経常収支の均衡3(投資収益の回収1)

貿易黒字を続けながら、為替相場の上昇を回避するには、経常収支黒字分そっくりを海外投資して放出するのが合理的ですし、日本の国力が衰退して来たときに海外投資分の収益送金が日本を救うことになります。
病気などで一定期間収入が減少したときに過去の蓄積の取り崩しで生活出来るのと似ています。
このためには貿易黒字分に見合った海外投資によって、円の上昇を抑えつつ徐々に技術力を上げて行くのが合理的です。
ところで、海外投資収益が還流を始めると貿易収支が均衡していてもなお経常収支黒字になって行くマイナスをJanuary 12, 2012「貿易赤字下の円高3」で書いたことがあります。
我が国の昨年12月今年の1月の収支で言えば、貿易赤字なのに海外からの収益が多いために経常収支はなお黒字です。
こういう状態ですと、貿易赤字=生産品等の国際競争力がなくなって来れば円が下がって競争力が回復出来る為替理論にもかかかわらず、投資収益の還流の結果なお円高が進むことになってしまいます。
長年貿易黒字を続けながら海外投資・外債を買うことによって、円高を防いで良い思いをしていた咎めが逆流して来るような感じです。
イザ赤字になっても海外投資しておけばその利息や収益で食えると思っていたのに、そうすると赤字・国際競争力がなくなっているのに更に円高が進むので国内企業はいよいよ参ってしまいます。
経常収支黒字になるまでの還流をした場合、その黒字分だけ海外再投資して行けば円は上がりませんが、それでも還流して国内で使った分だけ本来ならば下がるべき円相場が下がらない結果になります。
例えば3兆円の貿易赤字で還流資金ゼロで経常収支も3兆円の赤字ならば、理論上は3兆円分だけ円相場が下がることになりますが、5兆円の海外からの還流があると2兆円分だけ逆に円が上がる展開です。
この場合、環流した資金のうち2兆円を海外再投資すれば収支トントンで円相場は現状維持ですが、この場合本来3兆円分円相場が下がって国内産業の競争力復活すべきところを阻害してしまいます。
投資収益回収分をそのまま国内にとどめると円が上がって余計国内産業が苦しむ・・衰退して行きますし、一部でも使えば使った分だけ円相場の下落抑制になってしまうので、これを防ぐためには利子配当所得は1円も使わず還流分そっくり海外再投資して行く必要があります。
貿易収支を為替相場に反映させるには、海外投資収益の還流以上に海外投資しないと貿易赤字なのに円が上がってしまうのですが、このことは、自分の働き以上の収入があってもそれを再投資に使うしかない・・働き以上の収入を得るとロクな結果にならないという原理を表しています。
個人で言えば収入が下がっても、安易に貯蓄に手を付けないようにするのが健全なのと同じです。

貿易収支の均衡2(資源投資)

海外投資にも、商工業関連の投資だけではなく、資源採掘権などへの投資もあるのですが、この分野では我が国ではまだ始まったばかりです。
投資とはまさにこうした超長期の採掘に投資して、リスクを分担することですが、資源関連は((試掘であれ・・)採掘を始めるには巨額資金がかかりますが、「山師」というほどで掘ってみないと中るかどうか分らないすごいリスクのある投資です。
日本で世上言われている投資家とは殆ど株の上下に期待して投機している人を言うので、本当の投資家が育っていなかったのです。
機関投資家などと言っても、寝ている間のニューヨークの相場の動きを調べて今朝の売り買いを決めているような人を一般に言っています。
彼らは投機屋と言うべきでしょう。
日本で資源関連に積極的に投資して来たのは、機関投資家ではなく、三菱商事、三井物産など商事会社でした。
繊維系企業の変身成功の例として東レやクラレを正月に紹介しましたが、商事会社も従来のように口利き料(口銭)で生き残るのが難しくなったことによる大変身の1つの例です。
商事系企業は資源に限らずいろんなプロジェクトのまとめ役として世界中で活躍しています。
勿論変身成功せずに消えて行った商事会社も、有名な安宅産業倒産(石油精製業への進出失敗)だけでなく一杯あります。
今のところ資源関連投資は日本の黒字蓄積による円高解消に資する上に、無資源国の弱みを緩和出来るなど今のところ良いところだらけです。
ただ、資源採掘権はナショナリズムの影響を受け易いので、余り深入りするのは危険ですので、当面は合弁ないし一部の株式取得から入って行くのが安全でしょう。
過半数・支配権を持つようになるとイキナリ採掘禁止・あるいは上納金の引き上げ外国人株式保有の制限などで嫌がらせされてしまうとどうにもなりません。
資源だけというよりは商事会社のようにいろんな分野の開発プロジェクトの取りまとめをしているうちに、投資技術・腕が磨かれて行った結果とも言えますので、 世界に例のない我が国独自の業態である商事会社の発展は我が国の救世主になる可能性があります。
英米のようにあるいは古くはベネチア共和国のように金融で生きて行くのは危険です。
英米は産業革命後覇権を握ったものの、製造業の衰退後はベネチアの金融立国の真似をしているだけで、独自性がなくて行く詰まっていると言えます。
金融に頼ると弱くなる・・ベネチアが最後は駄目になったのは、相手が踏み倒せば、貸している方もおしまい・・借り手に運命を左右されてしまうからです。
この点は我が国も心しておくべきことです。
製造業→金融が駄目ならば観光と、日本の識者は直ぐに何でも西洋の真似をしたがりますが、こういう虚業では国が持たないことはベネチアの歴史が物語っているとおりです。
ベニスに観光客が多いことは確かですが、観光客からのおこぼれで食べているイタリア人はイタリア人の中で底辺層になっている筈です。
我が国でもどこでもそうですが観光地の入口で土産物を売ったり食堂で働く人、切符を売る人が観光客よりも裕福であることはありません。
観光にシフトすることは国民を外国人のサーバントにしてしまう政策です。

経常収支の均衡1(為替相場)

バブル崩壊後も我が国は毎年20兆円前後の経常収支黒字をリーマンショックまで続けて来たことを繰り返し紹介していますが、本来の経済原理・・円貨の需給による相場から言えば、この累積する巨額黒字と長年のデフレ経済での物価下落=購買力平価の基準から言えば、本来は円相場がジリジリと上がって行くトレンドであるべきでした。
(上記の例で言えば年に20兆円分ずつ上がるべきです)
貿易黒字・・経常収支黒字を続けながら円安誘導出来るならばそんな都合の良いことはないのですが、この矛盾行為をやって偶然成功して来たのが日本の突出した超低金利→円キャリー取引と日本企業の海外進出=海外投資による円の外貨交換需要創出による円安政策でした。
円キャリー取引については以前詳しく書きましたので再論しませんが、日本だけの超低金利政策によって円キャリー取引という変則的関係が発生して巨額の円借入による資金の海外流出・・円によるドル買いですから、これによって円安・・経常収支黒字継続にもかかわらず為替相場の現状維持を演出して来たのです。
理論的には経常収支黒字額と同額が流出すれば円相場は現状維持(上がるのを阻止するという意味での円安政策です)となります。
(その他の海外投資による流出・・トヨタなどの海外工場用地取得など・・もあるので黒字分そっくり円キャリーで流出する必要がありません)
リーマンショック後アメリカもゼロ金利政策になったので、遂に円キャリー取引による誤摩化しが効かなくなってしまい、実力通りの円相場に戻り始めた(約20年間分の巻き戻しですからイキナリ大変な円高になった)のがリーマンショック後の超円高です。
(正確には経常収支黒字分の内かなりの部分を海外進出用投資に振り向けることによって、ドルを買い、円高を緩和していた部分はまだ残っていますがそれだけでは円高基調にこうし切れないということでしょう。)
道理に反した無理な誤摩化しは、いつか破綻するのを覚悟するしかありません。
水の流れを無理に塞き止めるような無理をしていると、あるときダム決壊が生じて、却って国内で生き残れるべき企業まで怒濤に流されてしまうリスクがあります。
増水による水位上昇が10〜20センチの場合、そのまま流していれば子供や老人には危険でも大人はこれに耐えられます。
これを溜め込んで最後の最後にダム決壊で奔流となって来ると、大人どころか家まで流されてしまいます。
リーマンショック以降の急激な円高も、上記の例で説明することが可能でしょう。
もしも自然の流れに委ねて円を小刻みに上げていれば、例えば現在の国際競争力からすればまだ85〜90円程前後が均衡点だったかも知れません。
(76円まで進みましたが・・)
赤字国であり純債務国のアメリカが、日本並みのゼロ金利を続けていると巨額赤字で海外垂れ流しのドル還流に齟齬を来す虞れがあるので、(高金利だからこそアメリカの財務省証券などを外国が購入していた面が大きいので、赤字を減らさない限り何時まで低金利を続けられるか疑問がありますが、軍事力による脅しだけではいつまでも買わせられないでしょう)ここはともかく、円キャリー取引が当面再現しない前提で考えて行くしかないでしょう。
超低金利による円安誘導が駄目になれば、あとは海外進出・投資の拡大によって経常収支黒字分をそっくり吐き出すしかありません。
工場進出など企業による投資は、海外生産すればその分自国内製品をそこへ輸出出来なくなる・・販路を狭め国内生産縮小に繋がるので、単純に黒字分だけ全部を海外投資をする訳には行きません。
(日産がマーチをタイで全量生産始めたので、その分輸出が一部減るどころか逆輸入になっています)
天然資源採掘権益などに対する買収資金流出は、国内産業の販路と競合しないので問題がありませんから、いくら権益取得に資金を使っても円高を冷やしてくれるし、将来の輸入権の確保と相俟って日本では歓迎される関係です。
ちなみに権益取得とは、原油や天然ガス等の輸入代金の一部を20年分ほど前払いしているのと似たような経済関係になります。
アメリカ・カナダなどにとっては20年かかって輸出するのに比例して少しずつ入って来る外貨を前金である程度纏まって取れるメリットがあるでしょう。
シェールガスなどこれからという段階に過ぎず、アメリカの貿易黒字に貢献するのは大分先のことですが、今からアメリカドルが強含みになって来たのは、将来の見込み段階で前金を何千億円と取れるから今からドル需要が増えたことによるものです。
日本の方は経常収支黒字が溜まって円が上がると困るので、ドル資金を手当てして先払いしてでも円安に誘導したいし、赤字のアメリカは今の金が欲しいし、という利害の一致があります。

為替相場と貿易収支・金利

為替相場は、貿易収支・所得収支の結果によるだけではなく金利相場によっても(資本移動によって・・国際収支のの項目で言えば資本収支項目のプラスマイナスによって)変動することについては 03/17/09「為替相場の妙味」その他の 円キャリー取引のコラムで書いた通りです。
ここで貿易赤字と金利政策(資本収支)・および為替相場の関係を書いておきますと、貿易赤字・輸出の縮小が始まると輸出不振・輸入品が増加して国内生産が減少して、国内が不景気になるので、金利引き下げによって国内景気刺策を行うのが一般的です。
低金利政策を為替相場の側面からみると、円キャリー取引で説明したように、低金利国で借りて(資金調達して)高金利国で運用したら利ざやを簡単に稼げることから、低金利=資金流出→為替相場安に繋がります。
海外進出も同じ原理でゼロ金利の日本国内で海外投資資金を調達して、中国やタイ(が仮に高金利であっても)で工場建設すると安い金利で新規工場を立ち上げられます。
低金利政策は貿易赤字による両替需要による為替相場の下落力学と低金利による資金流出と連動して為替相場の下落を加速するので、貿易赤字の改善にも効果的です。
為替が安くなれば結果的に輸出産業界も息を吹き返し、ひいてはここに納入する国内産業が活発になって、景気回復に向かうシナリオとなります。
輸出が伸びて好景気になって物価が上昇し始めると、インフレの過熱を抑えるために金融引き締めによってこれを抑制するのが普通です。
(今年の中国の物価上昇や不動産バブルに対して、中国政府は金利引き上げをして引き締めました)
高金利にすれば高金利国に資本が流れ込むので高金利国の為替相場も上がり、この面でも貿易黒字傾向が冷やされ、貿易黒字を前提とした生産力が過剰になって景気が冷やされます。
以上が為替と金利関係・景気循環の一般理解ですが、我が国の場合は、貿易黒字がまだ続いていたのに低金利にした理由は何でしょうか?
バブル発生と崩壊がその原因と言えるでしょう。
これまでの膨大な貿易黒字継続に対する世界のブーイングによって無理が出たために、この解決のためにアメリカ国内への工場進出加速や(欧米への迂回輸出のために)生産設備のアジア諸国への海外展開が進みました。
国内生産増加率の低下ないし減少の穴埋め分として、欧米からの要求もあって焦って内需拡大に向かったのでバブルを引き起こしたものです。
海外展開は国内生産をそのまま維持して増産分だけ海外展開するのが最初の頃の殆どの企業のポリシ−でしたが、それでは前年度比国内生産はゼロ%成長ですから、それまで年率7〜8%増の売上を前提としていた日本経済にとっては、大変なことでした。

国債破綻5

赤字国債の問題は、我が国では国内保有が殆どですから、一緒に生活している親が生活に困って同居している息子や娘に生活費の分担を求めたときに、息子や娘が一々借用証を親からとっているような関係です。
黙って(借用証などとらずに)分相応のお金を出すべきではないでしょうか?
民主党代表選(前哨戦)でも増税路線は不人気のようでしたが、これを見てこれでは破綻に確実に近づいてると見た格付け機関が8月24日頃に日本国債の格付けを「Aa3」に下げたのは当然です。
ただし増税を必要とする野田氏が代表戦で当選した(8月30日国会指名)ことは、ほんの少しでも期待が出来る結果になりました。
「今回は特別だから」と言っては、借金で賄う傾向が続けば、将来的には日本国債・借金は膨らみ過ぎて払えない事態が来ることは明らかですが、国民金融資産の合計と国債残高の数字が逆転するときまではさしあたり危機でも何でもないでしょう。
親子関係のない国債を差し引けば、=海外が保有している純粋な海外借金は約5%しかないことになります。
これがGDP比何%かこそを議論すべきです。
家計で言えば、お父さんが息子達に800万円借金しているが息子達の金融資産が(親に対する貸金を含めて)1400万円もある関係ですからお父さんの年収の何倍かを基準にしても始まりません。
お父さんが高齢化して年収がじりじり下がって息子からの借金残高が増えて行っても、息子の収入・貯蓄の範囲で息子から借りている限りその残高がお父さんの年収の10倍でも20倍でも関係がないことです。
息子の金融資産が目減りして行って1000万円に下がり、息子の親に対する貸付金が1000万円に近づくとネットの資産がほぼゼロになります。
これが逆転したときが危機感の第一段階ですが、この段階では貯蓄がなくなったというだけですから、まだ飽くまで「感」に留まります。
息子あるいは親世代合わせた一家の総収入が一家総支出よりも多い・・家計トータルでの収支が黒字である限り対外的には危機でも何でもありません。
とは言え、総収入の方が支出よりも多くて何故総貯蓄が減るのか?と考えれば、貯蓄減少が続き、収支ゼロになったときにはフローの家計収支も大分前からマイナス)になっているでしょう。
しかし、国際経済で見れば経常収支の黒字は家計部門の収支だけではなく企業活動による法人名義収支も含まれますので、個人金融資産が国債残高と均衡しても直ちにどうなる訳ではありません。
個人ではトントンでも企業や組織が海外に膨大な蓄積をしていることが多いのですが、(世界企業の海外投資残高)これをどう考えるべきでしょうか?
企業・法人資産は、煎じ詰めれば個人金融資産に収斂して行くべきであって、それ以上のことはありません。
トヨタやソニーその他大手企業がいくら海外に巨額資産を保有していても、その実質的権利者はその株主に帰属しますので、日本人がそれら会社の株式をどれだけ持っているかに帰することになります。
会社が海外に1000兆円の資産があってもその株主の殆どを外国人投資家が持っていて日本人はその1%しか持っていなければ、日本の海外資産はその1%しかない事になり、且つまさにこれは個人金融資産として既にカウントされていますから、結局は国の財産は、国の機関が海外に直接保有している資産(これも国民の預金・投資等をベースにしているとすれば、その分はゼロです)と個人金融資産の合計と同額でしかありません。
また法人の本社が日本にあっても法人は何時でも本社を海外に移転出来るので、何らの基準にもなりません。
金融資産残高で議論するならば、外貨準備と国債の海外(国内保有者外の国債残高)保有額の比較・・ひいては対外純資産がプラスかマイナスかの議論であるべきでしょう。
国際収支の黒字が続いている限り個人金融資産のプラス分がなくなっても大丈夫とも言えますが、国際収支の黒字も今後5〜6年持つかどうからしいとも言われています。
家計の収支と貯蓄の関係で書いたように、同期間のフロー収入よりも支出が多いから国全体の金融資産が減少して行くのですから、国内金融資産減少局面=国際収支の赤字が先に続くときですから、実際には、国内金融資産を国債が上回るようになると重大事態です。
国際収支の赤字化を防ぐには、収入以上の生活をしない・・家計同様に借金してまで消費しないことが肝要です。

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