貿易赤字国と将来

貿易赤字国は徐々に資本収益による赤字補填力が衰退して行き、純粋な赤字国になって行くのは意外に早い・・すぐのことでしょう。
アメリカの場合、日本ドイツとの競争に負けてもなお、生産力以上の生活水準を維持していた結果、グローバル化の前から純債務国に転落していましたが、これが今後まだまだ黒字を維持している日本やドイツを除くその他の先進・中進国の辿る運命かも知れません。
ギリシャ問題は、これら貿易黒字のない国の近い将来を暗示しているものと言えます。
貿易赤字の累積と言う点では、従来の後進国と結果的に同じですから、日独と英仏伊を除く国々では、ギリシャ同様に順次デフォルト気味に推移して行く・・結局は、国際収支に合わせて生活水準を落として行くしかない筈です。
長い間国際収支赤字が続いているアメリカが強気なのは、世界最強の軍事力とこれを借款・経済援助ではなくアメリカ国債の売買と言う形式でファイナンスしているだけの違いです。
アメリカは政治的にはまだ強気ですが、経済力以上の借金は結局返せない・・サブプライムローン問題に帰着するので、行く行くは庶民の生活水準は落として行くしかない・・デフォルト直前とは言えないまでも結局はギリシャと同じように消費を抑えて行くしかないでしょう。
昨今の円高・・と言っても結局はアメリカドルの下落だけで終わるかもしれないと予想されているのも、同じ見通しと言えます。
特定国からの借款ではなく、市場に委ねている点では、借款に比べて従属性は低いですが、それでも中国から「アメリカ国債を売却するぞ」と脅されればおしまいである点は借金だらけの国よりは弱いかもしれない・・本質的に変わりません。
借金の方は借りてしまえば(気に入らない債権者にだけ返さなければ良いだけですから)借りた方が強いのですが、国債の場合、大量保有国が大量放出すると、放出しなかったその他の国が持っている国債まで大暴落してしまうので、(個別の借金を返さなくとも返してくれなかった債権者が損をするだけで外の債権者への支払してれば外の債権者には問題ありません)その国の経済がガタガタになってしまいます。
仮にも中国の人件費が短期間に日本と同じ水準になるとしたら、勿論今の日本は貿易競争に簡単に勝てるでしょうが、この状態が30年も続いて(高齢者ばかりが働いて)日本の若者が働くすべを忘れてしまってからでは、今度は中国から技術指導を受けなければならなくなってしまいます。

地位の逆転

中国の場合外貨準備・蓄積が進んでいて1昨年だったか日本の外貨準備高を追い越したことに明らかなように、資本収益回収による先進国への還元よりは貿易黒字による蓄積の方が圧倒的に多くなっています。
と言うことは、日本やドイツのようにまだ黒字を続けている国は別として先進国全体で見れば、すでに資本・知財収益等では貿易赤字を埋めきれなくなっていることになるでしょう。
この実態をごまかすために、ここ10年近く世界中で金融立国が標榜されてアイルランド等これに乗っていた国がリーマンショックの引き金を引いたのですが、貿易赤字が累積して行く中でいくらどうあがいても稼ぎ以上の消費生活を続ける矛盾・・サブプライムローンと言う複雑化による誤摩化しがついに破綻したのが、リーマンショックだったと言えます。
ギリシャが先進国だったかと言えば疑問がありますが、今年のギリシャ危機は、この赤字に耐えきれなくなった結果・・環の弱い中進国に出たと見ることが可能です。
この点はアジアで1900年代末〜2000年代初頭に続いたタイ・韓国の通貨危機(資本の急激な回収によるもの)とは意味が違います。
ところで資本収益は永続出来るかの問題ですが、日本に進出したアメリカ企業の株式が徐々に日本企業に買収されてしまったように、中国でも力をつけた現地企業が合弁している日本や欧米の株式の取得あるいは増資の度に民族資本比率を上げて行くのでしょう。
こうなると貿易赤字分を資本収支等(知財や所得収支を含みます)で均衡させる方法は、それほど長くは続かないで短期間で終わってしまうように思われます。
それどころか新興国で現地生産を続けるうちに、現地従業員が技術を吸収して自前の技術が過去の先進国を追い越す分野も少しづつ出てくる筈です。
実際日本の技術と資金協力で低賃金を武器に成長を遂げた韓国では、日本の技術を凌駕する分野があちこちに出て来ています。
これが中国その他の新興国で同じ結果になって行かない理由がないのです。
あるいは日本や欧米企業が中国の現地資本との競争に敗れて資本を売却して撤退して行く・・ベトナム等転出して行く・・・ことも考えられます。
ダイエーの衰退に関して書いたことがありますが、企業は本体が苦しくなると苦しい分野を切り捨てないで、儲かっている分野を切り売りして延命を計って最後は売るものがなくなって破綻するのが普通です。
同じように本国の経営が苦しくなると、せっかく海外進出して儲けている事業をどんどん切り売りして失って行くのが普通です。

どうなる先進国?

これに対して、製品輸入国すなわち貿易赤字国となってしまった先進国は、過去の貿易赤字・後進国と何が違うかと言えば、投資した貿易赤字分を資本収益で均衡させて輸入するようになっていることくらいが、違いと言えば違いで、その他の経済条件は同じですから行く行くは新興国と賃金レベルが同じになる(先進国の賃金が下がり他方で新興国の賃金が上がる均衡点)までは赤字の垂れ流しになるしかありません。
産業革命による輸出競争力の格差発生も煎じ詰めれば結局は人件費の問題でした。
一方は機械化によって、手作業の国よりも単位時間当たり多くの生産が出来るようになった・・すなわち製品単価当たり人件費率が安くなったので製品単価が下がり、イギリスの競争力が圧倒してしまいインドの綿糸業者がばたばたと倒産したのがその始まりでした。
運送屋だって競争力の源泉は大八車で運ぶ場合と車利用を比較すれば、前者は少しづつしかも同じ距離なら歩くので時間がかかるのに車ならその何倍も多くしかも早く運べる・・一人当たりの生産性の上昇によるものです。
この意味では現在の新興国の貿易黒字は低賃金によるのであって先端技術によるのではないから・・とバカにするのは間違っています。
理由はなんであれ製品当たりの賃金コストの安い国がこれまで貿易戦争で勝って来たのです。
何十倍比率で高賃金の先進国が貿易黒字を維持出来たのは、先端機械の独占によって結果的に単位生産コストが安く出来たからに外なりません。
この機械(高速道路や鉄道等インフラも含めてここでは書いています)利用が機会均等化されて新興国も同じ機械(インフラ)を使えるようになれば、一人当たり生産性が同じになるので、人件費の高低が、製品価格にもろに反映されて来ます。
産業革命では、結果的に自然人の手取り格差が生じましたが、今回は新興国が技術優位に基づくのではなく同じインフラを使える点で同水準に引き上げるまでのことですから、同レベルまで行く(一時的に勢いで追い越すことがあるのは当然です)だろうと言うだけですから逆転はないかも知れません。
とは言え、生産力以上の生活をする・・赤字の垂れ流しの連続と言う点では、これまでのアフリカ等の最貧国経済と同じこと・・政治的にも弱くなりそうですが、上記の通り資本投資国としての収益回収出来る点が借金とは違って立場が強い・・経営権を握っているのと、技術優位性を保っている点でしょうか?
とは言え、物流・貿易収支だけではなく、トータルとしての中国の黒字傾向は明らかで、中国に限らず新興国でも貿易黒字による資本蓄積が進んで行きます。

製品輸入国となった先進国

デフレについて書いたついでに今後の世界経済・・政治序列を考えてみますと、本来は貿易黒字国がその黒字の度合いに応じて国際的な発言力を持つようになるのが普通です。
グローバル化までは、後進国は先進国の経済援助・借款で導入した資金で輸入(貿易赤字分をファイナンス)していたので、経済支配を受けていたのは厳然たる世界政治の現実でした。
第二次世界大戦の敗戦国の日独は常任理事国になれない政治的には劣位でしたが、経済力を無視出来なくなったことから国連とは別にサミッとを作るしかなく、世界は先進5カ国(後にカナダイタリアを加えて7カ国になりました)のサミットで大枠が決められて運営されていたのですが、この同じことがG20になって来たのです。
この経済支配=政治支配の構図に風穴を開けたのは、対イスラエル問題での発言力強化を目指したアラブを中心とする石油輸出機構発足でしたが、これは資源輸出国=後進国による明示的な政治的発言力強化の嚆矢としてみることが出来ます。
その後ここ5〜6年資源枯渇問題から各種資源の値上がり傾向になっていたものの、これらは経済現象に過ぎませんでしたが、今年中盤からレアアースの輸出を制限し始めていた中国が、日本との尖閣諸島問題に絡めて秋から対日禁輸に踏み切ったのは、明示的政治利用の第2弾としてみることが可能でしょう。
ただし、これまでは虐げられていた小国が抵抗権的利用(・・すなわち正義は我にありとするものでしたが・・)として団結交渉権を獲得したようなものだったのに対し、中国の場合、5年ほど前の反日デモやチベット問題での反仏デモであれ、今回の禁輸(世界シェアー約90%ですので)であれ、自己単独の政治的に強い立場を利用して(中国市場に参入したいだろうと言う相手の弱みを突く国家組織的デモです)正義であろうとなかろうと自国の強引な主張を通すための恫喝外交に利用し始めた点が大きな違いです。
イギリスが、中国のアヘン輸入禁止に報いるに砲艦外交をして香港割譲を迫って歴史に汚点を残したのと傾向が同じと言えるでしょうか?
本当は放っておいても貿易黒字国はじりじりと発言力を強めて行けるので慌てて強引なことをする必要がないのですが、「我々は強引なことを出来るんだぞ」と世界に向けてに性急に誇示したがる幼稚性・・そこが中国の政治・国民レベルの低さ・未熟さが出ているのでしょう。

輸入国の物価と輸入価格

 
企業の設備投資が駄目なら個人消費を煽ればいいかと言う発想が商品券・エコカー減税・高速料金の無料化等ばらまきの発想ですが、この分消費が増えても安いものがいくらでも入ってくるので、(1国閉鎖経済ではないので)物価そのものが上がることはあり得ません。
エコ何とか減税で車や電気製品等が売れたと言っても、値上げまでは出来なかったのです。
エコ何とかで電気製品や車が売れても需要の先取りでしかなく、(来年買う予定のヒトが早く買っただけで)それで需給が締まって電気製品や車の値上げになる訳がないのです。
現在のデフレは貨幣が不足しているのではなく、海外から安いものが入ることが原因ですから、一国内だけの金融政策としていくら金利を下げても紙幣増発しても、中国からの輸入品価格が上がる訳がないことは子供だって分る道理です。
(日本の金利下げが、中国製品の生産コスト増や輸入価格が上がる訳がないでしょう。)
現在アメリカを中心として中国の貿易黒字の積み上がりを非難して為替水準が低すぎる・・元の基準をアップすべきだと言う論説が盛んですが、この主張は輸入価格をもっと上げてくれと言うに等しい主張です。
今回のレアアースの禁輸問題も、中国の禁輸が結果的に諸外国のレアアースの生産の採算が取れるようになると言う見通しが語られるのと同様に、中国の輸出価格上げが諸外国の国内産業保護になる訳です。
とは言え、そもそも中国等の低賃金国に諸外国が競って生産移管しているのは、少しでも安く製品を仕入れて多く売りたいと言う動機が先進各国の国内企業にあることからしている行動ですし、元の為替相場アップで輸入価格を上げて輸入制限したいと言う主張は、諸外国の国内企業の念願と一貫しません。
日本でも繊維産業に始まり、農産物、食品関係その他あらゆる業種で、中国その他の低賃金国で生産して輸入して来たのは外ならぬ日本企業自体が、国内販売競争上競合他社よりも優位に立ちたいとする企業が目白押しだったからですが、その結果中国の生産が軌道に乗った結果の中国の輸出増・・貿易黒字です。
農産物や食料品その他すべての分野で中国へ指導に出かけて日本人好みの食材生産・デザインやその他の製品を作れるように指導して来たのです。
せっかくこれが軌道に乗るとこれを非難して元高を誘導して輸入物価を上げて(元が2割上がれば中国からの輸入物価が2割上がりますが・・・)中国からの輸出を制限しようとするのは、これまでの先進各国の企業努力と整合しません。
円高反対の悲鳴に対して繰り返し書いていることですが、そもそも国内企業は1円でも資源その他を安く仕入れたくて必死の努力・交渉をしているのであって、その成果を利用して(ユニクロ等)国内あるいは他国で販売競争をしているのです。
個々の企業にとっては、自分の仕入れ価格を高くしたい企業があり得ませんので、円が高くなるのは有利ですし、ここで元高を強要するのは輸入企業・国内販売業者にとってはこれまでの企業努力に水を差されるのと同じです。
マスコミ報道では中国現地の人件費アップの運動が激しくなると進出企業が大変だと報道するのですが、円高には大変だと言うばかりです。
元高円安になれば輸入価格で見れば現地従業員の人件費アップと同じことですが、報道の仕方が一貫しません。
いずれにせよ、グローバル経済化している現在では、国内物価は輸入物価による影響が大ですので、一国内の金利や紙幣の増発や引き締めだけでは、国内物価はびくともしません。
物価の下げを本気で阻止しようと決意するならば、中国と人件費が同じ所まで日本の人件費を下げて行く(あるいは中国の人件費を日本同様水準までアップしろと言うか、中国元の大幅値上げを求める)くらいの覚悟がなければ意味がないのです。
私に言わせれば、新興国の市場参入後・・物価の番人としての日銀あるいは先進国の中央銀行の役割は、成熟社会では既に終わっていると言うべきです。
物価は新興国=輸出国の生産コストに比例するのであって、輸入国の金融政策によることはあり得ません。
何事も一時期有効だった制度は次の時代には無用の長物になることが多いのですが、日銀等の金融政策はその最たるものでしょう。

免責事項:

私は弁護士ですが、このコラムは帰宅後ちょっとした時間にニュース等に触発されて思いつくまま随想的に書いているだけで、「弁護士としての専門的見地からの意見」ではありません。

私がその時に知っている曖昧な知識を下に書いているだけで、それぞれのテーマについて裏付け的調査・判例や政省令〜規則ガイドライン等を調べる時間もないので、うろ覚えのまま書いていることがほとんどです。

引用データ等もネット検索で出たものを安易に引用することが多く、吟味検証されたものでないために一方の立場に偏っている場合もあり、記憶だけで書いたものはデータや指導的判例学説等と違っている場合もあります。

一言でいえば、ここで書いた意見は「仕事」として書いているのではありませんので、『責任』を持てません。

また、個別の法律相談の回答ではありませんので、具体的事件処理にあたってはこのコラムの意見がそのまま通用しませんので、必ず別の弁護士等に依頼してその弁護士の意見に従って処理されるようにしてください。

このコラムは法律家ではあるが私の主観的関心・印象をそのまま書いている程度・客観的裏付けに基づかない雑感に過ぎないレベルと理解してお読みください。