為替変動と物価(金融政策の限界1)

収支均衡の国ならば、現状維持努力が成功しても円は上がらないでしょうが、日本の場合長期間約20兆円もの経常収支黒字が続いていましたので、現状維持努力が成功すれば黒字がそのまま続くことになります。
製品高度化=生産性上昇の努力により、海外よりも高賃金でも貿易黒字を維持出来る・・空洞化阻止に成功すれば、輸出競争力維持=黒字のままですから円が上がってしまうので、再びこれに対する適応努力・・成功すればこれの繰り返しですから、際限ない努力が必要です。
それでも円安の進行による(生活水準低下による)均衡よりは、生産性上昇による均衡努力の方が生活水準が上がる楽しみがありますから、頑張りきれるところまで頑張るしかないでしょう。
高度化努力を怠り貿易赤字になるのを甘受して、結果としてもたらされる円安やインフレよる実質賃金低下に安住するのは、受験で言えば一ランク下の高校や大学を受験して楽しようとするのと似ています。
安易な円安を期待しないで円高期待・・「高くなればなったでそれ以上に努力して切り上がった円相場でも更に儲けられるようにして行くしかない」と腹を決めるのが我が国の正攻法と言うべきでしょう。
円安期待とは、逆説的ですが、競争力を維持出来ないことを見越して・・競争力強化努力が失敗した場合貿易赤字になって円安になります・・を結果的に期待していることになります。
競争力維持努力が成功すれば、これまで通り・・即ち黒字維持によって更に円が上がることの繰り返しですから、この努力が続く限り日本経済はインフレにはならず、デフレ傾向が続くことになります。
貿易黒字の蓄積=円高は輸入物価の下落によってデフレ要因ですし、貿易赤字=円安はインフレ要因です・・インフレ期待も考えてみれば貿易赤字を前提とした変な議論です。
古典的な紙幣供給とインフレ理論が妥当する時代が長かったのですが、今は社会状況が変わっていて、紙幣をいくら乱発しても閉鎖された一国経済と違い海外からいくらでも安い輸入品が入るので、物価は上がりません。
金融政策と言うと難しい理論のようですが、結局は紙幣の量(紙幣も金同様に商品交換対象の商品の1つです)と商品数との需給による価格決定メカニズムの一場面に過ぎません。
例えば古典的理論では大根や牛乳その他商品の供給量が一定の場合、紙幣を2倍供給すれば大根や牛乳その他商品の値段が2倍になる理屈を利用して、金融調節によってインフレ抑制したりデフレからの脱却をして来たのです。
金利の上下や預金準備率の上下は、結果的に市場に出回っている紙幣を金融機関に吸収したり放出することによって量を間接的に調節をする政策であり、量的緩和はズバリ紙幣自体を大量供給する政策です。
しかし消費市場が成熟しグロ−バル化している現在では、これらの政策は底抜けのザルに水を注いでいるようなもので殆ど効果ありません。
大根や牛乳その他商品が消化し切れないほど供給されている日本社会では、給与が2倍になってもその前から飲みたいだけ飲んでいるので)牛乳を従来の2倍も買いたい人がいないどころか殆ど増えないので、価格は同じままで供給された紙幣は預金に回るだけです。
生産材も同様で、輸出低迷による供給過剰状態で低迷しているのですから金融緩和をしても、その資金で思い切って過剰設備を廃棄するのに使うくらいで、設備増強出来る企業は稀です。
(政府から資金を押しけられた銀行も借り手がなく、使い道が分らなくて主に国債を購入しています )

投資用資金と消費資金

あれやこれやと支出行為を求めておきながら、お金を出す段になると「自分は嫌だよ」というので は社会の信用が成り立ちません。
新たに支出を求めるのではなくとも、現状維持でも税収で間に合わず赤字国債で賄うべきという意見が幅を利かしている社会は、個人で言えば、収入以上の生活水準を収入に合わせて引き下げるのではなく、これを維持するためにサラ金から借りるべきだというに等しい議論がまかり通っている社会です。
同じ借金でも高度成長期の借款は、(東京オリンピック時の首都高速道路建設資金は海外からの借金で造りましたが・・)前向き借金・・儲ける種をまくための投資資金でした。
私は伯父の家が車関係の仕事をしていた関係で昭和30年代前半頃の東京都内の道路を車に乗って(まだ子供でしたので助手席に乗せてもらってあちこちに行ったのです)走り回っていましたが、その頃はまだ幹線道路くらいしか舗装していないことが多くって、でこぼこ道でもの凄く揺れて、しょっ中車の天井に頭をぶっつけるような走り方でした。
東海道で名古屋まで行ったり、日光街道を通ってその先仙台まで行ったりしたこともありましたが、東京からですと日光街道から始まるので宇都宮から先は何街道と言っていたのか今でも分りません。
今では地名を忘れましたが、東海道でさえも未舗装区間がかなりあって所々数kmにわたって試験舗装区間とか言って薄く舗装道路の実験をしているところがあって、迂回しながら走ったものでした。
要するに殆どが未舗装だった時代です。
特に記憶に残っているのは日光街道の春日部辺りと川越街道の大井村(今は何と言う地名か知りませんが・・・)あたりで、両側に土手のように盛り上がった松並木があったので、雨上がりのときなどは道路が水路みたいになってしまい、でこぼこ道で文字どおり天井に頭をぶっつけるほど車が傾いて走るしかない悪路でした。
平均時速10数kmくらい以上出すのは無理でしたから、これが舗装されるとすいすい走れて、夢のように速く走れるし、しかも楽なのです。
こういう社会では舗装するために借金してもそれ以上の経済効果が上がるので合理的です。
成長期が終わってからの内需拡大・失業対策事業用借金は、(歩道の敷石を剥がして立派な石張りに変えたり、街路樹を植えたり階段にエレベーターを付けたりしても生産効率が上がり、収入が増える訳ではない)将来の儲けで返せる金ではないどころか、後々維持管理費用が余計かかるようになる支出が多くなります。
個人で言えば仕事をするためにトラックを借金で買っても、トラック利用による高収入を得られれば借金の意味がありますが、ドライブしたりショッピング用にマイカーを買うために借金した場合、何らの高収入にもならずに、却って車の維持費が余計かかるようになります。
消費生活資金の借金の場合、年収(国で言えばGDP)の一定割合を超えると、自宅等の資産切り売り(国有財産の切り売り・税外収入に頼る)をしない限りフローの収入から返せなくなるのは論理的に明らかです。

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