1年を振り返って

今日は1年のおわり・・大晦日の前日ですので、今日から正月3ヶ日は例年に倣って特別番組・テーマになります。
この1年を振り返ると私事ですが、今年の秋に私の母が亡くなったのが大きな出来事です。
幸い最後まで元気だったので、子供としては有り難いことでした。
この年末で満101歳になるところでしたので、満表記では100歳、数え年では102歳になるそうです。
念のために書きますと数え年とは一つだけ大きく数えるとは限らず、12月に生まれた人は生まれると同時に1歳になり、年が明けて1月1日は(わずかに数十日で)2歳になってしまうのです。
2歳のまま年末の誕生日が来てもそのままで次の1月1日で(満年齢ではまだ1歳ですが)となって行きます。
これは、02/09/08「期間の計算法3( 初日参入・・年齢計算2)満と数えの計算法」で数えの計算方法を紹介し、02/10/08「ゼロの発見とインド仏教(空の思想)1」でゼロに関して書きましたが、ゼロの数字を知らなかった時代の数え方だと思います。
こういう数え方なので、葬儀場で私の母は「享年102歳」と表示されていました。
人が死ぬとはどういうことでしょうか?
大晦日が1年の終わりとすれば、人の死は一生の終わりです。
1年が終われば新たに1年が始まるように人が死ねば、代わりの生命が別に始まっていると古代の人は考えたのでしょう。
「ゆく川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」と言う訳で、輪廻転生して行くと昔は考えたものなのでしょう。
秋に落葉すれば、その次の新芽が準備されているようなものです。
自分の子孫が連綿と続いているときにこれが実感出来るのですが、子供がいなかったり、子供がいてもうまく行ってないと何となく侘しいのは、生命の継承感に不安を感じるからでしょう。
男の方はこうしたことに鈍感なのは、生命の継承に関係なくセットされた性欲(風が花粉を飛散させるからと言って生命の継承に意義を感じている訳ではないのと同じか?)だけで(その結果子供が生まれるかどうかにあまり関心がなく)生きて来たからではないでしょうか?
戦中戦後を生き抜いて大変な苦労をして来た母ですが、女性に関心の強い生命の継承・・「次世代がどうなっているか」を老後の幸福度の基準にすれば子供のことを何も心配しないで済み、(4人の子供はみんな結婚して生活もそれぞれ安定しているので)恵まれた老後だったことになります。

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