されます。
イザとなれば、団結するのか分裂するのか、略奪に走るのか助け合うのか、国外脱出に走るのかが民度・信頼関係の簡単なバロメーターです。
中国でも韓国でも少しでもお金を造り、子供を如何にして国外脱出させるかが大きな目標になっている社会です。
民主主義とは本来「信なくんば立たず」信頼関係があってこそ定着するものです。
信頼していないがお金をくれる(補助金などで分配してくれる)限度で支持すると言うのでは、実質的賄賂を合法化しただけの社会です。
実利優先社会では、相手が落ち目になると(あるいは韓国やアメリカの大統領のように任期満了近くなるとレームダック状態になります)潮が引くように去って行きます。
論語
子貢問政、子曰、足食足兵、民信之矣、子貢曰、必不得已而去、於斯三者、何先、曰去兵、曰必不得已而去、於斯二者、何先、曰去食、自古皆有死、民無信不立。
書き下し文
子貢(しこう)、政(せい)を問う。子曰わく、食を足し兵を足し、民をしてこれを信ぜしむ。子貢が曰わく、必ず已(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者(さんしゃ)に於(おい)て何(いず)れをか先きにせん。曰わく、兵を去らん。曰わく、必ず已むを得ずして去らば、斯の二者(にしゃ)に於て何ずれをか先きにせん。曰わく、食を去らん。古(いにしえ)より皆死あり、民は信なくんば立たず。
イザとなると何から順に棄てますかと聞かれて孔子様が、先ずは「兵力」次に「食糧」→「信頼は最後まで死守すべし」と言うことです。
孔子様は兵や食糧よりも、最上の政治は「信」であると喝破しています。
我が国では、このフレーズが好きな人が多い・・そうあるべきと考えている政治家が多いので人口に膾炙していますが、肝腎の中国では個人・人民としては最優先選択肢は食糧=財貨でしょう。
諸子百家時代には中国でも立派な考えが出たコトを何回も書いていますが、肝腎の中国現地では良いものを誰も顧みない・下劣な考えが尊重される民族になり下がったのは構成する民度によります。
今でも中国に立派な人が皆無とは思えません・・要は民族総合評価時代になっているので、少しくらい立派な人がいても埋没して守銭奴的中国人ばかり目立つのです。
立派な古典を読んでも、その中のどこに感動するかは読む人の能力によるのと同じです。
シックな洋服と成金趣味の洋服がある場合どちらを選ぶかは客の品性が決めます。
現在中国の為政者としては、不満を抑えるためとあちこちに武張るコトによって国益・国富を損じても平気・・兵力を棄てるよりは兵力拡大が優先課題のようですが・・上記孔子様の意見によれば、上中下のランクで言えば最下策です。
他方国民の関心は食糧・実利・守銭奴的関心が際立った民族ですが、為政者は外国に威張るために国富を損じる=国民の腹に入るものが減っても兵力強大化に邁進しているのは矛盾関係ですから、経済破綻が現実化して来ると無理が来ます。
欧米の自慢する民主主義と言っても「相互信頼」によるものではなく実利で民心を釣る政治ですから、中国人民同様の中〜下等度の民度向けです。
アメリカの「スクラップ&ビルド」と言うとなんか格好いい印象で教えられましたが、状況が悪くなるとその町をゴーストタウンにして棄てて行く安易な実利社会を表現するものです。

政党は約束を守らなくて良いか2(ロシアのデフォルト1)

ソ連解体後の新生ロシアは、帝政ロシアの旧債務支払義務を認めて国際取引社会復帰を果たせたとその頃報道されていたようなうろ覚えですが、ネット検索してみると、新生ロシア「共和国」がソ連の債務を引き受けて完済したのは出て来ますが、帝政ロシアの債務をその債務に含んでいる意味なのかがはっきりしません。
(ソ連は帝政ロシアの債務支払を拒否していたので、国際取引に必要な信用状発行を国際金融界から何十年も拒否されていた・現金取引しか出来ない状態がロシア革命以降続いていたという解説がありますが、そこには根拠が引用されておらずデータ的にはよく分りません。)
http://www.ier.hit-u.ac.jp/rrc/Japanese/pdf/RRC_WP_No57.pdf
帝政ロシア・ソ連・現代ロシアの金融統計の発展
と言う論文を見ると、そもそも(それまでの農奴制社会が崩れ始め)帝政ロシアで漸く貨幣経済・銀行制度が始まりかけたときに,日露戦争敗北〜第一次世界大戦〜ロシア革命前後の動乱が約10年間続き、その間貨幣経済が機能しなくなり物々交換経済に逆戻りしていたことが分ります。
およそ何千倍と言うハイパーインフレ(貨幣価値が1万3千分の1に下落)が続けば結果的に物々交換社会になって行くしかないでしょうし、モノ不足が極限化すれば共産主義かどうかに関わらず配給=貨幣不要社会にならざるを得ないのが現実です。
以下は上記論文の一部引用です
「内戦が激化した 1919年5月には人民銀行に対するすべての通貨発行制限が廃止され,通貨は国民経済の必要に応じて発行することとなった.1920年 1月には,人民銀行そのものが廃止され,紙幣発行は財務人民委員部(財務省)の業務となった.形式的には, 1897 年以前の国家紙幣発行が再現されたことになる.もっとも,実状は第1次世界大戦から革命,内戦へと続く混乱の中でハイパー・インフレーションが進行し,金融制度も通貨も機能しない状態であった(Alkhimov(ed.)[1981]pp. 8–9).1920年7月1日時点で,1 ルーブルの価値は1913年ルーブルの 1/13,000 まで低下し,1921 年初期において賃金の 93% は現物給付であり,税金納付も現物化されていた」
国内でさえ貨幣経済が機能しない混乱状態では、ソ連新政府が帝政ロシア政府の債務を返すどころではなかった・・本来デフォルトで良かったのにこれをしないで開き直って政府が違うから払えないと強弁していたに過ぎない印象です。
約10年間の原始的物々交換時代を経てNEP(新経済政策)で漸く経済混乱が治まった後に銀行制度の萌芽が始まりますが、それも共産主義経済強化・イデオロギーによる自己正当化によって(この辺の印象は私の個人感想です・・念のため・・)話がややこしくなってしまった印象です。
貨幣経済化の遅れを共産主義と言う理念で正当化する・・銀行制度などいらない・そもそも(民間企業がないとすれば)企業が融資を受ける必要がない・・全部国有企業・国有農場であれば、必要な資金は融資や投資ではなく、政府が予算として分配する仕組みで理屈だけは一貫します・・。
個人消費は全て配給制にするなど・・。
上記論文によれば、そうは言っても貨幣がないのは不便なので、中央銀行制度を作ってみたり、行きつ戻りつの繰り返しをソ連崩壊直前まで繰り返して来たことが分ります。
ソ連のデータが全くインチキで信頼性がないと言われていましたが、金融史の専門家の上記論文を見ると、ソモソモ統計以前に前提たる貨幣経済・・信用・与信システムが充分に浸透していなかった社会状況に唖然とします。
帝政ロシアの国家債務がどうなったかの根拠のありそうなデータが見つかりませんが、帝政ロシアの債務承継については以下のとおり(根拠不明?)のやり取りが出ています。  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13140977113ベストアンサーに選ばれた回答
zuoteng1981さん2015/1/2916:14:53
「ソ連はその成立時に対英国だけではなく、全ての国に対する債務を一切拒否しています。
英国の損害も少なくありませんが、最大の損害を出したのは仏国です。仏露同盟の関係で多くの投資を行っていたんですね。」
歴史では仏露協商ばかり習いますが、11年頃から続いている南欧危機同様に、ロシア革命前に何回もロシアのデフォルト直前の危機が発生していて、貸し込んでいた西欧諸国が何とか支えて来た経緯があります。
上記論文http://www.ier.hit-u.ac.jp/rrc/Japanese/pdf/RRC_WP_No57.pdf
帝政ロシア・ソ連・現代ロシアの金融統計の発展の一部の引用です。
「・・・1854年のクリミア戦争の敗北は,政府主導による近代化・工業化をさらに強化する契機となった.帝国ゴスバンクは農奴解放の前年の1860年に設立された.この時期の帝国ゴスバンクは,中央銀行というよりは,国家資金の経済への供給を主要な役割としていた.近代化・工業化の加速に伴い資金需要が増大していた一方で,1857-1859年金融危機により従来の諸国家金融機関はほぼ破たん状態であった.外国銀行からの借入は月利2%の高金利であった・・省略。
月利2%と言えば年利24%ですから、政府がデフォルトしてくれないで国民に緊縮・増税を要求するならば、(贅沢して借金したのは王侯貴族ではないかと言う不満・・)国民は革命でも起こしたくなるでしょう。
ギリシャ・・南欧諸国危機では緊縮政策=貸し込んでいる債権国の独仏蘭(の金融機関は2〜3割有していると言う噂でした)がデフォルトされると自国銀行が連鎖倒産→自国の公的資金投入が必要になることから、「南欧の債務国が質素倹約して借金を返せ」その代わりECB+IMFが南欧諸国の国債買い入れを認めて当面救済することに決めました。
多分ロシア革命前に繰り返されたロシア危機でも、似たような繰り返しが行なわれていたでしょう。
ECBによる国債買い上げでギリシャやイタリアは何とか息をついたのですが、少し落ち着くと国民が緊縮の継続に耐えられなくなり、ギリシャでは緊縮反対派のリプラス氏が今年7月に国民投票に掛けて6割以上の支持を受けています。
緊縮の継続に国民が我慢出来ない・・(ギリシャのような国民投票制度がなかったことが)ロシア革命の経済的要因・・だからこそ、革命政府が支払を拒否したとも言えます。
元々債務超過国で苦しんでいたロシアが巨額戦費のかかる戦争などしている余裕がなかったのに、遠隔地の極東で日英同盟のある日本と戦端を開いたのが失敗でした。
薩長同盟が出来ている状態下で、沽券に関わる程度の意味で?第2次長州征伐を敢行した幕府に似ています。
国民からしてみれば、自分たちの生活にはどうでも良い遠くの極東での覇権争いのために自分たちに戦費負担や生命の提供を求めるのは納得がいかなかったでしょう。
日露戦争では、日露共にユダヤ資本から戦費を借りたのですが、日本は戦争に勝ったのと経済興隆・勃興過程にあったことから(第一次世界大戦による好景気到来で)1916年までかかって漸く返せたのに対し、ロシアの方は、元々デフォルト寸前を繰り返して漸く息をしているような脆弱な体質であった上に戦争に負けて借金だけ膨らんでしまった。
ツアーの威信が大きく傷ついてしまったので国民に対する抑えが利かなくなって混乱状態が激しくなっているときに第1次世界大戦に巻き込まれてしまったこと(好景気が来た日本とは好対照)が致命的でした。
国内不満が大きくなる一方で内政混乱に陥ってしまったことから、国民が借金返済に堪え切れなくなった・・・デフォルトの政治的表現がロシア革命であったと見ることが可能です。

政党は約束を守らなくて良いか?1

ヘリパッド移設工事妨害の実力部隊を上記シバキ隊幹部が担っており、これを応援している?と噂される福島瑞穂氏の経歴をウイキペデイアで見ると今年夏の参院・16年選挙で当選したのは、福島瑞穂氏一人だけですから、同氏は今も党の顔です。
10年間も党首をやって来て、今も党の顔であり続けている同氏が党首でないから何をしても良いとは言えないでしょう。
企業が社名.商号を変えてもあるいはワンマン社長をクーデター式にクビにしたとしたとしても、(福島氏は土井党首からの禅譲です)その前に約束した契約(例えば従業員を前党首が雇ったと言う理由では解雇出来ませんし、取引先との契約)を引き続き守る義務があるのが当然です。
共産政権(ロシア革命以降)では前政権の約束(債務だけ)を守る義務がないと言う身勝手な主張が普通ですが、革新系は党名さえ変えれば責任がないと言う理解が身に付いているのでしょうか?
在日やヤクザは本名を名乗らないことが多い・・30年ほど前に関与したある組関係事件では、来るたびに名前が違う・・今は◯◯と言います・・と言う説明が普通でした・・15〜20年ほど前からヤクザではないものの周辺系のグループでは借金を踏み倒すために養子縁組や結婚・離婚を繰り返している事件も何件もみました・・このように責任を遮断するために通称名を次々と変えて行く狡い生き方がアウトローを中心に広がっています。
こう言う狡い生き方を許さないためにはマイナンバー法による生涯変わらない識別情報が有効です。
マイナンバー法による識別が始まると通称名で責任逃れをして来た勢力が困るので、プライバシーにかこつけて反対論を展開してるように見えます。
そう言えば福島氏自身「パートナー」として海渡氏の名が上がっています・・事実コンと言う説明も出ていますが、正式な夫であるのかさえも不明ですので、通称名か本名かも分りません。
これだけの有名人であり国政に影響のある人物が、家族関係も何もかも秘密にしている・ウイキペデイアには何も出て来ないこと自体が異常と言うべきでしょう。
プライバシー分野でも文化人がしきりに欧米基準を持ち出しますが、アメリカの有名政治家・・クリントン氏であれ、ケネデイ駐日大使であれ、その家族関係が秘密のママの人がいるでしょうか?
民進党党首の蓮舫氏も・・重要な国籍でさえ誤摩化せていた?あるいは曖昧にして来られた背景です。
ロシア革命の例で言えば、前政権の約束・債務に全く関係がないというならば、例えば前政権(革命前の王朝)が有していた領土その他(債権や利権)のプラス資産もいらない(そうするとソ連政府はどこの国にも成立出来ない・・宇宙空間にでも浮かんだ状態になるのかな?)と言わないと一貫しません。
国家債務承継に関するウイキペデイアの本日現在の記事です。
「19世紀には、政府の形態が変更しても国家が同一のままなら当該国家の他国に対する権利義務は影響を受けることがなく継続するということは学説や国家実行から認められており、これは包括的継承説とされる・・」
「昭和61年10月30日第107回参議院内閣委員会2号において、玉置和郎(総務庁長官:当時)に「共産主義国家は、継承国家論をとらない、私たちはこれはおかしなことだな、と思っておりました。…やっぱり日本国は、勅語によって継承国家論というものをとっておるわけでございまして、当然のように戦前だからそれは政府に責任が無いんだとか、そんなことはいえないわけでありまして、…戦前であろうが戦後であろうが…政府の責任は政府の責任。国民は責任が無いと、私そうは思いません。国民も責任がある。…こう思います…」との答弁がある。
明治政府の徳川政府・・各藩の関連債務引き受け状況に関しては以下のとおりです。
http://s.webry.info/sp/justeye.at.webry.info/201302/article_1.htmlからの引用です。
「明治政府は藩の債務については天保14年 (1843年) に幕府が棄捐令 (きえんれい) という一種の徳政令を公布していたため、これ以前の債務については全額を引き継がないことにした。そして天保14年から明治元年までの債務を旧債務とし、無利息・50年の分割返済とした。次に明治元年から廃藩置県までに生じた債務は新債務となり、こちらは3年間据え置きの上、年4%の25年・分割返済とした。これにより引き継がれた債務は約2800万円となり、約54%が切り捨てとなった。
藩への債権を保有していたのは、江戸や大阪の豪商や各地の富豪たちで、大手債権者の安田商店ではこの決定により、貸付債権を旧債務は16%、新債務を54%に減額評価し、損失処理をしている。仮に全ての債権者にこの比率を適用して計算すると、各藩の債務総額の約85%が切り捨てとなり、ほぼデフォルトに近い状況だったことになる。
また江戸幕府の抱える国内債務約250万円は全額が切捨てとなり、幕府から回収した債権の約900万円は、外国への債務の返済 (こちらはほぼ全額が返済された) や一部の現金償還に廻された。」
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/8184.pdf/国際金融市場における国家債務再編をめぐる課題
調査部 上席主任研究員 河村 小百合氏の論文によると、敗戦のときにも新円切り替えで国内債務を事実上大幅な切り捨てましたが、対外債務はそのま履行したようですからこれまでのデフォルトの歴史・データ分類によると国内デフォルトに分類されています。
明治政府が、「幕府の結んだ諸外国との通商条約は無効」だと言ったのでは列強は承知しないから、日本は幕府の開港約束をそのまま承継し、不平等条約撤廃に何十年も苦労したのです。

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