新旧日米安保条約と日本の防衛3

トランプ氏は一方で基地経費発言していることからすると,世界での役割は別としてアジアに関しては,「基地経費負担するならばその地域の警察官をやっても良い」と言う意思表示に読めます。
完全にやめるのではなくコスト次第と言う一見自分勝手に見えるものの、商売人らしいしたたかな?分り易い計算がみえます。
いわゆる「雇い兵」ですが、日本政府の直接の雇い兵ではなく飽くまでアメリカに指揮権のある基地利用を条件とする「いいとこ取り」ですが、これを如何にしたたかに交渉して日本に取り込んで行くか・・米軍縮小に合わせた日本軍強化・の手腕が日本に問われています。
幕末ペリーの強引な手法に日本の上層部は驚きましたが,粗暴な人間は一見相手を驚かしますが時間の経過で粗暴な方が手玉でにとられるのが普通です。
商売人の腰が低いのは、長期的には腰の低い方に有利に働くことを知っているからです。
これを日頃から強引にやっているつもりが、「結果的にやられっぱなしになっている現状にストレスが溜まりカンシャクを起こしたのがアメリカのピープルでありこれの支持を受けているトランプ旋風である」と言う見立てで書いてきました。
今後の日米関係がどうあるべきかは,アメリカのプレゼンス縮小の移行期間に合わせて暗黙のうちに当然決まって行くことですから、(民進党は日本が困るのを期待しているのでしょうが実は)日本古代からの交渉実力から言ってそれほどの心配はありません。
日本にとってアメリカ軍の後ろ盾が控えていることが一定期間(この間に中国共産党政権が自壊して平和国家に変身してくれる期待もあります)重要でしょう。
トランプ氏も巨大な米軍設備・軍需産業・将兵をイキナリ本土防衛に必要なだけに縮小することは国内雇用問題だけとしても不可能ですし,まして国外にも既存の複雑な利害構築していた関係の整理がありますから、すぐには無茶を出来ません。
上記移行交渉には長期間を要することは間違いがありません。
多角交渉だと腕力による優位性が利かないのが面白くないので、今後はアメリカが強い立場を利用して一対一の2国間交渉を求めるのがトランプ氏の基本戦略のようですが,1対1の交渉でしかも粘り強い交渉になれば,日本の方が格段に交渉力が上です。
長期細かな交渉過程があれば、結果的に日本の立場を守れる・・徐々に米軍に引き上げてもらうのに比例して日本防衛力をアップして行く関係になることは、過去の交渉実績が示しています。
この関係が続いている限り中国は簡単に日本に手を出せないし,その間に日本の自衛力が強化されて行きます・・逆に時間をかければ,中国がつぶれそうな気配ですから時間が日本に味方するでしょう。
イギリスとEUの離脱交渉も複雑ですから,老かいなイギリスがどのような交渉能力を発揮するかの関心で,見物する方には面白い展開になるでしょう。
日本としてはトランプ氏を敵に回さずに(おだてながら)同氏がうまく政治を出来るように軟着陸させることに協力して行くしかありません。
今までも日本はアメリカの補完勢力として,陰日向なく協力して来た実績があるので、今後もアメリカの補完勢力に徹することが重要です。
トランプ氏の強引な手法では却って女房役の取りなしが必要になりますので,日本の役割が減じることがありません。
日本の国際役割・補完性機能に付いては2016/02/28/「覇道の限界と日本の補完性7」前後で連載中で途中になっていますが,動乱期にこそ再び脚光を浴びるべきでしょう。
16年2月に書いて来た補完機能は,アメリカは世界中でうまく行かなくなって来て日本の助けを必要としている現状を書いたものでした・・。
日本の助けを借りて漸く運営する・・オバマがあちこちでオタオタしているのに我慢出来なくなった国民がちゃぶ台返しをして「世界から引き上げろ」と言うヒステリーを起こしたのが今回大統領選「アメリカ第一」のスローガンの基礎です。
そうなると今後の日本のアメリカに対する補完機能の発露の方法を修正して行く必要がありますが,複雑になればなるほどうまくやれる能力の人が日本には一杯いますから心配はいりません。
話題が変わりますが,何千年も話し合いで解決して来た成熟した我が国で戦後イキナリ話し合い解決機能が何故なくなってしまったかの関心でこの数日60年安保条約騒動を例にして書いてきました。
サンフランシスコ平和条約が中ソ・共産系除外で成立した後遺症・・当時中ソの立場に固執する・・西側軍事力低下を最大目標とする中ソ系マスコミや外国資金で動く勢力は、日本の利益よりも中ソ系利益を優先する思想ですから、何を言っても受入れる余地がなかった・・話し合い解決の成立余地がなかったことに原因がありその後遺症を今に引きずっているのではないかと言う関心です。
数日前まで書いて来たようにこの延長上で60年安保騒動が起きたように見えます。
60年安保はサンフランすすこ平和条約による独立時に同時成立していた日本に極端に不利な条約の改訂・・日本に有利な改訂ですから、完全な対等条約を勝ち取るにはまだ無理があるにしても少しでも良くすることに反対する理由がなかった反対運動であったことを書いて来ました。
合理的理由があるとしたら米軍不利な改訂を阻止したい米軍スジの意向と,西側陣営に組み入れられている条約自体に反対するものであった・・西側陣営参加のサンフランシスコ平和条約反対運動・・要は日本独立を阻止したい勢力の蒸し返しでしょう。
アメリカ系の資金流入の有無は分りませんが(・・アメリカはソ連のようにまだつぶれていないにので・・)60年安保はソ連の資金と人的応援で行なわれていたことがソ連崩壊後分って来ました。
しかも昨年の集団自衛権論争は既に60年安保条約で(日本施政権内限定ですが)認められていたことが、12月2日に紹介した条文で分りました。
昨年マスコミ報道だけで,安保の条文をよく見ていませんでしたが,既存条文を見ると相互防衛義務負担が新たに生じるのではなく,共同防衛義務の範囲が広がることに対する反対だったのに集団自衛権ばかり(か分りませんが印象としては)氾濫していたように思えますが・・・。
たとえば、朝日の報道で見ると以下のとおりです。http://www.asahi.com/topics/word/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9.htmlからの記事です。
集団的自衛権(2015年05月12日 朝刊)
同盟国などが攻撃されたとき、自国への攻撃と見なし、反撃できる権利。国連憲章など国際法で認められている。日本の歴代内閣は「保有しているが、憲法9条との関係で行使できない」との解釈を示していたが、安倍内閣は昨年7月の閣議決定で、解釈を変更。(1)日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され、日本の存立が脅かされる明白な危険がある事態(存立危機事態)(2)我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない(3)必要最小限度の実力行使——の新たな3要件を満たせば、集団的自衛権による武力行使を憲法上可能とした。
上記のとおり集団自衛権行使が憲法違反かどうかばかりが朝日新聞に限らず大規模報道されていましたし、昨日の日経新聞でも「安倍政権のこの一年の成果として「集団自衛権がどうの・・」と言う記事がでていす。
集団自衛権・・共同対処は既に60年安保に規定されていてこれが国会通過していたのですから,何故いまごろ再び大騒ぎし直したか疑問です。
ここ4〜5年来の国防上の大きなテーマは、60安保条約の限界・・日本施政権下範囲を日本施政権外に共同防衛行為をする範囲拡大が許されるか?だったことなります。

新旧日米安保条約と日本の防衛2

旧安保条約はポツダム宣言同様に一方的に押し付けたモノで,日本の権利・アメリカの義務が全くない・・条約とは言えない代物であった上に条約期限もない無期限条約でしたので,これをパーフェクトに対等でないまでもその当時の日本の国力相応に少しでも有利に改訂し,10年後に更に見直し可能な条約の盛り込んだのは日本にとって格段に有利な結果でした。
そうすると60年安保騒動が何故起きたのか?・・・政治活動には相応の到達目標がある筈ですから,どこの利益を図るための騒動だったのか,今になると不思議な現象でした。
新球場分を見比べると疑問の余地なく日本に利益になる改訂でしたが,ニッポン民族が有利になると困る勢力が運動を煽っていたとすれば,「パーフェクトでないと行けない」と言い張って結果的に交渉決裂を目指していたと解釈すれば合理的理解可能です。
日本独立に反対する勢力が西側陣営だけとの講和条約反対→独立反対を唱えていたのと同じ構図です。
今になって記録を見ると60年安保は当時のマスコミ報道とは全く違って,(私の独自解釈ですが・・)全面講和論で日本の独立に反対した勢力の蒸し返し運動と折角有利な条約を改定したくないアメリカの意を裏で受けた勢力の合作騒動だった印象です。
その頃のスローガンでは,(高校生の頃で良く覚えていませんが・・)日本が米ソ戦争に巻き込まれると言うだけの運動だった印象です。
3日に紹介したとおり日本が共同防衛義務を負うのは「日本施政権下」=国内の戦争に関してだけです。
ソ連(に限らず外国)が日本国内に攻め込んで来たときに守ってくれる米軍と一緒に戦うと言う米軍協力義務の明記すると、日本が米ソの戦争に巻き込まれるという主張は無理があり過ぎます。
これを誤摩化すために?マスコミは,日本に基地があると一緒に攻撃を受けるとか,米軍の展開する極東の範囲が問題だとしきり宣伝し社会党もこれを煽っていました。
しかし,上記のとおり改訂しなければ旧条約のママであり,旧条約締結(1951年9月八日のトキには米軍は駐留していて朝鮮戦争を戦っていましたし,極東と言う意味不明の地域で軍事活動していましたから,(無期限条約なので)改訂を拒否すれば旧条約がそのままですから,米軍がいなくなる訳ではありません・・。
ウイキペデイアによると以下のとおりです。
  朝鮮戦争(ちょうせんせんそう、1950年6月25日 – 1953年7月27日休戦)
旧条約は独立のとき1951年9月8日ですから,米軍は日本の基地から出撃を繰り返している最中でした。
マスコミ報道は反対論を煽るためのものばかりで,条約改訂によって危険になるものではない不安を煽っていたことが分ります。
旧条約締結時には問答無用的関係・・独立を認めてもらう弱い立場だったので日本がいろいろな注文をつけられなかったのに比べて新条約では,条約交渉プロセスの経緯が記録に残るので・・高官同士のやり取りから米軍の自由度が逆に狭まっただけのことです。
何故これに国民が憤激したのか意味不明ですが,ソ連の意を受けたマスコミの脚色報道が原因だったのではないでしょうか?
上記米ソ戦争に巻き込まれると言う宣伝も論理的でない主張の1つですが,でも激化に大きな影響を与えた樺美智子さんの死因に関しても以下のとおりであることが分って来ました。
http://yabusaka.moo.jp/60anpo.htmによる樺美智子さんの死因に関する報道と事実の違いは以下のとおりです。
※樺美智子の死因と報道・・・・樺美智子の遺体は慶応病院法医学教室で解剖され、「内臓器圧迫による出血のための急死。致命傷となる外傷はない」という結果が出た。ところが、解剖に立ち会った社会党参議院議員と代々木病院副院長は「扼殺の疑いが強い」と異なる発表をした。さらに社会党弾圧対策委員会は殺人罪で告発。「樺美智子さんは警棒で殴られたうえ、踏まれて死亡したのではないか」という報道も加勢した。しかし後日、東京地検は現場写真や参加者の証言などからその説を否定している。」
樺美智子さんの死は私も知っている程当時の国民に大ショックを与えただいショッキング報道でしたが,その原因は客観事実に反した社会党の発表や虚偽報道にる煽動行為に原因があったことが今になると分ります。
マスコミは客観事実さえ報道しないのですから,その他報道姿勢の偏り方が半端でなかったことが分ります。
その後の経過は以下のとおりです。
 17日、樺美智子の死に抗議した約7,000人が、再び国会前に集まった。
 新聞社7社は、「暴力を排し、議会政治を守れ」との「7社共同宣言」を発表。
 同じ日、国会では社会党・河上丈太郎代議士刺傷事件が起こる。
 18日午前11時、東京・日比谷で樺美智子を慎む全学連総決起大会開催。午後には東 大で合同慰霊祭が開催される。
 強行採決からちょうど1ヶ月後の19日午前0時、前夜からでも隊33万人が国会を取り 巻くなか、新安保条約が自然承認される。新条約は内乱鎮圧条約や、 第三国への軍事的便益提供禁止などは削除され、条約存続期間は10年とされた。
 23日午前10時20分、新安保条約は東京・白金の外相公邸で批准書の交換が行なわれ、すべての手続きを終えた。そして岸内閣は「人心一新「政局転換を理 由に、この政治的混乱の責任をとって総辞職を発表。
 7月14日に池田勇人が党総裁に選出され、19日に池田政権が発足。 
 そして7月の3つの県知事選では、社会党系候補は全敗、自民党系候補が当選した。自民党は11月の総選挙でも前回より9議席増やした。」
上記によれば、運動エネルギーに大きな影響を与えた樺美智子さんの死因についても社会党やマスコミは明白に虚偽発表・報道をして国民を誤った方向へ煽っていたことになります。
声なき声・・国民の多くは、マスコミの煽動に乗らずに事実をよく見ていたコトがその後の選挙結果・社会党の敗北)で分ります。
大規模デモ隊と言っても国民の0、1%にもなるかならないか程度が普通ですから,(デモ参加者が13万人でも一億数千万の人口比で、0,1%しかいません)感情を煽る一方の非論理的なマスコミ意見に成熟しない高校生や大学生等の若者中心に反応してしまっただけのことだったと見るべきでしょう。
マスコミは感情を煽るのではなく,中立の立場で客間的な経過説明をして国民の冷静な判断のチャンスを与えるべきでしょう。
この反対運動によって,条約改訂がもしも出来なかったならば、日本はアメリカ軍の占領支配を跳ね返すチャンスを失い半永久的に支配を受け続けるしかなかったことになります。
話題が飛びましたが,アメリカは元々日本防衛のために駐留していたものではない・・・今もアジア全域のために出動しているだけで日本防衛には寄与していません・・精々基地があるから・・おつきあい程度に防衛協力しましょうと言うだけです。
アメリカ自身に危険が及ぶような相手・・日本にとって最も危険な相手ですが・肝腎の防衛が必要になれば尻ゴミするに決まっている・・核の傘は実は大して当てにならないことは昔から誰でも知っていることです。
日本が独立を守るためには,いつかは自前の防衛力整備が必須であることを知っているからこそ,警察予備隊の時代からニッポン民族独立に反対の勢力・・反日勢力は必死になって防衛力強化に反対し妨害してきました。
アメリカも日本の防衛をしたくないものの日本軍事力が強化されるの防ぐために守ってやると言うしかなかった面もあるでしょう。
その意味では守る気もないのに日本の核武装を阻止して来た歴代政権より、「日本を守ってやらないから日本は自分で核武装すべきだ」と言うトランプ氏の方が正直です。
政治献金や講演料名目でマネーロンダリングしている?ヒラリー氏よりも、12月2日に米国企業キャリーを脅して?メキシコへの工場進出を中止させたことに関連して書きましたが,ズバリ企業やクニを脅して落とし前を取って行くことになりそうなトランプ氏の方が分り良い面があります。

新旧日米安保条約と日本の防衛1

岸政権の60年安保改訂交渉は、米軍の意思次第でいつでも軍が日本人を鎮圧出動出来る権利を認めた第一条削除を筆頭に占領軍としての米軍を(今もアメリカの支配下にあると言う実質は別として)法形式上全面否定した・・形式的にも日本独立後約10年経過でようやく軍事的独立を果たした大成果でした。
占領軍の本質を前提とした旧条約では,法律上も駐留軍は肝腎の日本防衛義務を全く負わない仕組みでした。
アメリカとしては日本を占領支配するだけで何の義務も負わなかった占領軍の本質が、独立前の竹島占領や北方領土占領を黙認した基礎に繋がっているのです・・。
昨日紹介した旧条約の条文によると共同防衛義務が全く記載されませんが,元々米軍は占領軍でしかないからアメリカとしては日本の独立を認める代わりに占領軍が従来と何ら権限が変わることなく継続さえ出来れば良いのであって、日本を防衛する義務など想定すら出来なかったからでしょう。
アメリカ軍支配を侵す勢力があれば、アメリカ軍の支配地(縄張り)を守るために?撃退する関心があっただけです。
強盗が折角の略奪品を奪われそうになればこれを撃退するのと同じで,被害者を次の泥棒や強盗から守る義務などに関心がありません。
「占領支配の沽券にかかわるかどうか」だけの関心であったから、北方領土でも李承晩ライン・竹島(要は漁業権の争いですからアメリカの軍事関心「沽券」には関係がなかったのでしょう)もスキなようにさせていたことが今の日露,日韓のしこりになって残っている原因です。
最早占領軍ではないと言う意味を明らかにするために60年安保では防衛義務を新条約第5条で明記させたのですが,相手の防衛義務を明記する以上は日本も相互負担するのは当然です。
日本で大騒動になった60年安保のテーマを見ておきましょう。
11月30日現在のhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BF%9D%E9%97%98%E4%BA%89の記事からです。
「1951年(昭和26年)に締結された安保条約は、1958年(昭和33年)頃から自由民主党の岸信介内閣によって改定の交渉が行われ、1960年(昭和35年)1月に岸首相以下全権団が訪米、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領と会談し、新安保条約の調印と同大統領の訪日で合意。1月19日に新条約が調印された。
新安保条約は、
内乱に関する条項の削除
日米共同防衛の明文化(日本をアメリカ軍が守る代わりに、在日米軍への攻撃に対しても自衛隊と在日米軍が共同で防衛行動を行う)※アメリカ軍の防衛の明文化はされていないとの反論が多数されている。
在日米軍の配置・装備に対する両国政府の事前協議制度の設置
など、安保条約を単にアメリカ軍に基地を提供するための条約から、日米共同防衛を義務づけたより平等な条約に改正するものであった(※より平等でないとの意見もあり)。」
独立時の条約は独立を認める代わりの既得権として,(沖縄返還時の基地既得権自我条件だったのと同じです)基地無償使用権をそのまま維持するものでしたが,今度は日本に基地を置く以上は,日本の要請があれば日本防衛義務を分担する外、軍や設備の配置も米軍が勝手に出来ず日本との「事前協議」のタガを嵌めると言う当たり前の条約に改訂しようとするものでした。
「日本に基地を置きながら日本防衛に協力しないならば何のための条約だ!」となります・・まさに旧条約はアメリカが占領を続けたいだけの条約だったことが分ります。
昨日紹介した旧条約には、期限がない・・・破棄・・一方的なけんか腰の破棄をする以外には,やめらない条約でしたが,この改訂で10年間に限定されました。
もしも改訂が出来なければ、日本がアメリカと喧嘩するほどの関係にならない限り(今でもびくびくして付き合っていますが・・)アメリカは従来どおり植民地支配軍として「半永久的」に居座っていられる関係だったことが分ります。
ウイキペデイアの記事は当てにならないと言う批判がありますので,外務省の公式記録による60年安保条約そのものを見ておきましょう。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.html
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
第一条
 締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。
 締約国は、他の平和愛好国と協同して、国際の平和及び安全を維持する国際連合の任務が一層効果的に遂行されるように国際連合を強化することに努力する。
第二条
 締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによつて、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する。
第三条
 締約国は、個別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる。
第四条
 締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議する。
第五条
 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。
第六条
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
第十条
 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。
 以上の証拠として、下名の全権委員は、この条約に署名した。
 千九百六十年一月十九日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書二通を作成した。
日本国のために
 岸信介
 藤山愛一郎
 石井光次郎
 足立正
 朝海浩一郎
アメリカ合衆国のために
 クリスチャン・A・ハーター
 ダグラス・マックアーサー二世
 J・グレイアム・パースンズ
上記を見ると,旧条約第一条の内乱条項がなくなり米軍が国内で勝手に軍事力行使出来ない・・当たり前の条約になっています。
代わりに第5条で日本施政権下の米軍に対する攻撃に対する共同防衛義務が明記されましたが,これは米軍日本防衛にあたることになった以上,日本防衛のために出動した多米軍と共同軍事行動するのは当然のことであって仮に明記されなくとも米軍と一体化して戦うベキは解釈上でも出て来ることです。
友人に引っ越しや大掃除をの手伝いを頼めば,頼んだ本人がテレビを見て遊んでいる訳には行きません・・喩えば、日本上陸作戦をしている侵略軍と戦ってくれているアメリカ軍に弾薬や食糧を届けたり見張り報告程度の協力をするのは当たり前のことです。
何故これが60年安保で大問題になったのか意味不明です。
以下に紹介するとおり,60年安保のときに極東の範囲を問題にしてソ連が,「歯舞色丹を返すのをやめた」と通告して来たこともありますが,旧条約で元々書いてあった上に,60年安保でも米軍の防衛義務は日本施政権範囲内だけですから,日本の施政権外での協同防衛義務はありませんから、何も変わっていないのです。
新安保条約でもソ連が日本の政権下の地域へ侵略しない限り共同軍事行動がないのですから,この条項をソ連敵視とソ連が怒るのは(ソ連を刺激すると反対する国内運動家も),日本侵略意図があると言う意思表示だったのでしょうか?
一方で極東の範囲が不明だと言うのも大きな反対理由になっていたようですが,この条文は元々旧条約に入っていたのですから,新安保で変わったことではないのに、何故国内で大反対理由になるのか?も不思議です(無期限条約でしたから,改訂しない限り旧条約のママです)し、ましてソ連が日ソ共同宣言を何故破棄出来る理由にするのか不明です。
日ソ不可侵条約破棄→満州から日本人大量に拉致したのと同様に、国際合意を守る気持ちが元々もない・・・相手が(国内デモストライキ等で)弱れば,何をしても言っても,しても良い・・力関係次第と言う信用出来ない体質が再び出ただけのことです。
こんな国相手に先行協力すると,(中国も韓国も日本の世話になるだけ世話になって今になると如何に日本をやっつけるかに智恵を絞るクニですが・・)取るものだけ取ってから「破棄する」と言うドンデン返しがいつあるか知れません。

アメリカの長期戦略と日本1

小笠原や沖縄の返還は,米ソ冷戦真っ最中のアメリカが、日本を自陣営につなぎ止めるための無償?返還ですから、沖縄基地全面返還条件で平和裏に返すことがありえないのが明白・・全面返還に固執してそれで決裂して「一歩も譲らなかった」と自慢していれば良かったかの国民選択の問題です。
国民の政治レベルが熟していないクニでは、熟達した政治家による秘密合意が許されると言う意識が普通・・決断した政治家は将来の歴史評価に委ねるしかないのが現在の常識です。
その意味では「一定期間経過で公開する」アメリカの制度は合理的です。
世界の植民地独立機運が生じたのは、対日独戦に協力させるためにイギリスがインドに独立を約束するしかなかったことに端を発しているように物事には見返りがあります。
アメリカは占領初期には日本を工業国として再起させない目的で国内工場設備を解体してアジアへ搬出強制していたのに、これを一転して国内工業生産再開を許し再軍備を認め日本独立を認めたのは朝鮮戦争以来のあらたな戦争体制に日本を協力させるためであったことは、揺るがない歴史事実でしょう。
この世界大変動のチャンスを生かして、荒廃した産業を立て直し、独立出来たのは日本政府、民族の大成功でしたが、サンフランシスコ平和条約時に社共が主張していた全面講和論貫徹→独立先送りしていた場合を想定すると日本はいつまでも独立出来ないで占領下のままになっていたことになります。
ソ連崩壊による世界世論一致まで待てば良かったのでしょうか?
反対するソ連さえなくなれば社共が賛成に回ったでしょうか?
今度は中韓が反対だから反対というのではないでしょうか。
1990年近くまで占領されたままでいたのでは,後記のインデイアンに対するように日本民族は骨抜きにされていたでしょうし,ソ連が崩壊すれば独立出来たかと言うと、そうなってからでは独立が無理になります。
アメリカにとってせっかく大量の人命を犠牲にして支配下に置いた日本を何の見返りもなく独立させる必要がなくなる・・国内世論が承知しないというのがふつうです。
・今のロシア相手に何らの見返りもない北方領土返還などまとまりそうもない実態と同じです・・ギブアンドテイクが冷徹な国際政治です。
ロシアはウクライナ侵攻以来国際孤立していたから日本へにじり寄っていたのですが、トランプ氏登場で息を吹き返してこの僅か数週間でイキナリプーチンが北方領土返還交渉に冷淡、強気になったのと同じで、アメリカも敵対国ソ連が崩壊すればアメリカの日本利用協力メリットが低下するので、態度も変わります。
実際にソ連崩壊後対ソ戦略基地としての日本が不要になると。早速アメリカは中国・江沢民と組んで対日包囲・ジャパンパッシングを強めた・・世界的に「日本には将来がない」と思わせる動きの推進役を果たして来た事実を見れば明らかです。
調子に乗り過ぎた中国の暴発で,対中対立になりかけた結果、安倍政権以来日本が大事にされるようになっていましたが、アメリカ、トランプ氏がアジアで中国と覇権争いをする気がなくなれば・・経済利益だけで見れば,アメリカは伝統的に中国と仲良くし日本を敵視した方が合理的な関係です。
アメリカは元々条約を守ったことがありません。
アメリカでは、降伏したインデアンとの条約(降伏条件)を踏みにじりインデイアンの反骨精神を奪うために、赤ちゃんが生まれると直ぐに全員取り上げて白人家庭に送り込み政策が実行されました。
生まれつき白人の召使いとしての教育・・大きくなると全員寄宿舎に送り込まれて徹底した白人優越教育が行なわれる・・生まれながらの従属・劣等民族意識を刷り込む政策が実行された恐るべき歴史があります。
この結果あの勇猛なインディアンの子孫が、ほぼ全員精神を病むか骨抜きになり、麻薬・アルコール中毒中心の生活に陥り、今や絶滅危惧種並みの被保護人種になっています。
社共勢力・・これに同調していたマスコミ文化人らは何の展望があって独立を拒否したのか?ニッポン民族をどうしたかったのか?不思議です。
沖縄返還で言えば、無条件返還の観念論・・結局返還交渉を破綻させる場合との利害得失ですが・・民度の高い社会では実情を公開しても合意形成可能です・・何故高度に発達していた日本の民度でこの程度の合意形成が出来なかったのでしょうか?
実際に密約があったかは別として国民の「総意」としては,基地が残っても早く返還して欲しかったかったことは間違いがなかったでしょうし、(「異民族支配が続いた方が良い」と言う民族がこの世にあるでしょうか?)沖縄返還時にアメリカ軍に「全面的に出て行ってくれ」と言うのは無理があると言う総意で返還後も長年一致しています。
基地存続の合意で返還された以上、日本は暗黙の合意・約束を守るべき信義があります。
ところで、沖縄が密約や基地存続の結果、沖縄県民が日本本土の人の犠牲になって酷い目にあっているのではありません。
沖縄米軍基地は周知の通り日本防衛のためではなく、ほぼその99%がアジア太平洋全域のアメリカの国益のために日常活動しています。
米軍基地があってもアメリカ軍支配下よりも日本復帰の方がよかったから沖縄県民は復帰を選んだのであり,多くの日本人もこの形しか復帰させられないので気の毒・・一緒に苦労しましょうと言うだけです。
東北の津波被害に対して日本人みんなが自分のことのように気の毒と思っていると、東北の人から「みんなのために犠牲になっていると言い募られると」??となりませんか?
東北の御陰でおいしいワカメが食べられるかも知れませんが・・。
日本は日本列島防衛に関係のない、米軍沖縄基地のため、あるいは発展し損なってる沖縄のために莫大な資金を投下して来ました。
全て沖縄県民のための負担であって、沖縄復帰によって本土は何か恩恵を得ているでしょうか?
せいぜいアメリカ軍のパトロールによるアジア平和への貢献と言う抽象的利益に過ぎませんが,これは米軍施政権下のままにあっても同じです・・・・むしろ日本は基地経費負担など一切する必要がありませんから気楽です。
日本が樺太や北方領土のロシアの軍事基地系経費負担など、誰も考えないのと同じです。
北方領土も元住民のための復帰運動をした結果仮に基地付きで帰って来た場合,元住民から基地の存在のために騒音被害などの損をしている被害者だとしょっ中資金要求されているような関係です。
折角合意しておきながら、飽くまで米軍に嫌がらせして追い出そうとし、米国と仲違いのタネをまいて沖縄の防衛を無能力化したいのは、どこのクニの利益になるのか?
今回のトランプ氏の要求・・「基地経費を全部持たないならば撤退する」と言う要求が本当に出て来たら、このときこそ逐次全面返還交渉のチャンスでしょうが(それでも数十年かかる交渉です)、トランプ氏は脅す・・駆け引きだけであって、本気で出る気はないでしょうが,結果的にアメリカの存在感が縮小する方向へ向かうことは確かでしょう。
元々オバマ時代からアメリカは当面アジア地域のプレゼンスを維持しながら将来的には地域大国程度で良いと言うのが基本セオリーだったと思われますから,それをトランプ氏が(一種の孤立主義・・アメリカ第一と言うのもこの意味で理解すべきで)刺激的表現をするか、温和な言い方をするか程度の差でしょう。

日本は中国を侵略したか。

蒋介石軍腐敗の具体例を挙げるのは煩雑過ぎるので、アメリカ政府の蒋介石軍に対する評価を紹介しておきます。
以下はhttps://ja.wikipedia.org/wiki/蒋介石からの引用です。
以下のとおり「アメリカは、 腐敗した国民党軍の崩壊を恐れ」ていたと記されています。
「日本敗戦とともにアメリカは、抗日戦末期に弱体化が著しかった国民党軍に大量の援助を行い、これによって新たに39個師団に武装・訓練をほどこし、アメリカ船をもって在中国日本人の本国送還を急ぎ、空路・海路から約40万の国民党軍兵士とアメリカ海兵隊5万人を華北に派遣・上陸させて北京、天津など重要 都市を占領、かつ国民党軍にかわってアメリカ軍みずから華北の炭坑、鉄道などを接収した。」
(日本の残した施設を共産軍に渡さずに国府軍に引き渡したと言う意味でしょう。・・イナガキ注)
「・・・先述のようなアメリカによる国民党軍の武装・訓練・華北への輸送作戦は12月までにかなりの進展を見せ、アメリカは蒋介石政権崩壊・共産主義拡大防止対策 を行い、トルーマン政権のアジア政策も対中政策を最も重要視し、国共内戦の調停を成立させることによって中国の「大国化」を達成しようとした。」
「・・アメリカは国民党軍に莫大な支援を集中して共産党側を圧倒しつつ、他方でアメリカのさらなる国家資本援助を報償として提示して国民党の譲歩をせまることによって国共両党を統一交渉テーブルにつかせようとしたのである[92]。共産軍の戦闘力の強さを誰よりもよく認識していたアメリカは、 腐敗した国民党軍の崩壊を恐れ、蒋介石に大量の軍事援助を与えつつ、 国民党軍が強化されるまで衝突を先にのばそうとしたのである。」
ところでウイキペデイアの記述で気が付いたのですが、何故か戦後国府軍と言われていた蒋介石軍がいつの間にか「国民党軍」と言う表記になっています・・。
ただし、中華民国政府軍・・国府軍の名称自体いつからかはっきりしません。
孫文自身何回か逃げたり挙兵してはその都度組織の名称を変えています・・いつも中華民国政府と名乗っていた訳ではないので、国府軍と言うのはどの時点の名称を言うのかもの心ついた頃からなんとなく聞き慣れていただけで、私にははっきりとわかっていません。
戦後アメリカが、台湾に追い詰められた蒋介石軍の正統性をアッピールするために過去に孫文が何回か使った名称を引っ張り出して「中華民国政府」と言い出したのかもしません・・最後の頃には、事実上蒋介石の私兵みたいな組織だった可能性があります。
ウイキペデイア自体根拠がはっきりしない記事が多いと言う意見が多いですが、(私のコラムも毎回お断りしているように学問的に研究したものではない・・・あちこちに出ているネット記事をぜんていに思いつきで書いているに過ぎないのでウイキペデアの正確性まで調べる時間も能力もありません)一応こう言う表記・・国府軍の表記から国民党軍の表記に変更されていることが現在では普通になっているらしいことに、初めて気が付いて驚いている次第です。
私の青年の頃・・共産政権承認までは、中華民国政府軍→国府軍と言っていた筈ですが、共産中国を国家承認した頃から、対抗勢力を「〇〇政府軍」と言えないのでこれを私的な「国民党の軍」に格下げして呼ぶことになったのでしょうか?
ウイキペデイアによると「日中国交正常化(にっちゅうこっこうせいじょうか)とは、1972年9月に日中共同声明を発表して、日本国と中華人民共和国が国交を結んだことである」
とあるので私が司法修習生として宇都宮にいたときですから、それまでに常識として身についていたのは国府軍という呼称でした。
日中正常化の前提条件として中華人民共和国を正統政府と認めた以上、台湾にある政府を中華民国と言わないで、台湾と言う1地域の呼称になったとすれば、そういうものかな?と言えないこともありません。
そう言えば広東政府とか南京政府とか従来根拠地名称で呼ぶのが普通だったように思います。
台湾政府をあたかも正統政府のように印象付けるためにアメリカが中華民国政府と日本で言わせていただけかも知れません。
共産党政権を認めた後はそれで、呼称変更するのは一貫するでしょうが、遡った時点の国民政府軍まで正統性を否定して単なる「国民党の軍」・・私的集団の私的兵力として表現するようになると、その頃までに行なわれた国際的約束事は、どのように解釈されることになるのでしょうか?
そうすると日本が侵略したと言うものの、当時現在の中国地域に侵略される政府があったことになるのでしょうか?
無政府状態であり且つ、いろんな民族が入り乱れている状態の地域に統一政府を作るため軍閥が乱立し、諸外国も疎開地の自国民の保護のために軍を駐屯していた外、それぞれに肩入れしている関係でした。
(当初孫文が広東で挙兵するときに頼った地元軍閥には、連合形態を構想していた人もいるなどいろいろです・軍閥にとっては孫文の思想に共鳴して応援の軍を出しても、自分固有の権益を保持したい人が大半でしょうから、連合形態が望ましかったでしょう)
例えば孫文が拠点とした広東軍閥?内で、自分の軍を擁して参加していた実力者陳炯明を見ておきましょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki蒋介石からの引用です
「北伐は実施されることなく終わった。陸軍部長の陳炯明が兵站や補給を妨害したためである。陳炯明は聯省自治主義者であった。すなわち陳は孫文と異なり、省自治を前提とした、各省の横の連合による地域統合型の国家建設を目指していたのである[31]。陳は武力統一を目指す孫文と激しく対立した。」
4月12日に蒋介石が軍を率いて広東に入ると、陳炯明は孫文に辞表を提出し、配下の部隊を率いて逃亡してしまった。」
ソ連は言うまでもなく共産軍を肩入れしていますし、アメリカは蒋介石軍を、日本は女真族満州国の肩入れしていた外、汪兆銘軍とも同盟していました。
当時のシナ地域の実態を前提とした場合、何故日本だけ侵略軍とされるのか・・アメリカやソ連の支援する軍閥と提携していなかっただけではないかの疑問が起きてきます。
孫文の中国同盟会も広東を拠点に一時期支配地を持ちますが、すぐに周辺軍閥の支持を失って上海に逃げたり蒋介石自身日本へ逃げたりの繰り返しのうちに、漸く広東で再度地元周辺軍閥の支持を受けて地歩を固め直して最初の旗揚げの地武漢を占領して再出発して行くのです。
この武漢でさえ、蒋介石が転戦中に、留守を預かる汪兆銘軍閥に乗っ取られてしまいます。
当時は広東周辺だけでも多数の軍閥が入り乱れていたのであって、今の共産党軍はそうした中の弱小集団の1つに過ぎなかったのです。
最後に負けた方についていた国が侵略軍と言うならばアメリカも最後に負けた蒋介石を応援していただけですので、日本同様に侵略軍となるべきです。
日中正常化まで、アメリカは正統政府の要請で介入していたのに対して日本は傀儡政権の要請で介入していたから侵略だという論理だったように理解していました。
蒋介石軍も満州国同様に一部分の一時的支配勢力にすぎないとすれば日本が同盟していた汪兆銘や満州国とどう違うか問題となります。
傀儡と言っても、蔣介石の方も上記記事に明らかなように、ほとんど米軍に頼っていたことは明白な事実ですから、大した基準にはなりません。
この辺は朝鮮戦争における韓国と米軍、ベトナム戦争の南ベトナムと米軍の関係でも同じです。
イラクアフガン戦争で米軍の占領後の米軍の軍事行動が現地政府の要請によると正当化されていますが、自分の時だけ都合良い解釈がおおすぎませんか?
・・アメリカが蒋介石の奥さんのハニトラによって、国府軍を応援していただけのことと、どう違うのかと言う根本的議論が必要な感じです。
私は専門家ではないので専門家には多角的研究によれば別の意見があるでしょうが、ここでは素人としての疑問を書いています。
中共政権が成立すると、その前の各種勢力・・国府軍を含めて私的な野盗の群れ?「国民党」軍に格下げになると、これを支持していたアメリカ軍も日本同様に中国侵略をして迷惑をかけていた勢力になるのかな?と言う私にような疑問を抱く人が増えるでしょう。
日本では日中戦争と言わずに「支那事変」と読んでいたことの意味を考え直すべきです。
当時中国と言う国はそもそも存在していなかったし、相手にすべき国さえ存在しておらず、国相手の戦争ではなく、泥沼化する「事変」に足をとられていたの実態です。
義和団事件その他欧米列強がこの地域で騒乱の度に自国民保護のために兵を出していますが、これを侵略と言うのでしょうか?
要は当地政権が外国人を保護する国際法上の義務履行能力を欠いていたから、自衛のために列強が兵を駐屯させ、自衛のために検挙や鎮圧するしかなかったと言う関係です。
今で言えば国連平和維持軍と言う形で合理化されていますが、当時はそう言う国際組織がなかったので各自自衛するしかなかったのが現実です。
日本も通州事件その他の被害が重なったので次第に駐屯兵が増えて行った・・泥沼化して行ったに過ぎません。
日本人が何故標的にされたかと言えば、アメリカ的戦後秩序・左翼系は日本が強引な要求したからと言いますが、欧米こぞって日本標的の工作を仕掛けていて金次第で動く中国人軍閥が乗せられていたに過ぎないと言う見方が可能です。
日本は欧米のアジア支配をやめさせるために「欧米各列強の租界地(香港の小型版)が中国各地にあるのはおかしいから返却すべきだ」と主張していたサナカに日本人を標的にした惨殺事件が立て続けに起きているのです。
欧米の指導の元に中国現地勢力が次から次へと事件を起こし、ドンドン残虐さをエスカレートして行き、穏便に収めようとしている日本を盛んに挑発して行き、これでは日本は反撃するしかないように仕向けられて行きました。
今の尖閣諸島での挑発のエスカレートを見れば分るでしょう。
いつかは衝突事故が起きると日本が挑発したと言う宣伝になるのかな?
これが後になると、日本が事件をでっち上げて侵略して行ったと歴史改ざんになるのですから、国際世論・・勝った方が歴史を作る怖さです。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC