憲法と戒厳令1

ISは自爆テロ末端では精神のおかしいものばかり利用しているとしても、これを利用している幹部はマトモでしょう。
テロ組織の幹部がマトモな人間の集まりであるとした場合に、彼らの挑戦に対する現行制度の不備・対応の必要性に戻ります。
2015-12-7「テロ組織と近代法の原理停止2」の続きになります。
現行刑事訴訟手続では、人権保障が手厚過ぎる問題点・・組織犯罪に対応出来ない・・継続的事件発生が予想されるのに、既発生の事件しか摘発出来ない・・点の外に、折角刑務所に入れても、中の規制は人権擁護思想の結果緩いので、犯罪者養成の巣窟になっている現実があります。
しかも刑務所では、格好のテロリスト勧誘場所になっている現実があります。
今回11月のフランスのテロ首謀者も、何年か前に軽い罪で短期間刑務所に入ったことでテロリストの勧誘を受けたらしいと言う報道が流れています。
軽い事件でも一旦刑務所入りになると出所後の生活不安がある・・ある程度ヤケになっている人間が多いので、勧誘ターゲットとしては確率が高い・・しかも毎日一緒にいるのですから・繰り替えしの勧誘が出来て焦る必要がないと言う仕組みです。
日本のヤクザ、外国ではテロ組織が刑務所内に網を張っていて、リクルート率が高い・・かなり成功率が高いと言われています。
テロリスト勧誘の温床になっていると世上言われているモスクよりも、刑務所の方がテロ組織やヤクザ予備軍培養の温床になっている・・政府が税金でテロリスト勧誘の場を提供していると言う漫画みたいな状態になっている時代です。
書き出せばキリがないほど、近代法の確立した個人責任主義の思想・・個人の人権保障制度すべてが組織的犯罪・・テロリストに誘惑とチャンスを与えている実態があります。
あるいは百万単位の難民が発生した場合、これを無制限受け入れする場合、人権保障理念に走り過ぎるキライがあると思う人の方が多くなるのではないでしょうか?
数日前にフランスの地域選挙があって、難民排斥を主張する政党が大幅躍進しました。
きれいごとばかりではやって行けない本音が出始めたと言うべきでしょう。
近所の人と時々挨拶する程度に仲良くするの良いですが、毎日泊まりに来られるといい加減にしてくれと言いたくなってきます。
テロ防止に戻りますと、個人犯罪と組織犯罪は性質が違うのですが、近代法はこの違いに対応出来ていない疑いがあります。
アメリカでは、9・11に対して、大統領がこれは戦争だと言明しましたし、フランス大統領も2015年11月のパリのテロに対してそのように言明しました。
戦争→非常時認定と言うことで一時的に人権保障法制度などを停止出来る仕組みになると思われます。
フランスは11月13日の事件で、すぐに戒厳令を布きましたが、(マスコミが報道しているだけで具体的に、どう言う効果のある布告か知りません)人権人権と言うばかりでは緊急の逮捕・アジト急襲も出来っこないことを露呈したものと思われます。
イザと言うときには、人権制限(訴訟手続も別にしないと)出来るように国家は時には非常大権で人権その他の制限を出来る別の仕組みを用意しないとテロリストはやりたい放題になります。
古代から合議で決める社会である日本でも、非常時には非常事大権・・幕末井伊大老で有名な大老制度を利用していました。
我が国憲法は自衛のために必要な相互防衛条約を締結するだけですら、憲法違反と言う意見が多いですが、緊急事態があってもいわゆる戒厳令を布く権能がないようになっています。
平和時の通常事件しか想定していない・・どんなことがあっても、予め令状がない限り検挙すら出来ないと言う憲法制度である点では平和憲法とその精神が一貫しています。
国家の非常事態に対する備えがない憲法・・世界でも稀な(唯一?)な憲法です。
日本の場合、テロがあっても事前の令状がないと警察は手も足も出ない・国連平和維持活動で派兵した自衛隊が海外で相手から発砲があるまではこちらから射つことも出来ないと言うのと同じです。
相手が領海侵犯しても自衛隊が先に発砲出来ないと言う変な解釈になっています。
戦闘機も相手が先に射って来ないとこちらから先に射てない・・これでは撃墜されてから発砲しろ」ことになり兼ねません。
自分だけで守れないならば集団で守れるようにしようとすると、これさえも憲法違反と言うのでは異民族や外敵・大規模テロに極めて脆弱と言うか無防備どころか、民族を外敵から防備してはいけない仕組みになっていることが分ります。

テロと戒厳令制度(組織犯罪向け手続法の必要性1)

折角共犯者や煽動者を供述しても、共謀しただけでは検挙出来ない・・犯罪実行しないと検挙出来ないのでは社会の安全が保てません。
このために世界的に共謀段階で発覚すれば、テロを現実に実行しないでも処罰する制度設計になって来たのです。
我が国では、左翼系の反対で法案が国会通過しないままになっていますが・・・。
近代法の個人責任人原理を貫徹すると、個人の人権保障の必要性と社会全体の損害防止との兼ね合いがうまく行かないのです。
個人の窃盗程度ならば、人権保障に重きを置いても良い・実行するまで泳がせておくのが良いでしょうが、大規模テロになると計画だけでは駄目・・・実行するまでは検挙出来ないと言う悠長なことを言ってられないと言うのが世界の大勢です。
アルジェリアだったかで数年前に日揮が被害を受けたテロ事件を見ても分るように、気違いがイキナリ刃物を振り回すのとは、桁違いで、一旦起こるとテロ被害は甚大ですので実行されるまで何も出来ないような法制度は無理があります。
この隙をついて集団テロが横行する仕組みです。
難民も個々の難民に何の罪もないが、そこにテロリストが混じり込む社会のリスクとの兼ね合いですし、特定グループに犯罪者が多いとそのグループ全体との付き合いが敬遠されるのは仕方のないことです。
会社で言えば個別社員が詐欺行為や狡いことをしても、その会社全体の信用に関わるし、同業者で不祥事が相次ぐとその業界の信用がなくなるので、各種業界ごとに自主基準を作って信用維持に努めているのです。
個人の悪行が一家・一族の信用に関わる・・逆に名誉な行為が子孫の誉れになる・このように組織の信用が重視されることで、内部締め付けが自然に生じこれによって、世界の秩序が保たれて来たのです。
一家から罪人が一人出ても、犯行に関係していない親兄弟まで白い目で見られたりすることでみんなが自重するし、その効果に比例して周囲の締め付けもあります。
これが一族に広がっても同じです。
マイナス面だけではなく、ノーベル賞受賞者やスター選手が出ても、みんなが同じ性質能力ではありませんが誇らしいと思うし応援もある社会でした。
これの大型判が高校野球で同じ◯◯県選出と言うだけで、自分の能力と関係ないのに応援したりします。
更に大型になったものが愛国心と言うものです。
一族から1人犯罪者が出たことによって、関係していない若者が就職試験で不採用になれば納得出来ないことは分るし、罪九族に及ぶと言うことで一緒に刑務所に入れるのはおかしいことも確かです。
とは言え、個人の信用と自分たちグループの信用に関係がない・・差別だ「偏見」といって、完全に断ち切ると社会の安全が保てません。
ここでは、個人の人権保護と社会の秩序維持とは、基準が違うべきではないかと言う関心で書いています。
だからと言ってどうすれば良いと言う決まった意見持っている訳ではありません・・その調整が必要な時代が来ていると言う疑問を書いているだけです。
近代法の「個人主義思想」をあまりにも貫徹し過ぎた結果、逆に破綻が始まったように見えます.
表現の自由を悪用して名誉毀損行為をしたり猥褻に走る人がいるのと同様で、テロ等組織犯罪になると個人の人権擁護の基準を当てはめていると悪用する人が出て来ます。
実態法では早くからこれに対して凶器準備集合罪に始まって、オーム真理教関係で有名な解散命令などの仕組みがある程度整って来ています。
また所得面からの規制として組織犯罪の不法利益を蓄積させないための、マネーロンダリング規制等も発達してきました。
以上のとおり、実体法の組織対応が始まったばかりですが、左翼系は何故か必死になってこれに抵抗していることは、衆知のとおりです。
世界中でスパイ処罰等のない国がない状態なのに、彼らの好きな国連や世界標準をこの場合には全く言いません。
そこで犯罪組織集団から資金援助を受けているのではないか?と言う疑いをもたれるようになっています。

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