異民族と価値観分裂2→横断的価値共通

新興国ではそれまで裸足で歩いていたような庶民が徐々に大手企業の工員・・準中間層に育って来ると、何千人の工場に僅かしかいない大卒幹部に憧れて子供に学歴をつけさせる動きが始まります。
こうして韓国でも中国でも膨大な大卒が生まれているのですが、幹部の必要性が急膨張する訳がないので中韓共に大卒の就職難・・中国で有名な蟻族が生まれるようになります。
取り残された内陸部と成長した沿海部の格差よりは、大卒の不満の方が社会不安のマグマとして大きいように見えます。
生産技術の単純化により未熟練労働者でも物を作れる→先進国では工場の海外移転で中間層や管理職がその分不要になって行く・・他方で大卒の中で研究員や金融等にレベルアップ出来るのはホンの一握りですから、先進国、中進国、新興国を問わず、世界中で大卒過剰時代の到来・これがチュニジアその他世界中で不満層の拡大・・混乱の芽になっています。
格差社会とは言い得て妙ですが、グロ−バリズムによって先進国では潤う人材はホンの一握りであって、20世紀の中間層の多くはグロ−バリズムによる恩恵がないどころか、逆に無用化してふるい落とされる対象にされてきました。
従来中国の急激な発展が生み出す格差危機到来をマスコミが指摘していましたが、新興国ではせっかく苦労して子供を大学にやったのに上流階層へアップする夢が実現できないだけに比べて、先進国では既存の地位からの脱落ですからより打撃が大きかったことになります。
アップルの大成功を見れば分りますが、アメリカ人自体の関与は全世界従業員の内でホンの僅かです。
20世紀に隆盛を誇ったGEの家電等製造を中心としていたときの国内製造業従業員数と比較すれば明らかです。
変化に比例して流れ作業向け人員や中間管理職も大幅に減ってます。
日本の場合欧米や中韓と違い、エリートはゴルフなどをして遊んでいる階級ではなく率先して働く社会ですから、海外工場や店舗進出すると、現地指導要員等の需要や国際的マネジメント需要などがあって、むしろ管理職候補が足りないくらいで国際化進展によるダメージは殆どありません。
(追記ですが、偶然今日の日経夕刊トップに管理職の中途採用枠を大量に増やしている→不足状況が出ています)
今朝か昨日の日経新聞では、クルマの黒字増加は、輸出台数が減っても高級車輸出にシフトしているからだと言う解説が出ていました。
同じクルマでも高級車にシフトすると熟練工の需要比率が上がります。
農産品も高級化して輸出品になって来ると熟練の技が必要です。
大卒というだけで高給を得ていたエリートの地位低下の激しいのはエリートと人民の階級差を前提とする欧米社会のことで、このの受け売りで「格差社会反対」と言っても、日本ではみんな幸せに働いているのでピンと来ないのです。
PC(政治禁句)が何故広がったか?国際資本がグローバル化を進めるには異民族混合雇用が必須・これの批判を封じる必要、ヘイトスピーチ等として厳しく批判し、マスコミ等が「ヘイト」として洪水のような批判をしては、政治生命を抹殺する必要があったからです。
イギリスのEU離脱に対しては金融機関職員が自由に欧州へ出張出来ないのではないかと言う心配が頻りに報道されています。
ロンドンから金融機関が逃げるのではないかと言うのが一般的推測ですが、金融業者にとっては出入国の自由度に死活的重要性があることを表しているのでしょう。
アメリカは移民社会であり、しかも次々と入って来ることから、民族一体感に基づく共通価値が弱いことを書いて来ました。
最近PC(ヘイトスピーチなどの政治禁句)が何故批判されるようになったか・・・・アメリカでは、多民族社会のために民族的一体感に基づく正義感を縦割り的に見れば分裂しているとは言え、横断的に見ればある程度の最大公約数があるはずです。
その最大公約数としては、最近グロ−バリストによるPC(政治禁句)が行き過ぎていたことによる反発蓄積があるでしょう。
グローバル化による被害を受けているアメリカ国民大多数の不満は、民族縦割りではなく多民族横断的に起きていることに注目する必要があります。
ドンド入って来る新参者に職を奪われるのは白人だけではなく、ヒスパニックも黒人も既存住民に取っては共通の不満です。
雇用が失われる不安・・これが民族の壁を乗り越える民族横断的最大公約数になっているとみれば、トランプ旋風の原動力は少なくとも現にアメリカにいる人(・・この範囲は国籍のあるもの、グリ−ンカードのある者など細かく分かれますが)の雇用を守り幸福を考える政治をして欲しいと言うものだったのではないでしょうか?
この程度の主張・価値観の主張、括りならば、民族別の縦割りの壁乗り越えが可能です・・この最大公約数(マスコミの良いう人種差別キャンペインとは対局です)をトランプ氏が掌握したようにみえます。
トランプ氏の主張では、新たな正義が見え難い・・まだ見えないと書いて来ましたが、グローバリズム反対、雇用を守る点と言う公約数では、はっきりしているしその手始めに入国制限を始めたとすれば、一貫しています。
グロ−バリズは既にがっちりと国際秩序を形成してしまっているので、どうやってぶちこわして行くか・・成功するか失敗するかはすぐには分らない・・むしろ直線的成功はないと思って時間をかけて見守るしかないでしょう。
憲法論に戻りますと、今回の入国禁止措置が違憲か否かで司法の場で揉めていますが、戦時中に米国籍を持っていたのに日系と言うだけで強制収用したのは、文字どおり米国人の人権を侵害し違憲だったことになります。
憲法では国民の国籍離脱の自由があるだけであって、外国人をどう言う基準で受入れるかについては主権国家の裁量です。
憲法
第二十二条  何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
○2  何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
上記は、日本の憲法であって日本国籍を有する者の人権保障を書いたものであって、外国人が自由に出入りするのを日本政府が保障したものでないことは誰が考えても明らかでしょう。
そうとすれば、今回のアメリカの訴訟騒ぎは外国人の入国をどう言う基準で「認めるか拒否する」かですから、日本で言えば出入国管理法の違反運用を理由に裁決取り消しにはなっても、憲法違反がテーマになりません。
アメリカの憲法で外国人の入国自由権が保障されているなら別ですが、一般的には法にしたがって出入出来ると言う規定がある程度でしょう。
ところが、アメリカでは、これまで書いて来たように後で出来た大統領令が既存法に優越するとすれば、大統領令が既存法に反していると言う主張が出来ない・・法律違反の主張が出来ないことになるので、憲法違反しか法的には争えないことになります。
だから憲法違反で争っているのでしょうが、いくらアメリカでも外国人に入国の権利を憲法上無制限に認めているとは、到底想定出来ません。
これまでの差し止め決定は、立法の裁量範囲としても、特定国人だけ禁止するのは裁量範囲を越えていると言う論理なのでしょうか?
これに対しトラン政権では7カ国はオバマ政権のときから指定されていたと言う反論になっているのでしょう。
新規入国禁止だけではなくアメリカのグリーンカード保持者さえも再入国禁止されているようですから、海外出張していた人が再入国出来ない・・アメリカにいる家族と一生会えないと人権問題になる・・報道だけでは見えませんので見守るしかありません。
民主党系は憲法違反に持ち込みたいし、共和党系では「外国人には憲法上の権利がない」ここまでは立法?裁量の範囲内となるのでしょうか?
報道では多くの州政府が意見書を出しているらしいですが、入国禁止措置が州経済活動にどれだけのマイナス影響を及ぼしているかの意見は、本来政治論であって憲法論とは関係のないことですが、政党色の強い裁判官には影響力があるのでしょうか。
憲法論はアメリカ人に任せるとして、トランプ氏の既存秩序への挑戦・・特に二国間協定の押しつけは日本に大きな影響があるので日本では大きな心配のタネです。
グローバル化からの脱却が始まると日本にも大きな影響がありますので、トランプ氏が国内経済や国際経済をどのように構想しているかが見えない不安ですが、それは追々発表して行く流れで見て行くしかありません。
一般の国内政治でも国際波及効果を無視出来ませんが、ましてグローバル化反対政策となれば国内外一体的解決が必須ですが、規模が大きい分に比例して反作用も大きくなり、困難・行きつ戻りつの紆余曲折が予想されます。
フランス革命、イギリス2度の革命・アメリカのボストン茶事件、明治維新でも、全て前もって筋書きが決まっていたことはありません。
フランス革命の例を見ても、いろんな体制変更があって落ち着くまで長期間を要していますから、5年や十年で落ちつかないからと言って必ずしも時代錯誤の運動とは言えません。
既存秩序を前提にすると部分的改善案の場合、提案者は起承転結全て論理的説明する必要がありますが、世界的な秩序転換が始まる場合には始めから何もかも整合的な説明を期待するのは無理があります。
5〜10年は先の見えない無秩序・混沌時代が続く覚悟・・日本がうまく生き抜いて行くには手探りの応用力が求められます。
混沌時代が来ると、過去の学習に得意な秀才ではどうして良いか不明で出番がなくなるので、エリートほど必死の反対をするしかないでしょうが、既存秩序をぶちこわそうとしている相手に既存秩序に矛盾すると批判していてもかみ合っていません。
この際大規模に既存秩序変革を選択するかどうかは裁判所ではなく選挙、民意で決めるべきです。
今回の選挙の洗礼を受けていない各州知事の意見の多数で決めるのでは、大統領戦の結果を無視することになりそうですが、アメリカ国民が決めることです。

大統領令5(民主主義制度と民度)

トランプ大統領の課税アップ宣言・その実行するための大統領令の国内法的側面に戻ります。
幾多の革命が課税を巡って起きたことで知られるとおり欧米では,課税権は議会の絶対に譲れない専権事項・・正義とおしえられて来ました。
我が国でも租税法律主義と言って行政府には課税権がありません。
フランス革命以降、法がない限り人権制約出来ない仕組みを持つことが近代国家と言えるための基本とおしえられて来ました・・これも先進国の共通価値観です。
憲法
十八条  何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第三十条  国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
関税引き上げによる究極の影響を受けるのは外国の輸出業者,・・例えばメキシコや中国ですので、国民相手ではなく対外行為だから国民の人権に関係ないからトランプ氏がイキナリ無茶出来るのだと思っている方が多いと思われますが,実は関税を納税するのはアメリカ国内輸入(業)者です。
以下のとおり,日本法で言えば関税納付義務者は輸入者・国民ないし内国企業ですし、この原理はどこのクニでも同じでしょう。
※消費税で考えれば分りますが、消費者が納めるべきと言ってもパンや牛乳を買った個々の消費者から具体的に徴収する方法がないので、業者が代わって納付義務を負うのが法の原則です。
輸出した外国人相手に「払え」と言っても(トヨタなどアメリカに進出している大手は別として外国に住んでいる個人的輸出業者相手に)取りようがありません。
輸入者に負担があると、喩えば国内企業からの仕入れ商品より1割安いから輸入している場合,関税で2割取られると仕入れが割高になるので結果的に輸入が減る結果、実質的輸出が減る・・対外標的の政治問題になっているのですが,法的には国民に対する課税強化です。
国民に対する課税強化が国会無視・・大統領令だけで決められるとすれば・課税法律主義の原理に正面から反します。
関税法(昭和二十九年四月二日法律第六十一号)
(納税義務者)
第六条  関税は、この法律又は関税定率法 その他関税に関する法律に別段の規定がある場合を除く外、貨物を輸入する者が、これを納める義務がある。」
実際の被害を受けるのは外国ですから、国民の反対がないと見込んでいる・・国内多数であれば何をして良いかの議論の一場面です。
july 16, 2013「民意に基づく政治4(大統領制と議院内閣制3)」前後で大統領制は選任手続を世襲から選挙にしただけでその後は一任支配を前提にした社会・・個々の政治テーマで民意を聞くとまとまらない社会に妥当する制度だと言うことを連載したことがあります。
日本では、法や憲法がないときから・・古代から何事もムラ社会では寄り合いで納得の上で決めて行く社会ですが,PC(きれいごととして)だけで民意重視必要と習っただけの社会・・実際の納得を前提にしていない社会では、合意形成が形式に流れ勝ちです。
投票箱民主義と揶揄される所以です。
民族共同体意識の確立されていない社会で・・PC(きれいごと)流行批判を2月4日に紹介しましたが、形式的人権擁護論だけでは解決で来ません。
合意で政治をする・本当の意味の民主主義社会になり切れていない・投票箱民主主義社会の底の浅さが大統領令の乱用・・亡霊が出て来ることによって露呈します。
現在社会でしかも世界の指導国を任じていたアメリカで,こう言う専制的命令が(トランプ氏個人資質の問題ではなく,クリントン政権もそうでしたし)過去の積み上げた法令無視で自由自在・・専制君主並みに大統領令が出て来て・・しかもPC・偽善的表現を棄てて猛威を振るい始めた・・アメリカ社会の本音が出て来たことに驚いているのが世界の現状です。
本音と言うより、これが本当のレベルだったのです。
どんな立派な制度があってもそれを運用する能力・・構成員の多くが心の底からみんなの意見や気持を尊重するかどうかは民度次第と言うことでしょう。
「仏作って魂入れず」の状況です。
ナチスも、民主主義・ワイマール憲法下で委任立法制度の悪用で猛威を振るったものでしたし、ソ連のスターリンの独裁・恐怖政治も下部組織から順に持ち上がる形式主義を悪用したものでした。
大学自治会やその他組織で意見集約行為が形式に堕して一握りの活動家が私物化してしまったのは、構成員の未熟性に帰すると思われます。
大学生程度では、まだ自主運営するには十分成熟していないから「形式論・・多数決さえ取れば良い」だろうと反対論を無視することの繰り返しで誰も参加しなくなる・・反対者が減る一方でドンドン尖鋭化します。
学生自治会の場合参加しなければ良いのですが、逃げることが出来ない国民・・・これを国家規模で貫徹し収容所列島にしてしまったのがソ連の民主主義でした。
人民みんなが声を上げてデモ出来るわけではない・・政治に携わる人は、文字どおり声なき声を十分斟酌・忖度しながら政治をする度量が必要です。
アメリカで、歴代大統領が自制して来た大統領令の濫発をトランプ氏が始めた・・しかも過去に蓄積して来た人類の智恵・・各種国際合意全部について「ちゃぶ台返し」のように全面否定する選挙スローガンを掲げ、政権につくとそのまま実行し始めた・・しかも法的にこれにブレーキをかけるのは司法権しかないのでは驚きです。
司法権による救済は国内人権侵害対応しかしない・・国際合意・・国際的正義の破棄には何ら権限もないので、被害国としては押し止める力があるかどうかだけで、相手に抵抗する力がない場合、暴走しっぱなしになります。
これではまさに中国やロシアのやりたい放題の仲間入りです。
トランプ氏は、今後世界の指導国の地位・国際的に歴史上形成されて来た正義・・格好付けを放棄して横暴・・やりたい放題やると言う主義主張のようにみえますが・・。
これはアメリカ人(ピープル)レベル低く、いわゆるPC(政治禁句・きれいごと)政治について行けない・・疲れたことによります。
成金が上流社会に参加してみて複雑な礼儀作法に疲れ切った状態に似ています。
自由主義の本家グローバリズム・・金融等業務では成功している・・尤も恩恵を受けているアメリカとイギリスがそろって移民反対に転じた理由は、グローバル化成功しているからこそ早過ぎる進行速度について行けない一般国民の不満が大きくなったと見るべきです。
急激な高度成長する新興国で、ついて行けない階層とのギャップが大きくなるのが普通ですが、新興国では底辺層の工員等現場系の仕事から増える関係で恩恵を受ける層が厚く大きな社会問題になりません。
格差といっても農村に残っていて都市労働者になり損ねる不満とこれまで得ていた地位喪失の不満とは質が違います。
高度成長期に農村に取り残されて成長の恩恵にあずかれない不満に比べれば、既存の地位喪失・・失業や降格倒産の方がダメージの方が圧倒的に大きくなります。

大統領令4と法(異民族と価値観分裂1)

アメリカ国籍を持っているのに、日系人と言うだけで強制収容したり、クリントン政権の対日100%もの極端な差別課税を課すための行政命令?・・今回のアラブ7ヵ国人だけ標的の入国禁止令・・メキシコ国境に壁を作るなどの共通性をみると人種差別や対外行為・要は国内少数派相手ならば、法に基づかずに何でも出来るような大統領令制度が有効なクニって?近代法治国家と言えるかの疑問でこのシリーズを書いています。
フィリッピン大統領の犯人射殺命令に対しても、(これがフィリッピン社会に適合しているかどうかの判断は別として反対者さえ少なければ良いのかの基準ここでは書いています)犯罪集団が反対デモ出来ませんし、その支持者も少ないでしょう。 
反対さえ少なければ正義に反するかどうか無視して何をしても良いので社会が成り立つかの疑問です。
正義の基準と言うと何が正義か不明・・「アラブ人を収容所に入れることがテロを防ぐために正義」だと言う多数決が仮にあるとした場合、誰が正義を決めるのだと言う意見が出て来そうです。
喩えば、誰も疑わない正義→1+1=2が正しいときに、多数決で1+1=4にしたり、3+3を2にしたり出来るクニ・社会が成り立つのでしょうか?
1ヶ月すると大統領の考えが変わって大統領令で1+1=6にしたり、3+3を5に変えたりする社会って持続可能でしょうか?
数学的合理的基準・・合理性無視の政治は出来ないとしても、「天賦不可譲の人権」思想を数学的正しさの必要性と同一視出来ないことも確かです。
何が人権でどう言う場合にどこまでの制約が許されるかの基準・正義は、民族ごとの歴史的経験・・積み重ねによるしかないと思われます。
この種の正義は共同体の長い期間を経た共通意識によるとすれば、共同体の理想型は価値観共有社会と言うべきです。
同じく国際正義も長年かけて合意形成されて来たものを当面の「正義」として尊重するしか秩序が保てません。
日本の場合で言えば、漸進的変化・・既存価値を認めた上で、(古いお祭りや、様式美がそのまま残って行く)新たな価値を積み上げて行くので社会が何千年も安定的に推移して来ました。
これが大災害時にも略奪に走らずじっと救援を待つ・・相互信頼社会が構築されている基礎構造です。
長年かけて形成された民族合意・国内秩序や国際合意・国際秩序が気にいらないからとイキナリ、否定・ちゃぶ台返しの主張は、国内的には民族共同体意識の否定・・国際的には既存国際秩序の否定を企図することになります。
既存秩序破壊を訴えるのは、漸進主義主張より激しい分(家の修理をしますと言うより、ビルを建て替えると言う方が夢があります)人目を引きつけますが、トランプ氏の主張は現秩序を破壊したあと何をするのかがもう1つはっきりしないことが問題です。
反政府運動や国際秩序挑戦者としてならば、(赤ちゃんは泣くだけで良い・・自分で解決策を示す必要がありません)不満をぶっつけるばかりでも意味がありますが、権力者である大統領になっても既存秩序破壊を主張し続けるだけでその先の展望を示さないのでは、自己のよって立つ共同体統合をぶちこわす自己矛盾行為となるリスクがあります。
トランプ氏の場合アメリカンファーストと言うだけで(政治家たるもの国益第1は当然で全く新味がない)国内外に対して移民排斥論以外に新しい方向性・・正義を示せていません。
移民排斥論も・・「家に閉じこもりましょう」と言う次元で、その後の国家運営の提案がありません。
移民排斥や二国間主義=管理貿易逆戻り政策は、その先にどのような国際秩序を構想しているのかがまるで見えていません。
何と書く「強い者が何をしても勝手」と言うルール不要の野獣の世界に戻るような印象を受けます。
もっとも政治はすぐに分らなくていいのですが・・新たな価値観の提示が出来ないままで既存秩序をぶっ壊すだけで終わると(鎖国も1つの政策ですが・・これが国益になることをきちんと説明出来ないと)、単なるストレス解消・・民衆騒動・・(赤ちゃんが泣きわめくだけのような)暴動を政治家が煽動しているだけになります。
高校生が不満だからと、校舎のガラスを割って歩いたり、授業が荒れて授業にならない→教育政策の見直し、赤ちゃんが泣く場合、ミルクやおむつの取り替えあるいは、どこか具合が悪いのかなど気が付く効果・・対策の必要性を訴える効果がありますが、為政者・権力者は自ら政策を立案する立場であり世間に訴える立場ではありません。
過去に積み重ねて来た正義感・生き方が間違っていると主張する場合、間違っている・・納得出来ないと騒ぐだけなら民衆暴動や子供が泣き叫ぶのと区別がつかない・・どうするかを提案すべきがリーダーの責任です。
移民を多く入れると経験して来た歴史の違う集団同士になるのですから、価値の分裂が起きるのを防げない・・来たばかりでものの考え方習慣の違う人と同胞意識がある訳がありません。
トランプ氏は、移民を制限することによって、共同体意識を時間をかけて築いて行く長期展望を考えているのかも知れません。
隣近所の人とは挨拶程度で良いのですが、他人と同居するとなれば、余程気が合わない限りイヤだと思うのが普通です。
これを無視して「寛容の精神で受入れましょう」と移民導入を煽って来たのが、いわゆるPCの流布強制であり欧米社会でした。
外国人が観光や商用で短期間だけ来る程度では許容範囲ですが、毎日一緒に暮らすとなれば、許容範囲を超えていると思う人が普通ではないでしょうか?
異民族と一緒でも良いと覚悟を定めて移民して来た外国人自身が、一定数以上になって来ると◯◯人町など集団で居住するようになるのが普通であることを見れば、移民自体が気の合う仲間・・気持ちの通じる仲間を求めていることが分ります。
これが普通の人情であり、「異民族と仲良く暮らしましょう」と言うのは、やせ我慢・・無理があります。
よその人は他所の人のままで、一定の距離を置いてあっさりとつきあうのが大人の智恵です。
敢えてべたべたと同居する必要はありません。
民族的言えば、外国人が入って来ても一定期間限定の訪問者程度に限定しようとするのは1つの許された主張だと思います。
労働力獲得目的に異民族を多く入れることによる共同体意識拡散〜対立のマイナス(これは低賃金労働者導入だけの問題ではなく知的労働者の方が出身民族の価値観を身につけていることが多いために逆にリスクが高くなります)に気が付かないで来たのが欧米です。
あるいは気が付いていても金儲けの方を優先して敢えて無視して(特に民族差別を厳しく批判する)PCを事実上流布させて言論統制して来たトガメが出て来たとも言えます。
移民導入論者によって多様な人材が入れば多様な発想が可能になるメリットがしょっちゅう・・ダイバーシテイーなどと宣伝されますが、古くは遣唐使、南宋の朱子学や水墨画、禅宗、火縄銃、幕末欧米文化流入、明治維新でのお雇い外国人等々の歴史を見ても、鉄砲職人集団や学者集団や僧侶集団、画家音楽家などが大量に移民してくる必要がなかったことが明らかです。
日本の精神界に大きな影響を与えた仏教伝来でさえ、古くは来日したのは鑑真和上程度ですし、大量に人材導入した明治維新時の御雇外国人でも、各分野ごとにせいぜい1〜2名で、しかもあっという間に御引き取り願ったことが知られています。
全人口比で言えば10万人に1人2人程度の流入により違った角度からの意見を求め刺激を受けるのはわさびのように重要ですが、各分野で何万人・・合計人口の5%〜1割も入って来る必要がありません。
一定量以上になると自衛のために出身別に集団を作り固まる傾向(今は地域的に固まって住まなくとも通信手段の発達で別の形)があるので、却っていつまでも地元民と融合出来なくなるリスクが高まります。
アメリカも旧ユーゴスラビアのようなモザイク国家になりかけているのではないでしょうか?
これを抑制するために移民流入を抑制すること自体は政策判断の範囲内であって合理的であり、かつ主権行為ですし、これが何故憲法違反になるのかは(大統領令自体見ていないこととアメリカの憲法条文を知らないので)不明です。

移民排斥とピープル概念の分裂?1

トランプ氏のスローガンでは,「移民追い出し」と言うだけで,アメリカ国内工場をどうやって維持するかの展望がありません。
移民を入れない以上はその分国内賃金が高止まりしますので,企業は(国内人材能力引き上げる努力しないで低賃金移民に入れ替えれば良いという意識でやって来た経緯から欧米の場合既存住民のレベルアップは困難ですので)企業は海外展開加速・・国内失業も加速するしかないでしょう。
これまでアメリカでは,企業は儲ければ良いという発想で,工場を海外に出そうが国内に移民を入れようが結果は同じと考えて来ました。
そこで新興国の低賃金攻勢に対する対応策として工場の海外移転と移民受け入れの平行対応して来たのがアメリカ企業であり,アメリカほど露骨ではないにしてもドイツ、イギリスなどの欧米企業でした。
この2方向の内移民受け入れが無理ならば・・海外へとなるのが普通の展開です。
これを防ぐために海外からに輸入への課徴金恫喝・・メキシコに工場を造る予定のフォードを名指しした演説でしょう。
ガバメント・・これを構成する企業家は現にいる人民だけのためではなく今後はいって来る移民を含めたピープルのための統治を期待されて来ただけですから、いくら移民が入ってもその移民を含めたピープルのためになれば良いと考えて来たフシがあります。
移民寛大政策がアメリカの長年の国是でした
この延長で海外展開してどこで儲けようと企業のためになれば良いし,企業のためを考えれば儲けた金をどこの国にプールしておくかも・・企業家にとっての有利不利が判断基準であり,自国民のためになるかどうかなどの基準不要・・自由自在であると考えて来ました。
これに不満を言い出したのがゴローバリズム反対論です。
西欧でもアメリカでも漸く新参古参を問わない・・ガバナーが管理の都合で商品構成や組立てライン設備を入れ替え出来る商品としてのピープルではなく、「既存民衆・先住民・現役従業員のための政治・企業経営をしてくれ」と言う気持ちが起きて来たように見えます。
これがイギリスのEU離脱の国民意思表示ですし、仏独での移民反対運動の高まりであり、「アメリカ第一・・移民追い出し」宣言でしょう。
エンクロージャームーブメントの例で書いて来たように,欧米のpeople・ピープルが人間も元々商品の一種として入れ替え可能概念であったと言うのが私の素人的意見です。
移民排斥のトランプ氏のスローガンを実行して行くには,移民あるいは新参者もピープルに含める従来概念を変更して行くか、移住して来たばかりの者を区別する新しい「仲間」概念の創設が必要になり,建国以来の移民受入れ基本方針の大転換が必要です。
トランプ氏の移民追い出しスローガンは,入れ替わり自由な(移民歓迎社会)ピープルを前提にしたgovernment・・for the peopleから、移民排斥・既存民だけのためのgovernmentへの変更宣言である以上、ピープルに2種類が生じることになります。
二種類にするには概念の変更が必須でしょうが,区別するには,区別するにたる内容実質の違いがあることが正当性・大義名分として必要ですが,これがないまま居住期間だけで区切りをつけるのでしょうか?
11月16日に書いたように日本社会の構成員・・国の民(たみ)とは郷土を同じくする「はらから」であり、ピープル・日本語約=人民とはこう言うハラカラ性を持たないものとすれば、ピープル自身が成長してしっかりした集団に(言語は進化するものです)化けて行くか、新たな集団特性を表すグループ名・・日本の「国民」のような名称が必要になるでしょう。
私の理解する日本の国民概念は、郷土を同じくするものと言う基本です・・ダム工事で村が水没して良いか、墓地移転のテーマでは、何世代にわたって住み続けた郷土を同じくする人だけが決めるべきことで移民や新参者が口出しできるのはおかしいと言う立場です。
アメリかもトランプ氏のスローガンどおりに「古くからいる人と移民や新参者」と区別するには、日本のように功利打算で来たばかり・・いつでも逃げて行く人と古くからいる人で簡単に逃げて行かない「国民」か否かで分けるべきです。
ただアメリカの場合,建国以来郷土を愛する精神教育をして来なかった・・環境無視して環境悪化すればゴーストタウンにして逃げて行く・・ビルが古くなれ爆破してしまう・・東京駅や法隆寺のようにチマチマと修理して行く社会ではありません・・のが新しい生き方のような思想教育して来た結果、(今でも環境保全に対して中国と世界1〜2位を争う無頓着な民族性のように見えます)古くからいる人が新参者に比べて郷土愛が強いとは言えません。
移民反対論を期待しながら,住み難くなっても何が何でも地元に残ってその街の復興に協力するつもりがなく,自分自身は真っ先にその街から逃げ出すつもりの人民が大多数とすれば,矛盾した自分勝手な願望になります。
先住権を保障しろと言うからには・・来たばかりの人たちと差をつけるに足る相応の愛郷心に裏打ちされる必要がありますが,アメリカの愛国心とは「郷土愛ではなく「軍旗である星条旗の元に拳を突き上げて歓声を上げる」敵対的行動を煽るためのに支配層から植え付けられた程度の浅い観念ですから,相手に要求する以上は自分ら自身も変わって行き・・新参者との違いを示して行く必要があるでしょう。
好き勝手に環境や資源を食いつぶして来た結果、残り少なくなったから仲間に入って来るな!と言うだけでは,道義的にも無理があります。
何かを要求するときには、「自分達も◯◯して頑張るから・・」と言うのが、(何か誘致するときにはそれなりの措置を講じたり,地元負担もします)普通ですが,現存ピープル自身が変身努力もしないし,出来ないとすれば,移民排斥論は論理的に無理が出て来ます。
元々功利打算で集まったに過ぎない「ピープル」であるから、そんな程度と言ってしまえばおしまいですが・・。
アメりカのこれまでの歴史を見ると名分など全く問題にしない・正義の基準は「腕力のみ」と言うやり方で来たしずば抜けた資源・経済力・軍事力を背景に無茶がそのまま通って来ましたが,今回もその一事例をつけ加えるだけの積もりでしょうか?
確かに移民排斥は相手が国内弱者ですから一方的決定も可能でしょうが,こういうことを国内外でくり返して来た結果、国力がちょっと陰っただけで世界中が言うことを聞かなくなってたキたのです。
アメリカ第一のスローガンの連呼は・・習近平氏の言う中華の栄華復活と基本心情が同じですが,栄光の復活には正義に基づく行動をすることが先ず第一でしょう。
正義など問題にせずに栄光を復活したいという場合には,相手を暴力で威圧するヤクザのような一時的[栄光」の復活しか出来ませんが,正義観念未発達の人民を抱える習近平氏もプーチン氏もアメリカのトランプ氏も後者を選択したがっているような印象を受けます。
アメリカは世界支配を得た結果、道義に基づく支配の仮面をかぶるしかなかったのですが,この役割を演じるのが重荷になって来たのです。
正義の仮面をかぶった交渉ではいつも結果的にうまくやられているこコトに対する不満・・ストレス発散を腕力によって実現したい願望が国民に渦巻いているように見えます。
中国やロシアの自分勝手・強引なやり方が性に合っているし魅力を感じるようになったのです。
無茶を通すためにプーチンのような無茶をやりたいと言うのがトランプ氏であり,これを支持する国民の願望でしょうか?
無茶ゴリ押しが聞くのは,地域大国が限界・・天下を取るとルールによる支配が必要・・自分も自分の作ったルールに縛られるのは仕方のないことです。
ルール無視をしたいとなればアメリカにとって,世界支配の地位は荷が勝ち過ぎているからその地位を下りて,地域大国に格下げしたいと言うことでしょうか?

中国の分裂1と世界平和

ベトナムとの領海紛争のやり方を見ると、李克強がベトナム訪問で友好関係を強調した直後の勃発ですから、まさかベトナムを安心させておいて虚をついて攻撃するために訪問したとは考えられません。
陸戦ではベトナムの方が強いことは以前の中越国境戦争で証明されていますが、海軍力は日本の海上保安庁の巡視艇程度の船を少し持っているだけで、海軍力と言えるほどのものはなく、とても中国海軍と戦える状態ではありません。
相手はマトモに戦えないほどの貧弱な海軍しか持っていないのですから、中国は政権トップがわざわざベトナム訪問して仲良くやろうと演出した直後に・・油断させておいて奇襲攻撃するような複雑な手順を踏む必要がありません。
総理訪問直後の体当たり攻撃の激化は李克強の面目を潰すためにやったような感じですから、中共政府は既に政権の体をなしていない・・別の部門・石油閥や軍閥などが勝手にやっている印象を国際社会から、受けつつあります。
中共政権の崩壊によって中国は将来いくつかに分裂するのではないかと言う意見がありますが、現在すでに「政権内部の統制が取れない状態が始まっている」という国際的ウオッチャーの意見が強まりそうです。
地域的分裂と違い、政権内部の統制が取れなくなる分裂・・その大きな部分が軍であるとすれば、国際的には大変危険な状態が到来します。
精神が分裂状態になっている(統合失調症の場合もあるし飲酒酩酊・・あるいは薬物中毒その他・・?)大男が、無茶苦茶に暴れ回る状態が近いうちに始まることが予想されます。
日本は平和を愛する国民です・・平和愛好者だと言って話せば分ると言っても、相手が話の分からない人の場合・・精神分裂状態の人とは、正常な交渉は成り立ちません。
話の成立しない人・・暴力を振るって暴れ回っている場合、警官を呼ぶしかないでしょう。
非武装中立というのは個人で言えば、自分で銃を持たない代わりにいつでも警察が来てくれるし周りに物騒な人がいない社会が前提です。
20日ころに上海で開幕したアジア信頼醸成会議(冗談みたいな名称ですが・・)で習近平氏が、アジアの安保はアジアで解決するので、外の勢力(アメリカ)が口出しするなという演説したそうです。
アジアという家の中で腕力の強い中国が腕力でごり押しして来るので、隣の伯父さんに助けを求めているのが現状ですが、これに対して「よその人は家の中に口出しするな!自分が腕力で好きなようにに解決する」と言い張っていることになります。
中国の強引な膨張主義の発揮に対し、ナチスの膨張とチェンバレン(オバマ)の融和策の再来かと言う意見が前からありますが、ナチスやプーチンロシアのように統制が取れていれば交渉可能ですが、中国の場合、政府による統制が取れなくなっているとだれと外交交渉してモノゴトを決めて良いのか不明になり、交渉解決は成り立ちません。
統制の取れなくなった組織があばれ回っている場合、これを阻止するには、実力阻止しかありません。
こう言う事態が生じているときに非武装平和論をなお維持しようとする意見は、押し込み強盗が来ても逃げ惑うだけで良いということにならざるを得ません。
・・尖閣諸島とフィリッピンの南沙諸島ベトナムの西沙諸島を比較すると最も戦闘力の弱いフィリッピンは既に実力占領されてしまい、今では中国が急ピッチでが飛行場建設中と報道されています。
これに対する国際批判に対して中国政府は「自国領土に何を建設しようと勝手だ」と言い張っていますが、先祖代々の領土ならばそのとおりですが、係争中の岩礁を実力占領したばかりである実態を無視した暴論です。
支配下に入れば敵将を煮て食おうと焼いて食おうと勝手という専制支配時代の思考そのままです。
他人の家に押し入ればその後は俺の家だから、外から口出しするなというような山賊の論理です。
フィリッピンはこの事態を受けて急遽アメリカ軍の派遣が決まったので、これ以上中国が進出できなくなった(当面占領すべきものは占領してしまった)ので、次に弱い環であるベトナムに矛先を向けたと解釈されています。

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