健全財政論2(国民と政府の関係)

政府と国民が対立するあるいは別個の団体的関係であれば政府が国民から借金していたのでは立場が弱くなって困ります。
( 04/16/06「世界宗教の非合理化とその改革4(イベリア半島2)」のコラムで、スペイン王家フィリッペ2世が4回もの破産した例を紹介したことがあります)
国民国家時代においては理念上政府=国民総体・・国民を内側に取り込んでいるので、政府の国民に対する借金は国外からの借金とは意味内容が違います。
今では政府と国民を一体として対外・・よそからいくら借りているかの収支バランスこそが重要です・・だからこそ政府の負債を国民が自分のこととして心配しているのです。
政府の負債は国民の負債同様としてマスコミが国民の不安を煽っていながら、プラス財産に関しては政府の金銭収支だけを取り出して国民個人保有の金融資産を問題にしない議論は片手落ちの議論と言えるでしょう。
政府の負債は国民の負債同様・・・一種の連帯債務者的立場にあると言うならば、国民保有資産とのバランスを論じないと危機ラインかどうか分りません。
現在の日本国債の国民保有比率が約95%であるならば、国民の対外的に負担する債務は差引5%しかなくそれ以上に国民が金融資産をもっていれば何の問題もない議論になります。
その上国民は金融資産だけではなく自宅その他の保有資産が多いので、実際はもっと安全で今のところ議論すること自体ナンセンスと言う状態です。
江戸時代にはまだ領主と領民は支配・被支配の対立関係(政府=国民ではなかった)あるいは別個の関係にありましたから、領内商人から巨額借金していると大名・武士が被支配者である商人に頭が上がらないのでは身分秩序上困ったことになります。
今は国民主権国家ですから、国民に頭が上がらなくて(一々お金の使い道に債権者=国民の意向を気にしなくてはならないこと・・)何が悪いのか?となります。
官僚にとっては、国民主権国家以前の(国民の公僕というよりは君主に代わる総理等上司に仕える)意識が濃厚に残っているから、「国民からの借金が悪で増税が必須」と信仰している人が多いのではないでしょうか?
同じ政府の資金源でも税収による資金ならば、古代から権力者の天賦の権利みたいな歴史があって、どう使おうと君主の勝手・・道徳的サンクション(酒池肉林のような悪政があると政権が倒れること)があるだけでした。
民主国家になっても税を取る約束(増税法案可決)までが大変ですが、その後は国債と違って気楽です。
吉宗が享保13年(1728)に農民との話し合いで税率を変更したのは有名ですが、このように議会のない徳川政権時代でも税率を変えるのには民意を無視出来なかったことが分ります。
ちなみに吉宗は・・当時までの慣習法的税率であった4公6民から当時の5公5民で計算した固定収量税に変更して政府は当面の税収増を確保し、(以下に貨幣改鋳と財政の関係を書いて行きますが、当時政府財政は困窮していましたのでその緊急打開策)・・その代わりそれ以上収量が上がっても税を取らない約束したので、結果的に収穫増意欲・生産性が上がりました。
このように増税は江戸時代から簡単ではなかったのですが、今の民主国家でも増税する法律さえ出来れば刑罰で徴収を強制出来る点は市民革命前の昔と変わらず、徴収した後は自分(官僚のサジ加減)のものと言う意識は今でもそのまま続いています。
(支出に関するチェックとしては予算制度がありますが、実際には箇所付け等は事前に役人の振り付けで殆ど決まっていて、それをまとめて国会で承認するかどうかだけです。
増税法案は、これを選挙のテーマにしたときには、国民が直接意思表示出来ますが、毎年の予算案をテーマにした選挙はあり得ませんので、国民が予算(支出行為)に関して直接意思表示するチャンスすらありません)
官僚にとっては増税の法さえ通せば、あとは官僚のさじ加減・・事実上自由に使えるので増税の方が良いに決まっています。
民主党が消費税増税反対の公約で政権を取っていながら、増税強行の法案強行・公約違反行為をするのは、国民に残された最低限の判断権まで奪ってしまう重要な違反となります。
租税法律主義(国会の議決がなければ課税出来ない原理)は現行憲法でも明記されているように市民革命の主要な成果・・元々増税反対から革命が(アメリカの独立革命もボストン茶条例に対する反発が原因で)起きたものでした。
今回の消費税増税が、形式的に国会の議決を得たとしても、公約では反対を表明していた政党が増税に走ったのですから「民意による増税」という憲法の実質違反行為です。
もしもこの公約違反が官僚の示唆によるならば、西洋式民主主義・市民革命の成果を踏みにじる行為ですから、官僚主導による一種の反革命行為です。
ここまで露骨に革命前の権限(国民同意なく増税出来る時代)に戻そうとする行為は、歴史の反撃を受けずにはおかないでしょう。
憲法
 第七章 財政

第八十三条  国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。
第八十四条  あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
第八十五条  国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

政府保証4と金利支払能力

仮に東電の原発事故前の既発行社債合計が1兆円あったとして、今回の賠償用に10兆円の社債発行が必要になったとすれば、(既発行債は投資資金だったとした場合)1兆円の投資による回収金で11兆円分の負債の金利(本来ならば元利)を払って行くことになります。
実質利回り0、5〜0、6%の金利としても、投資に対する負担としては10倍の5〜6%の金利負担となります。
ちなみに、2011年 4月 4日 11:50 JST「ウォール・ストリート・ジャーナル」http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_215640?mod=LatestAdBlock2によれば、東電の発行済み社債総額は5兆円規模と書かれています。
9月3日現在でネットで平均利回りを調べてみると、みずほなど大手銀行の社債で0、5%前後、政府保証債や東京都で0、4%前後、東電は事故直後のは20何倍の金利差でしたが、今でも4〜5%で大手銀行に比べて約10倍の金利差です。
このままの相場で新規発行していたのでは、東電は払いきれないので政府保証債にして金利コストを安くあげようとしているのです。
中小企業対策としての利子補給と同じ仕組み・大手ですから利権と言うべきでしょうか?
(既発行債の5兆円全部を順次書き換える必要を基準に考えると、5兆円に対する現在の相場である5%で年間2500億の金利負担ですが、これが政府保証債になることによって、10分の1以下の0、4%台=200億円台の金利負担で済むことになりますから、年間約2300億円の利子補給を受けるのと経済的には同じです)
上記のように安い金利にして貰えるとしても、もしも賠償金として50兆円〜100兆円必要となれば、既発行債5兆円規模の設備投資からの回収に対してその10〜20倍の金利負担が発生する計算ですから、賠償金用の社債を新規に発行してもその金利支払だけでも負担が大きすぎて将来的にはこの金利すら払えなくなることが目に見えています。
仮に100兆円損害賠償用に必要となれば、その金利だけで年間4000億円が通常経費の外にかかることになります。
ちなみに汚染水処理費用の内仏アレバ社に支払わねばならない費用だけでもwww.news-postseven.com/archives/20110525_21234.html – キャッシュでは、以下の通り報道されています。
「フランス側から提示されている処理費用4 件はとんでもない金額だ。なんと汚染水処理に1トンあたり2億円もかかるという。最終的に汚染水は20万トンに達すると見られているので、それだけで40兆円。東電どころか日本が破綻してしまう」
※週刊ポスト2011年6月3日号(関連記事)
実際には要求通り払う訳ではないでしょうが、半額に値切ってもアレバ社に払うだけでも20兆円と言う巨額です。
(その後毎日新聞報道では20兆円くらいに試算されていたようですが、最近では更に減少して500億円台になったとも言われています・・何が本当やら・・?)
その他アメリカから借りたロボット料金や、各種資材などでも巨額になって来るでしょう。
これらは損害賠償資金ではなく、事故収束に向けるためだけの費用です。
だからこそ株式市場では、将来行き詰まると見て・事故発生直後から2000円台の相場から400円台まで大暴落になったのです。
実際、社債相場でも東電の既発行債の相場は大暴落・・金利高騰・23倍になっていたようです。(上記の通り今でも約10倍です)
そこで政府保証債の発行となったのでしょうが、政府保証債で金利が安くなっても、借りれば(元金と)その分に対する金利を払う必要があることは同じです。
これを東電の従来債務の元利を払いながら、新たに発生した事故処理費用や賠償金分まで払い続けることが不可能な点が変わる訳ではありません。
東電が事故後経費率が上がった中で、膨大な金利を払って行ける訳がないことから市場価格が暴落・・金利上昇していたのですが、この点は、政府保証をしても金利が従来通り安く抑えられるようになっただけですから、従来金利で払えそうもない点は同じです。
賠償金用として仮に50兆円発行したとした場合、その金利負担に耐えられないので金利分上乗せを増額した社債を借り換え用に再発行して繰り返して行くしかありません。
(現在雪だるま状態に陥っている赤字国債と同じ結果です)
将来いつかは行き詰まるしても、いつか今のところ分らない点は国債の破綻と同じですから、直ぐには破綻しない・・先送りしただけになります。
いつかは破綻する予定ならば、国債破綻と違い危険な原子炉がありますので、将来何時破綻しても良いように、すべての原子炉を徐々に廃止して行く必要があるでしょう。
原子炉が動いたままある日国債と一緒に東電が破綻したときには、今度のように最後は国が面倒見てくれるという後ろ盾がないので、原子炉を止めるべき人材も逃げてしまう可能性がありますし、緊急事態になっても仏アレバ社のような外国資本が応援してくれないリスクがあります。

原発事故損害賠償資金3(政府保証3)

国債破綻問題から原発賠償資金向け新機構発行社債に対する政府保証に話題を戻します。
政府保証債で調達した資金については、国債同様に借り換えの繰り返しを前提にしているので、東電としては、結局自己資金を全く使わないでも済む仕組みです。
国債暴落時期不明を良いことにして(数年先でも時期が分れば分った時点で大暴落・デフォルト状態になります)政府債務のデフォルト判明までの間に投資家が一定期間金利を取得してから売り逃げ出来る(終わり頃に買った投資家だけが損をする仕組み)チャンスがある点の違いがあります。
言わば、東電の責任を国税で面倒見るのではなく、投資家に分担させて負担(リスク)を内外に分散させようとする政策です。
現在の政治のやり方・・・借り増してはその場の資金調達して行くばかりですから、債務が際限なく膨らみ遠い将来破綻することがほぼ明らか・借り換えばかりで最後は踏み倒す予定ならば、結局東電は一銭も自分の売上金から負担しないと宣言しているのと同じです。
そんなことが目に見えているならば、東電の責任を名目上・法律上100%にしないで、3分の1〜5分の1に限定してやる代わりに(無限責任を定めた原発賠償法の改正)少しでも自費で今・現在払わせた方が放射能被害でおののいている国民としては納得出来る感じです。
僅か3分の1でも5分の1でも東電が直接支払うのでは、市場の信認を得られないほど東電の体力がない・・賠償金が巨額過ぎる予想ということでしょうか?
東電の責任を仮に5分の1と限定すれば、残り5分の4が国(国民全部)の責任となります。
そうなると直ちに、国・政府では予算化しなければなりませんが、これまで書いているように「原発は安いぞ!」と言うキャンペインをしている手前、損害総額の見積もりをしたくない・・August 16, 2011「学問の自由と社会の利益」で書いたように、そんなにコストがかかるのかと国民に公表し知られたくないのが今の国・・伝統的勢力の姿勢です。
それと予算化するにしても、とてもその分をそっくり増税する勇気がない・・他方で何かの支出を減らして穴埋め出来る政治状況ではないので、ほぼそっくり赤字国債の増発しかありません。
財政赤字累積で大変なときに巨額の赤字国債の増発を出来れば避けたいところですから、保証という隠れ国債化の道を選んだのでしょう。
ところで、目先の倒産を防ぎ、これからの賠償金(今後の債務と言えるか・・法的には既存債務になるでしょう)支払に当てるためならば、更生法申請や再生手続きでやる方が合理的です。
今回のスキームではこれまで連載して来たとおり、賠償金の資金手当の前の段階・・・次々と到来する既存債務支払のデフォルトを避けるために、先ず既存債務の返済を円滑にすることから始まっています。
そして当面の危機をやり過ごせば、行く行くは、賠償金支払が始まりますが、その資金手当のための新たな(借り換えのためではない)賠償資金手当としての社債発行もして行こうとするようです。
これまでの社債は設備投資資金等に充てるために発行している前向き用途向けが普通ですから、そこから予定通り生み出されて来る回収金がその社債に対する支払原資になりますが、今後借換債の外に賠償金用に新規発行する社債は過去の賠償金支払資金用ですから、そこで取り入れた資金で何の前向き投資もしないのですから社債とは言うものの、実質は赤字国債や消費者信用・サラ金債務同様に何の利益も生み出しません。
このために借りた資金からは元本を完済するまでの利息支払用の利益も生み出さないし、元本自体を削減して行くための利益も生み出しません。

原発事故損害賠償資金1(政府保証債1)

冷却装置停止・・高熱化に任せて現場の人はみんな逃げてしまって連続臨界になってしまう・・手が付けられなくなるのを防ぐには、(国民感情から言えば悔しいけれど)先ず倒産させないことが原発対策の第一でした。
経済界・市場の動き・・これを受けた政治の世界での東電の賠償責任の範囲と政府責任の範囲を決める法案が急がれていました。
どんなに大きな損害があろうとも東電はその一部・一定額までしか負担しないという法律を作るのでは、今までよりもよけい安全対策がおろそかになる・モラルハザードを助長するばかりです。
大被害が発生したばかりで、国民感情が許さない印象であったことから、どうなることか不明なことから東電の株価は400円台まで下がったまま低迷(様子見)していました。
法的枠組みはどうなろうとも、ともかく東電を倒産させない方向性が決まって資金ショートを免れる見通しがついて、東電株も5円〜10円台まで下がらずに400円台で安定しその後マスコミからこの話題は消えていました。
8月3日に国会通過して公表された結果によると、損害限度額を定める原発賠償法の法改正は世論が納得しないからでしょうが、これを(当面)諦めて、別の賠償支援法を制定したようです。
(政府ホームページから入って行けば条文が公開されているでしょうが、安直にグーグル検索から入って行くと20日現在では、マスコミ報道ばかりで条文が出ていないので正確には不明です)
すなわち
先ず原子力業界で機構を作って、(東電名義の社債発行では買い手がつかないので)機構の名義で社債を発行させて機構に基金を用意させる。
東電が機構から資金を取り入れて当面の資金ショートを防ぐ、(それだけではなく将来の賠償資金の借り入れも含まれているでしょう)東電が機構に返済出来なければ機構が投資家に対して社債を償還出来ませんが、そのときに備えてその社債償還について政府が保障する間接的政府責任で解決することになったようです。
政府が損害の何割負担するあるいは東電が一定額までしか負担しないで残りを税府が全部負担する直接責任ではないので、表面上は東電が従来通り100%被害者に支払責任がある形式です。
機構名義で社債を発行しても、そこで得た資金を原発大事故による損害賠償資金に使うとなれば、5〜10年先に期限が来れば償還不能が目に見えているので、これに政府保証を付けることになったようです。
ついでに社債の償還について書いておきますと、一般的な社債の期限・・長めでも5年くらいの期間の場合、元利をその間のもうけから完済出来る訳がなくて借り換えで繰り返してるのが普通です。
・・まして社債で集めた資金を賠償資金に使うとすれば、工場新設などの投資資金と違って対応する入金がないのですからなおさら5年や10年で元利全部を返すなどは無理です。
政府保証であれば社債の償還期限が来ても、借換債を再発行出来るので返済期限を事実上無限に延ばして行けることを考えたのでしょう。
新機構を造っても次々と到来する東電の社債償還資金を貸してやるべき資金が機構自体にはないので、機構の名義で社債発行して資金確保してこれを東電に貸してやる仕組みですからサラ金などで借りられなくなった人が友人や妻の名義で借りてもらう形式と同じです。
しかし、これは東電が賠償資金を借りた場合完済能力がないという見立てによること・・即ち社債借り換え不能になったことが話の発端ですから、新機構が貸しても結果的に焦げ付く見通しであることは同じです。
とすれば、新機構の発行する社債の信用力は、将来発生するであろう東電の損害賠償資金決済不能のときには、名義を貸してやるべき機構自体が、自前で決済してやれるほどの資金力を持っていないと意味がありません。
融手(融通手形)を借りてもその発行人・振出人の会社信用の範囲内しか、融手の割引を受けられないのと同じです。
妻や友人の名義でサラ金から借りようとしても、その名義人の信用の範囲しか借りられません。
新設した機構自体にはこれと言った独自資金がないのですから、将来東電が借りた賠償資金を返せないときに代わって全部負担してやるほどの資金力がないのが明らか・・業界全部束になっても今回の賠償金を捻出出来ないというのが市場の見立て・・信用がないのです。
東電の支払能力不足を市場が見越して東電の社債発行が不可能になったのと同じ理由で新機構を造ってもその機構の信用範囲しか東電救済のための社債を発行することが出来ない点は同じです。
そこで新機構の発行社債に政府が保証を付ける・・政府信用で発行出来るようにしたことになります。
電力業界と言えば超優良企業の集まりの筈ですが、これが束になっても原発事故賠償金を賄うほどの巨額社債発行には、支払能力に市場で疑問符がつく・・信用がないということです。
市場の見立てでは、今回の賠償金額はそれほどの巨額が見込まれているということを理解しておく必要があるでしょう。
業界が束になっても保証しきれないような賠償金を、日常の運転資金のコスト計算に入れたらどうなっていたか・・本当に原発の方が安いのかが今回のテーマです。

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