メデイアと学者の煽り1(思想の自由市場論のまやかし)

放送権を寡占しているメデイア界が放送の偏り批判を受けると、「日本の公平性規制がおかしい」として言論自由度ランクキングを下げる運動を世界規模で展開し、ついに国連特別調査官任命・・対日調査にこぎつけてメデイア界の要望通りの調査報告をしてもらい「虎の威を借りて」政府批判をしておきながら、政府がこれに応じて参入自由化とセットで放送に公平性を求めずに自由にさせようとすると大反対するとはおかしな業界です。
勘ぐれば、寡占のままで「言論の自由侵害だ、なんの批判も許さない.規制するな」と言ってれば、寡占業界では好きな方向へ世論を誘導できます。
ネット業界も自由参入になるといろんな意見が出回りやすくなるので本当の「言論の自由市場」になってしまうと「自分達の偏った意見は淘汰されるので困る」という本音が出てきたのではないでしょうか?
憲法学者の決まり文句である「思想の自由市場論」は特定思想傾向のメデイアが寡占している市場を前提にしていた「まやかし論」であったことが昨日紹介した日経新聞の論調で暴露された印象です。
表現の自由の問題が遅れて問題になってきたのが、16年アメリカ大統領選でのトランプ氏のメデイアに対するフェイク攻撃です。
アメリカも思想の自由市場とはいうものの、実際には大手メデイアの寡占市場です。
3社を4社〜8社に増やしても談合的に同一方向(業界基準?)に向けた報道ばかりするようになれば同じことです。
自由市場化するにはだれでも指折り数えられるような有名大手企業を少しばかり参入させる(1〜2社増やす)のではなく、業界標準的思想傾向に関与しない無限?の参入を期待できるネット業界へ電波利用を解禁する発想は画期的なことです。
寡占市場であるメデイア界に特定政治勢力が牢固たる勢力を張ってしまい、一定レンジ内の意見しか報道されていなかった問題点を暴いたのがネット通信の発達でした。
自由な表現が広がれば、その分名誉毀損的意見やワイセツ、業務妨害的あるいは米大統領選挙で問題になっている選挙妨害など多様なマイナス利用が増えるでしょうが、それはそれで別の救済や抑止手段等を工夫して行けばいいことであって、まずは自由な発言発表の場が増えた点を前向きに・公共電波利用権付与を含めて前向きに捉えるべきです。
有用な技術が出てくるとその弊害ばかり強調する意見がメデイアで主流になりがち・・・これが何でも反対の野党を育てている原因です。
新たなものを利用するには新技術に応じた規制がセットであるべきです・・高速道路を認めると歩行者が危険でないかと言う時には歩行禁止にすれば良いように(従来価値観では人が歩けない道路ってあるの?となりますが・・・。)新しいことには新しい発想が必要です。
頭の硬い集団では、表現の自由に対する規制を絶対悪視する傾向により、新しい規制に何でも反対したがる傾向があります。
車=危険→車禁止のおかしさは誰でもわかるでしょうが、空軍基地や原発・パソコン・防犯カメラ・GPSその他全て新らしいものはダメの発想でいいのでしょうか?
軍隊=戦争をイメージしてしまい、軍備反対という短絡思考も似ています。
ドローンであれ軍備も飛行機や車も各種工場も安全に向けた工夫をこらしながら発展させていくべきです。
車の便益性は言うまでもないことですが、一方で生命等への危険性は皆無ではありませんが不断の努力により、今では我が国の交通事故年間死者数が5000人以下になっています。
工場等も有益であるけれども労災事故や公害〜騒音等の被害もありますが、これも公害防除技術の発達や安全管理の徹底等により、我が国では一定程度まで克服されて来ました。
原発も同様で安全運転に向けた工夫の余地がないかの議論が必須ですが「まず反対ありき」では建設的議論になりません。
結果的にいろんな分野で既得権益を守ることにエネルギーを使う集団になってきたのでしょう
・・・ひいては思想の自由市場参加者を制限して一定方向の思想のスクリーニングを受けた人しか表現できないようにしておけば(メデイアの主張に反する変な?意見が出ないので)自分亜たちの都合の良い件ばかり報道できるグループから見れば、言論規制の必要がないのは当然です。
結果的に自分たちの気に入った表現の自由が守れる・・・参入制限方向へ意見が偏るようにように見えます。
ロシアによる米大統領選挙選挙英国の離脱国民投票への介入、直近フランス大統領選その他への介入疑惑が盛んですが、(我が国では中韓系細胞のメデイアへの浸透疑惑)参入制限があって5〜6社程度の企業相手ならば、長期間かけた外国勢力の浸透工作が容易になります。
参入障壁を低くして超大手だけでなく一定規模の企業が次々と参入してくると、工作すべき相手が拡散する分に比例して浸透工作が難しくなります。
この角度から考えても参入拡大が必要です。
「思想の自由市場」と言うからには参加を否定するのではなく、参入障壁が下がるのに従って必然的に増えてくるマナー違反に必要な規制をタブー視しないことが重要ではないでしょうか?
一定仲良しクラブ的な運営・・気に入らない意見の参入規制をしたままで「思想の自由市場」とはおこがましい限りです。
大学自治会を極左集団が牛耳ってしまっても、その排除方法がないのですが一般学生や社会が無視すればいいことで大した実害がありませんが、電波を寡占している大手メデイアが(実情無視で)一方的傾向の主張を垂れ流すのは実害が大きすぎます。
何が偏頗放送かを誰がどうやって判定するかの問題を解決する方法が今の所ないので、中立や公正報道の義務強化よりは、参入の自由化によって、思想の自由市場化によって淘汰を待つ方が合理的です。
電波割当制では有限どころか希少すぎて超大手しか参入できない難点がありましたが、インフラ整備と利用の2階立て構想は素人の私から見ても非常に魅力のあるアイデアと言うべきです。
NTTの通信設備インフラ部門と利用を切り離したことで一定の資本力があれば携帯やネット通信に参入できるようになったのと同様で電波希少性の隘路も、一定料金を払えば巨大設備を対等料金で利用できるようになれば参入障壁がぐっと低くなります。
いわばクルマを買わなくともタクシー等を利用できるようにすれば、購入し自分で保管維持できる人以外の利用できます。
鉄道施設を自前で持つ人だけが鉄道輸送できるのではなく、一般企業が貨物運送を利用出来れば公平です。
電波利用者・参加者が増えれば、報道の多様化効果が高まりまさに言論が市場化します。
公共工事の談合が禁止されているのは市場価格が歪められるからですが、思想の自由市場?の場合、あえて談合しなくとも慰安婦騒動でいえば「朝日がやっているのに負けられない」とばかりに一見独自意見のようなそぶりで競合他社がどっと追随報道に走ったので日本中が強制連行論一色になった原因でした。
思想表現は談合しなくとも、発表されるとそれを見てからの後追いでも瞬時の遅れを取り戻せるので、実質的な(一発入札の公共工事と違い)談合効果があります。
慰安婦騒動による朝日の検証委員会意見は朝日新聞の主張を引用する記事を調査したがほとんどない・・少ないので、朝日新聞の責任は低いかのような意見でした。
大事件スクープがあると、スクープで先を越された他社が単なるスクープの引用だけでは負けてしまうので、追っかけて深堀・独自取材を装うのが普通・朝日の引用意見ばかり書かないのは当たり前のことですから、こういう論理で朝日新聞の責任が少ないという意見の不自然さ(朝日新聞が選んだ委員ですから当然ですが・・)をそのころに書きました。
言論市場に4〜5社程度しか参加がないと、あえて談合しなくとも一定思想方向の人材を揃えておけば他社との競争と言っても「より早いか、よりセンセーショナルなキャッチコピー術に優れているか」の競争・・一定方向へ意見が向かうに決まっています。
これでは違った方向の意見が出てきません。
大学自治会が4〜50年前から政治偏向が激しくなりすぎたので、今では自治会がある政治意見を発表しても全学生の意見を代表する意見とは誰も思わなくなっていますが、これはこれで放っておいても誰もがそう思って無視できるので社会に悪影響を与えません。
しかしメデイアは庶民に一定方向の誤った情報を植え付けて、行動を煽る傾向があるので、放置できない影響力があります。
どうせ煽り合いならば、自由にさせていろんな意見から国民が自分で決めた方が合理的ですが、日本では報道できるものが寡占状態にあるのが問題です。

憲法と国家8(マルクス経済学者・矢内原総長と大内兵衛)

日本民族思想形成に大きな影響力のある東大総長人事に戻ります。
南原繁総長のあとを継いで東大総長になった矢内原忠雄東大総長は南原総長同様に新渡戸稲造の弟子でありキリスト者として知られた人です。
同じくキリスト者として米国のメガネに叶ったのでしょうか?
長男伊作氏による伝記では以下の通りです。
http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1346

矢内原忠雄伝』矢内原伊作著 [2015年12月20日(Sun)
「矢内原忠雄の植民政策研究の特色は、統治者の側から統治政策を考えるのではなく、社会現象としての植民を科学的に分析し、実証的調査によってその理論を検証し、ヒリファーディング、ローザ•ルクセンブルグ、レーニンといった人々のマルクス主義的方法を駆使しながら、帝国主義論の一部として、あるいはその中心として植民地問題を扱った点にあると言えよう。」(同書381頁)
矢内原伊作氏は哲学者であり、弟の経済学者矢内原勝の下記の記述の方が正確なのではないか、と思う。
この中に出て来る木村健康氏のマルクスと矢内原の限定的な関係(下記引用文に下線をひきました)は「矢内原先生をしのぶ」『教養学部報』1962年1月,『矢内原忠雄- 信仰.学問.生涯 』468、に書かれているようなので後日読みたい。
また、矢内原忠雄が植民論を受け継いだ新渡戸稲造はマルクスを知っていたが講義等で触れなかった事。矢内原忠雄が影響を受けたであろうもう一人の東大教師であった吉野作造が講義で取り上げていた事も書かれているのが興味深い。
「矢内原忠雄はマルクス主義の研究を行なった結果, マルクス主義がただに特定の経済学説もしく は政治学もしくは政治行動たるにとどまらず, これらを網羅しその根抵をなすところの一の世界観 であることを十分認識していた。そして社会科学の学徒とキリスト者であることは両立するかという設問をし,両者いづれか一を棄つぺしとしたならぱ科学を棄てて信仰に生くる, としながらも, 両者に同時に従享できると考えている。
そして社会科学とくに経済学の理論として彼はマルクス経済学を採用した。それは当時の事情を把握し說明するためにこの理論が最も適当とみたからであろう。木村健康氏は,矢内原忠雄がマルクシズムの経済理論の部分を植民政策の研究の用具として使われていたにすぎないことがわかったとし, なぜこれを採用したかという理由として,他の経済理論にくらベてマルクシズムの経済理論が「神秘性」が少ないという答を得ている。」
『矢内原忠雄の植民政策の理論と実証』より
ついでに(キリスト教徒ではなかったからか?)東大総長にはならなかったものの戦後ニッポン経済学に大きな影響を与えた大内兵衛氏についても紹介しておきましょう。
https://blogs.yahoo.co.jp/tokyocityjpn/25545845.html
1938年2月1日に所謂「教授グループ事件」が起こり大内兵衛は経済学部内「革新派」及び当局の謀略により逮捕されました。これは「第二次人民戦線事件」とも呼ばれます。
これは前年1937年における矢内原事件とそれに続く労農派一斉検挙(これが第一次人民戦線事件といわれる)を伏線として民主主義・共産主義を弾圧する為になされた右翼ファシズムによる暴挙でした。
大内兵衛の『私の履歴書』によると、「当時マルクス主義の立場に立つ人々は二つに分かれたのですが、それが労農派と政党派です」っと述べられております。そして「ソ連の指導に無条件に服従するという一派が日本共産党政党派と称し、そうでない人々が労農派といわえるようになった」そうです。つまり、「まず日本の事実について一通り理解して、つまり史的事実を先において、その事実はマルクス主義ではこう解釈されるべきである、というのが労農派の立場だ」ということです。

日本が戦時体制に入った頃、当局は共産党を取り締まる為に治安維持法をつくり、「国体変革」と「私有財産否認」をスローガンに掲げる政治党派を特別に弾圧できる体制を築きましたが、労農派は治安維持法の適用団体であるという容疑で全国で労農派一斉検挙が行われました。当時、「マルクス経済学の権威」と言わていた兵衛は、当局から労農派であるという容疑をかけられ、同じ治安維持法によって摘発されたのです。

ウイキペデアの記事からです。

GHQの占領時には、当時大蔵大臣だった渋沢敬三が、日銀顧問に迎え、東京裁判でも証言台に立った。1949年に東大経済学部を退官後は、1950年より1959年まで法政大学総長。向坂逸郎と共に社会主義協会・社会党左派の理論的指導者の一人として活躍した。
1955年5月から6月にかけて日本学術会議のソ連・中国学術視察団に加わった。門下の美濃部亮吉の東京都知事立候補を強く支持し、美濃部都政を助けるなど、実践面でも社会主義を貫いた。また、鳩山一郎や吉田茂からの大蔵大臣への就任要請を断ってきた[2][3][4]。社会保障制度審議会初代会長を務め、国民皆保険や国民皆年金の創設などを答申した[5]。
ソ連・中国学術視察団を経て、大内は社会主義について、「私も社会主義を勉強すること実に40年であるが、なにぶん進歩がおそく、社会主義がユートピアであるか科学であるかは、今まではっきりわからなかった。しかし、ここへ来て、いろいろの見学をして見て、それが科学であることはしかとわかった」と述べた[6]。また、経済学の分野に関しては「ロシアの経済学は二十世紀の後半において進歩的な特色のある学問として世界の経済学界で相当高い地位を要求するようになるだろう。……こういう歴史の変革のうちに経済学者としていよいよ光彩を加える名はレーニンとスターリンでありましょう」と、ソ連の計画経済を高く評価し、レーニン、スターリンの両名を経済学者として激賞した[7]。しかし、ソ連の社会主義経済はその後30年あまりで崩壊することとなる。
ハンガリー動乱について社会主義擁護の視点から、「ハンガリアは(米・英・日と比べて)政治的訓練が相当低い。そのためハンガリアの民衆の判断自体は自分の小さい立場というものにとらわれて、ハンガリアの政治的地位を理解していなかったと考えていい」、「ハンガリアはあまり着実に進歩している国でない。あるいはデモクラシーが発達している国ではない。元来は百姓国ですからね。」と、ソ連の圧政に対して蜂起したハンガリーの国民を批判的に論じた[8]。

南原氏は、昨日書いた通り、共産主義もナチスも全体主義を否定する立場でしたが、上記の通り総長2代目になるとキリスト者プラスはっきりした親ソ・マルクス経済学者になって行き、東大内でマルクス経済学者が表面に出てくるようになり、地歩を固めて行きます。

(憲法)学者とは?2

戦後70年間の経過で、学者の事実認識能力が実験で示されています。
今でこそ世論に押されて17日見たように学者の自衛隊違憲論が7割に下がっているようですが、戦後から数十年間は、ほぼ100%の学者が違憲という立場だった(私が受験勉強した頃に合憲論を聞いたことがありません)記憶です。
現実の70年間の結果判定では、国民意向を無視できない政党では共産党以外は皆合憲論ですし、国民の8割(本当のところはわかりません・もっと多いでしょう)が合憲と考えている結果によっても民意と学者の事実判断能力との乖離が明らかです。
そして憲法学者のほぼ100%は国民主権・法の下の平等・・学者も庶民も民意は平等に尊重されるべき・・民意優先を一方で主張しているのですから、憲法学者だけに特別の優越的発言権があるかの如く麗々しく学者集団生命など出すことの自己矛盾主張に気がついていないのです。
唯一自衛隊違憲を主張している共産党でさえも党綱領に書いているだけ程度の主張で政権を取れば、すぐにも自衛隊の存続を認めるかのような?苦しい議論をしています。
http://www.sankei.com/politics/news/171008/plt1710080010-n

2017.10.8 01:26更新【衆院選】
共産党の自衛隊違憲論めぐり党首討論白熱 安倍晋三首相「侵略受けたらどうなる」 志位和夫委員長「政権奪取後しばらく合憲」
日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は「違憲を合憲と見直すのか、自衛隊をそもそもなくすのか」とただした。
志位氏が党綱領に基づき「国民の多数の合意が成熟して初めて解消に向けた措置を取ることができる」と説明すると、安倍晋三首相(自民党総裁)は「志位氏が首相になり、『自衛隊は違憲』といった瞬間に自衛隊法は違憲立法となる。この間に侵略を受けたらどうなるのか。災害出動もできない」と畳みかけた。
さらに公明党の山口那津男代表が「立憲民主党も拒否するのに、どうやって政府を作るのか」とただすと、志位氏は党綱領に基づき「(共産党を含む)政権はすぐに自衛隊を解消する措置はとれない。(しばらく)合憲という立場を引き継ぐ」と説明した。
・・・激しいやりとりを聞いていた希望の党の小池百合子代表(東京都知事)も参戦した。「『しばらくの間は合憲』といったが、平成5年の自社さ政権では、社会党が一夜にして自衛隊をめぐる立場を変えた。志位氏も同じことになるのでは」と加勢した。

以上の議論を見ると共産党の違憲論も、野党の気楽さで無責任主張しているだけのように見えます。
憲法学者も責任を取らない気楽さでしょうか?
17日に公判前整理手続で紹介した通り、弁護士は顧客という責任相手があるのでむやみに気楽な主張ができないから平均8ヶ月もかけて慎重な事実検討の上での主張になるのです。
憲法学者は学問的には、こういう方向性が良いと思想を述べるのは勝手ですが、実務運用について専門家ではないので実務認定に関して優越的専門能力を担保されていません。
16日紹介した朝日新聞の調査では、憲法学者209人にアンケートして122人の回答者⇨約6割の回答ですが、真面目に考えれば「どういう時にどういう自衛権行使するかによるので、(具体的事実・行使した事実がない)現状では答えられない」あるいは、「自分は研究者であって、現実理解能力がない」というのが誠実な学者の立場でしょう。
我々弁護士も真面目に考えれば「整備される関連規則や前提条件を決めていない段階で違憲かどうか答えようがない」というのが、普通の意見になります。
専守防衛と言っても、兵器だけで見ても日本に飛んでくるロケット弾だけをパトリオット等で迎撃するのでは、迎撃ロケットの性能がよくなっても敵国が発するミサイルのせいぜい5〜6割落とせれば良いとすれば、残りの着弾で日本が火の海になってしまいますし、空軍基地やミサイル迎撃基地自体も即時に機能を失います。
第二波攻撃には迎撃すら出来なくなります。
これでは防衛自体が成り立たないので、ミサイル発射する敵艦を逆攻撃して撃沈するしかないし、迎撃基地自体の移動化(潜水艦発射)を図るしかないのが普通の考えです。
従来型の防衛概念では、戦闘機の発するミサイルや機関銃の弾を撃ち落とす努力は無理があるので、敵戦闘機や爆撃機の撃墜に向かうのが普通です。
刀で斬りかかる相手の矛先や拳銃の標的にならないように逃げているだけでは、いつかは切られ撃たれてしまうので、自分も相手に逆に斬りかかり応射するのが防衛の第一歩です。
この論理程度は専守防衛という観念論でも分かり良いのですが、ミサイルの長距離化が進んで日本近海まできた軍艦や爆撃機からではなく、北朝鮮や中国本土から直接弾道弾を日本へ飛ばせるようになってくると上記論理の応用では難しくなります。
領土侵犯がなくとも、敵本土から日本向けに発射されると瞬時に敵のミサイル基地を叩き返すしか有効な自衛ができなくなります。
専守防衛といっても日本に接近している空母や戦艦、戦闘機だけではなく、敵の本土攻撃までするようになると防衛と攻撃との区別がつかなくなってきます。
まして相手が核弾頭を発すると、第一次攻撃を受けるのを待ってからの反撃・敵発射基地攻撃では、間に合いません。
日本の反撃を防ぐために相手は第一次攻撃自体で一斉大量の核弾頭を発するでしょうから、その時点で瞬時に日本は壊滅してしまい反撃どころではありません。
相手国にとっては、日本の反撃が仮にあっても通常爆弾の五発や十発自分の基地に落ちても、その数分後には日本が壊滅するので、そのあとの反撃続行がないとわかっていれば気楽なものです。
これでは、核兵器保有国には防衛戦争自体が成り立ちません。
日本が有効な反撃が出来てこそ、敵国の安易な先制攻撃を抑止できるので、北朝鮮はこの反撃力保持に必死になっているのです。
このように専守防衛といっても敵の攻撃能力の変化にも関係するので、前もって一定枠を決めてしまうのは危険です。
日本が「敵基地攻撃能力のある兵器を持つのは、危険だ!自衛力ではない」という発想自体が、幼児的発想で止まっていると思う人が8割以上いるということではないでしょうか。
専守防衛といってさえいれば解決するものではありません。
そもそも数発〜10発程度の核弾頭を日本が持ったとしても、日本の十数倍もの多系統の発射基地手段を持っている中国に先制攻撃することは中国の巨大な反撃能力に晒されてしまうので、日本が中国侵略目的で先制使用することは、論理的にあり得ません。
中国(の意を受けたメデイアや文化人)が日本の核武装や自衛力充実に猛烈に反対している本音は、日本に対する核兵器の脅しが効かなくなることを恐れていることが明白です。
日本が仮に核保有しても侵略意図がないのでコスト関係でほんの気持ちだけの抑止力にとどまるでしょう。
同じことは北朝鮮にも言える・・北が核弾頭を一定数持った程度で、アメリカを先制攻撃することは想定できないので、反撃力のない日本は最も危険にされる関係です。

集団自衛権違憲論2(学者意見とは?)

昨日書いたように法律にはABCなどのいろんな解釈が成立するのが普通です。
いろんな説が成り立ち得るのに、特定立場でD説しか成立しない・・これを前提に「憲法学者がこう言っている」という宣伝をした上での抽象的世論調査は、言わば不当誘導的な調査になります。
そもそも真面目な学者が具体的条件不明の段階で根拠のあるA〜B〜C〜D説などの内、D説しかないと断定的学説を定立できるとは思えません。
関連法機整備の仕方によっては違憲になり得るから危険だ!だと言う場合には、違憲法案だと断定意見を言うのは行き過ぎです。
「車は事故が起きることがあるから禁止せよ」と言うのと同じ論法です。
法律文言で「他国侵略せよ」という書き方はあり得ないので、結局は「防衛目的といっても運用でどうにでもなるのが危険だ」という程度とすれば、昨日書いた通り公務員が違法行為をする前提意見ですから、代議制民主主義や司法制度によるチェック機能を無視した意見になります。
正当防衛の例で言えば、事件ごとに事情が違うのに前もって「こういう場合には正当防衛に当たらない」と確定的に言える人がいるのでしょうか?
我々弁護士でいえば受任当初に事件の概要を聞いて、「もしかしたら正当防衛の主張でイケそう」と言う場合でも、相手方や目撃者の主張や客観事実を総合しない段階では正当防衛を主張して良いかどうかすら判断できません。
公判前整理手続きを重ねて検察官の手持ち証拠開示を求めるなどして、弁護側主張を固めていくのに半年単位の時間がかかる事件はざらにあります。
以下は公判前整理手続に要している平均月数です。https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/statistics/data/white_paper/2016/2-6-3_tokei_2016.pdf

資料2-1-6-3
平均審理期間及び平均公判前整理手続期間-自白否認別・裁判員制度導入前後別p-

94弁護士白書 2016 年版

(2)自白・否認別の平均審理期間・平均公判前整理手続期間等
裁判員裁判の審理に要する期間は、犯罪の成立が争われる否認事件か、犯罪の成立に争いのない自白事件かによって大きく異なる。次の表は、2015 年(1月~ 12 月)の裁判員裁判対象事件の自白・否認別の平均審理期間・平均公判前整理手続期間(過去比較)及び審理期間・実審理期間についてまとめたものである。
必要的弁護事件数と国選弁護人選任率の推移(簡易裁判所)
資料2-1-2-5
裁判官裁判(2006年~2008 年)裁判員裁判
   中略
   平均審理期間
        2006~08平均     累計     2009年   2010年     2011年       2012年       2013年        2014年      2015年
                 8.3          10.9             5.6           9.8         10.9          11.7           10.9            10.6             11.2
  うち公判前整理手続期間の平均(月)
  否認事件
     3.7         8.4               3.1             6.8           8.3           9.1        8.5                   8.5              9.1
  うち公判前整理手続以外に要した期間の平均(月)
     4.6       2.5               2.5              3.0             2.6          2.6           2.4                    2.1              2.1
 このように公判前準備だけで平均8ヶ月もかかっている・・事実というものはやって見ないと分からないのが普通ですからちょっとした条件を挙げて「こういう場合どうですか」と聞かれても、もうちょっと前後の事情を聞かないとなります。
あらかじめ、こう言う場合という「一言で言える程度の事情・簡略な例示だけ」で正当防衛になるとかならないとか、「一概に」言えないのが、一般的です。
日本国憲法下においても自衛権・自衛のための闘争権限があるというのが8割以上の国民意見であるとした場合、その基礎にある法理論は、自衛権→個人の正当防衛の思想です。
「どんな不法なことをされても反撃できない・自分の命すら守ってはいけない国家ってあるの?」という素朴な国民意見に自衛隊は支えられています。
「集団自衛権」が違憲か?と言う疑問があるとしたら、解決すべき論点・国民の知りたいことは、その法律によって自衛の範囲・個人でいえば正当防衛の範囲を超えた軍事行動をする権限を与える事になるかどうかこそが本来国民が知りたい争点です。
「もしかしたら権限外の行為をするかも知れない」「こういう心配がある、ああいう心配がある」と言う可能性を聞きたいのではありません。
不当、違法行為を前提に違憲の可能性を言い出したら、警察官が好き勝手に拳銃を発砲したり逮捕したら困るからという理由で、警察制度自体が憲法違反になるかのような議論になります。
この種の危険性を宣伝しているのが自衛隊違憲論です。
従業員にお金の管理も任せられません。
不当逮捕が心配であっても、警察制度を廃止するのではなく公務員の法令遵守教育の他に令状主義や裁判手続きなどのチェックシステム整備をすれば良いことです。
企業も経理システムの整備などで不正経理を防ぐべきであって、他人に経理を任せない方が良いと言う意見は飛躍があります。
非武装論者と運動体がダブル傾向がありますが、公害反対その他何でも短絡的に飛行停止や操業禁止を求める傾向がありますが、車事故が多くても交通ルールや環境整備によって事故を減らして行けば良いように、公害問題も防除システム整備の問題であったことが結果的に証明されています。
なんでも新しい道具やシステムには、相応の不具合があること多いのですが、その不具合を「だましだまし」というか、実用していく中で副作用を減らして行くのが、人間の知恵です。
私自身法案をきっちり見る暇もないので、文字通り素人ですが、常識的に考えて一見明白に「自衛以上の戦争行為ができる」と法案に書くことはありえないでしょうから、その法案を(A~Dの中で最悪曲解すれば)「違憲行為ができそう」という程度では、 昨日書いたように公務員が現場で、意見にならないABCの選択しかできない・合憲解釈の範囲しか行動できないとすれば違憲法案とは言えません。
憲法学者が何が起きるか不明の状態で自分の好きな限定条件・一言で言えるような極端な事例設定して?あたかも正しいかのような意見を述べているとすれば、職分を超えた振る舞いです。
ただし、元々自衛権行使(殺されそうになって相手の手を払いのけてもいけない?)自体が憲法違反という立場の憲法学者にとっては集団自衛権が自衛の範囲であっても憲法違反になるのは当然ですから具体的条文チェックの必要すらないといえばその通りです。
>こういう学者の意見など国民の多くが相手にしていないのに、集団自衛権行使が憲法違反かどうかの質問をして報道する事自体国民を愚弄する茶番劇・報道の歪みを表しています。

政党と弁護士会・学者の違い4

弁護士会の政治行動の場合、日弁連が国に1つしかない・・消費者が選べません。
学問の自由の場合、(学会内部で能力のない人が牛耳れても)権力が介入出来ない代わりに企業内研究所との競争や国際競争があります。
内部で多数派の横暴があっても弁護士自治を理由に外部がチェック出来ない・・しかも市場競争もない・・これにあぐらをかいているとどうなるでしょうか?
ここ10〜20年に及ぶ弁護士大増加政策がテーマになっていますが、市場競争をもたらしつつある点はプラス評価すべきかもしません。
どんな業界でも苦境が来ると先ずは価格競争やサービス低下に走るのが一般的ですが、価格競争を脱して新機軸を出せた企業だけが新たな時代に生き残れるのです。
弁護士会も大量増員後多くの弁護士は目先の価格競争(本来国選や法律扶助→法テラス案件では事務所維持費が出ない・・収支マイナスなので「公益義務」として受任義務が弁護士倫理として掲げられている状態でしたが、この15年前後ではこれを争って受任する傾向・・これが主たる収入源とする若手〜中堅が激増して来ました。
元々事務所家賃その他経費ににならない程度の報酬しか出ないので受任義務を課していたのですから、これを主たる収入源にしているのでは若手の貧困化は推して知るべきでしょう。
この勢いでその他一般民事でも受任単価低下競争や同じ単価で従来基準の何倍もの手間ひま掛けるサービス競争などが進む一方になって来ました。
良質サービスが低廉化するのは、消費者にとっては良いことですが・・中国の出血輸出同様で、原価割れ競争は長く続きません。
この結果弁護士界の疲弊が進む一方で、(この種統計が出ていますので、周知のとおりです)司法試験受験魅力激減→優秀な受験生の敬遠・能力低下の悪循環・・商品で言えば品質低下が始まりました。
いわゆる「産みの苦しみ」に堪え兼ねて?大増員政策に対する大反発が起きていますが、これを転機に新業態工夫の大転換に動く契機に出来るかどうかは弁護士業界の能力次第と言えるかも知れません。
ただし、弁護士業務の場合にはマンツーマンでしかも懇切丁寧な説明が従来以上に求められているので、高齢者〜身障者など弱者向けサービス・・従来の何倍も説明などの時間が必要になる・・一般産業のような効率化努力の逆方向に進んでいます。
社会の進化と逆方向かと言うと今後AI化が進めば進むほど社会で余る労働力が癒し系?マンツーマンサービス濃厚化に進む筈ですから、間違った方向とはエ言えません。
健常者向け弁護士業務自体も事件そのものが例えば離婚原因も暴力のような単純系から、長い間の確執がテーマにするようになって来ると長時間事情を聞かないとどちらが悪いから分らない事件が普通になって来ました。
医師の3分診療批判が良く言われますが、大規模病院ではバックシステムの効率化がありますが弁護士業務の場合、元々事務系の業務に占める比率が低い結果、システム化よりは、(携帯電話やパソコン普及で電話番、タイピストや、郵便宛名書きや書類お届け要員もファックス利用で大幅に減りました)バックシステム不要化が逆に進んでいる状態です。
人数さえ増えれば、新規業態を発明発見出来るよう分野ではありません。
少数派無視の政治運動に戻しますと、どこかで書いたと思いますが、自治を楯に外部に口出しさせない制度に頼っていると逆説的ですが、自治を破壊する遠因になります・・大増員政策採用は唯我独尊に対する社会からの逆襲の一環だったかも知れません。
この大増員による弁護士業界の地盤低下政策は失敗だったように思われます。
弁護士会内部でも、大増員政策に最も激しく抵抗していたグループは、もともと反政府運動が生温いと言う(過激な?)勢力が中心になっていたことからも政府による大増員の本質が透けていました。
ところが、大増員による弁護士会追いつめ政策によって、弁護士し業界の仕事の質がその割に下がらず・・消費者側の信頼指数が下がらなかった上に・・大増員反対運動は思想的に見て弁護士会内の左右を問わない共通意識になって来てしまいました。
政府が弁護士業界を増員で追い込み過ぎたので多くの若手弁護士が左翼系牙城の消費者系などに吸収されて行ったことや貧困化が進んだ結果、左右勢力が内部争いをしていられなくなって、却って増員反対では左右一致団結になったように見えます。
今や従来単位界や日弁連執行部を握っていた主流派=言うまでもなく反政府運動中心母体ですが、対外交渉をして来た結果、(その分いろんな妥協をして来た)主流派と妥協を許さない過激(原理)系の争いが表面化して来て保守系が表面に出る幕がなくなっています。
世間から見れば殆ど政党と言えないほど惆落した旧社会党同様の主張に凝り固まっている最左翼に見える日弁連主流派が、弁護士会内では穏健・中道グループになってしまったことになります。
日教組や旧社会党のように純化が進めば進むほど社会意識から遊離して行きます。
ところで、弁護士全体が疲弊→弁護士になる夢がなくなると応募者レベルが下がります・・日本産業界の国際競争上問題が出て来る・・世界で互角に戦える人材養成には数十年以上かかりますが、結果が出てから人材優遇を始めても数十年以上の空白が生じてしまいます。
今は国際競争は武力や技術力だけではなく、海外進出計画段階から現地法務事情の研究アドバイスから必要で・・中間的には知財の争いその他法的争いが主戦場になり、将来的に国際司法解決による場面が増えて来ると国際裁判所等へ人材供給層を厚くしないと日本の国益を守れない時代がやって来ます。
こうした数十年先の弊害を考えたのか?(日弁連の努力もあるでしょうが・・)1昨年から政府は産業界の危機感を背景に弁護士会敵視政策を程々に修正せざるを得なくなったようです。
1昨年から合格者ワクを2000人を1500まで下げ、昨年だったか司法修習生に対する給費制復活も認めましたが、その程度の修正で様子を見ているのでは、収まらない状態になってきました。
以上の結果を見ると政府・・外部からの大増員圧力・・弁護士会の地盤沈下を力づくで押し進める政策は失敗だったことになります。
政治活動の是非は国民世論の動向による内部改革努力を待つ・・高裁判決のように自治能力に委ねて口出ししないようにするしかない・・弁護士会の自発的民主化しないことになって来ます。
北朝鮮も穴時で圧力をかければ余計依怙地になるだけと言うことが一杯あります。
政府が口出しし圧力をかけなくとも、少数意見が無視される不満が鬱積して来ると、普通の組織の場合不満な人の脱退する(フィットネスクラブでもサービスが悪い飛とどんドン入会者が減りやめて行く人が増えます)のですが、弁護士会の場合強制加入なので脱退すると弁護士資格を失ってしまいいます・政治的意見の違い程度で折角の取得した弁護士を辞めるしかないのでは、不満があっても脱退出来ません。
そこで意見の合う者同士でさしあたり派閥みたいな集団結成が行なわれることになるのでしょう。
今のところそう言う動きがまだ起きていない・・あまり知られていないと言うことは、少数意見の不満が大したことがないとも言えます。
私的な派閥を結成すると派閥維持経費が別にかかるので、派閥加入者は既存弁護士会費との二重負担になります・・。

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