現在の破綻主義では子育てが終わって男性の役割の終わったところで、20年前にああ言ったりこんなことをしたりしたことが許せないなどと言って離婚請求出来ることになりかねないので、だまし討ちみたいになります。
こうしたことが続発すれば,男性は先行投資としての家庭維持に努力するよりは、独身のまま老後資金をためて高齢化したら有料老人ホームに入る選択をする人が増えてもおかしくありません。
こうした不信感を除くためには熟年離婚の場合、離婚要件を現在の破綻主義の運用から改めて道徳的にも法律的にもある程度厳格にした方がいいかも知れません。
若年の場合男からの請求が滅多に認められないことの逆ばり運用として、熟年離婚の場合、女性側からの請求には男性の老後保障を求める等です。
裁判で通らなくとも女性が男性の面倒を実際に見なければ同じことですから、この問題は女性自身の自制にかかっていますので、女性の浮気の防止同様に道徳律の役割が大きくなります。
男女ともに相手を信用しないで都合の良いときだけ一緒にいる身勝手な社会にするよりは、お互いが信用して生きて行ける社会・・女性の弱いときには男性が全力で助け、・・・男性が老化して弱ったときには女性や子供が全力で介護する・・・相互の信頼関係こそが幸せな人生・安定した社会となります。
ただし、女性も無理してまで子を欲しくない世代になってくると、結婚自体が淡白と言うか、親しい友達程度・・時々同棲しては、それぞれ実家に帰ることのくり返し程度の交際になって行く可能性があります。(双方通い婚の時代?)
現在そうした淡白系が増えているとも言いますし、最近立て続けに相談に来ている事例では、結婚したとたん数ヶ月で夫が実家に帰ってしまったので困ったと言う相談があります。
持ち寄りと言うか家計も別となってくると、我々世代の夫婦のように渾然一体の関係ではなく資本金を一部出し合って共同事業をしているような感じです。
経費をそれぞれ出し合っている以上の懐具合はお互いにまるで知らないのですから、友人同士の協同企業と関係が変わらなくなってきます。
では何のために一緒になったりするかと言えば、女性はもしもの出産可能性に賭けるのでしょうが、オスにとっては年齢相応の性欲を満たすためだったに過ぎないのかとしか言いようがありません。