利害調整能力4(トルコとクルド・日韓対立)

中世に式目が制定された所以を書いている内に、現在社会のマニュアル必須社会化事例紹介になってしまいましたが、中世社会が宗教解決で済む段階を超えてきたことが背景にあるべきでしょう。
中世社会のルールに戻しますと、奈良〜平安時代までの生活環境が激変したことが、武士の時代を到来させ(武士が力を持ったから生活ルールが変わったのではなく、生活が変わったので、武士がが頭角を表したと見るべきでしょう)これによって生きて行くべきルールも武士社会と公家社会とでは違ってきたのです。
しかも現場に根ざした現実的処理に通じた武士が紛争解決に関与するようになると、ルールが実践的化する・・具体化するようになっていたと見るべきでしょう。
公卿朝廷に対する強制力のない二頭政治の時代には、内容の公正さと決めたことの実行力の競争社会になっていたと見るべきです。
今の国際社会は、中国も国際道義をまもる気持ちがないというか、守る能力がないし、アメリカは武力を持っているが、国際合意を一方的にひっくり返すようになった点で・・双方似たような状態ですから、日本中世・既存価値がぐらつく観応の擾乱開始〜応仁の乱〜戦国時代化に似てきました。
第一陣終了・・「平家にあらずんば人にあらず」の再来のように羽振りの良かった高一族消滅後は、足利兄弟間抗争になっていきますが、戦のつど戦後処理に関する不満・・武士団はその都度どちらにつくか入れ変わるめまぐるしい争いでした。
中核的支持者の入れ替わりは少なかったようですが、自分と対立する武士がAに着けば自分は今度Bに着くなど個別利害優先だったからこうなったとも言われます。
源平合戦では、地元武士団の争いで平家が平家系千葉氏の肩を持たなかったので千葉氏が頼朝の旗揚げに馳せ参じた例同様で、アメリカが対シリア戦略でクルド族を優遇すれば、クルド族の独立運動を内部に抱えるトルコが親米欧路線から、宿敵ロシアに擦り寄るなど今でもよくあることです。
日韓対立でも同じで、この段階で米国が撃ち方やめ!仲良くやってくれと言い出せば先制攻撃した方がやり得ですから、これを強行すれば反撃開始したばかりの方は不満で一方を敵に追いやるでしょう。
そこで、今はやむなく黙っている状態です。
双方にいい顔をするには、争いになる前に未然に防ぐ目配り・工夫・政治力が必須です。
この複雑利害調整能力が衰えたというか、資源力と武力(この辺はソ連〜ロシアも同じ)に頼っていただけの米国が、資源価値が下がって馬脚を表したというのが私の解釈です。
いずれにせよ、米国は日韓関係でも仲裁能力を失ったことは明らかです。
世界中で仲裁能力を失って行く・・パックスアメリカーナの鼎の軽重が問われる事態が静かに潜行していきます。
国際戦略上韓国の武力の必要性が大幅に低下したので、米国は日本の機嫌を損ねてまで日本に我慢しろ!というほどの関わりを持つ必要性がなくなったのを韓国が気づかないようにみえます。
韓国は経済力が上がったので、もっと対日要求できると思ったのでしょうが、日本は際限なく要求をアップしてくる韓国に対する我慢の限界を超えたと思っているので、いつも我慢させられてきた不満がアメリカに向く構図になってきています。
アメリカにとっては韓国の理不尽な要求を毎回飲まされている日本の対米感情悪化が限界にきていることも知っているし、韓国の軍事的必要性が低下しているので当事者の力関係で勝負をつけてくれれば良いという立場に変わったのでしょう。
韓国政府の国際情勢読み違えが、今回の暴走を招いた原因です。
アメリカが味方しないならば中国カードがあるかというと、もはや中国と韓国は経済競争関係になっている・・例えば米国から締め出されているファーウエイの穴を埋めて儲けようとするサムスンをこの機会に叩きたいことがあがっても応援したくないのは明らかです。
同様に中国国内自動車販売が落ち込んでいる状況で現代自動車が日本からの部品供給が細って困れば中国にとってありがたいだけのことです。
韓国系造船、重工業その他企業を救済するよりこの機会に潰してしまいたい意欲満々のようにみえます。

二項対立社会観5→軍部責任説1

メデイアや野党政治家や文化人が、戦前の言論弾圧批判・・軍国主義批判・・自分らは被害者であるかのような主張を臆面もなく何故繰り返すのでしょうか?
自己批判することなく治安維持法や軍部の責任にしてしまえば気楽でしょうが、その代わり厳しい自己批判をしないから、戦前の過ち・政策論争よりは政敵攻撃しかしない体質をそのままを繰り返しているように見えます。
「軍部が悪い・国民に責任がない」占領軍の民族分断政策にまんまと乗った・狡いのが左翼文化人・メデイア界です。
ドイツのように「ナチスだけに責任を負わせて国民は知らん顔」しているだけでは、民族の歴史・・将来に禍根を残す筈ですが、それだけでは気が済まなかったのか?
後ろめたさを隠すためか?
「毒を食らわば皿まで」と言う言葉がありますが、左翼文化人は米軍に協力するだけでは満足せずに中韓にもっと日本軍部の責任を追及するようにそそのかしてきたように見えます。
二項対立社会観については、17年2月23日「単純政治の限界・・2項対立4」まで書いてその後3月末〜4月にかけて表題にしていませんが、関係意見を書いていますのでその続きです。
軍部の発言力強化に力を貸してきのが、その時々の野党政治家でありメデイアであったことをこれまで書いてきました。
戦後軍部だけが悪かったという変な切り分け虚構に酔いしれた結果、政府攻撃材料に靖国参拝を問題視するようになったので、日本の左翼文化人・・メデイアが軍国主義復活反対と騒いでいるのに被害者の中国政府が黙っていると「政府は何をしているのだ」という国内突き上げに呼応するしかなくなった面が知られています。
慰安婦騒動も当初韓国政府はあまり信じていなかった・問題にしていなかったのですが、日本国内で盛り上がっているのに「政府が黙っているとは何事だ」という突き上げによって、韓国政府も腰をあげた経緯です。
http://ksmworld.blog.jp/archives/1067111984.html

1986年に当時の中曽根康弘首相は靖国神社参拝を取りやめるが、それまでは過去10回にわたり中曽根氏は靖国参拝をしていた。しかも、1985年8月15日には、現職首相として初めて靖国神社に公式参拝していた。
ところが、1986年に朝日新聞などのメディアが1978年に合祀されたA級戦犯のことを取り上げ、公式参拝を問題視した。中国側も朝日新聞から「この問題をどう思うか」と取材を受ければ「公式参拝はアジア各国人民の感情を傷つける」と言わざるを得ない。かくして、中曽根首相は1986年に一転して靖国参拝を取りやめる。
このときの後藤田正晴官房長官が残した「内閣総理大臣その他の国務大臣による靖国神社公式参拝に関する官房長官談話」(官房長官談話)は次のような内容だった。
《A級戦犯に礼拝したという批判があり、近隣諸国の国民感情に配慮するために、首相の公式参拝を差し控える》
この官房長談話は、『河野談話』、『村山談話』同様に罪深い。A級戦犯が合祀されたのは1978年(新聞が報じたのは1979年)で、その後も大平正芳首相や鈴木善幸首相は靖国を参拝しているが、中韓両国からは批判されていない。

慰安婦騒動については周知の通り、以下の朝日新聞報道に始まり韓国も対応する事態になりました。
http://ianfukangaeru.blogspot.jp/2013/12/1992.html
朝日新聞の奇襲

一九九二年一月十一日、朝日新聞の朝刊を手にとった人は、第一面トップに躍る慰安婦のキャンペーン記事に目を見はったことであろう。今にして思えば、この「スクープ報道」こそ、それから数年わが国ばかりでなくアジア諸国まで巻きこむ一大狂騒曲の発火点となるものだった。第一面ばかりでなく社会面まで潰したこの大報道を紹介すると長くなるので、とりあえずは主な見出しだけを次に羅列しておこう。

「慰安所 軍関与示す資料」「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」
「部隊に設置指示 募集含め統制・監督参謀長名で、次官印も」「〈民間任せ〉政府見解揺らぐ」
「〈謝罪を〉〈補償を〉の声さらに」
「募集など派遣軍において統制、すみやかに性的慰安の設備を」

さらに防衛庁資料を「発見」した吉見義明中央大教授の「軍関与は明白 謝罪と補償を」の談話、「不十分な調査示す」との女性史研究家鈴木裕子さん、「軍の関与は明らか」とする元日本軍慰安係長山田清吉少尉のコメント、「多くは朝鮮人女性」と見出しをつけた「従軍慰安婦」の解説コラムもつく構成になっている。
しかし「見出し」だけでは、なぜこんな大報道になったのか理解しかねる人もあると思うので、朝日新聞の意図を一面のリードから引用する。

日中戦争や太平洋戦争中、日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していたことを示す通達類や陣中日誌が、防衛庁の防衛研究所図書館に所蔵されていることが十日、明らかになった。
朝鮮人慰安婦について、日本政府はこれまで国会答弁の中で「民間業者が連れて歩いていた」として、国としての関与を認めてこなかった。昨年十二月には、朝鮮人元慰安婦らが日本政府に補償を求める訴訟を起こし、韓国政府も真相究明を要求している。国の関与を示す資料が防衛庁にあったことで、これまでの日本政府の見解は大きく揺らぐことになる。政府として新たな対応を迫られるとともに、宮沢首相の十六日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる。

このリード文を読めば、キャンペーン報道の意図が首相訪韓のタイミングに合わせて、それまで「国の関与」を否定していた日本政府に「偽証」の証拠をつきつける劇的な演出だったらしいことが読みとれる。

一月十一日といえば、訪韓の五日前にあたる。今さら予定の変更もできず、かといって予想される韓国側の猛反発への対応策を立てる余裕もない。私はタイミングの良さと、「関与」という曖昧な概念を持ち出して、争点に絞った朝日新聞の手法に、「やるもんだなあ」と感嘆した。
防研図書館の「陸支密大日記」は三十年前から公開されていて、慰安婦関係の書類が含まれていることも、軍が関与していたことも、研究者の間では周知の事実だった。慰安所を利用した軍人の手記や映画やテレビドラマのたぐいも数多く、この種の見聞者をふくめれば、軍が関与していないと思う人の方が珍らしかっただろう。それをやや舌足らずの国会答弁(後述)に結びつけて、「国としての関与を認めてこなかった」とこじつけたのは、トリックとしか言いようがない。

ところが軍部といっても外国人傭兵ではなく皆国民の父親です・・都合よく切り分けて自分に関係がないという誤魔化しが良心のある人ならばいつまでも通用するはずがありません。
そこで、軍部とは職業軍人のみで徴兵で駆り出された方は被害者だと言う分類が一般的です。

2項対立社会像と日本1

GHQが描いた支配図式・・戦争加害者=軍人超国家主義者VS被害者=人民という分類は日本人の大方には受け入れられていません。
進歩的文化人?に誘導される革新勢力の民族のあり方についての立場は、GHQ・背後の米国政府が軍国主義者と被害人民対立を誘導し、中ソの主張する資本家に搾取される労働者、政府VS人民の対立図式をそのまま迎合して敗戦後影響力を拡大したグループです。
もともとどこの社会や組織にも一定率の不平不満層がいるものですが、それが敗戦→不平を煽る米ソ双方の応援政策によって一時的に力を得たということでしょう。
これが朝鮮戦争開始まで(同床異夢)目的を一にして影響力を拡大してきたのですが、朝鮮戦争以降米国が対ソ競争に協力させる方向に対日方針が変わると支持母体に亀裂が生じ、再軍備反対〜全面講和と部分講和論の対立となり、政治的には左右両系乱立政党の大同合併・・自社2大政党制・55年体制確立→これが支持層の分裂に及んだのが60年安保騒動後の(清水幾太郎に代表されるような)分裂です。
安保騒動を機に、反日運動の戦術論として、従来の真っ向からの共産主義賛美(地上の楽園論)では国民支持を得られなくなったので、米国の民主主義理念に乗っかって(悪用?)手続き重視論・議事妨害戦術に高等戦術・日本の成長阻止に切り替えたように見えます。
一時この戦術の功があって、社会党が国民の支持を得ていたこともありましたが、学者だけでなく庶民が自由に海外に行き生のアメリカを知るようになると、次第に「欧米では・・」という進歩的?意見の御利益が下がってきたのがこの数十年の流れです。
このようなずるい戦術についていけない純粋左翼は極左化して行きますし、選挙の洗礼に晒される政治家は、本音・共産主義化の良さで政策主張をやめて民主主義運動を表看板にして「十分な審議時間がなかった、強行採決は民主主義否定とか、資料不備や失言暴言?を捉えてはこれの責任を取らない限り審議に応じられない」という議事妨害政党化して現在に至っています。
今でも民族内対立を煽る中国の戦略に呼応する日本人は極く少数になってきたので、靖国神社参拝に中韓がこだわり軍国主義復活を煽っても、米軍に日本人共通の先祖を辱めれた古傷をえぐられるようで日本人大方が却って不快感を持つ所以です。
軍国主義者と被害人民という民族分断論は無理になったので、自民党内の分断に力を入れ始めたようで、最近では「安倍政権による憲法改正は許さない」というスローガンが広がっています。
昨年夏頃の総選挙前には(自民党はいいが)安倍政権は良くないという変なスロガーガンが出まわりました。
民族全体を支配被支配に分ける分断政策がうまくいかなくなったので「安倍政権」だけが良くないと焦点を絞った・自民党内の分断を狙ったようですが、やり方が古すぎるように見えます。
明日政党等の支持率を紹介しますが、自民党支持率よりは内閣支持率の方がたかいので無理な主張でしたから、野党は大敗してしまいました。
日本企業はもともと村落共同体の延長意識・・構成員の生活を守るのが第一です。
民族の心構えがイザという時にためらいなく出たものです。
それが行き過ぎて国際標準?から見て株主軽視あるいは社会公共の利益を軽視していないかの批判が起きている状態です。
そうした反省によるメセナ活動も長期的には企業イメージを高め結局は企業存続・従業員を守るためです。
・・全従業員が大事な客とその周りの社会の支持を受ける必要を感じて社会・公益重視に精出しているのが日本企業です。
大震災等があるとコンビニが無料で商品解放したり、食品大量輸送をしたりするのは経営者が従業員を仲間としてみているだけでなく、地域住民をも助け合う仲間として意識しているからでしょう。
欧米の法制度が導入されているので、法制度上会社は株式保有者のもので、社員とは会社設立に参加した者・その後にその株式を譲り受けたもの・・出資者・株主のことを言い、そこで働く者は対象・・資材設備同様のコスト扱いで「被」雇用者あるいは従業員と呼ばれます。
しかし、明治維新以降150年経ても多くの人が「うちの会社」と言い、自分のことを社員という呼称が定着しているのは、「村落共同体は村長の私有ではなく村民みんなのもの」という意識が勤務先は「自分の会社」という意識がそうさせるのです。
また正社員になると「自分の仲間」であり、非正規は「よそ者」が臨時に応援しているだけという意識差別が大きな問題になります。
戦後国民を意図的に「人民」というグループがいますが、この思想背景には「搾取されるもの」という意味が含まれていますがこれが定着しないのは、日本社会に合わない意味を無理に押しつけようとするからです。
戦いにおいては部下が最も危険な最前線で戦いますが、指揮者がいなくなると全体が総崩れになるから指揮系統を守る必要があるからであって、負けが決まれば戦いの指揮者不要なので今度は城主の方が自分の命を捨てても兵の命を守るのが原則です。
城が落ちる時に城兵一同の助命と引き換えに城主が腹を切るルールは上記思考に基づいてます。
天皇が、マッカーサーとの会談で天皇陛下が自分の生命にこだわらないという覚悟を示されたのは日本
一旦法手続きが決まると世の中が変わっても昔の捜査手法しかできない・新たな社会に適応した捜査手法実践のための法改正をしようとすると、まず反対して改正を引き伸ばしを図る・・その間社会が停滞する仕組みです。
泥棒や強盗殺人そのものは昔と同じでも、現場へ向かい、現場からの離脱が高速化・広域化していき、テロ行為の手口が巧妙化し高度科学技術を駆使するようになっている以現在、迅速に捜査し証拠を確保するためには19世紀型の紙媒体の令状主義ではどうにもならない時代が来ていることは明らかでしょう。
社会変化によって法制度が現実に合わなくなってきたならば、「法網をくぐる者を許さない」ように、何とかできるように法制度を工夫をすべきではないでしょうか?
法網をくぐる者に対する対策というより「働き方改革」でも何でも同じですが、世の中はどんどん変わりますので、ルールもそれに合わせて変えて行かないと時代の変化に追いついて行けません。
どんな制度も機械類も運用してみる不具合が出て来るものですが、それを煽って反対ばかりしていては何事も始まりません。
例えば代表的政策でいえば、非武装平和論の理想を言うばかりで現実対応案が全くない・公害反対も同じで対案がなく操業停止を求めるばかり・・沖縄の基地で言えば航空機部品が落ちれば飛行禁止を求めるなど今も同じです・・。
飛行機に限らず車でも医療行為でも電車でも一定率の事故・・不具合が起きるものですが、何か失敗がある都度操業停止を求めていたら何の産業も成り立ちません。
大事故・大規模な食中毒事故が起きた場合には5日〜1週間の営業停止処分がありますが、すべてミスの程度と結果の兼ね合いです。
沖縄基地問題では飛行機部品が落下したとか不時着した程度で(不時着でなくその前段階で安全策として燃料タンクを人気のないのを確認してから水面に事前投棄したということのようですが・・。

GHQ(内部対立)+本国政府+極東委員会3

マッカーサーが選任された時には、SWNCCの申し子として対日占領政策遂行の現地トップとして信頼されて選任された(彼自身フィリッピン撤退に関して個人的に対日報復意識が強かったことは周知の通りで、その彼を選んだSWNCCの基本姿勢がわかりますし、本来合理的制度としては、マッカーサーが個人的報復をしすぎないための監視役だったはずなのに、)着任後マッカーサーが日本擁護役に回って背後のWNCCと政策対立が始まったとすれば不思議です。
マッカーサーが天皇との会談で感銘を受けたことによると言う意見がありますが、この点はあとで触れるとして対日政策は国際政治の一環ですから背後には複雑な関係があるでしょうから、この面から見ておきます。
GHQ内に国内対立が持ち込まれていて民政局と情報治安局との対立があったことは一般的に知られていますが、一般的には天皇制に関する意見相違というよりは、容共スタンスかどうかの違いをいうものが普通です。
外見上そう見えますが受ける印象は、アメリカ国民は悪くないが民主党政権になると、反日的で日本は民主党政権いなるといつもひどい目にあっているとという論旨展開です。
中国などの常套文句である日本国民は敵ではないが、軍人が悪かったとか、今は自民党支持が揺るがないので自民党を批判しないで、安倍政権だけゆるせないという論法にそっくりです。
メデイアはその通りの受け売りで総選挙前には内閣支持率が低いという宣伝ばかりしていましたし、どこの野党か護憲勢力か忘れましたが、憲法改正について、内容の議論前に「安倍政権での改憲を許さない」という子供じみた主張を臆面もなくしていました。
ここまでくると幼児並み主張です。
憲法や法律は将来を拘束するものであって、数年内に退陣する現政権とほぼ関係がありません・内容の議論こそが必要でしょう。
日本にとって良いことであっても、あの人がいうから反対・テストの結果が良くてもあの子は落第にしろというような感情論を煽っているのです。
内容に入りたくないから、多くの憲法学者が反対しているとか、憲法には憲法改正できない限度があるというような抽象論が幅をきかすのでしょう。
http://www.sankei.com/politics/news/180115/plt1801150005-n1.html

2018.1.15 07:07更新
安倍政権下の改憲反対54% 共同通信世論調査

上記を見るといわゆる安倍叩きが奏功していて不合理な意見が影響力を持っていることが分かります。
右翼系ネットで「アメリカは良いが民主党が悪い」という運動が盛んになったのは、日本左翼の政治運動の真似でしょう。
裁判闘争の真似を始めたのも同根ですが、左翼系の方は「一日の長」どころか何十年もの経験差があって真似では勝てないでしょう。
容共かどうかばかりで天皇制について全く触れないのは「共産主義勢力にとっては君主制そのものが議論以前に容認できない立場であった」・自明だからこの種の論者は天皇制に対するスタンスがどうであったかの紹介をしていないのかも知れません。
以下はhttp://dorian.en-grey.com/徽宗皇帝のブログで引用されている意見を引用したものです。
ここには主張根拠を書いていませんが、検索してすぐ出たことと、一般に知られていることですが、この主張が正しい事実に基づくかどうか不明のままのあんちょこ引用ですが/事実であるか否かは読者の事実調査にお任せします・・これを引用しておきます。

「当時GHQの内部には二つの路線対立があり、国務省系のGS(民政局)は占領内政担当で民主党左派すなわちニューディーラーによって構成されており、国防総省系のGⅡ(情報治安局)は軍務担当で共和党員が中心になっていた。
このGSとGⅡが激しく対立していたのである。民主党の影響下にあるGS(民政局)は日本をマルクス主義化する実験と併行して「ウィークジャパン(弱い日本)をつくる」と主張しており、一方GⅡのウィロビー少将はニューディーラーたちが日本を左翼国家へ改造しようとする「実験」に強く反対し、「不必要なまでの日本の弱体化は国際共産主義を利する」と考えてストロングジャパン政策を主張していた。」

要するに国務省・民政局(民主党系/容共系)対国防省(共和党系・反共)の路線対立があったとの主張です。
これが最近言われているルーズヴェルトの容共政策→日本はその犠牲になったとする一連の議論とも繋がっているのでしょうし、左翼系論者には受け入れらない議論でしょう。
ただ、上記「徽宗皇帝」のブログ執筆者自身が上記引用文を、「GHQ内部の社会主義者グループと反共主義者グループの対立について簡潔にまとめた文章を探して、検索の最初のあたりにあったものを適当に拾ってきた。文章の調子からすると右翼思想家のもののようだが、書かれた「事実」自体は他の人のGHQ関連著作に出てくる内容とほぼ同一だから、書き手の偏見的記述にさえ気をつければ読むのに問題は無いだろう。」自分と立場が違うが、事実として問題がなさそうとして引用しています。
ただしこのブログ自体も執筆者の自己紹介がない・責任を負いたくない意思表示でしょうから、元々無責任意見として読む必要があります。
毎日からの引用です。
https://mainichi.jp/articles/20150504/org/00m/010/997000c

制定過程をたどる 2015年5月4日
2 天皇制守った「象徴」 GHQ、戦争放棄と「セット」
1946年2月13日、東京・麻布の外相公邸。連合国軍総司令部(GHQ)のホイットニー民政局長は「日本案は全然受諾できない」と宣告し、タイプで打った21枚の用紙を差し出した。
・・・ぼうぜんとした表情を浮かべる吉田茂外相と松本に、ホイットニーはくぎを刺した。
「最高司令官は、天皇を戦犯として取り調べるべきだという他国の圧力から天皇を守ろうと決意している。この諸規定が受け入れられるなら、実際問題として、天皇は安泰となる」
このときホイットニーは「天皇のperson(身体)を保障できない」とも述べたという説があるが、吉田は否定している。
象徴天皇制と戦争放棄はGHQ案の核心部分だった。米国は太平洋戦争中の42年から、天皇制を利用して日本を間接統治する道を探っていた。終戦後の45年9月27日、マッカーサーは東京の米大使館で昭和天皇と会談し、天皇の戦争責任を問うべきではないという思いを強くしたとされる。
しかし当時、米ギャラップ社の世論調査では、米国民の約6割が昭和天皇の起訴を支持していた。オーストラリアが天皇を戦犯リストに入れるよう主張するなど、国際情勢がGHQに必ずしも有利でない中、マッカーサーには、ソ連や中国などもメンバーの極東委員会が介入する前に憲法改正を終えたい思惑があった。
・・・マッカーサーは2月21日、幣原喜重郎首相との会談で率直に伝えている。「私は天皇を安泰にしたいが、極東委の議論は不愉快なものだと聞いている」「ソ連とオーストラリアは日本の復讐(ふくしゅう)戦を恐れている」
政府は翌22日の閣議でGHQ案の受け入れ方針を決め、幣原らが昭和天皇に報告した。GHQの記録によると、天皇は「最も徹底的な改革を、たとえ天皇自身から政治的機能のすべてを剥奪するほどのものであっても全面的に支持する」と語ったという。
2月26日、極東委員会の第1回総会がワシントンで始まった。ただ、昭和天皇の訴追論議は盛り上がらず、4月3日、天皇の不起訴方針が事実上決まった。結果として、マッカーサーの描いた戦略は功を奏した。
東京裁判に詳しい日暮吉延帝京大教授(日本政治史)は、強硬姿勢だったオーストラリアが矛を収めた背景を「日本の軍事的脅威がなくなれば、天皇を裁判にかける必要性もなかった」と説明する。
GHQが天皇制の存続と引き換えに改正案の受け入れを迫った一連の経緯は、現在の「押し付け憲法論」の根拠の一つだ。しかし、天皇を守ることは日本政府にとっても最大の課題だった

 

GHQ(内部対立)+本国政府+極東委員会2(SWNCC228)

昨日紹介した国会図書館の概説3−2の引用だけでは、ここで関心のある天皇制に関する米本国の動きが不明なので、日本国憲法の基礎になっているSWNCC228骨子を見ておきます。
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/059/059tx.html#t005によれば以下の通り、ほぼ現憲法の(リフォーム)骨格が示されています。

Reform of the Japanese Governmental System(SWNCC228)
TOP SECRET
COPY NO. 66
7 January 1946
STATE-WAR-NAVY COORDINATING COMMITTEE
DECISION AMENDING SWNCC 228
REFORM OF THE JAPANESE GOVERNMENTAL SYSTEM
Note bytheSecretaries
1〜3省略(稲垣)
CONCLUSIONS
4. It is concluded that:
a. The Supreme Commander should indicate to the Japanese authorities that the Japanese governmental system should be reformed to accomplish the following general objectives:
(1) A government responsible to an electorate based upon wide representative suffrage;
(2) An executive branch of government deriving its authority from and responsible to the electorate or to a fully representative legislative body;
(3) A legislative body, fully representative of the electorate, with full power to reduce, increase or reject any items in the budget or to suggest new items;
(4) No budget shall become effective without the express approval of the legislative body;
(5) Guarantee of fundamental civil rights to Japanese subjects and to all persons within Japanese jurisdiction;
(6) The popular election or local appointment of as many of the prefectural officials as practicable;
(7) The drafting and adoption of constitutional amendments or of a constitution in a manner which will express the free will of the Japanese people.

ここで一応区切りますが、aによって上記7項目の(基本的人権の尊重や自由な選挙による国会の権能と政府・内閣が選挙民に責任を負う等)の基本原則(general objectives)が示されます。
命令/強制ではないというものの以下の一般条項が「should be 」・・されるべきであり、これを司令官は「should indicate」すべきということですから、この原則に反する憲法は認めない・・結局は、強制が目立たないように「巧妙にやれ」ということでしょう。
ですから、トップシーククレット文書でしたが、期間経過で公開されたので今では日本側の手に入っていることになります。
SWNCC228の続きです。

b. Though the ultimate form of government in Japan is to be established by the freely expressed will of the Japanese people, the retention of the Emperor institution in its present form is not considered consistent with the foregoing general objectives.

上記によればthe ultimate form of government(政体)は民意によって establishされるべきであるが、現状の天皇制を(そのまま?)維持するのであれば、上記7項目の基本ルールに適合するとは認められないと判定基準を示しています。

c. If the Japanese people decide that the Emperor Institution is not to be retained, constitutional safeguards against the institution will obviously not be required but the Supreme Commander should indicate to the Japanese that the constitution should be amended to conform to the objectives listed in a above and to include specific provisions:
(1) That any other bodies shall possess only a temporary veto power over legislative measures, including constitutional amendments approved by the representative legislative body, and that such body shall have sole authority over financial measures;
(2) That the Ministers of State or the members of a Cabinet should in all cases be civilians;
(3) That the legislative body may meet at will.

d. The Japanese should be encouraged to abolish the Emperor Institution or to reform it along more democratic lines. If the Japanese decide to retain the Institution of the Emperor, however, the Supreme Commander should also indicate to the Japanese authorities that the following safeguards in addition to those enumerated in a and c above would be necessary:
(1) That the Ministers of State, chosen with the advice and consent of the representative legislative body, shall form a Cabinet collectively responsible to the legislative body;
(2) That when a Cabinet loses the confidence of the representative legislative body, it must either resign or appeal to the electorate;
(3) The Emperor shall act in all important matters only on the advice of the Cabinet;
(4) The Emperor shall be deprived of all military authority such as that provided in Articles XI, XII, XIII, and XIV of Chapter I of the Constitution;
(5) The Cabinet shall advise and assist the Emperor;
(6) The entire income of the Imperial Household shall be tuned into the public treasury and the expenses of the Imperial Household shall be appropriated by the legislature in the annual budget.

以下省略

dでは、「The Japanese should be encouraged to abolish the Emperor Institution or to reform it along more democratic lines. If the Japanese decide to retain the Institution of the Emperor, 」として、日本国民が、天皇制廃止またはより民主的天皇制へのリフォームについてエンカレッジされるべきだが、民主的天皇制維持を決定したときには最高司令官は(これを尊重しながらも)日本当局者にCおよび以下の列挙事項(1)〜(6)を示すべきであるとし、そこには、現行憲法同様の内閣の助言承認や天皇の統帥権の剥奪、皇室年次予算の必要性などを書いています。
上記の通り1月7日には、既存天皇制を否定するだけではなく、むしろ存続させる方向性がありうることを示唆しています。
この時点では、戦犯として被告席に立たせる方向性が100%否定されていたことが明らかです。

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