裁判闘争と合法的テロ?1

もしもある地裁・・40分の1の確率でも操業停止仮処分が出れば、判決と違ってすぐに操業が停止してしまいその効果が大きい割に、攻撃側には何のリスクもありません。
侵入テロの場合手引きしてくれる協力予定者が協力しないで失敗すれば、自分が検挙されるリスクがありますが、「裁判闘争」の場合仕掛けて失敗して却下されても罪に問われるリスクない・・合法的攻撃行為になります。
およそ全ての違法行為の防止には攻撃側の失敗リスクを大きくすることが一番の防御です。
何事も(絵画や音楽スポーツでもなんでも)1回で成功することはないので、チャレンジ精神を奪うには、1回でも失敗すれば致命的損害を受けるようにすれば挑戦意欲を阻害・抑止力になります。
自衛力を高めると戦争を誘発するか、自衛力が弱いから戦争を誘発するかは人によってちがいますが、核抑止力政策が採用されている現実を見れば、どちらが正しいかは明白です。
正業の場合には失敗してもやり直しの出来る社会が社会活性化のためには必要ですが、違法行為の場合に成功するまで何回でも挑戦出来るように活性化するのは困ります。
話題が飛びますが、刑余者の社会復帰を助ける運動が盛んですが、何をしてもすぐに社会復帰出来るのでは犯罪に走るものに対するマイナス効果によるブレーキをなくしてしまう運動にもなるので、この辺も「可哀相」の側面ばかりではなく慎重なバランスが重要です。
服役制度=社会からの隔離制度ですから、病気退院後直ぐに職場復帰しないで退院後一定期間自宅療養やリハビリが必要なように、刑務所から出所さえすれば直ぐに社会が許容するに足るのか?社会が許容するに足る相当な慣らし期間が必要と言うことではないでしょうか?
刑法では、刑期終了後5年間内の再犯の場合、再犯加重=刑期を2倍にする仕組みですし、各種公的資格・許可基準も刑期終了後3〜5年間は再取得出来ない仕組みを参考にすべきでしょう。
刑法
(再犯)
第56条 懲役に処せられた者がその執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に更に罪を犯した場合において、その者を有期懲役に処するときは、再犯とする。
2 懲役に当たる罪と同質の罪により死刑に処せられた者がその執行の免除を得た日又は減刑により懲役に減軽されてその執行を終わった日若しくはその執行の免除を得た日から5年以内に更に罪を犯した場合において、その者を有期懲役に処するときも、前項と同様とする。
3 併合罪について処断された者が、その併合罪のうちに懲役に処すべき罪があったのに、その罪が最も重い罪でなかったため懲役に処せられなかったものであるときは、再犯に関する規定の適用については、懲役に処せられたものとみなす。
(再犯加重)
第57条 再犯の刑は、その罪について定めた懲役の長期の2倍以下とする。

許可基準には、各種業界ごとに一杯ありますが、さしあたり以下の2法を紹介しておきます。
風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律
(昭和二十三年七月十日法律第百二十二号)

許可の基準)
第四条  公安委員会は、前条第一項の許可を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当するときは、許可をしてはならない。
一  成年被後見人若しくは被保佐人又は破産者で復権を得ないもの
二  一年以上の懲役若しくは禁錮の刑に処せられ、又は次に掲げる罪を犯して一年未満の懲役若しくは罰金の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から起算して五年を経過しない者

公認会計士法
(昭和二十三年七月六日法律第百三号)

(欠格条項)
第四条  次の各号のいずれかに該当する者は、公認会計士となることができない。
一  未成年者、成年被後見人又は被保佐人
二  この法律若しくは金融商品取引法 (昭和二十三年法律第二十五号)第百九十七条 から第百九十八条 までの規定に違反し、又は投資信託及び投資法人に関する法律 (昭和二十六年法律第百九十八号)第二百三十三条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪、保険業法 (平成七年法律第百五号)第三百二十八条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪、資産の流動化に関する法律 (平成十年法律第百五号)第三百八条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪若しくは会社法 (平成十七年法律第八十六号)第九百六十七条第一項 (第三号に係る部分に限る。)の罪を犯し、禁錮以上の刑に処せられた者であつて、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから五年を経過しないもの
三  禁錮以上の刑に処せられた者であつて、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつてから三年を経過しないもの

民主党政権の体質と諫早矛盾裁判の両立2

諫早水門開閉に関する司法判断の矛盾は、以下の通り菅総理が周囲の反対を押しきって(ウイキペデイアの解説によると)「私が決めたことだ」と最高裁への上告をさせなかったことによります。
矛盾関係をそのまま放置するのは市民運動家出身総理の面目躍如と言うべきです。
親子劇場専用ホール設置署名運動の例を書きましたが、ガラガラのホールを作っていつでも安く借りられれば便利かも知れませんが、「赤字を誰が負担するか」と言う他方の視点を無視するのが市民運動家です。
以下法務省(訟務部)の主張?解説です。
http://www.moj.go.jp/shoumu/shoumukouhou/shoumu01_00050.html
訴訟の現状及び国側の主張
開門派漁業者らが,潮受堤防の締切りによる漁業被害を訴えた佐賀開門訴訟において,福岡高裁は,平成22年12月6日,国に対し,潮受堤防に設置された排水門の開門を命じました(「判決確定日から3年以内に,防災上やむを得ない場合を除き,5年間にわたって開門せよ」という旨の主文)。この判決に対し,国 が上告をしなかったため,この判決が確定することとなりました。
そして,開門派漁業者らは,この福岡高裁確定判決に基づき,平成25年12月,強制執行(間接強制)の申立てをしました。これに対し,国は,対策工事がで きていない状況では,開門すれば営農者らや住民らに被害が生じるため,開門を強制することはできないなどと主張して争いましたが,平成27年1月22日, 最高裁は,国による抗告を棄却し,「開門しない場合,1日45万円(1人につき1日当たり1万円)を支払え」という間接強制決定が確定しました(その 後,1日90万円(1人につき1日当たり2万円)に増額変更がされ,この判断も最高裁で確定しています。)
他方,開門反対派営農者らは,国に対し,開門した場合には被害が生じるなどとして,開門の差止めを求める訴えを提起し,長崎地裁は,平成25年11月12日,国に対し,開門の差止めを命じる仮処分決定をしました。
これにより,国は,福岡高裁確定判決に基づく開門義務と,長崎地裁仮処分決定に基づく開門禁止義務の相反する義務を負うことになりました。
さらに,開門反対派営農者らは,長崎地裁仮処分決定に基づき,保全執行の申立てをし,平成27年1月22日,「開門した場合,1日49万円を支払え」という間接強制決定が最高裁で確定しました(これについても,現在,長崎地裁に対し,間接強制金の増額変更の申立てがされています。)。
このように,現在,国としては,開門してもしなくても間接強制金の支払を強制されるという状況に置かれています。」

以下はウイキペデイアの記事です
https://ja.wikipedia.org

菅直人の上告見送り
菅直人はかねてより自民党が推進していた本事業を「無駄な公共事業」として強く批判しており[1]、政権を取る前にも市民運動家やTVカメラを伴って水門を訪れて水門をただちに開けるように要求するなどの行動を行っていた[1]。2009年9月民主党政権が誕生すると、民主党の検討委員会が「開門調査を行うことが適当」という見解を2010年4月にまとめた。2010年12月15日、内閣総理大臣に就任していた菅は、福岡高等裁判所の判決について上告を断念すると表明した[1][8]。これに対して長崎県中村法道知事は「国営事業として進められたのに一切相談・報告がなく、報道で初めて聞いた。大変遺憾だ」[1]として不快感を示した[9]。政府内でも福岡高裁判決はあまりにも一方的であるとして上告する意見が大勢であった[1]。諫早市市長の宮本明雄(当時)や仙谷由人官房長官(当時)や鹿野道彦農水相(当時)が菅を説得しようとしたが[1]、菅は「私が決断したことだ」と意見を変えず高裁判決を確定させた[1]。長崎県知事・諫早市市長・雲仙市長・地元商工団体、農業関係者は連名で菅に23項目の抗議の質問状を提出した[10]。

高浜原発で言えば、福井地裁と大津地裁で矛盾する仮処分が出た場合、(諫早訴訟と違って直ちに矛盾する訳ではありませんが・・論点次第です)最高裁までやっておけば結論が統一されます。
衆議院選挙無効訴訟の場合で言えば、ある高裁で無効判決が出た場合国が控訴しないで確定させて、その他の高裁で有効となった場合選挙の有効性が矛盾し、収拾がつかなくなります・・そこでそれぞれの高裁事件について上告して最高裁の統一見解を求めるのが責任ある立場です。
菅総理は敢えてこれを拒否してしまった結果、収拾のつかない状態に追いやってしまいました。
この後で政治と司法の関係を書いて行きますが、政治は無限に存在する時間軸・平面軸の利害(矛盾対立)を調整して統合して行く仕事であり、現在社会では民意・市場こそが神の手であると言う思想が支配的・・民主政体優位の時代です。
そして多様な利害調整は民意吸収の専門家である政治家→国家意思で行なうことになっています。
司法権はそう言う場ではない憲法の作り付けであるのに、政治の場で民意吸収・支持に負けた勢力が、政治の場外乱闘目的・・司法の場に戦いを移したことが矛盾判断の確定をさせてしまったと原因です。
司法は主体性がなく訴えのある限度しか裁判出来ない仕組みですから、仕掛ける方の支持者・内通者?がタマタマ政権交代で国側のトップになっていたときに、ある裁判所で国に不利な判決が出たときに客観資料の明白な読み間違いがあって上訴すれば明白に国が勝ちそうなときに、国の敗訴を確定させるために政権トップの判断で直ちにやめてしまえば、別の裁判所で逆の判決が出ても(・・その間に政権を失っても・)矛盾状態を維持出来ます。
ある会社が次期社長の息子相手に横領事件の裁判をしたときに裁判所の資料読み間違いで、間違って息子が勝ったときに、(福井地裁の仮処分は新聞報道によれば決定書き引用自体が専門家の意見を誤解しているミスがあったと言う報道がありました)控訴すればほぼ100%逆転出来る資料があるときに、次期社長になった親が控訴をやめさせたようなもので、一種の背任行為です。
このように政治は時間軸での一貫性やA県とB県あるいは、国際政治と矛盾しない(「少なくとも県外」の一貫性)等の統一性が要請されますが、政治が司法に頼ると矛盾状態が起きる「制度的保障がある)原因になります。
民主党政権は(諫早事件では開門派が最高裁では負けると分って?)敢えてこう言う選択をしたことになります。
総理が(党利党略の観点のみで)こう言うことをしたとすれば、国家運営責任者の自覚があったのでしょうか?
この後で書きますが大津地裁原発停止の仮処分決定も、高裁では負けると思ってすぐに控訴出来ない仮処分決定手続に敢えて?した(・・その間停止状態になることを狙った)疑いがないかをこの後で書いて行きます。
ここでは過大被害想定運動が原発反対運動や原発操業停止仮処分を発令する伏線として利用されている点を書くのが目的で、失政をどうするかのテーマではないので、この点は仮処分制度のテーマが終わった後に回します。

民主党政権の体質と諫早矛盾裁判の両立1

ここでは、民主党政治批判が目的ではありませんが、被害や対立を煽るだけ煽る政治やマスコミは何のためにやって来たかの視点で書いています。
沖縄の普天間基地移転問題は、騒音等の周辺住民被害解決のために,先ず大騒ぎがあって騒音や事故被害縮小のために一部海上移転の解決策が決まったものですが、そうすると今度は海の生物がどうのと言う反対運動が起き、それが解決すると「少なくとも県外へ」と言う実現不能な提案になりました。
この矛盾が露呈してやはり辺野古への移転が次善の策となると、今度は沖縄だけが本土の犠牲になっている・・沖縄知事が国連で民族自決権が無視されていることを訴えるなど沖縄県民は日本人ではないことを前提にした主張が始まり、中国が画策する沖縄の日本からの分離独立に繋げる公式発言をするようになってきました。
この過程の時間稼ぎとして司法闘争が始まったことになります。
(司法が政治の上位になるような司法権運用の合憲性・・政治と司法の憲法上の関係は後に書きます)
こうなって来ると基地被害を大きく訴えるのは(本質は反日でその防壁になっている)反米運動のための言いがかりでしかなく、民族分裂・・対立を煽り、「揉めさせることが目的」だったかのような印象を受けます。
被害は出来るだけ大きく主張した方が良いと言うスタンスは、被害者救済目的ではなく産業妨害・民族内対立を煽るには被害を誇張して主張すればその内に加害者も怒り出す・・対立激化させる意図によっていたことが分ります。
(放射能被害過大宣伝に応じて大仰に逃げた人との間で、地元民同士でも軋轢・不信感が生じています)
一般政治批判さえ許されない中国の支配下ないし従属化すれば、基地問題がなくなるのか?・・基地反対運動など全く出来ないから基地問題はなくなると言えますが、・・住民無視・蹂躙されるのが目に見えているのに基地被害を理由にする反政府運動で、中国の支援を当てにする運動を始めたのですから噴飯ものです。
民主党やマスコミの被害者救済運動は、昭和時代に中ソの公害や核実験を問題にしないでアメリカの核実験や日本企業の公害ばかり反対していた文化人の系譜を引いているようです。
沖縄を日本民族から切り離す運動を見ると「そこまで来たか!」と恐れる向きがありますが、逆に本音を出さざる得ないほど反日運動家に対する支持がなくなって来た・追いつめられて来たので外部勢力に頼る・・国連活動を始めたとも見られます。
(NGOを使って外部勢力を引き込む問題点は昨年末以来中断していますが、この後で書く予定です)
沖縄基地問題を騒いでいる勢力の本音が出て来たところで、沖縄県民がどちらをとるか・・彼らの煽動にのるか、沖縄県人の本音を本土の人がじっと見守っている状況になってきました。
一旦中国寄り意識・・どっち付かずの態度あるいは独立志向を明らかにした後で日本の方が有利となってすり寄って来ても、韓国に対する日本人の冷めてしまった気持ち同様に、(イザとなれば、信用出来ない民族として)千年の溝を作ってしまう分かれ道です。
沖縄県民が韓国レベルの智恵か本当に日本民族として残るに足る智恵があるかの見せ所です。
壱岐・対馬は元寇のときに現地住民は圧倒的勢力で攻め寄せた元軍に屈しなかった点で日本人は同一民族としての意識を更に高めています。
従来「何でも反対の社会党」と言われていましたが、民主党政権も何でも実現不能に持って行く・・国の政策停滞・・何も出来ない状態・・政府の弱体化を目的にして来たことが明らかになりました。
参院衆院のねじれ現象で何も決められない状態の「継続」こそは民主党の理想的政体だったでしょう。
あちこちで実現不可能なことを言っていた民主党が衆院で多数になってしまい、(同時性と継続性の両面で)一貫したことをするしかなくなるとどうして良いか分らなくなったのではないでしょうか。
政治の停滞・・何も決めない,しない・・させないことを目的にした政党が、政権獲得を目指すこと自体矛盾でした。
諫早干拓訴訟の結果、現出した矛盾状態の根源は民主党政権の目指していた開門方針・開門請求訴訟・・高裁勝訴判決(政府敗訴)が最高裁で負けそうな予想(政府勝訴予想)によって、敢えて従来政府方針との継続性を無視して上告せずに確定させてしまい・最高裁判断を回避したことが原因です。
政権交代したら何をしても良いのではなく、政権交代は政府の内部組織の問題に過ぎず、トップの方針が変わったとしても、政府自体は同一組織ですから継続性が必要です。
企業で言えば分り易いですが、社長が替わったからと言って前社長の決めた契約や約束を反古にすることは出来ません。
方針変更については、これまでの支援者と利害調整した上で和解すべきでしたが、姑息な手段・・一見裁判結果を尊重するかのような形式でありながら、実質は最高裁の判断を仰ぐのを拒否した・・菅総理が奇策を弄したことが矛盾した裁判所判断が確定してしまった原因です。
明日、法務省説明とウイキペデイア説明を紹介します。

国際経済秩序3(裁判制度の信頼性2)

大津事件以降英国が金子堅太郎を公法学会会員にしたりして、法律家の間に条約改正に必要な資料配布等のアドバイスを繰り返して前向きになって行ったことが、地道な原動力になっていたことが分ります。
法律家を通じた信頼関係がこの後の日英同盟の基礎になって行き、日本は欧米の治外法権を強制されている反独立国から独立国へ、更には日清/日露戦争を経て強国へと脱皮できた基礎でした。
治外法権等を撤廃した日英通商航海条約が1894年7月16日で、そのわずか半月後には自信を持った日本は日清戦争開戦→強国への道を歩むことになったのです。
ローマは一日にしてならずと言いますが、明治の条約改正実現も地道な人材育成努力と政治交渉の総合力で獲得したものでした。
政治家の努力もさることながら裁判実績で先進国の信頼を受けるようになって行った・・今で言えば中小部品企業や個々の企業人の一人一人の誠実さが、日本経済や日本人の信用を支えているのと似ています・・。
今では後進国の裁判制度が信用できなくとも、露骨な差別・不平等条約の強制が許されないので、先進国は賄賂や政府の意向でどうにでもなる後進国政府相手に法治主義ではなく人治主義だと揶揄しながら対応に苦労しているのが現状です。
韓国や中国が政治の思惑次第で国際条約無視の裁判・・条約で権利放棄したのに裁判の蒸し返しを堂々と行うようになると「どこの裁判所でも良いでしょう」とは言えないことが分ります。
TPPの裁判管轄の取り決め条項がTPP批判論根拠の1つになっていますが、TPPで裁判ルールまで決めようとしているのは、不透明な後進国での裁判排除・・裁判ルールの共通化を狙っているのかも知れません。
将来国際的に裁判官の公平・均一能力が保障されるようになったとしても、国際間の場合距離コストも大きなハードルですが、言語能力差による有利不利が大きいので、管轄の決まりは実際に大きな意味があります。
契約時の合意が優先されるようになると、大企業・・先進国優位の裁判管轄になり易いのが難点です。
日本国内で言えば、消費者は大企業の決めた長文の印刷された約款に反抗できずに(殆ど読まずに)署名して(読んでもそこだけ反対だから携帯や電子レンジを買わないとは言えないで)購入しているのが現状です。
TPP参加してもしなくとも現在既にどんな契約でも、国際間でもめ事があればどこかの国で裁判をする体制になっています。
TPPの裁判条項だけ取り立ててアメリカで裁判されてしまうのは大変だと大騒ぎしているのは、ちょっと乱暴・・反対のための反対論と言うべきかも知れません。
国際裁判システムの合理化・・国益を守るには、外国での裁判では不利だという感情論では解決で来ません。
何でもアメリカの陰謀というアメリカ支配に反する勢力は、アメリカで裁判されたら大変だと煽ってTPP反対論を展開します。
明治の条約改正運動の下地になった裁判制度・公平な裁判官や法律実務家の養成に努力した結果、奏功したのを参考にすべきです。
日本企業の海外進出は当たり前の時代ですし、個人でもネットで気楽に海外に注文する時代ですから、国際的な法律問題を抱える時代は目の前に来ています。
子供の養育連れ去りに関すンルハーグ条約が批准されたことを紹介しましたが、誰もが関係者になる時代です。
今後は国際的裁判紛争が増える一方であることは明らかですから、これを忌避しているのでは国際化の進運に乗り遅れること必定です。
国際的訴訟専門家の養成(外国語である程度渡り合える法律家を一定程度養成すべきです)や制度努力を待つ・・すりあわせて行くべきで、我が国にとってTPP交渉参加の功罪とは別の喫緊の研究・政治課題であるべきです。
国際的な会計基準や金融ルール等の策定を見れば分るように、ソフトやルールの統一は冷静な議論の結果ですので、中国の武力による威嚇は意味を持たずに、経験豊富な先進国有利な体勢になり勝ちです。
訴訟に関する国際ルールが策定されることは、日本は先進国の一員として合理化によって得する場合の方が多いと考えられます。
世界の活動をピラミッド型に喩えれば、日本はピラミッドの頂点グループに入っている筈です。

国際経済秩序2(裁判制度の信頼性1)

国際間紛争になると相手の国での裁判では不公平な裁判を受けるのではないかと心配するのが普通です。
まだ国際間の信頼が低いからでしょう。
個人・人間の智恵では進化している筈ですが、民族・集団とか国家の利害が絡むと信頼できなくなるのです。
国際間の管轄になると後進国の場合、裁判所の独立・・合理化が保障されない恐れが高いので、歴史的には一種の治外法権が要求されてきました。
島津久光による生麦事件があって、「切り捨て御免の法制度だ」と開き直られるのでは納得できない欧米の論理や裁判制度が確立されていないので公平な裁判が期待できないことが幕末の不平等条約の基礎となりました。
内外の制度上の格差が治外法権に繋がったので、明治政府は当初から司法制度の整備に努力し、その成果をアッピールして条約改正に苦労しました。
明治初期からの法制度の整備についてはボワソナード教授の招聘等で、精力的に法典編纂を進めた経緯については、07/29/05「明治以降の刑事関係法の歴史3(清律3)」以前後から08/31/06「刑事関係法(実体法)の歴史16(旧刑法2)」あたりまで連載しています。
明治政府が先ず刑事方面の整備や裁判官の養成を始めたのは、こうした流れの一環でした。
欧米の要求があって、裁判は政府から独立していなければならないと叩き込まれて教育されて来た結果がそのとおりに出たのが、児島大審院長によるいわゆるロシア皇太子襲撃事件の裁判でした。
当時日本とロシアとの緊迫した状況下にあって、(緊迫下では当然国内右翼が・跳ねっ返りが発生します)折角親善のために日本を訪問した皇太子が1891年5月襲撃されたので、この処理を誤ると日露関係が決定的破局になるという恐れから、政府は皇族に対する罪と同様の厳重処刑・死刑を求めていました。
大審院は、政府の圧力をはねのけてロシア皇太子は天皇一族ではないと言う法理論どおりに一般の傷害事件として処理したのです。
後にオーストリア皇太子に向けられたサラエボの一発が第一次世界大戦の切っ掛けになったのですが、同様の先駆例が日露間であったのですが、日本では即時戦争に結びつかないようにうまく処理しました。
南下策として朝鮮を狙っていたロシアと朝鮮がロシアの支配下になると日本の国防上危険とする日本は、当時お互い強い警戒・牽制関係にありましたが、まだ日露間は決定的に悪化していなかったことも幸いしたでしょう。
これが有名な司法権の独立を守った大津事件ですが、中国や韓国の場合、戦争前のことは全て今まで国際条約で解決済みとして来たのに、日中、日韓が険悪になるとイキナリ日本企業に対する裁判を始めて韓国の場合その主張を認めました。
政府の意向を受けて裁判しているのは見え見えなのに、司法と政府は別だとうまく?使い分けているのですから困ったものです。
日本の大津事件の場合、目先の国益に反するかどうかはなく、本当に司法の論理のみで裁いた事件でした。
その場の短期的国益・ロシアとの険悪化を避けたい当時の国益を見れば、司法が政治におもねるべきだったでしょうが、ココで政治や国民世論をはねつけて凛とした裁判をしたことが、日本司法に対する国際評価を定めてこれが日本の遺産になっています。
現在アメリカの人種間紛争の裁判では、日系人判事が一番信頼されていると言われていることにも繋がります。
この後で書いて行きますが、先人の遺産(スターリンの北方領土占領と李承晩の竹島占領・北朝鮮の拉致事件、鄧小平以来続けた反日教育)が中ロ韓では現在政治にマイナスになっているのとの違いです。
この毅然とした判決が先進国で高評価されて、(シベリア鉄道着工によるロシアのアジア浸透に対抗する英国の政治的意味が背後にあったのは当然ですが・・)直ぐに最強硬派だった英国自身が欧米の条約改正機運を主導して行きます。

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