紙幣供給量増大とインフレ(減価1)

紙幣発行量の増大政策はいつかは帳尻を合わせるしかない一種の借金であるとの説明から、ポンド防衛の話題に入ってしまいました。
November 2011「自国通貨が逆流した場合2」の続きになります。
この間に政変があって、民主党から自民党政権に変わり更に従来の自民党の政策とも違う所謂アベノミクスが世間を賑わしています。
2011年時点で書いていた意見から1年半ほど横路にそれていたので、この辺の意見はそのころの続編ですから、安倍政権誕生後の環境変化に合わない分があればアレンジしなければならないかな?と思いましたが意外にそのままでも掲載出来そうです。
(・・意見・考えというものはそう簡単には変わりませんから当然と言えば当然です)
発行し過ぎた紙幣による実物価値との乖離を調整する方法としては、紙幣価値の値下がり・・財・サービス供給不足時代が長かった過去・・現在でも新興国経済ではインフレによる減価が一般的です。
供給能力に限界のあって・・国民の多くがもっと豊かなりたい・多く食べたい・あれもこれも欲しい欲求が強い場合、金利下げや紙幣大量供給後数ヶ月から半年で直ぐにインフレあるいはバブル効果が現れるし、金利引き上げや紙幣供給量の絞りで直ぐに経済活動が収縮しますので、誰でも分るような単純な経済現象でした。
紙幣発行量を2割増やせば2割物価が上がると言う単純な原理ですが、これは1国閉鎖社会で供給量が一定の農産物等を前提にした経済原理でした。
日本のような物あまりの成熟国においては、紙幣をだぶつかせても買いたいものがないと言われますが、貧しい人はいつでも買いたい欲望で渦巻いています。
どんな豊な社会でも貧困層は皆無にはなりませんので、彼らの所得増加はストレートに消費増に繋がるので、成熟国だからと言って、貨幣大量供給やバラマキが消費増加と無関係とは言えません。
紙幣発行量を増やしても物価が上がらない・・むしろデフレ傾向を止められないのは、1つには供給力超過による不景気の場合、少しくらい消費が増えても超過供給量の一部(休止設備の稼働率が上がる程度)になってしまう上に、国内消費増大を目ざして却って輸入量が増えてしまうことが大きな原因でしょう。
(輸出競争に負けて輸出向け製品が輸出出来ずに生産能力過多になっているときには、逆に輸入品が逆流してくるようになる結果ダブルで供給過剰になります)
言わば生産増・設備投資に結びつく紙幣発行は、乗数効果が高いのでその何倍もの内需を生み出しますが、末端消費増を期待する貧者向け福祉政策的供給増(バラマキ)の場合には、供給過多の穴埋め程度しか効果がありません。
他方で増えた紙幣の受け皿になっている人の多くは、成熟国では既に充分な金融資産を持っている人や高所得層の人が多いこともその原因の1つでしょう。
年収1000〜2000万円の人が更に10〜20万円収入が増えても、その分支出を増やすことはあまりない・・預金残高が少し増えるだけですから、物価は上がらないままです。
従来型の金利の調節やマネタリーベースの拡大が消費の増減に影響を及ぼせるのは、国民の中のギリギリの生活をしている階層・底辺層中心となります。
結果的にだぶついたお金は預金等の金融資産に変身して膨張させるしかない・・裏から言えば金融債務が膨張する→債務が実体経済力以上に膨張すれば、支払い能力が追いつかないので金融資産の劣化による調整・・債権の評価減しかありません。
名目金融資産が100あっても債務者の支払能力が50しかなければ、理論上その金融資産の実勢価値は50に評価減するしかありません。
今の時代には、紙幣供給を倍増すれば物価が2倍になって減価するのではなく支払い能力減による評価減が起きるのです。
ですから・アベノミクスで流行している紙幣供給増プラス超低金利政策による物価アップ目標論は論理的ではありません。

紙幣大量発行(成熟国)

金融資産膨張原因の第二は、発行紙幣量だけではなく、株式相場を例にすると、お互いにつり上げを繰り返せば、会社の実物価値の何倍でもつり上がって行くことから、実物価値以上に金融資本が膨らんでいます。
たとえば、時価総額100億円の株式の場合、その株式全部が毎日取引されている訳ではなく、たとえば仮に僅か1%=1億円の株式しか売買取引されていない場合を考えてみましょう。
この取引価格が5倍に跳ね上がって5億円で買う人がいた場合、(5億円の紙幣を払う人と受け取る人がいて)市場に出回る紙幣額は同じですが、取引に参加しなかった株式全体の相場を5倍に引き上げるので、僅かに4億円の投入で金融資産は400億円増える勘定です。
こうした仕組みから発行済紙幣量に関係なく取引が活況を呈すると株式時価総額が膨張する傾向があり、ひいては金融資産が実物価値を大幅に越えて来る傾向があります。
貸金の場合も、高利の場合、当初の借金1000万円が瞬く間に何倍もの名目上の借金になって行くのもよく知られている通りです。
このように紙幣発行量の膨張だけが原因ではなく、金融資産の性質からも膨らみ続けて来た金融資産は、いつかは経済実力・実態に合わせた調整をするしかありません。
紙幣発行量を倍増しても国内の富みが2倍になる訳ではなく、従来の経済理論では単に物価が2倍のインフレになるので、(その分対外的評価は為替相場の下落によって調整されるし)結果的に総紙幣の価値と国内総資産評価量は一致していました。
ところが、日本のような金融資産が1400兆円もある成熟社会での不景気は、紙幣不足で物が買えないのではありません。
大量に輸入品が入って来たことによる供給過剰の不景気ですから、紙幣を大量供給しても購買力にはあまり影響がないので物価が上がることはありません。
供給過剰による需要不足が問題ですから、紙幣を大量印刷したうえで金利を下げても消費がちょっと上向くだけ・・・比喩的に言えば政府が道路補修頻度を引き上げるなど無駄遣いすることによって100の需要不足の内3〜40の需要を補充する・・経済の底割れを防ぐ程度でしかなく、インフレになるどころではありません。
いくら紙幣を大量発行してもゼロ金利にしても、インフレどころかデフレ圧力が続いているのが、我が国のバブル崩壊以降約20年の経済です。
我が国のような成熟国では紙幣需要(財貨の購入意欲)があって発行するのではないので、紙幣を大量発行しても金利を下げても、それがインフレに繋がることはありません。
前回・11月27日に書いたように仮に2倍量の紙幣を発行して物価も2倍になれば発行された紙幣での購買力は結果として同じですが、2倍量の紙幣を発行しても物価が上がるどころかデフレで下がっていると、紙幣の価値が下がらずにその国民は名目上2倍の購買力を持つことになります。
でも国内の富みがかりに同じままとすれば、(高度成長でこの間に国富が2倍になっていれば均衡しますが、日本のように低成長で殆ど増えなかった場合)2倍に増えた購買力をみんなが行使すれば、物が足りなくて結果的に物価が2倍に上がります。
今の日本は、みんなが金融資産にして持っていて、紙幣による購買権を行使していない状態ですが、もしも使えば直ぐに2分の1になってしまう架空の権利と言えます。
上昇した株価も同じでみんなが権利行使・・売却して換金を図れば、直ぐに大暴落してしまう権利でしかありません。
このように、(サブプライムローンも同じことだったでしょうが)金融資産は実態経済から見ればその中間経路を複雑にして膨張し過ぎている部分が多いので、時々これの是正をして行かないとその乖離が大きくなり過ぎる・・一種のバブル崩壊まで待つのは却って危険です。
今回のギリシャ危機も独仏等の黒字国が、南欧諸国への貸付金を支払能力を超えて名目上膨らましていた咎めが出たに過ぎません。
我が国で過剰に発行された紙幣はタンス預金になって退蔵されたり、直ぐに銀行等に還流してしまい、銀行も民間資金需要がないので国債等へ還流していました。
余ってしまった紙幣の行き先は、(国債で得た資金を政府が税で財政投入資金として不足需要の穴埋めとして無理矢理に利用する以外は、)円キャリー取引としての外国人投資家への貸し付けが中心でした。

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