年金赤字4(赤字の基礎1)

現在の年金赤字問題は、大きく分けて原因が2種類・・経営ミスと人口減の2種類あると思われます。
人口減の問題も突き詰めれば、以下に書くように経営見通しが大きく狂ったことに帰する・・結局は経営責任の問題と思われます。
先ず経営責任から入って行きましょう。
第1 経営責任
① 長寿化が進み計算(勘定)が合わなくなったことによる大幅赤字
年金受給開始後仮に平均して10〜15年で死亡を前提に設計していたとした場合、平均20〜25年も生きるようになると積立金が約2倍必要・・裏から見れば支給予定額の半分不足になりますから、このままですと大赤字になるのは必定です。
少子化と言っても年金納付年齢層としてみればまだ始まったばかりですから、現在の赤字原因の大方はこれによると見るべきでしょう。
この見通し違いの責任はどこにあるのでしょうか?
民間の年金・生保・損保等で考えれば分りますが、今年は死亡者が予定より多かったから保険金を払わないと言えないし、火事が多かったから火災保険を払わないと言えないのは当然です。
このために支払原資確保のために資金余剰が政策的に厳しく要請されていますし、突発的大事故に備えて再保険等が発達しています。
契約者の方も、25年も掛けて来たのに年金をもらえない年齢で死んだり、貰い始めて数年で死んだから損だ・・掛け金を返せと言えない・・生保で言えば満期まで1回も死ななかったから損だとも言いません。
私などいくつも生命保険に入っていましたが、一回も死なずに掛け損でしたが文句を言ったことがありません。
これが保険の原理です。
逆に長生きし過ぎたからと言って、(私の場合年金では長生きして元をとろうと思っていますが・・)顧客である生保年金等の加入者の責任である筈がありません。
これが国営になると長寿化の責任だ、少子化による加入者減が原因だとマスコミが宣伝し始めて経営責任・見通しの悪さを不問にするマスコミ論調が風靡しているのですから不思議です。
企業年金も同様に予定が狂って困っていますが、これに対してはマスコミはだんまりです。
年金赤字分は企業の負債(本体からの資金投入責任)として財務諸表に影響してきます・・GMが破綻処理で、これを切り離して再生に成功したことについては以前書きました。
最近では日航の再生でも年金の給付基準引き下げが話題になりました。
この部分の赤字は、制度設計した政府や企業年金が責任を持つべき分野(税の投入・・生保や企業年金で言えばこうした場合に備えた準備金や企業本体からの繰り入れや借入などで対処すべき)です。
政府は年金積立金で県営住宅建設資金その他に使って来て資金を蓄積して来なかった付けが回って来たのです。
食いつぶしてしまったのは運用者である政府の責任です。
② 当初の制度設計が、加入者増を前提にしていたのに加入者増が頭打ちどころか減少に転じたことによる資金不足=赤字
これも後に書くように永久に国民が増加し続ける筈がない・・企業年金も従業員数が無限に増え続けるワケがないのですから、増え続ける前提の設計は経営見通しの悪さ・目先の利益を目的にした制度設計に起因しています。
土建業界などでは、加入者減の結果払えなくなって困っていますが、従業員が減少に転じるとは思わなかったという言い訳は、通らないのが普通です。
優良企業でもいつかは、業容縮小・従業員減に見舞われることを覚悟すべきです。
現存する企業の平均寿命を見れば分るとおり、何百年も続く企業が滅多にないだけではなく老舗でも従業員が増え続ける企業などあり得ません。
(古代から続く企業は家業的にやって来たところが主で従業員を増やし続けると企業が続きません)
人口や従業員増加が無限に続く前提で・・年金額を決めることに、大きなミスというより故意責任があったのです。
少子化による加入者減も企業年金赤字と共通ですが、マスコミは少子化の影響と言います。
エルピーダやシャープ等の人員削減を見ても分るとおり、企業は少子化の結果従業員が減っているのではありません。
③ 制度設計当時に比べて積立金の運用利回りが低下して、予定通り支払が出来なくなったことによる赤字
AIJ事件が起きたばかりですが、多くの企業年金・適格年金が利回り低下に苦しんで、高利回り運用を売り込んだ怪しい投資顧問会社に頼った悲劇です。
高利回り社会=インフレ期待・・インフレの連続を期待していたことに誤りがあった・・結局は経営責任の範疇でしょう。
何回も書きますが、インフレ期待とは借金や資金を預かった者にとっては、返すときの貨幣価値が半分〜10分の1になっていれば返すときの負担が半分〜10分の1で済むという狡い発想・一種の詐欺行為です。
制度設計者が長期間の年金積み立て者をへの実質返金・分配額を減らせると思っていたが、うまく行かなかったに過ぎませんから、騙され損なった加入者が責任を取る話ではありません。
(まじめに年金を掛けて来た国民は被害者にならないで済んだだけで、何が悪いの?)
悪巧みをした方が「そんなうまいことは許されないよ・・」と天罰を受けている状態です。
④ 上記の亜流ですが、低成長下で給与アップ(あるいは絶えざる物価上昇)=納付金アップを前提にしたスキームに無理が生じて来たことによる一人当たり納付金の減少による赤字
 (マスコミによるインフレ期待論の基礎ですが、インフレ期待は邪道であることをこれまで連載してきました・・これも見通しの悪さ=経営責任であることは明白でしょう)
韓国・中国その他新興国の成長を見れば明らかなように、高成長は無限に続くものではない・・いつかは、給与アップが緩慢になり最後には停止するのは自明ですから、永久に給与アップが続くことを前提に制度設計すること自体無謀であり、その失敗による設計責任は設計者が負うべきものです。

少子化と 年金赤字3

4人の子供に300万円ずつ分散投資するよりは一人の子に1200万まとめて投資すれば、その子には4倍以上のリターンがある計算で今の親達は頑張って来ました。
森鴎外の「阿部一族」あるいはタワケ(田を分けること)の語源同様に、どうせならば分散するよりは束ねた・・集中投資の方が有利な結果になるのが普通です。
学歴で言えば4人の子供を小学校や中卒で終わらせるよりは、一人っ子に集中して大卒〜院卒まで仕上げたいのが親心でしょう。
学力がなければ能力に応じて各種専門学校へやって、何らかの資格を取らせてやりたいものです。
こうした親の行動は9月2日に書いたように種の存続発展の原理にも叶っている行動です。
親は、将来子供に損をさせるために高学歴(高学歴だけでは飽き足らずに1級建築士や測量師・薬剤師等々の資格取得・・)あるいは専門学校等へ通わせて保育士や介護士や理学療法士、理容師、自動車整備士等の資格を取らせているのではありません。
少子化で集中投資を受ける代わりに多くの負担を引き受けるのと、多産多死型でこれと言った教育を受けなかった代わりに負担が少ないのとどちらが子供にとって有利・得かの問題です。
課長、部長、役員更に社長になれば名誉も収入も多い代わりに責任も重くなるので、出世した方が良いかしない方が気楽かの問題に似ています。
安定成長になってからの江戸時代では、子沢山で能力分散するよりは一人っ子に集中教育投資する方が良いとなって、人口調節に成功して江戸時代の高度な文芸が発達出来ました。
平和な時代が到来して途中討ち死にのリスクがなくなった・・・タマに途中病死があってもそのときは親戚から養子を貰えば間に合いますので、子沢山の必要性がなくなりました。
こうなれば分散よりは集中投資の方が、子孫繁栄のために合理的であることは誰でも分ることです。
「少人数で親世代の世話をするのは損だ」というマスコミは多産多死型が正しい・・これと言った教育投資が不要・・子供にとって出世しない方が気楽で良いと言う意見なのでしょうか?
子供が4人いれば親の世話をする負担は4分の1ですが、親が死亡するまでの親からの各種援助も4分の1に留まりますし、最後の相続財産も4分の1しかありません。
独りっ子あるいは2人の場合、親の愛情に始り教育投資・婚姻とその後の自宅新築援助金・車を買って貰うなどその都度の受益は独り占めまたはたった2人で受益出来ます。
・・今の若者は一人っ子あるいは2人しかいないので夫婦双方の親から、2分の1ずつ貰えるので結局一人当たり100%相続出来ます。
全体として人口減になるということは、子供のいない夫婦や単身者が多くなって来ることですから、国全体では一人が100%以上(子供のいない伯父叔母の遺産相続をする人も出て来るので)の相続出来る時代が来ているということです。
一人〜2人で100%以上相続する以上は、家の修理や固定資産税等のコストも一人〜2人で払うべきですし、両親や伯父叔母の面倒を一人〜2人で100%以上見るべきです。
少子化の結果負担者が減って大変だという論理は、負担する面だけ取り上げて一人〜2人で見るのは大変だと言うのに等しくって偏頗な議論ではないですか?
「国債残高1000兆円を次世代に負担させるのはけしからん」と言う論法(それ以上の金融資産を相続出来る面を言いません)に似ていて、次世代が受益する面を無視したバランスの崩れた議論です。
次世代が損だという論理は、少子化の結果、養育段階から結婚や住宅購入の資金援助など全部・貰うものだけ4人分を独り占め、あるいは2人で得て来たことを捨象している一方的な不公正な論理です。
「1000兆円もの巨額債務を次世代に負担させるのか」というキャンペインは、同時にその国債保有権・・赤字財政によって蓄積した国富も次世代が相続する点を故意に隠してるとJul 15, 2012「マスコミによる世論誘導の害2(不毛な財政赤字論1)」のコラムで批判してきましたが、少人数で負担するのは損だという主張も同様の思考方式です。
親から貰えるだけ貰っておいて、負担するときになると1〜2人で4人〜2人分負担するのはイヤだと主張し・・あるいは(非正規雇用者は)一人分の負担能力さえないのを威張って言えることでしょうか?
投資の例で言えば、投資には成功も失敗もありますが、2〜4倍も投資したのにリターンが一人分にすら及ばない子供の方が多かったということであれば、親世代の投資判断が間違っていた・・何も投資しないで自分でお金を握っていた方が良かった・・・子供はゼロの方がよかった・・・結婚の必要性を感じなくなる若者が増えてきます。
この点は後に投資効率のテーマで書いて行きます。

少子化と 年金赤字2

マスコミは明治政府の富国強兵政策以来約70年ほど続いた子沢山時代を太古からの歴史であるかのように誤解して、少子化を大変なことだと反対を唱えているに過ぎません。
マスコミは如何に少子化が困るかと言う議論すり替えの笛マスコミの宣伝・・マインドコントロールに精出しています。
(少子化が原因で工場が海外移転しているのではないのにあたかも原因であるかのように東大教授に書かせていることを7月30日に紹介しました。)
マスコミ宣伝に惑わされずに、多くの親が自分の正しいと思う少子化→次世代のレベルアップを選んでいるのが現実です。
少子化・人口減少をもっと早く進めるべきだというのが、ここ10年くらい繰り返し書いている私の意見ですが、マスコミに出て来る意見・少子化が国を滅ぼすかのような意見がもしも正しいとすれば私の意見は少数意見です。
国民大多数が現に実践している少子化行為をみれば、少子化を進行させて子供に手厚い訓練を施して社会に出す方が良いとする親の方が(マスコミには報道されないけれども)実は多数派だとなります。
民主主義国家では政策は多数意見に基づいて行うべきなのに、財政赤字・増税問題同様にマスコミの誤った・偏った少数意見を前提に、少子化対策・・逆にもっと出産させようとする逆行した政治が行われているミスマッチこそが問題です。
マスコミは昔の共産党みたいに「前衛である我々が遅れた庶民に正しいことを教えて」やろうとする指導者のつもりなのでしょうか?
国民多数の意見によれば、少子化の進行促進(・・一人一人のレベルアップを図る親に対する後押し)のためにこそ、税を使うべきです。
実は税を使う必要がなく、出産課徴金をとれば税収も上がるし一石二鳥ですが、この点は後に書いて行きます。
以下年金納付問題に入って行きます。
成育段階で4〜5人兄弟で育つよりは、(何回も紹介していますが私の世代は4〜5人兄弟が普通でその親の世代では6〜7人兄弟が多かった印象です)一人っ子の方が、双方の祖父母から独占的に可愛がられて、(薫陶を受ける機会が多く)ポケットが両親と祖父母合わせて6個とも言われる有利な環境で育っています。
(実はもっと大きな格差があります・・親世代が4〜5人兄弟の場合、祖父母にとっては4〜5人の子供が更に4〜5人生んでいると孫の数は何十人単位になりますので、6分の1どころではありません)
子供が4人いる場合、上から2人だけ大学まで行けて、下2人は高卒というパターンが多かった時代から今では少子化ですから殆どみんな(本人さえグレなければ)最高学府まで行けます。
彼らが少人数で有利に育った分、大人になれば少ない人数で社会を支えなければならなくなるのは当然の責務です。
4人部屋に2人で泊まれば宿泊費が2倍かかります。
少人数で相続する以上は、少人数で家の修理費や相続税を払う・・各種負担すべきは当然です。
4人兄弟ならば4分の1しか相続権がないが、その代わり親の世話(年金介護)も4分の1分担ですみますが、2人しか子供がいなければ2人で2分の1ずつ相続出来る代わりに2分の1ずつ分担するしかないでしょう。
相続や親の愛(各種投資)は独り占めあるいは少数で受益したいが、義務(年金支払や親の介護負担)は4分の1にしてくれというのでは、虫が良過ぎるでしょう。

少子化と年金赤字1

若者には少し苦労させて智恵がつくのを待つのは良いのですが、マスコミのように「次世代が損をしている」と世代間対立を煽っていると、若者は肝腎の工夫・自助努力の方に智恵が行かず不満が先行してしまって前向き解決にならないことを私は心配しています。
年金問題でも次世代が少子化の結果如何にも損するかのような報道が充満していますので、余計若年層の納付率が下がって行きます。
年金問題で次世代が損をする論は、以下のとおり誤りです。
年金赤字問題は、納付金額の減少に根源があります。
資金不足は次世代が納付する資金力が高齢者を扶養するのには不足している点に主たる問題があるのであって、(後に書くように想定外に長寿化したための計算違いもありますが、それは政府の責任です)中高齢者は約束通り納付して来た以上は自分が受け取るべき時期が来れば約束通り受け取る権利があって支払い資金不足は高齢者の責任ではありません。
その原因は、少子高齢化・・納付者数の減少になるからとマスコミが主張しているのですが、果たしてそうでしょうか?
先ず少子化の点から入って行きましょう。
途中で病死や戦闘で死亡する確率が高いと大勢生んでおかないと跡継ぎがゼロになるので一人当たり投資が少なくなっても多く生んでおく危険の分散が必要です。
これはあらゆる種に共通の原理であって弱い魚は膨大な卵を生みますし、強くなればなるほど出産数が減少して行きます。
人間の場合も自分が死ぬまで子供が生き残っている確率が高くなると、数でリスク分散するよりは子供を少なくして集中投資による子供の能力アップ・・親世代よりもランクアップを期待する方が合理的になります。
これが戦国時代が終わって平和な時代が来た江戸時代の少子化への流れの基本構造でした。
少子化への流れは、(子供が途中で死亡する確率が減少した時代には)子供が少ない方が自分の子供をより大事に育てられる・一人当たり投資額(時間・手間を含めて)が大きくなるから・・自分の子供にとって有利な環境になることを願う親心・種の本能に原因があります。
一般的に投資額(心配りも含めて)が大きい方が、より大きな効果が見込めるものです。
子沢山で小学校卒程度までしか育てられず、ある程度育つと(これと言った技術も身につけないまま)直ぐに丁稚奉公に出しているよりは、中学(旧制)高校と少しでもランクアップして世に送り出してやった方が子供にとって有利に決まっています。
小額投資した人が儲けられて大口投資した人が失敗することがたまにありますから、(いくら勉強させようとしても頭が悪くて効果の出ない子供も稀にいますがそれは例外です)集中投資の方が良いとは言い切れないと言う人がいるでしょうが、何らかの成果を期待する以上は(どうせ一定の比率で儲けられるならば)成果が大きい方が良いのです。
少子化の選択は次世代に損をさせるための集中投資ではなく、子供・次世代が有利になるためにと願う親世代が子供の将来を考えてやっていることです。
多産多死型の社会では、子供一人一人の幸福を願うよりは子供一人一人を捨て駒として誰が生き残っても良い程度(これと言った教育・訓練をしていないので一人一人大したことがないとしても、ゼロになるよりは良いという親の都合)の時代であったと言えます。
草花や樹木等が種を撒き散らかしっぱなし・・魚が卵を生みっぱなし等に比べれば、哺乳動物は、子育てに時間を掛け多ことによって、哺乳動物が発展進化したことが分ります。
種の維持・存続発展の歴史をみれば、多産多死を前提に次世代に何の訓練もしない、あるいは少ししかしないよりは、少産少死化によって一人当たり養育・訓練時間をより多くかけることによって次世代のレベルアップを図る方が種の発展に効果があることは明らかです。

マインドコントロール4(財政赤字→増税論)

財政赤字の累積による将来の経済破綻を心配するならば、金融負債だけではなくプラス資産とのバランスをみないと分らないし、仮に100歩譲って単年度単位でみても国際収支黒字の範囲内の支出ならば何の危険もありません。
財政赤字はバランスシートの一部分・負債部門に過ぎず、そこだけでは何の経済指標にもならないことを2012/04/19「国債残高の危機水準3(個人金融資産1)」や2012/07/15「マスコミによる「世論誘導の害2(不毛な財政赤字論1)」等で書いてきました。
大手企業の金融負債が50億円どころか100〜1000億円以上あっても、それ以上の資産(定期預金や有価証券・工場施設その他)があれば何の問題もないことは明らかですから、こんな理屈は誰でも分るでしょう。
負債の絶対額だけを取り出して危険だと言い出したら、大手企業は新規工場新設用資金捻出のための社債発行が出来なくなります。
マスコミを覆う財政赤字=金融負債が今にも国家の破綻が来るような論説は、バランスシートの一部だけを取り出して騒ぎ立てているから、議論が間違った方向へ行っているのです。
比喩的に言えば1億円の資産のある人の借金が1000万円から1200万円に増えても、何の問題もありません・・。
勿論年収にも関係がありません。
1億円で売れる商品を8000万円の借金で仕入れる場合、その人の年収がいくらでも関係がないでしょう。
「次世代に借金を残すのか」のマスコミの大合唱も親世代がそれ以上にプラス金融資産その他の資産を持っていることを書きません・・。
マスコミはプラス資産を故意に論じないで不安を煽っていることも2012/07/22/「国際収支と財政赤字1(国債の外国人保有比率2)」以下に書きました。
国債を保有しているのが100%国民であるならば、その債券(プラス部分)も次世代に相続されるから次世代が損することはないので、国民が何%保有しているかが当面重要です。
当面という意味は、仮に現在の国内保有比率95%が低下して行って8〜7割あるいは3割しか保有しない事態が来た場合、2〜3割あるいは7割の負債を次世代に残すことになりますが、その代わり国民が国債以上の資産(外債保有もあるでしょうし国内証券等の保有もあるでしょう)を有していれば問題がないこともそのコラムで書きました。
結局は個人金融資産と国債発行残高との差し引きになりますが、現在の国債発行残高が1000兆円前後になっていて国民個人金融資産が1500兆円と言われていますので、金融資産だけでみてもプラスの相続となり何の問題もありません。
まして国民は金融資産以外に多様な資産を持っています。
(上記のように自宅等の不動産も次世代に残します)
例えば不動産時価x万円でこれに対して対応するローン残があったりなかったりするのですが、(ローン債務だけみれば負債の相続ですが、自宅がそれ以上の価値であればプラスです)この差引プラス財産もあります。
もしもマスコミ(あるいはマスコミの推奨するエコノミスト)が本当に日本経済の将来を憂うるならば、資産全体を情報公開してバランス上大変な事態になっているかどうか論じるべきです。
ところがこうした考慮要素を一切捨象して負債の大きさだけを強調して「大変だ」という議論しているのは、政治を特定・・増税方向へ引っ張りたい不純な動機があるとみるべきでしょう。
バランスシートが公表されてそれを検討した結果、もしもマイナスになって来ると日本経済はギリシャ同様に大変なことになります。
しかし、大震災の影響でここ約1年間貿易赤字になっているのですが、それでも総合収支では黒字を保っている(対外債券が多いので利子配当等の収入が大きい)状態です。
総合収支=経常収支と国全体のバランスシートは同じですから、国際収支が黒字である限り(収入以上の支出をしていないと言うことですから)国のバランスシートが単年度でも赤字になることは論理上あり得ません。
仮に今後10〜20年経過で単年度で総合収支赤字に陥った場合、赤字が5年や10年続いてもこれまでの膨大な蓄積があるので、簡単には国家財政トータルの赤字にはなりません。
(過去約4〜50年間の経常収支黒字合計を使い尽くすまでは、トータル赤字にはならないということです)
膨大な資産家が労働収入がなくて5〜10年以上だけで利子配当で生活しているようなものです。

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