構造変化と格差19(結果拡大1)

車が輸出産業の主役から降りても別の主役が育っていて貿易上収支上の問題が仮にないとしても大量採用をしている自動車産業の衰退は、雇用環境への影響が甚大です。
グローバル化以降の適応・変革は、大量生産型産業から東レの炭素繊維の成功例のように高度化への変革による国内総生産の漸増と黒字の獲得によるものですから、大量の労働者不要な産業形態になっています。
高度部品製造分野は高人件費に耐えられるからこそ、円高にも拘らず、高収益を維持出来ているのですから、高人件費に見合う能力のない人の職場が減る一方になるのは論理必然・・仕方のないことです。
仮に自動車産業が他産業の高度化同様に基幹部品・・シャフトやエンジンや電池の供給産業(これはサンヨー電機などの電機産業の得意分野です)だけになると、必要労働者数は激減することになります。
今後、上記のように高度化に成功した産業が貿易黒字を稼ぎだして円高を引っ張って行くようになっても(国家経済的・・貨幣経済的には成り立って行くのですが)・・あるいは知財・アニメその他の強い業種が出て来ても大量雇用が期待出来ません。
繊維産業内でも縮小して行くばかりの会社もあれば、昨年末から1月8日まで紹介した東レやクラレのように製品を高度化して生き残っているところもありますが、生き残っている企業でも薄利多売の高度成長期の頃よりは、汎用品製造向け労働者が減っている筈です。
まして縮小あるいは消滅してしまった他の繊維業に勤務していた労働者は、失業して他産業(車関連など新規勃興業界)に転職するしかなかったでしょう。
その次に産業の柱になった電気・造船・機械製造・製鉄その他関連職種の一々について紹介しませんが、それぞれの業界で似たような運命・・高度化対応しての生き残り組と不適合による縮小・消滅組の運命を辿っている筈です。
プラザ合意に端を発する1990年代以降のグローバル化進展によっても生き残れるように、我が国各種産業は高度化対応して来たので、汎用品向けの底辺労働の雇用吸収力を漸次失いつつあります。
アメリカで言えばプレスリーやアップルが大成功しても、知財・高度産業ではアメリカ国内の雇用はそれほど増えないことをみれば明らかですが、我が国の場合、幸い、高度化と言っても知財や研究部門だけではなく、技術部門の高度化・この分野では世界の何割を占めているという部品メーカーの輩出・高度化が基本です。
輪島塗その他各地伝統工芸品でも同じですが、元は各地の大量生産品の産地として名を成したでしょうが、工業製品化に押されて普及品は姿を消し、地元で逸品を造れる人だけが伝統工芸品製造者として生き残ってるのです。
陶器・磁器や藍染め、打刃物その他各地に残る伝統工芸品は、こうした歴史を経験している筈です。
この場合、瀬戸物のように大量消費材として全国展開する産地であったころと同量の大量従事者・裾野産業を養えませんが、伝統工芸として製造に従事し続ける人が残れた分(繊維でも電機でも各種機械製造でも高度部品製造分野が残ったので)、なお一定規模の雇用が守られているのが、アメリカや欧州との違いであり、救いです。
大量生産部門が海外流出して行っても優れた部品製造部門が残っている分だけ欧米に比べて、失業率が低く保たれて来たのです。

 構造改革と格差社会2

鉱工業生産の大きい社会・・グローバル化前の近代産業中心の先進国では、流れ作業に象徴されるように中間層や末端労働者の職場が多くなって、彼らの職場が確保され貧富の格差が縮小するだけではなく、ひいては庶民が大事にされる結果民主主義が成熟し、社会が安定して行きました。
民主化の進行度や格差の少ない社会が先進国の資格要件というよりは、海外輸出国・・国内需要分以上の生産が可能で底辺労働者や中間層の仕事が多くなり、底辺層が豊かになった近代工業社会化完成(超過生産・輸出で成り立っているのですから行き過ぎ?)の結果に過ぎないと言えるでしょう。
農業社会の時代には、自営農民の多い社会は安定していたと言われているのと同じです。
グローバル化の結果、賃金コストの関係で先進国では押し並べて単純労働・大量生産職場が縮小して行くので、膨大な中間層や流れ作業に象徴される末端労働者需要が減少していくしかありません。
単純作業を減らさないようにするには、新興国と同レベルまでの低賃金化しかないでしょうが、同レベルまでの賃下げが不可能であるとすれば単純作業分野の生産は新興国に移管して行くしかありません。
国内総生産や貿易収支は別の高度化産業の育成で穴埋め出来ますが、これに対応出来る高度レベルの人材は多くありません。
アップルのジョブスやマイケルジャクソンなど、同等の人材が少ないから希少価値があるのであって、いくらでもいる人材ではあり得ません。
高度化社会とは、いくらでもいる平凡な人材の労働需要が縮小して行く社会とになります。
失われた単純労働職場の受け皿・失業対策としての公共工事の拡大の外にサービス業や介護など福祉現場への転換が急がれているのですが、これらの職種でいくら働いても外貨を稼げないので、産業高度化による貿易収支の穴埋めを出来る国でない限り、内需拡大ばかり続けるといつかは財政破綻してしまいます。
何回もたとえ話として出していますが、一家で夫婦が働いていたときに奥さんが失業してヒマになった場合、別の店で働けば(職種転換)収入が一定ですが、職種転換する能力がないからと言って、家の掃除をしたりおばあちゃんを病院へ送り迎えしても失われた奥さんの給与収入が補填出来る訳ではありません。
国民が福祉や道路掃除や公園整備で忙しく働いていても、外貨収入が減った分を稼げるどころか余計お金を使うだけです。(国民が退屈しないだけでしょう)
こうした繰り返しの結果が出たのが、夕張市の破綻でありギリシャ問題です。
戦後「ゆりかごから墓場まで」という標語で有名だった(私の子供の頃にはうらやましい制度だと紹介されていた記憶です)イギリスの高福祉社会もこうした経過・・イギリスの対外競争力低下の穴埋めとして出来た制度だったのでしょう。
イギリスは、ドイツやアメリカに追い上げられたときに日本同様に技術の高度化に活路を求め、その結果ロールスロイスなどが産まれたのでしょうが、それだけでは世界の工業国だったときの多くの単純労働者を養えません。
この再編の過程で、内需に頼るしかない・・行き着くところは福祉産業しかないまま来たので、現在連載中のポンド下落の連続となってしまったのです。
アメリカも借金規模が大きくて分り難いだけであって双子の赤字(国際収支と財政赤字)が続いていることは同じですから、2008年のリーマンショックが起きたのですが、まだこの原因(借金生活)を解決出来た訳でありません。
むしろ財政出動(新たな赤字追加)で誤摩化しただけですから、いつかはその帳尻合わせが起きるであろうことは当然予想しておくべきです。
国全体の経営問題とは別にこの機会に産業構造転換と格差問題に触れておきます。
格差問題はオキュパイウオールデモに関連して少し書き始めていましたが、横にそれている状態ですので、ここで少し書いた後に近いうちに元に戻る予定です。
工場労働縮小の受け皿としてマスコミ推奨のサービス業の拡大や介護等の職場は、従来型底辺労働の変形であって、高賃金化対応の職場ではありません。
(サービス業の中でもバー、飲み屋ラーメン屋などの飲食業や美容・理容等は、どちらかと言えば昔から底辺労働者向けでしたし、洋服屋、靴屋等の店員も同じでしょう)
サービス・介護福祉等分野で正規雇用されたとしても、基本が低賃金職種ですから、大量生産型産業の空洞化の後を穴埋めして来た高度化産業従事者に変身・適応出来た労働者(大学院進学等それなりのコストを掛けているのが普通です)との賃金格差が開いて行くのは当然です。
(グローバル化以降の先進国は近代工業化社会で輩出した中間層の多くが上下階層に再分裂して行く社会です)

構造変化と格差拡大1

国際収支表については何回か表のコピーを紹介していますので、今回はGDPの推移をwww.google.co.jp/publicdataのデータから一部紹介しておきましょう。
上記のデータによれば1990年の日本の国内総生産は447兆3699億円で、1998年489兆8207億円、2009年は560兆6580億円に伸びています。
これが2008年のリーマンショックによる落ち込みを挽回出来ずに2010年は539兆8807億円に下がっている状態ですから、1990年からリーマンショック前の2007年までの18年間で1.25倍=25%の増加をしていることになります。
電気その他重厚長大型産業の多くが白物家電の海外展開に象徴されるように海外進出し続けている・・従来型国内生産が縮小している中において、GDPが落ち込むどころかジリジリと増加していたということは、多様な分野で大幅な産業構造の転換・・高度化が進んでいる・・成功していたことが明らかです。
まして、団塊世代の退職が始まり、労働力減少しつつあることを考えれば、なおさら効率よく稼いでいることが窺われます。
単純作業中心の組み立て産業が出て行った穴埋めに、これに代わる収入源・・高度な産業が育っていたことになります。
我が国においては、底辺労働向けの大量生産型産業が海外に出て行った後にも国内総生産が減るどころか少しづつ増えていて、貿易収支の黒字はバブル崩壊前同様に維持し続けていたし、その間に海外進出が進んだので海外生産分・・海外利益分だけ所得収支の黒字が増え続けていたことになります。
これが国際収支表の中の所得収支の増加になって現れていて、リーマンショック直前には年間12〜13兆円規模になっていて貿易収支の黒字(年間10兆円前後)を追い越すまでになっていました。
この辺の数字は07年5月26日の2のコラムで国際収支表自体をコピーして紹介してありますので参照して下さい。
上記国内総生産の推移に関するデータによると(何故かうまくコピー出来ないので上記のように抜粋しました)日本はグローバル化によって出て行ってしまった国内生産分を穴埋めするための別の産業の創出・・産業高度化への転換に見事成功していたことになります。
高度化転換出来た分野の従事者はバブル崩壊前よりも高収入を得ていて、他方で生産縮小による収入減の人もいて結果的に日本全体で25%の上昇であったことになります
産業構造が高度化転換(各種製品の最終組み立て工程を新興国に移管し、その製品に組み込む各種部品の高度化や研究者やソフト関連の発達でしょう)に成功しても、最後の組み立て作業的現場単純労働向け産業が減って来ると、高度化産業に必要な人材に転進出来る人は限られていて、転進出来ない人材が増えてきます。
現在国内に残っている各種生産現場でも最終組み立て工程は、パートや派遣・期間工など非熟練工中心になっています。
最終組み立て工程分野の多くが海外に出てしまい、この分野ではここ20年間毎年のように労働需要が減少し続けています。
人口構成は一般的にピラミッド型ですから、どこの国でも裾野・・中間・末端労働者人口の方が多いのが普通ですが、この分野中心(ホワイトカラー層も減っていますが)に需要減が起きたのがこの20年間我が国の抱える大きな問題でしたし、これからも問題であり続けることになります。

内需拡大とバブル発生

日本は海外展開に伴う国内生産の急減速(前年比増がなくなっただけでしたが・・・)を埋めるために急いで内需拡大に舵を切ったのですが、(内需拡大するための資金はたっぷりあるので・・・)内需の準備・受け皿のないところに紙幣供給ばかり増やして金利を下げたので、(家電製品その他は行き渡っていたので買うものがないという国民の意識もあって)さしあたり実需の伴わない宝飾品や絵画・不動産に需要が集中してしまいました。
ちなみに日本のバブルの約20年後、リーマンショック後の成長率の急減速に耐えられない中国が、国際貢献名目に内需拡大政策に切り替えて、何十兆円か巨額支出しました。
中国では都市部を除けばまだインフラも充分ではなく、家電製品すら行き渡っていない状態でしたから、(事故を起こした高速鉄道網の急拡大もその一環でした)それなりの効果がありましたが、既に家電製品等が行き渡っている都市部では、豚肉等の生活必需品の高騰や不動産・マンションや貴金属美術品バブルに転化しました。
このために今年春頃から引き締めに転じていたものの、欧州危機に関連して経済が低迷(日経新聞12月14日朝刊7面によれば膨大な裾野のある造船業界では、今年10月の受注は昨年同月比2割しかない・・3割の造船所では今年に入って受注がゼロほど落ち込んでいます)して来たので、まだバブルが終わっていないのに金融緩和するなど迷走しつつあります。
東南アジア諸国では欧州危機による景気急減速に備えて内需拡大政策が一斉に発動されていますが、既にリーマンショック後の内需振興によってバブル状態になっている中国が同じことをやると、バブルの二乗倍になって大変なことになりかねません。 
貧しい中国人民がいきなり贅沢しろ、豊かな生活をしろと言われても、家電製品等が一定量充足すれば、豊かな生活に慣れていない国民は量をこなすくらいしか出来ません。
上海等都市部では2戸目3戸目の投資用マンションを買うようになっているのはその結果です。
(田舎の料理は量で勝負すると言われているのと同じです)
我が家では、10年ほど前に比べてずっとおいしくなったほうれん草、小松菜その他の国産農産物の味を楽しんでいますが、いきなり内需拡大と言っても品質が向上するものではなく、10〜20年して効果が現れて来るものです。
徐々に生活水準を引き上げるしかないのが、生活文化と言うものです。
いきなり湯水のようにお金を使えと言われても、使ったことのない国民は、従来型の消費を拡大するのが関の山で、品質改善・生活水準向上には時間がかかります。
手っ取り早い消費は量で勝負するしかない・・インフレになるのは当然です。
せいぜいこれまで買ったことのないもので贅沢品と言えば、貴金属や美術品・土地ですから、これに資金が集中したのは当然です。
(どうってことのない中国の絵が馬鹿高い値段になっていたようです)
本来の需要を越えて政治の力で無理に消費を煽っても空回りしてバブルになるしかなく、金融引き締めが遅かったからバブルになったというのは後講釈に過ぎません。
金利政策も内需拡大政策の一環ですから、勿論重要ですが、我が国の場合国を挙げて実際の需要以上に内需拡大するしかないと思い込んでいたことに原因があるのです。
海外展開と内需減少の関係に話題を転じますと、国内生産を維持したままの海外進出は前年比増の誤摩化し・・迂回輸出目的であれば続きますが、海外でもそこそこのものが造れるようになって来ると同等品については国内生産が割高・・国際競争力がなくなってきます。
現地生産能力の漸増に連れて、低級品から順次国内生産比率を下げて行くことになるのは必至です。
今まで国内生産はそのまま維持し、増産分だけ海外生産するというポリーシー通り国内生産を維持して来たのは、有名どころではトヨタ自動車くらいしか残っていないでしょう。
その分、トヨタは現地生産の進んでいる日産等に比べて新興国での競争に遅れを取っている感じです。
トヨタでさえも今年急激に進んだ超円高には耐え切れずに、国内生産を縮小せざるを得なくなりそうな雰囲気です。

国際競争力低下と内需拡大7

国際競争力がなくなってからの財政支出増・・内需拡大策は貴重な資金が海外流出してしまうばかりで、国内生産誘発効果が少なく景気の下支えになりません。
内需拡大政策は、貿易黒字国が忙しく働き過ぎで生活を顧みる暇のない国にとって、稼ぎに見合った生活水準の向上を図るためには良いことであって、(行き過ぎた貿易黒字是正にもなり輸出量の縮小をしなくとも均衡出来るので)意味が有ります。
しかし、貿易赤字国化(輸出競争に負けて逆に輸入される側になると国内生産は縮小せざるを得ません。)した結果,生産過剰になって不景気になっている場合には、内需拡大のために財政資金を投入しても、国内産業が弱体ですから,その殆どが海外業者の受注になってしまいます。
あるいはその下請けとして国内業者が少しのおこぼれを貰う関係にしかなりません。
却って輸入拡大に結びついて余計赤字が増えて・・他方で国民は職場が縮小している・・失業者増あるいは残業手当減なのに消費が増える・・国民を甘やかすことになるだけで産業の復活には役立ちません。
アメリカは国際競争力を喪失しているから貿易赤字が続き、結果的に対外純債務国になって久しいのに、国民に質素倹約を求めずに景気対策として,財政出動拡大や金利を下げたり流動性を増やす・量的緩和と言えば聞こえが良いですが,紙幣の乱発=配給などしてきました。
しかし、紙幣を配って支出奨励策で国内景気を盛り上げようとしても、その供給の殆どが価格競争力のある日本やドイツ・今では中国、韓国,東南アジア、インドからの輸出を増やす・・輸入増加による赤字が増えるだけで、アメリカ国内企業の生産誘発効果が少なかったのです。
現在でもロサンゼルスの地下鉄や高速鉄道の受注で日本企業がしのぎを削っているのもその例です。
アメリカは汎用品等低レベル産業を海外依存しても上級品を造っていれば良いと思って長年やって来たのですが、10月29日に書いたように海外依存の汎用品のレベルが徐々に上がって行くので、今や、地下鉄や高速鉄道まで海外企業がになう時代が来ているのです。
ここまで来ると国内企業がやれる仕事は・・航空機やロケットくらいになってきますが、航空機でさえ、大分前から日本企業がその重要部品の分担を担うようになっています。
地下鉄など日本企業が受注しても,現場労働者・現地雇用は増えるでしょうが、骨格基幹部品・システム等は日本からの持ち込みになる比率が上がりますので、(地元で全部賄えるならば、地元企業が受注出来た筈です)内需効果とはそんな程度・・末端労働者に対する失業救済効果に留まります。
貿易収支が赤字に転落している国では競争力がないので、内需拡大政策は輸入拡大に繋がる面が多く、国力挽回どころか国富を流出させて疲弊して行くばかりです。
この40年ばかりこんな無駄な支出ばかりアメリカがやって来たのは、(日本も真似してここ20年ほどやっていますが、需要がザルのように海外企業に流出しているので)何の経済効果も出ていないのは当然です。
素人の私が言うのもおこがましいですが、世界中の経済学者の能力・構想力が低かったと言うべきでしょう。
農業補助金の無駄・・補助金行政ではその産業が復活することは出来ないという現実(補助金を出しても農機具や肥料メーカーが吸い取ってしまうばかりで農家は疲弊して行くばかりでした)は、国全体の補助金である内需振興策でも言えることです。

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