本当に債務を圧縮するには、既存の固定資産を減らしてしまえば、(仮に市内に1000個あった交差点の信号を500個に減らすなど)その年度の固定資産評価残高は一時的に(企業の特損にあたります)減りますが、その代わり翌年以降の減価償却負担や電気代等維持管理費が減ります。
(交通事故が増えるかな?)
企業のリストラや不採算工場や店舗売却はこのやり方です。
こうして見て行くと社会資本が充実している先進国ほど、その管理コストが上がり赤字財政に陥り易いことが分ります。
儲かっているときに野放図に田舎の方まで高速道路網を広げていると財政が苦しくなるとその補修維持が出来なくなってあちこちで危険な道路や橋がいっぱいになってきます。
不要な資産を圧縮し、必要な公共団体保有資産を減らさずに、減価償却費の積み立てをした上で、黒字化を実現してこそ財政赤字を克服したと言えることです。
道路や公園をつぶして用地を民間に売却すれば、維持費が要らなくなる上に、収入が増えますし、福祉的施設・・県営住宅などの削減も経費縮小にはなりますが、その分住民サービスが低下します。
不要公共財産(利用率の低い◯◯会館など)を廃棄縮小して行けば、上記のとおり、次年度以降の維持管理費が減少するので、赤字削減の有力手段になりますが、何が不要かの価値判断が難しいので、一旦造れば原則として維持して行くことになりがちです。
この傾向に歯止めをかけようとするのが民主党政権の事業仕分けですが、やってみるといろいろな要求施策の経費を満たすには、到底足りない感じです。
足りない分は、増税しかない筈ですが、増税には飽くまで反対するのですから不思議な国民性です。
国民性というよりは、庶民が選挙権を持つことに無理があるのではないかと思っています。
下層民は自己の利益を守るのに精一杯で全体の利益などまるで気にしていない階層だからです。
我が国民のレベルは決して低くないのに衆愚政治の弊に陥ってしまいつつあるのは、衆愚に政治を委ねるシステムの行き着いたところから起きるべくして起きたのです。
代表なければ納税なしという以上は納税しない人が政治権力を持つのは矛盾です。
これからの日本は都心集中化政策により人口を都市中心部に集めて公共資産もコンパクトにして行く・・郊外に広がり過ぎた公共資産を売却して行き、管理コストを縮小して行く努力が必要です。
不要資産圧縮努力(国で言えば、事業仕分け)をいくらしても、現状の住民サービスを維持して行くには収支が赤字になるとしたら、住民が自分の拠出金以上のサービスを要求していることになるので、その分を我慢するしかない筈です。
(収入以上の支出をするのは無理があるのは子供でも分る道理でしょう)