覇道の限界と日本の補完性3

幕末、井伊大老による安政の大獄〜桜田門外の変→政体的には諸候会議化した後→平行的第一次〜第二次長州征伐につながる武断政治の採用と失敗による撤収とその後始末の政局混乱に対応するのが、アメリカによるブッシュのイラク〜アフガン侵攻→事実上の失敗によるISIS台頭によるシリアの混迷です。
徳川将軍家が諸候や民間有志の意見を聞くようにすることと、テロ取締行為とは矛盾関係・・正義に反することではありません。
その意味では幕末当時も今も皇室に兵を向ける行為が許されることではない・・禁門の変に対する懲罰行為・・第一次長州征伐は大きなテロに対する反撃であって、言わば正義に反する兵ではありませんでした。
アメリカの第一次イラク戦争はだまし討ちのような感じですが、クエートに対するイラクの侵略に対するもので一応名目が立ちましたが,第二次イラク戦争は大量破壊兵器があると言う虚偽・言いがかりによるもので、正義の名目すらない100%不正な侵略行為でした。 
覇道政治とは言ってもある程度の正義・・大義名分が要請されているのですが、第二次イラク戦争は誰の目から見ても(石油資源枯渇論に慌てた石油資源略奪目的?)不正が明白な戦争であったことが・・現在の中東での混迷を招いた直接の原因です。
歴史上王朝末期の混乱の多くは、国力低下が混乱の始まりですが、今回の中東混迷は、世界1強のアメリカが腕力に任せて不正な戦争を仕掛けたことが切っ掛けで混乱が始まり、結果的にアメリカの国力低下があらわになって来たと言う逆の構図です。
ブッシュによる正義のないイラク〜アフガン侵攻作戦の事実上の失敗・・これによる国力疲弊を市場評価として明らかにしたのがリーマンショック事件でした。
この事件の結果、アメリカ・イギリスの虎の子である金融資本が大幅に毀損し,欧州諸国も大損害をしました。
独り日本だけが資本的に殆ど無傷でしたが、無傷であった分日本の超円高が続き結果的に日本も国際競争力が大幅に低下しましたが、競争力がないからの低下ではなく、競争力があるから円高になったのですから、競争力ある技術と資本力を持って海外展開したので、結果的にトヨタその他が世界企業として雄飛する下地になりました。
繰り返し書いて来たように円高は日本企業の海外展開コストを低くする応援団のような効果がありました。
昨年の国際収支を見ても海外収益・・所得収支の黒字が巨大になっています。

平成27年中 国際収支状況(速報)の概要
平成28年2月8日
        財務省
I 経常収支

金 額 前年比
貿易・サービス収支 ▲2兆2,062億円 +11兆2,755億円 (赤字幅縮小)
貿易収支 ▲6,434億円 +9兆7,582億円 (赤字幅縮小)
輸出 75兆1,773億円 +1兆 756億円 (+ 1.5%増加)
輸入 75兆8,207億円 ▲8兆6,826億円 (▲10.3%減少)
サービス収支 ▲1兆5,628億円 +1兆5,173億円 (赤字幅縮小)
第一次所得収支 20兆7,767億円 +2兆6,563億円 (黒字幅拡大)
第二次所得収支 ▲1兆9,292億円 +637億円 (赤字幅縮小)
経常収支 16兆6,413億円 +13兆9,955億円 (黒字幅拡大)
「経常収支」は、「貿易・サービス収支」が赤字幅を縮小し、「第一次所得収支」が黒字幅を拡大したこと等から、黒字幅を拡大した。

円高の結果貿易収支が赤字になっても、所得収支は上記のとおり巨大な黒字を稼いでいます・・この状態だとドンドン円高が進むのは仕方がないところです。
円高をバネにして海外雄飛の糧にして来た・成功して来たことが分ります。
リーマンショックで世界経済停滞・縮小時の受け皿に役になったのが中国で、4兆元の巨大国内投資で世界経済(需要)縮小危機を吸収した功績は多とすべきですが、威張り過ぎたので、マイナス効果になってしまいました。
受け皿としての巨大輸入によって資源輸出国等への発言力を拡大したのが、現在の中国の姿です。
需要を無視した巨大投資がいつまでも続く訳がないので、国内過大投資の副作用によって今や中国が青息吐息になっているのは周知のとおりですが、リーマンショック後4〜5年間、中国の爆買いが日の出の勢いのように見えたことが中国の態度を大きくしてしまい、世界を敵に回すほどの傍若無人ぶり・厄介者になってきました。
上記のように臨時に大食らい競争に参加した程度で、買い付け出来なくなるとおしまいになる・・中国経済はまだまだひょろひょろっと背が伸びただけのような弱い存在です。
臨時的4兆元の国内過大投資のひずみが数年前から出て来たことによって、(不良在庫の増加→バブル崩壊)国内政治・経済が行き詰まって来たことによって、政権は国内危機の高まりに比例して、対外冒険主義に走るしかない→対外的にも追いつめられているのが中国の現状です。
対外的には新常態の成長と発表していますが、昨年夏の株式の大暴落と年初来の大暴落・外貨準備の急減等の市場判定は、誤摩化すことの出来ない実態を表しています。
内部が苦しいだけでも大変なのに、対外冒険主義の実行(南沙諸島での埋め立て強行など)によってより無駄な出費が増える・・しかも周辺から嫌われるなど悪いこと尽くめです。
上記のとおりアメリカが正義なき戦争で信用を落としたところで,カウンター勢力としての中国の(ヤミクモな?)台頭によって、アメリカ1強時代が終わり中長期的に相対的強国に立場が弱くなって行く方向性が明らかになりました。
腕力剥き出しの対中競争が始まり、他方で、ロシアがクリミヤ・ウクライナに剥き出しの武力で侵攻しても、アメリカが圧倒的戦力による押し返しが出来なくなった以上は、部分的に正義の基準に従う方向へ舵を切り替えて国際優位性を保つしかなくなったのが、近年の国際政治混迷の原因です。

覇道の限界と日本の補完性2

15年5月13日の中段あたりから中韓バブルに話がそれていましたが、ここから世界中が日本の政治(対等者間で合議して決めて行く)技術や各種技術の「補完」に頼る現状を書きかけていたコラムに戻ります。
米中ロの覇道政治の限界・・May 4 2015「覇道と日本の補完性1」の続きです。
以下特に断らない限り「日本の補完性」テーマのコラムは、昨年5月ころに書いてあった原稿を基礎にしたものとご理解下さい。
日本マスコミ各社は安倍総理の訪米前には、「先の大戦に対する謝罪のベンを述べるかが問われる」としきりに世論誘導していました。
安倍総理の謝り方がはっきりしない場合とか演説次第では如何にしてケチをつけるか手ぐすね引いているかのような報道ぶりでした。
戦後70年の節目を強調してどのように謝罪するかばかり焦点を当てていたのがマスコミです。
戦後秩序重視・・60年節目、65年の節目と称していつも日本の「悪事」の再確認を求めて以前に比べて少しでもニュアンスが後退していないかに目を光らせて来たのがマスコミです。
中韓とその意を受けたマスコミは、いつまでも過去思考で日本を追い込むことが利益ですが・・。
覇道に頼る点では、中国もロシア(これに追従する韓国)も同じですが・・世界中で覇道支配がうまく行かなくなったアメリカが、今回(この基礎原稿は15年5月初め安倍訪米直前のものです)アメリカ訪問した安倍総理に対して、上下両院での合同演説(・・戦後日本の総理としては初めての名誉だと言う触れ込み)させてやるから、日本を旧敵国と言い「どんな謝り方をするのだ」と条件を付けるどころではなかった筈です。
極論すれば先の大戦に付いて「明白な謝罪の言葉を貰いたいのは日本の方です」と言う時代が目の前に迫っています。
(この時点の原稿では上記のとおり過去志向で謝るかどうかではなく、(アメリカは謝ってもらうより協力を必要としているので)前向きにアメリカに対する協力姿勢を示せば良いと言うスタンスで書いていました)
維新後榎本武揚など有能な旧幕臣を使おうとしたときに、あいつは旧幕臣だと誹謗し続けるひとがいたとすれば能力競争に負ける人材の方でしょう。
人種差別や学歴などをひけらかす人も同じ傾向です。
世界中の紛争地でアメリカの推進する構想は・・元々覇権主義・・正義の基準がなく、自国の都合で・「戦略的に」いろんな勢力を利用するだけ利用してはポイ捨ての歴史でしたから、(テロ組織アルカイダはアメリカが対ソ連用に訓練していたのが不要になったと切り捨てたものが育ったと言われています)結果的に双方から信頼を失う・・全てうまく行っていません。
この数ヶ月〜半年間(昨年5月基準)に韓国主張には都合の悪い慰安婦関連データや報告書がアメリカから頻りに出るようになってきました。
日本にとっては有り難いことですが、アメリカは戦争終結時・・日本軍解体時に一緒にいた慰安婦に関する聞き取り調査したデータがあるのに、(韓国の虚偽主張を黙認して日本を困らせるために)これまで隠蔽して来たことになります。
こう言うご都合的やり方が多過ぎて、アメリカは世界中の紛争地で信用を失い不信感を持たれるようになって来たのです。
この辺で割り込みで書いておきますが、アメリカ外交のふらつきはオバマ個人の責任と言うよりは、アメリカがは国力低下でどうだけ名どうにもならなくなったので、遅まきながらも一部でも王道政治に向けて手を付け始めざるを得なくなった客観状況にあります。
ロシア革命は、皇帝が世論に圧されて半端に(旧勢力を無視出来ないので、改革はいつもどこの国でも半端なものか始めるしかない)農奴解放をやったことが、致命傷になった例です。
日本でも、幕末に徳川家が井伊大老による専制的決断に無理が出て軌道修正・・諸候会議を招集しているうちに、収拾がつかなくなって、最後は小御所会議でのクーデターを経て明治維新になったのもその一例です。
覇道政治の場合、アメリカの意向だけソンタクし,アメリカに都合が言いように付き従っている国・・世界的にアメリカの御先棒担ぎをしていた国にとってはアメリカの意向に従えば良いので基準がはっきりしていて安心でした。
強者に従う・・正義の基準を度外視して邁進していたのが、中東ではイスラエルや革命前のイランパーレビ王制やサウジであり、アジアでは韓国であり、欧州ではイギリスだったでしょう。
ソ連崩壊後2番手に仏独や中国や首長国連合やエジプトであったでしょうし、3番手がその他日和見国と言う順でしょうか?
私が長年批判するように覇道政治や専制政治は武力・権力を基礎にしているだけで、正義の基準がないので、強い者の気持ちを押し測って周囲が行動するしかありません。
皇帝(権力者)に取り入って相手を蹴落とす術(権謀術数)に掛けては、(馬を鹿と言うほど極端な不正義でもトキの権力者の言うとおり賛同することが、中国高官の生き残り智恵として2000年間言い伝えられてきました・・バカの語源)専制政治の経験が長い中韓には得意の分野です。
覇道政治下の行動基準では正義の裏打ちが不要ですから、権力者の都合=戦略次第ですが・・アメリカや中国の戦略的思考に比べて日本には戦略思考がないとマスコミがいつも日本の政治家や経営者をバカにしていました。
マスコミ人は、中韓的価値観にどっぷり浸かっているので、権謀術数が良いと心底思っていたのでしょうが、日本人は古来から正義だけが行動基準で立身出世その他の邪な戦略で相手を騙したり陥れたりする気持ちがないし、正義に反して権力者にこびる発言・行動は卑しまれる社会ですから当然です。

道義違反と慈悲の心

アメリカもあちこちの組織が日本に対する絶大な信用によって運営されるようになると面白くないから自分から出て行くか仲間に残り、あるいは新たに入るしかなくなります。
日本の助力が必要になって来ると虚構の歴史観・・日本人が非人道行為をして来たと言う意見を裏で言い続けることが可能か・自分が悪かったと謝らなくて済ませられるのかの疑問です。
まして資源販売程度しか収入源がない上に、世界的に元々孤立しているロシアにおいてオヤ!と言うところです。
日本人は声高に相手に「謝れ」とまで言いませんが、安倍総理はワザワザロシアでプーチン氏と合う予定らしいですが、相手が孤立して弱っているときでさえ、ここまでサービスするから相手が誤解してしまいます。
日本は「相手が困っているときに、過去のことを言わないで観音様の慈悲の精神で対する」のが普通です。
年末に日韓合意した内容では、韓国の謝罪がない限りこれまでの悪質な行為を許せないと思っている日本国民が圧倒的多数(・・アメリカに強制されたと怒っている人が多いでしょう)ですが、面と向かっての合意では、あまり相手の顔を潰さない・・内心反省しているようだから文書で反省しているとまで書かせて恥をかかせなくても今後やらないと言う気持ち程度で良いよ!」と言うのも日本人の心です。
しかし、内心許していないので、(今後反省の態度を示さないで)日本が謝罪を要求しないことを奇貨として相手が良い気になるならば、韓国への技術支援その他の協力は進められないことになりますが、将来対アメリカやロシアでも「日本がはっきりと謝れと言わない」ことを良いことにして,今度は少女像なら良いだろうとか大きな態度を続けて行けるのか?の疑問で書いています。
弱いと見れば徹底的に相手をやっつけることしか知らない世界では、困っているときにも(天安門事件で困っているときに救いの手を差し伸べました)仕返しすら出来ない「日本の弱さ」と誤解してしまった結果、中韓はここまでやってしまったに過ぎない面があるでしょう。
アメリカもロシアも日本人が怒らない限り日本人の本心を理解しないまま、「相手が喜ぶから友人の家にただで泊めてもらい御馳走になる権利がある」と厚かましく無神経なままになるのでしょうか?
現在トルコであれメキシコであれ、いろんな中小国の日本詣で・・日本とは昔からこんなに親しいとか、遭難したときに助けてくれた美談とか古い話を掘り起こして来くる・・ラブコールが引きも切らない状態になっています。
東南アジア諸国では、日本軍が支配したときには、地元振興の産業育成や教育ばかりではなく、日本兵が如何に独立戦争に手を貸してくれたかの美談が盛んに出てきて顕彰する動きが出てました。
このような世界情勢の中で、アメリカの作った虚構の歴史・アメリカによるフィリッピン空爆で大量の犠牲者が出たのを日本兵の虐殺だったと強制して来たことや、(韓国の慰安婦は米兵相手だったことも知られています)インドシナ半島ではフランスの植民地支配の牢獄が日本の弾圧だったと噓を教えるなど・・アメリカの強制して来た虚構だらけの歴史がほころび始めています。
中韓を除くアジア諸国で本当の発言が出て来ると、行く行くは第二次世界大戦は何の戦争であったか・・欧米の植民地支配を維持するためのアメリカの参戦であったことは客観的に明らかになります。
こう言う時代が来ると、居場所がなくなり面白くないのでモンロー主義のように引き蘢ってしまうか、(アメリカ大統領選挙候補のトランプ氏はどちらかと言うとこの主張です)潔く謝るか、真実や正義を問題にしない中韓と組んで最後まで日本批判を続けるかの選択になります。
極東軍事裁判が正しいと主張し続けるためには、南京大虐殺があったか否かは中国と手を組めば良いだけで他国には分らないことですから、最後まで手放さないカードになる選択肢があります。
真実や正義に関心がなく自国利益・対日交渉材料として使いたい中国と韓国だけが、アメリカのでっち上げ歴史認識に関しては、唯一最後までの同盟国であり続けるでしょうが、中韓は利益で動く国ですから日本の国力・世界での地位・信用が上がって来るとどちらに着くかは分りません。
中韓はアメリカの使嗾に応じて反日運動に励んだ結果、莫大な経済損失を被っています。
中国が素材産業や低賃金に頼る生産や公害無頓着生産からレベルアップするには、日本の協力が必須ですがこれが思うように行かなくなっています。
韓国も中国の追い上げを受けて更なるベルアップには、日本企業の協力が必須である点は同じです。
技術移転は盗めば良いとは言え、手取り足取り教えてくれる職人のスカウトが、うまく行きません・・嫌韓嫌中感情が激しいと韓国企業に土日にアルバイトに出掛けてこっそり教えて小遣い稼ぎする「非国民」?は少なくなります。
このためにサムスンが日本国内に来研究所(技術窃取拠点?)を設けると言う報道が昨年出ていました。
慈悲の心で許してやってることを日本人が弱いからどんな悪どいことしても良いと錯覚するにしても度を過ごしています。
「仏の顔も三度まで・・」と言うように、さすがに日本人の多くが怒り始めたのが、今回の慰安婦騒動です。
嫌中韓感情の高まりに、中韓両国が参って来たのが現状です。

覇道支配の終焉4

安倍総理のアメリカ議会での演説内容は言わば仕上げでしかなく、その前の地球儀を舞台にした外交戦で負けが込んでいるアメリカは、日本を旧敵国と強調するよりは同盟国として持ち上げるしかないようになっています。
アメリカ政界に食い込んでいるつもりの韓国は、次々と政界大物を送り込んで安倍演説阻止に働いて来たのですが、奏功せず赤っ恥をかかされた状態で国内的に大騒ぎです。
(中国は背後で動くだけですので恥をかきません・・この辺は韓国よりはしたたかです)
古代に遣唐使が派遣されたときに朝鮮使節が日本よりも先に謁見を求めるなど序列にこだわっていたことが、我が国では笑い話にされていますが、現在の動きを見ると強国の自民族に対する評価順序がどの序列であるかが朝鮮民族にとっては今でも大騒ぎする対象であることが分ります。
(誰でも少しは気になりますが大騒ぎまではしません)
アメリカは対外的には専横かも知れませんが、対国内的には専制国家そのものではなく、国民に開かれた民主国家ですから、裏で政界にいくら取り入っていても国民全般の意向を政治家は無視出来ません。
クリントン前国務長官は(中国による食い込によって?)当初明白な(反日)当初中国寄りでしたが、国民意思を無視出来なくなったらしく任期終わりころには遂に中国批判に転じました。
政府要人さえ取り込んでしまえば、勝負ありと自国基準で考えている点が中韓両国の思惑違いになっているところでしょう。
親中韓政権である民主党政権に気を許して、日本国民の反応を気にしないでやり過ぎた李明博大統領の竹島上陸や天皇侮辱発言による失敗と同じです。
日本マスコミでは、戦後70年の節目で総理がどこまで反省する演説をするか、アメリカ議会でどこまで踏み込むかばかりに焦点を当てていましたが、これは中韓の関心事項であって日米にとって重要事項ではありません。
日本としては世界のあちこちで紛争当事国の信用を失いつつあるアメリカに、どこまで付き合うかを決めることが重要であり、かと言って中国と仲良くするのは、懲り懲りした状態です。
(中国は自分の方が強いとなれば、正面から問答無用式専制的支配南沙諸島の武力侵攻など強引そのものですが、これに比べれば表向きだけでも、「法の支配」・・正義を掲げるアメリカ支配が続いた方がマシ・・もう少しアメリカを盛り立ていくしかないと言うのが国民大方の意見でしょう。
アフリカ、アジア(アメリカによる制裁を受けていたミャンマー・ベトナムなど)諸国も国際的に孤立していたために中国の協力を得るしかなかったのですが、進出を許してみるとその酷さ・横柄さに懲り懲りしている状態で、日本に進出して欲しい国が増えています。
日本は中国に懲り懲りした国々の期待に応えて進出して行くにしても、まだまだアメリカの応援(経済制裁解除など)が必要です。
アメリカの方としても、この辺で日米間の戦後を終わりにしたい・・旧敵国かどうかの関係を早く卒業して、信頼出来る同盟国としての日本を迎え入れた・・「まだ裏表なく誠実に支えてくれる味方がいるぞ!と世界に宣言したい立場でしょう。
以下に書くように世界中の従来からのアメリカ同盟国ではアメリカ不信に陥っている国々が増えています。
同盟国の離反が相次いでいるアメリカにとって、これと言った利害対立のない日本は唯一信頼出来る同盟国になっています。
この状態で、日本を敢えて70年も前に戦った旧敵国だからどうのと差別している余裕はない筈です。
AIIB・中国主導のインフラ投資銀行設立参加問題では、アメリカの締め付けに対して欧州やアジア諸国は聞く耳を持たず、日本・カナダ以外の大方の西側諸国は参加してしまいました。
ドイツもイギリスもフランスもそれぞれアメリカとはいろんな利害対立があって、アメリカのやり方に不満・含むところがあると言われています。
中東では忠実な同盟国サウジアラビアさえもが、アメリカの対イラン政策に露骨に反感を示して非常任理事国就任予定を拒否さえしてしまいました。
イスラエルのオバマ大統領に対する怒りも大きく報じられています。
このように長年親密な関係にあった同盟国でさえも、アメリカに対する反感・不満だらけになって行動に表すようになって来た様子です。

原発問再稼働(司法の限界)9

日経新聞朝刊4月23日記載の「大機小機」論説紹介の続きです。
昨日書いたように裁判所が何%まで許容すべきかを決める権限があるかどうかの重要な議論を省略して、直ちにどちらの結論が正しいかの問題に入って行く展開の仕方は、暗黙のうちに裁判所は何でも最終決定出来ると言う前提意識を国民に無意識のうちに植え付ける・・洗脳機能を果たしています。
これに続けて「ホーリズム」とか「要素還元論」などと難しい聞き慣れない単語を使っているので撹乱させられますが、ホーリズムで考えれば答えは決まっている・・国民・・被害を受ける可能性のある地域の住民は「100%安全性を要求する」に決まっていると言う意見を書いていますので、国民意識を誘導するための論説のように読めます。
これまで書いているように、安全性に付いてどの程度のリスク率があるかを決めるのは当時の関連学会で「科学的に」決めるべきことです。
(この基準の妥当性に付いて門外漢の司法機関が裁定する権限はありません=伊方原発訴訟の最高裁判例も同旨・・あるのは科学界の水準に反しているかだけであってそのときの科学水準を決めるのは学会の構成員の能力です。)
科学界の当時のレベルで決めたリスク率を前提に、どの程度のリスクまで許容するかを決めるのは国民総意によるべきであって裁判所(マスコミ)ではありません。
マスコミが原発絶対反対論ならばその立場を明らかにして書けば良いことであって、中立・公正な意見のように見せかけて結論を誘導するのは国論(国民総意)を歪めてしまう危険性があります。
慰安婦に関するマスコミの偏りが指摘され始めましたが、まだ偏った意見を何気なく刷り込んで行くやり方が多く残っているのに気をつけるべきでしょう。
ちなみに25日朝刊社説では、尤もらしく裁判所が科学者の総意?否定するのは穏当ではないと言う趣旨の社説を書いています。
表ではそう書きながら、同じ日の紙面で裁判所の最終決定権を前提にした論説を何気なく乗せて国民を無意識のうちに一定方向へ誘導しているのです。
基準そのものではなく、国民意思が決めた(例えば80%の安全率なら許容すると言う国民意思が決まれば)その許容範囲に収まっているかを審査した規制委の審査が妥当であったかチェックするのは裁判所の権限です。
原子力規制委員会は専門家委員会らしく100%安全とは言えないと言う報道ですが、地震・津波に関する100%予知能力がないことが知れ渡っている現在の科学水準では妥当な意見でしょう。
一定のリスク判断をした後は(一定のリスク判断すら出来るのか?と国民が心配している状態です)どの程度のリスクで稼働するかは、政治(国民総意)が決めることです。
規制委が100%安全とは言い切れないと言っているから、(福井地裁仮処分決定を良く読めばそんな単純な論理ではないでしょうが・・新聞報道しか知りません)100%安全ではないと同義反復して「停止を命じる」とすれば、司法の役割をはみ出していて、行き過ぎの印象です。
(新聞報道が正確かどうかは分りません・・新聞は誘導的記事を書くことが多いので実態は不明です)
10月17〜18日ころに書いたように、どんな機械でもどんな技術(ソフト)でも100%の安全とは、言い切れないのが原則ですから、司法が100%安全を要求するのは、司法の名において新技術を禁止するのと同じです。
世の中に100%の保障はあり得ないのですから、どの程度のリスクを許容するかは国民の信託を受けた政治が決めることであって、許容限度に付いて非政治家・・民主的選任を経ていない法律界が口出しするのは越権です。
司法に限らず「規制委」と言う政治責任をとらない半端な組織を作ってそこに事実上の政治決定権まで付与している・・政治家が責任放棄している(原発推進か否かを明言出来ない)かのように見える政治家の方にも責任があると考える人が多いでしょう。
原子力政策をどうするかは国家の重大事・・100年の大計ですが、それだからこそ国民の総意も揺れ続けているのです。
国民総意を見極めるために・・あるいは国論が落ち着くところに落ち着くのを待って長期計画を決めたいと言うのも1つの見識かも知れません。

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