構造変化と格差11(能力不均等2)

円高に対して押し並べて国民レベルが低くてだれも高度化に適応出来ない場合、結果は単純です。
円高=輸出減少→貿易赤字化の結果・・長年の貿易赤字連続で海外投資残も使い切ってしまい、輸入品に押されっぱなしで大赤字が続けば、為替相場が下落して行きます。
仮に、現在の10〜20分の1まで円相場が下がってしまえば、国内産業・人材が低レベルのままでもいつかは(人件費・生活水準が同じところまで下がってしまうので)国際競争力が均衡します。
例えば、我が国が幕末以降誰も近代化に適応しないで、今でも江戸時代同様の生産性・・米作り等しかしていなければ、工業製品の全面輸入国になってしまい、為替相場は今の100〜200分1くらいに収まっているでしょう。
生活水準も江戸時代並みに留まるので、米・・その他の農業品の方が国際競争力があって米味噌等食料品の輸出国になっていたかも知れません。
この状態で新興国になれば工業製品の方だけ何とかすれば、生活水準が向上出来る・・今の新興国同様・・明るい将来が待っています。
これに対して、現在の我が国のように特定分野が強くて、(どこの国でも強い分野と弱い分野があるでしょうが・・)その分野で巨額貿易黒字を稼ぐと全体の為替相場は平均化されて上がるので、それまでの為替相場では均衡していたその他製品相場が割高となります。
この結果特定の強い分野以外は、国際競争力を失い、輸入に負けてしまいます。
このように為替相場を市場の動きに任せれば、強い分野はどんどん輸出し、(例えば強くなった分野で1兆円輸出が増えて仮に20%の円高になれば)他方でそれまで国際競争力が平均的であった分野が、上がってしまった為替相場の影響・・新たな円ドル換算では割高になって競争力を失います。
例えば、トヨタ等突出産業が貿易黒字を稼ぐ結果円相場が2割上がれば、従来国際相場より1〜2%安い生産費で輸出出来て来た産業にとっては、18〜19%の割高産業になってしまいます。(輸出産業から輸入産業に)
取り残される企業にとっては大変なようですが、例えば強くなった自動車業界が年1兆円従来よりも多く黒字を稼ぐようになったことによって、2割の円高になった場合を想定すると以下の通りになります。
円高によって国際競争力が弱くなってしまったその他分野の輸出が減って逆にその分野の輸入が増えて結果的に黒字が1兆円減る(輸出が5000億円減って輸入が5000億円増えることもあるでしょう)ことによって、円相場が均衡する計算です。
為替相場を市場の流れに委ねれば、競争力のある産業が更に輸出を伸ばし競争力のない産業は衰退して行き国内産業構成が入れ替わって行くことになります。
(我が国では長期間掛けて農漁業従事者が減少して行き、繊維〜電機〜車関係の従事者が次第に増えて来た過程です)
車が1兆円多く輸出しているときに、他産業のトータル輸出が1兆円も減れば、2割上がっていた円相場が元に戻りますが、1兆円も輸出が減るのは瞬時に減るのではなく徐々に減るものですから、相場もこれに連れて徐々に20〜18〜16〜14〜8〜5%と順次下がって行きます。
その過程で自動車以外の産業内の淘汰(脱落)が起きてその何割かの生き残った企業がコスト削減・品質強化・新分野の創出などの努力で筋肉質に変質して何とかその時点の相場に適応して行くことになります。
技術革新に成功して適応出来た分だけ輸入が減って来る・あるいは一部は輸出産業として復活するので、結果的に円下落途中・・例えば年間1兆円の黒字から2〜3千億円の黒字に減って来た頃=円相場が元の5〜6%高に下がった頃に輸出競争力がついたとすれば、この時点で円の下落を止めて盛り返すので中間的な10%高くらいに再度上がった相場で落ち着くことが期待出来ます。
(2割以上も円が上がると競争出来なくとも、10〜13%の円高くらいなら努力次第で挽回出来る産業は結構あるでしょう。(・・同一産業内にも強弱の差があります)

構造変化と格差9(能力不均等1)

近代工業は多くの労働力を必要としていて大量の雇用吸収力がありますし、その結果、先進国では多くの中産階層を生み出して政治的安定を実現出来たことを、2011-12-17「構造変化と格差2」のコラムで書きました。
新興国の追い上げに対応する先進国としては、新興国の何十倍もの人件費=何十倍もの豊かな生活水準を維持するには、時間コストが高くても収益の出る産業を育てる・・産業の高度化しか生き残る道はありません。
高度化社会への変質に成功した社会は、少数の高度技術者や高級ブランドによって成り立つ社会ですから、大量の労働力が不要・・それまで世界の工場として多くの労働者を雇用していた職場がなくなって行く社会です。
結果的に先進国の最大構成員であった中間・下層レベルの仕事が少なくなります。
日本が過去約20年間大量生産型産業の大幅縮小にも拘らず、国内総生産が漸増し続けていたことからみれば、金額からみれば大量生産から脱皮して技術の高度化に成功しつつあることを2011-12-16「 構造変化と格差拡大1」以下で連載しました。
上記によれば、我が国では大量生産型職種の縮小・・平均的仕事しか出来ない多くの人・国民の大多数が適応不全の結果、従来の能力に応じた職を失いつつあることになります。
仮にも国民全部が適応しないで(誰一人として高度化に成功しない場合)大量生産品が流入する一方に任せていると産業革命後イギリスの綿製品輸入で大打撃を受けて「死屍累々」の表現で知られるインドのようになります。
他に外貨を稼げるものがなければ、貿易赤字が累積して最後には実力相応に円相場が下がって行き、(仮に円相場が今の10〜20分の1に下がれば、賃金水準でも新興国と同等になって行きますので)新興国と大量生産品でも互角に勝負出来るようになるでしょう。
現実には、国民の能力には凹凸があるので、一部(日本の場合かなりの部門)で高度化に対応出来ていてその部門が海外輸出で儲けているので、今でも日本全体としては黒字基調となっている結果、却って円高が進んでしまっているのが実情です。
東北大震災+原発事故及びタイの洪水被害のトリプルパンチで黒字基調がちょっと怪しくなっていますが・・円相場に関しては貿易収支赤字は国際収支の一要因でしかなく、トータルでみれば所得収支(短期的には資本収支も関係しますが・・)を含めた経常収支で決まるものです。
貿易黒字だけではなく・・海外からの利息・利潤の送金を含めれば、まだまだ経常収支黒字が続くことは明らかでしょうから、今後少しくらい貿易赤字が続いても今以上に円高になることは間違いがありません。
平均的人材/すなわち人口の多くが失業の危機に曝されているのに、一方で一部の高度化対応企業や人材によって貿易黒字が増え、海外進出企業からの国内送金によって所得収支黒字が増える状態になっています。
この結果円相場が上がる一方ですから、比喩的に言えば4〜50点の人が職を失うだけではなく60点、65点の人も職を失うなど、高度化対応による貿易黒字の獲得と所得収支黒字がジリジリと円を切り上げ、ひいては国内で働ける水位を上げて行く関係になっています。

©2002-2016 稲垣法律事務所 All Right Reserved. ©Designed By Pear Computing LLC