行政警察とは?1(川崎民商〜第一京浜事件事件)

外国の憲法解釈は別として我が国憲法でも行政行為に令状主義の適用があるかどうかは、新憲法制定直後から争点になっていました。
もともと戦前での違警罪即決例の濫用などを多くの人が記憶しているからです。
明治維新以降日本の西洋法構築は、ボワソナードを招聘してフランス法体系の導入による治罪法から始まり、その後ドイツ法体系に変化していきましたが、(明治維新以降の刑事法整備の詳細は旧コラムで連載しました)仏独どちらであってもいわゆる大陸法体系では司法警察と行政警察の2分類の法体系でした。
戦後憲法・刑事訴訟法(自治体警察に始まる警察制度も)が全面的にアメリカ法継受に切り替った以上は、戦前の区別を維持する必要があるかどうかの問題(そんな単純化すべきでないという意見との論争?)です。
憲法

第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第35条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第33条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
2 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
第38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

上記憲法の保障が刑事手続だけか行政手続きにも及ぶか?がさしあたりの焦点でした。
所得税法に関する川崎民商事件で解決したと思われますが・・.・・・。
結論だけ覚えていたのですが、今読み返してみると以外に複雑です。
(難解すぎるから結論だけ記憶していたのかも?)
判旨1では税務調査・行政行為からといって憲法の令状主義の適用がないと言えないとしながらも、判旨2では、結局税務調査には令状が不要と言う複雑な判例です。
(判例要旨2には出ていませんが、判決書によると所得捕捉の実務的必要性との総合判断?も書いています)

事件名  所得税法違反 事件番号 昭和44(あ)734 昭和47年11月22日 判例集 刑集第26巻9号554頁
裁判要旨  一 当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が、憲法三五条一項による保障の枠外にあることにはならない。
二 所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)六三条、七〇条一〇号に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、憲法三五条の法意に反するものではない。
三 憲法三八条一項による保障は、純然たる刑事手続以外においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶものである。
四 所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)六三条、七〇条一〇号、一二号に規定する質問、検査は、憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」の「強要」にあたらない

犯罪の予防鎮圧・行政警察行為に関しては警職法で、司法警察官としてではない行政警察としての権限・職務質問、任意同行などが規定されています。
警職法の職務行為は行政警察そのものであって、今も令状不要です。
職務質問や任意同行その際の所持品検査で得たものを刑事手続の証拠にできるか・・違法収集証拠か否かで争われていますが、警職法の職務行為=行政警察行為による所持品検査段階では令状不要ですから、その段階の所持品検査が警職法の範囲内かどうかの争いでもあります。
範囲内かどうかの判断をするのに憲法のデュープロセス法理に反しないかのスクリーンニングがあって、ややこしくなっています。
実務を見ると、同じ警察官が怪しそうな人物や車に検問・職務質問・任意同行〜事情聴取その他の犯罪予防行為をした時に、その直感が的外れでなかった時=犯罪容疑が出た時点で警職法の職務行為から刑事訴訟法上の司法警察官の行為として現行犯逮捕などの司法手続きに移っていきます。
同一警察官の行為が、どこからが司法警察行為なのかは法理論上はっきりしているとしても、前段階の令状なしで例えば覚せい剤所持を所持品検査で発見した行為が、警職法上合法か?警職法上の任務としてもそれが憲法の令状主義に反しないかが問題となってきたのです。
この辺は、所得税法違反事件での立ち入り調査も構造が同じです
下記加藤氏の論文は2015年点でも行政警察と司法警察の区分の必要性があるかどうかに関するものです。
論旨展開の必要に応じて各種判例が引用されていますので、部分的にそのまま紹介すれば私の意見を書くよりわかり良いのですが、原文は縦書きのためにコピペでは読みにくいの引用できません。
行政警察と司法警察の区分要否に関する諸説を分類した上で著者の意見を書いていますので関心のある方は下記の(上)(下)論文に入ってお読みください。
論旨を展開するために主要判例の多くが引用されています。
上記川崎民商・所得税違反法事件も紹介されています。
http://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/nihon/80_4/01.pdfに日本法学第80巻第4号(2015年2月)加藤康榮氏の「行政警察活動と犯罪事前捜査」(上)とhttp://www.law.nihon-u.ac.jp/publication/pdf/nihon/81_1/03.pdf#zoom=60第81巻1号(2015年6月)(下)のテーマで連載論文が出ています。

上記論文でも言及されている米子銀行強盗事件の最判(最高裁昭和53年6月20日第三小法廷判決、刑集32巻4号670頁)が違法収集証拠論の角度から以下の論文に出ていましたので関心のある限度で部分的に紹介しておきます。
中央ロージャーナルですから毎号事務所に送ってくるので見ている筈ですが、事務所に書籍が溜まりすぎるので読むとすぐに廃棄にまわしているので、こんな時にはネットに出ていると便利です。
http://ir.c.chuo-u.ac.jp/repository/search/binary/p/9765/s/8268/

違法排除法理の展開における違法認定と証拠排除
─第一京浜職務質問および車内検査事件最高裁判例を契機に─
I 問題の所在および本稿の概要
II 第一京浜職務質問および車内検査事件での最高裁判所の判断
III 第一京浜職務質問および車内検査事件での最高裁判所判断の検討
IV 終 わ り に        中野目 善 則第13 巻第 2号(2016)

I 第一京浜職務質問および車内検査事件での最高裁判所の判断
「以上の経過に照らして検討すると, 警察官が本件自動車内を調ベた行為は, 被告人の承諾がない限り,職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ,右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから, 右行為が違法であることは否定し難いが, 警察官は,停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人について,覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり,その所持品を検査する必要性,緊急性が認められる状況の下で,覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり,また, 被告人は,これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって,これらの事情に徴すると,右違法の程度は大きいとはいえない。
・・・本件採尿手続も,右一連の違法な手続によりもたらされた状態を直接利用し,これに引き続いて行われたものであるから,違法性を帯びるといわざるを得ないが,被告人は,その後の警察署への同行には任意に応じており,また,採尿手続自体も,何らの強制も加えられることなく,被告人の自由な意思による応諾に基づいて行われているのであって,前記のとおり,警察官が本件自動車内を調べた行為の違法の程度が大きいとはいえないことをも併せ勘案すると,右採尿手続の違法は,いまだ重大とはいえず,これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが
違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから,被告人の尿の鑑定書の証拠能力は, これを肯定することができると解するのが相当であり(最高裁昭和五一年( あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・ 刑集三二巻六号一六七二頁参照),右と同旨に出た原判断は,正当である。」

以下米子銀行強盗事件最判の紹介は明日のコラムに続きます。

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