なんでも反対運動の行き詰まり

平和憲法を守れ→安保反対論が国民受けしなくなると、メデイア系文化人や大手メデイアは日本の経済成長政策の一々に反対や批判意見が格好良いとする風潮を煽るようになったようです。
なんでも反対運動が激しかったおかげで、日本は期せずして公害処理技術、省エネ技術等の先端技術開発の工夫動機を得たので良い方向に作用してきました。
しかし彼らが本来求めたのは基地、民間空港や高速道路、工場立地→生産力増強阻止自体が目的だったようなので高度成長が止まり歪みが解消されてくると、なんでも反対の弊害の方が目立ってきました。
高度成長が始まると、急激な工業化・都市化に伴う歪みがあったのも確かなので、地域共同体の崩壊や格差を含め程度高度成長の歪みに対する関心があったのでその修正必要性→反対にも意味がありました。
格差是正や公害防止技術、省エネ等の対策が進んできた後の昭和40年代以降の反対運動・・成田空港反対.高速道路反対や八ッ場ダムその他ダム工事反対運動、長和川井堰反対運動になってくると、反対の合理的理由がなくなったようです。
私が当時同僚先輩弁護士からオルグを受けた経験の限りでは、飛行機は軍事基地にするための準備だから反対とか、飛行機や高速道路は庶民が利用しない・庶民の犠牲によるお金持ちのための設備だという程度の説明ばかりでした。
その空港やダムが国家にとって有用かどうかの議論による反対ではなく、地元民が反対しているという反対運動が中心だったので地元の反対運動機運を盛り上げ組織化するのが当時の第一目標だったように見えます。
以前紹介したことがありますが、当時モータリゼーションが一般化し始めていて成田空港行きの高速道路開通に合わせて館山道との分岐点・・千葉市の大宮団地近くにインターチェンジ?ジャンクションを設けるのに対して、交通騒音や事故多発心配を理由に地元自治会を巻き込んだ工事反対運動展開中でその説明として聴いた話です。
その後の展開を見ると高速道路利用の大半がトラック系であり、飛行機利用者も底辺労働者利用が急増しました。
お盆休み頃限定の経験ですが、北海道旅行で家族で飛行機に乗ったところ、旅行客は私たち家族のみでその他はほぼ出稼ぎ労働者の帰省客らしい人たちでした。
労働者にとっては鈍行列車で2日間(往復4日)以上?かけて帰省するより、その分余計働いて日当をもらって飛行機で半日で帰省できる方が疲れないし、コストパフォーマンスが良かったのです。
結果的に団地からかなり離れた箇所にインターチェンジができたようですが、その団地は高速道路へのアクセス不便が発展のネックになって、今や超高齢団地なって衰退の一途です。
昭和50年代に入ると益々反対理由が庶民実感と噛み合わなくなってきて、なんでも反対の社会党というイメージになり、国民支持を期待する社会党の政治家の多くは新党結成に流出してしまい、社会党は解党したのかな?本部会館など資産を社民党が受け継いで現在に至っているようです。
結果的に0、何%への支持率低下をものともせず・・国民支持をそれほど重視しない?「反対政党」で今も頑張ってます。
ダムに限らずどのような政策でも被害を受ける分野がありますが、それは適正補償分野の問題です。
学校や公園拡張で立退く人もいるし道路拡張も皆同じです。
公共工事で被害を受ける人がいるのは当然の前提ですので、被害者がいるというだけでは、原則として政策を決める要素ではありません。
人口密集地買収の場合、補償額が巨額になりすぎて費用対効果でペイしないではないか?というのであればまともな議論です。
東京オリンピック時の高速道路敷設では短期間完成の必要から、買収時間の不要な道路上や河川上空優先だったことが、今になって日本橋上空の景観問題となり、高速道路地下化が必要になっている原因です。
費用対効果はあらゆる政策決定における議論の対象ですが、それを経てA地に立地すると決まった後の議論では被害者には原則として適正な被害補償をすればいいことで、被害者が納得していないということは議論の対象ではありません。
その補償額が低すぎるという場合には、その基準を決める会議で安すぎるなどの意見をいうべきで、鉄道やダム等の設置場所反対意見とはなりません。
補償を含めた巨額費用に見合う将来性があるか等の議論は重要ですが、そのステージの議論が終わったのちに地元反対を蒸し返すのは、国会で議論が尽きたのちの採決妨害のために不信任案連発と似たルール違反戦法というべきです。
民主主義・自由な言論の効用は目的共有者間でこそ成立するものです。
このため政治資金規正法では外国政府等からの寄付受け入を禁止しています。
民族の生産力アップ・生活水準向上を目指す各プロジェクトは議論段階と立地選択期間、用地買収や工事期間などなど完成開業までにほぼ10年単位の期間がかかり、実際役に立つには開業後数十年以上の利用が必要な長期の企画です。
議論の有用性は日本民族を守りたい点で一致していてその方法論が違うだけなら議論すれば相互理解が進みますが、日本の生活水準を落として行き政権の信頼を失墜させたい・生活困窮者が増えれば野党への支持が増えるので成長戦略にはなんでも妨害したい政党、中ソとの競争(軍備であれ生活水準であれ)に負けてほしい政党とではまともな前向き議論が進みません。
議論のテーマには段階・ステージがあって、ある論点の議論が終わって次のテーマに移ってから終わった議論を蒸し返すのはルール違反になります。

国防と同盟1

民主党政権時代から顕在化してきた中国の軍事威嚇行為が年々大きく露骨になってくると、日本の防衛がどうなるかが国民関心事になってきました。
対中防衛では沖縄諸島が最前線ですので、沖縄県内基地の戦略的重要性が増したきたことから、親中派にとっては忠誠心発露のための点数としても天王山的位置付けされている可能性があります。
各過激派穏健派を含めて「派閥抗争を棚上げして沖縄基地反対運動をそれぞれの立場で努力すべし」という指令・檄が飛んでいるのでしょうか?
集団自衛権に踏み出すのがいけないと言いますが、防衛は一国で完備するのは超大国以外無理・ほぼ不可能であるから古来から軍事同盟が発達しているのです。
日本の場合粗暴な中露の軍事大国が隣接している関係で、同盟関係がないまま自国の安全を保てません。
隣国と仲良くすれば良いという理想論だけでは仲良くてもスキさえあれば領土をかすめ取ろうとする隣国が存在する限りこちらの希望通りとはいきません。
親中系民主党政権時に日米関係にすき間風が吹き始めるとこれを好機とばかりに中国による尖閣諸島侵犯行為が開始されて、漁船を称する船が大量動員され警戒にあたっていた海上保安庁巡視艇に対するに体当たり事件が発生したことを見ても明らかです。
親しくすれば良い国ではないのです。
これがエスカレートして今や漁船偽装をやめて?中国公船と称する何千トン級の機関砲を装備した巨船(ほとんど軍艦です)が日本領海内を公然と遊弋するようになって、日本漁船を追い回す事態になっています。
ここにまで事態が切迫して来るといつ海上保安庁巡視船に(漁船ではなく)中国公船が体当たりして来るか知れない・保安庁巡視船が沈没したりすれば大変な事態です。
この保護のために海上自衛隊の出動となれば、中国にとって予定の体当たりでしょうから、それで引っ込むはずがない・・ほとんど開戦・ドンパチを前提にした行為になります。
かといって、「危険だから日本は自制しろ!」となると、戦わずして尖閣諸島を中国に引き渡す結果になります。
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/

独自-中国-漁船群の尖閣領海侵入を予告-日本に止める資格ない/ar-BB17t7cn

日本に拿捕する権利がないとの主張ですので、中国公船が保安庁による漁船拿捕を黙認するはずがない・・一触即発の状態になってきました。
これを防ぐには、米国艦船と共同で尖閣海域に自衛艦を乗り入れ共同駐留するしかないでしょう。
ルール無視で強盗を厭わない国が近隣にあると一定の自衛力を持ち、いざとなれば応援してくれる信頼できる同盟国の存在が欠かせません。
米国も日頃から日本国民から邪魔扱いされて何かある都度目の敵のような扱いを受けていれば気持ちが良い訳がないので、イザとなれば日本を本気で守ってくれないのでないかの不安が国民多くに共有されるようになります。
国民世論の方向性が変わっていたので、実はだいぶ前から日本政府は思いやり予算と称して基地経費負担増額するなど前向き改善を進めてきましたが、これを明白にして米国の利害を一部(周辺地域限定)日本も共有しましょうという象徴が集団自衛権構想、一連の安保法案の基礎にあるというべきでしょう。
国民意思がどこにあるかは私にも断定する資格がありませんが、 これまでの選挙結果を見ればおのずと明らかでしょう。
いつまでも非武装平和論を唱え自衛隊違憲論では選挙で負けるので本音とは違うが戦略上?社会党は自衛隊合憲に切り替え、民主党はヤムなく日米安保の重要性を認めて米軍基地の辺野古移設の閣議決定をしましたが、それぞれ本音ではなお米軍基地=迷惑施設という図式を主張したいのを我慢してきたところでしょうか。
米軍基地にいてほしいという方向性が明確になると、米軍基地を目の敵にしてきた元の社共系政治家や支持層にとっては今まで迷惑施設宣伝してきた立場の真っ向否定ですから、社共とか過激派セクト間の個別の恩讐を超えた基地移設反対共闘の機運が成立し、この機会に大同団結したいという触媒機能として本音をストレートに発散してくれる別働隊の出番になったのでしょう。
党派が分かれていても革新系政治運動家にとっては、共通危機感を共産党が利用して沖縄での事実上の共闘を成功させている図式でしょうか?
(7月28日に共産党の主張で紹介しました)
この精神基盤の崩壊・変化こそ最後の砦として許せないという人らの沖縄基地妨害運動・・日本国民の利害と真っ向から反する立場の人たち・・元を辿ればサンフランシスコ講和条約締結時点で、東西どちらの陣営に属すべきかの争点決着がついたのちも、いつまでも東側陣営に協力すべきで西側陣営強化に反対すべきという主張にこだわる人たちの悪あ掻きの最終章という位置付でしょうか?
民主国家に限らずどんな組織でも、組織としての向かうべき方向性(例えば工場進出先の立地であれM&A対象企業であれ)に相手先候補がABCDの意見相違があってもAで行くと結論が決まれば、BCD案を推進していた負けたグループもその結論による業務遂行→その成功に協力すべきが組織の基本原理です。
サンフランシスコ講和会議に反対した勢力は、潔く結論に従おうとせずに、その必然的進行である日米安保条に必死の抵抗をした結果、(安保反対騒動を美化するのが大手メデイアや大手メデイアに出られる文化人の傾向ですが、実際に国民が支持していなかったようです)社共系支持勢力の退潮が始まり、次の70年安保では反対デモさえ、まともに動員できなかった記憶です。

国防と内訌蠢動1

中国の問答無用的実力行使が上記の通り頻発してくると、いざという時に現状の日米安保で米国が本当に日本を守ってくれるかを国民多くが心配になっている現状を踏まえて従来より日米安保を緊密化する必要があるという問題意識によるのが、一連の安保法案でした。
その必要性を十分理解している人もいるし、理解したくない人もいるでしょう。
政治は100%の支持を待って10年先に必要な法律をつくるのではなく、10年先の社会、国際環境の変化を読んで行うもので、その意味で消費動向を先取りして商品開発し先行投資する商人・企業家と同じです。
その見通しを誤れば商人は倒産の危機があるし、政治家には落選・・政党にとっては政権を失う憂き目が待っています。
いつも政治決断には長期的国家の進路に関する展望が下敷きになっています。
数年前の安保関連法案は、中国の理不尽な実力行使の脅威が高まり始めたので、中国の多民族侵略傾向・近い将来を見据えて、どうやって民族の安全を守るかの展望を競うものです。
安保法案で本来行うべき論争は、過去70年平和があったという陶酔ではなく、来るべき国際環境で日本がどうやって生き残るかの論争であるべきです。
大きな家を借りて台風をしのいでいたが、その家が壊れかけてきたので台風が来る前に修繕費を一部負担するか等の問題です。
国防に関しては企業戦略同様にしょっちゅう変化する国際情勢を展望しながら中長期的な友好関係を広げることといざという時に本気で応援してくれる国の選別が重要です。
これまで書いてきた戦後の大きな選択・・全面講和か西側諸国との片面講和かの選択で国運の方向が定まり、西側陣営での復興を目指すことに決まりました。
その後の60年、70年安保、臨海工業地帯の新設、成田空港開設、高速道路敷設など、常にその先の進路を見据えた選択がありましたが、その都度社共系政党や文化人などは、毎回国民大多数(地元住民)の反対を無視するな!という決まり文句を唱えながら、全て反対して見通しを誤ってきたことは歴然たる史実です。
安保条約時反対では国民支持を得られないのがはっきりしてくると米軍基地存在は「日本に置いてやっている迷惑存在でしかない」「米国の戦争に巻き込まれる」式の有害論でした。
この応用として、米軍軍兵の交通事故程度で大規模ニュースになる傾向が普遍化していました。
また対ソ防衛主目的時代には、前線基地となる東北や北陸北海道の基地反対闘争では安保反対を基礎にした反対で、地元だけが迷惑を押し付けられている形式の反対運動はありませんでしたが、中国の台頭による国防最前線としての沖縄の重要性が見えてくると、約20年以上前から「沖縄だけの負担は不公平」論が加わって被害強調が始まり・この被害意識が定着したので、民主党が「少なくとも県外へ」の公約を掲げるようになりました。
これと並行して沖縄人=少数民族が虐げられている論への誘導が盛んになって、沖縄独立運動への揺さぶり→中国侵略への地ならし運動?の思惑も広がって地元で少数民族→虐げられている被害感情を反基地感情に結びつける運動をしてきたのが旧社共系政党と文化人メデイアでした。
政党やメデイアの動きは慎重ですが、跳ねっ返りグループは主張が露骨ですので長年かけてじんわりと浸透させてきたいわゆる文化人らの本音が露骨にでます。
例えば「乗り越えねっと」の活動です。
表向き民族協調・異民族の違いを乗り越えようという名目ですが、実質は少数民族が虐げられている・沖縄県民は少数民族である→沖縄県民に少数民族の自覚をを植え付け自立扇動→全体利益のために我慢する意識軽薄化が目的のように見えます。
本日現在のウイキペディアの記事です。

のりこえねっとは、2013年に設立された日本の任意団体である[1]。正式名称は「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」[2]。「在日外国人・留学生、国際交流、行政への改策提言」を活動分野として公表する
概要[編集]
在日本大韓民国民団(民団)の機関紙「民団新聞」による発足記者会見レポート
2013年9月25日に、都内で開催した「キックオフ記者会見」で結成を発表[2]。
在日本大韓民国民団(民団)の機関紙「民団新聞」では、共同代表の辛淑玉が在日コリアン3世であると写真付きで紹介し、のりこえねっとの結成を「在日同胞主導」と表記し、辛淑玉の「売られたケンカを買う」、「敵はでかいので、広範囲に抵抗していきたい。」などの宣言とともに、結成記者会見をリポートしている[2]。民団新聞によると、「のりこえねっと」の目的は「在日特権を許さない会」などの「行動する右翼」(原文ママ)に対する「包囲網づくり」であるという[2]。そのレポートによると、辛らは「いまは闘う基盤を作るのが最優先」とし、全国で小規模な学習会を組織して賛同人を増やしつつ、共同代表は知名度を活かしてテレビに出演し、広報活動を行うとしている[2]。また、インターネットの差別表現には内容証明を送ったり悪質なものは告訴する方針であるという[2]。
活動[編集]
沖縄への「市民特派員」へ5万円支給[編集]
カンパで募った資金をもとに、本土から沖縄への交通費にあたる5万円を支給し、沖縄の現地の様子をツイートする「市民特派員」を募集した。2016年9月から12月まで16人を派遣している[3]。チラシに「往復の飛行機代相当、5万円を支援します。あとは自力でがんばってください!」と書かれている[4]。
ガジェット通信によると、2016年ののりこえねっとの講演で、辛淑玉が、高江ヘリパッドの反対デモへの参加予定者に対し、「私は稼ぎます。若い者には死んでもらう。爺さん婆さん達は嫌がらせをして捕まってください。山城博治には『病気で死ぬな。米兵に殺されるな。日本の警察に殺されるな。私が殺してやるから』」などと講義している動画がアップされ、過激な内容ではないかとネットで話題になっているという[5]。

奥田氏・国会意見陳述の独善性1(70年間平和であれば将来も平和か?)

奥田氏の国会発言を見ていきます。

【緊急アップ!意見陳述全文掲載】「今日は、国会前の巨大な群像の中の一人として、ここにきています」SEALDs奥田愛基さんが参院で堂々意見陳述「安保法案」に反対を表明!

緊急アップ!意見陳述全文掲載】「今日は、国会前の巨大な群像の中の一人として、ここにきています」SEALDs奥田愛基さんが参院で堂々意見陳述
「安保法案」に反対を表明!  2015.9.15

全文をかいつまんで読むと、平和を守れとか、国民過半数が反対しているから反対という主張中心で法案のどこがどういう問題があるかの具体論がない印象ですので、NHKのような要約になったのは仕方ないと思われますが、NHKの要約を読むと、いかにも根拠のある反対論を述べたかのような印象を受けます。
結論としては安保法案反対ですが、その理由は多くの国民が反対しているとか、戦後70年間守ってきた平和を守るべきという結論だけでまともな意見を述べていません。
現実に差し迫っている中国の領土侵犯行為の激化・脅威に対してどうやって日本の平和を守るべきかが議論の対象なのに具体論のない結論の繰り返しです。
旧社会党や共産党の非武装平和論については本家の旧社会党自身が村山内閣時に自衛隊の違憲主張を党として正式撤回している・防衛の必要性を認めているのです。
その後の社会党出身の中堅議員等が民主党内閣を形成した時に日米安保条約を正当なものとして沖縄の基地移設の閣議決定しているのに、その民主党の推薦を受けた公述人としての発言ですからまともな論理になるわけがなく、結果的に国民の意思を踏みにじるな!という唯我独尊的発言にならざるを得なかったのでしょう。
国会周辺数万のデモ参加者が本当にいたとしてもそれが国民大多数の意見反映しているかは、みる人によって違うでしょうから、国民の過半数が反対などという決めつけ論を聞いても仕方ないと居眠りしたくなる議員がいるのは当たり前でしょう。
彼の国会発言には、国会前デモに毎週参加してきたと自己紹介・誇示していますが、例えば同じ人が平均5〜10回参加しているとした場合、10数万デモというのは延べ人数ですので、実数では5〜10分の1になる計算です。
以下具体的発言を見ていきます。

私、私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること、私たちが政治について考え、声を上げることは当たり前なんだということ、そう考えています。
今、これだけ不安や反対の声が広がり、説明不足が叫ばれる中での採決は、そうした思いを軽んじるものではないでしょうか。70年の不戦の誓いを裏切るものではないでしょうか。

緊迫した中国の領海侵犯行為に直面している現実に対して、どのように対処すべきかが日本国民にとって喫緊の課題になっています。
70年間平和であったから今後もそのままで良いという意見は、新型コロナウイルスが来ても、昨年までのインフルエンザに対する対処法でよいという意見のようで現実無変化を見ないふりした意見です。
圧倒的国力を誇った戦後の米国が相対的大国の地位に低下(米国自身が世界の警察官をやれないと自ら公式発言しています)していく中で、これに乗じた中国の武力行使頻発・・新事態に対してどうやって国防するかの意見がありません。
「70年の不戦の誓い」というのも事実を歪曲したレトリックです。
国民は長年自衛のための再軍備賛成でしたが、国民意思を根拠なく代弁する社共系政党や文化人による再軍備反対闘争が続いていましたが、現実無視意見は無理が出てきたので、社会党自体が自衛隊違憲論を撤回した歴史=自衛戦争反対論は国民のごく少数意見でしかなかったことを自認したものです。
「70年間も不戦の誓い」をしてきた人がいたとしても現実離れした・占領されても抵抗しない?非武装平和論に凝り固まったほんの一部の人たちだけでしょう。
これを勝手に国民の意見とすり替えて主張するのは、従来型左翼宣伝の受け売りでしかないように見えます。
国際環境の変化としては、今年に入ってから日本領海内で日本漁船が中国公船に追い回される事態すら起きています。
フィリピンか?ベトナムでは漁船が中国公船に体当たりされて沈没した事件が起きているし、中印国境ではインド兵が百名規模で殺されたと報道されインドは中国製5G販売禁止に踏み切るなどの事態になっています。
国防は攻撃を受けてから武器調達や訓練して同盟国を探しているのでは間に合いません。
蒙古襲来の時でもあらかじめ襲来に備えて博多の浜辺には、騎馬軍中心の蒙古軍を阻止するための石垣を築き備えていたので、蒙古軍が上陸して陸上基地を設営できなかったので毎晩船に戻るしなく、毎晩小舟での夜襲作戦が功を奏して蒙古軍は寝不足になっていた挙句の台風襲来が国難を救ったのでした。
現在でも同じで侵略が開始されてからの対応ではなく、危機の兆候があれば、それに対する備えをあらかじめしておく必要があります。
ロケット戦や航空戦では、対応兵力開発(導入)〜実践配備〜訓練等に数年以上かかるのが普通です。
以上の事件は今年になって次々と起きたことですが、民主党政権時代から中国による尖閣諸島での侵犯行為が激化していたからこそ、日本でにわかに対中国防の必要性がクローズアップされてきたものです。

共産党基本方針で踊った民主党の失敗2(奥田氏国旗意見陳述1)

全共闘運動〜過激派が暴れるだけ暴れて社会からそっぽを向かれて正気に戻って?社会復帰したのが大多数でしたが、一部は開き直ってさらに過激化し内部抗争に走ってより一層社会から相手にされなくなって行きました。
中核派と革マル、社青同解放派などその時代の有名運動体は今でも一定の組織力を持っていますが、社会的意義が全くなくなっているという意味で書いています。
やむなく過激活動から足を洗って普通の社会人になり、あるいはやむなくまっとうな政治活動の範囲にとどまっている人たちにとっては、見果てぬ夢よもう一度というのが、民主党政権挫折後の動きだったのでしょうか?
その頃メデイアが持て囃した昨日紹介した新芸術運動家のその後は全くパッとしない印象ですが、私の偏見でしょうか?
今時の若者は現在の中高年世代と違ってスマートになっていて、言語表現であれ体力に任せる剥き出しの粗暴行動であれ、粗暴表現に親和感を抱く若者は減る一方・・ごく少数化しているはずです。
シールズの立ち上げは野党共闘を実現するための接着剤として共産党の仕掛けだったようにみえますが(もちろん証拠がない・外形からそのように推測できるというだけです)、鬱屈している民主党がまんまとその仕掛けに乗ってしまい民主党の名でシールズの奥田氏を国会推薦したなどの結果、奥田氏やシールズの非常識意見開陳は全て民主党や旧社共系野党の本音の露出出ないかの疑念を強めたでしょう。
すなわち日頃から表現の自由を声高に唱えながら自分の意見が通らないと暴力や粗暴言動に訴えたい体質政治集団の本音を見たというイメージ定着です。
口を開けば国民の声を無視するな!という合唱ですが、国民の声を無視してひとりよがりを言ってるのは自分の方でないのか!の無言の批判・・いつも真逆の主張が多いという印象を強めます。
人民の声など正面から無視をしている共産圏で、人民民主主義共和国と名乗る矛盾をそのまま体現しているような政治スタイルです。
社民党が沖縄での反基地闘争もいつの間にかしばき隊と共闘するような外見ができてしまうなど現在のジリ貧の遠因ではないでしょうか?
こういう無茶な(本音を持っている)政治運動する政党に国政を委ねられないと感じた人が多数だったことになります。
人民の声など無視の共産圏で、人民民主主義共和国と名乗る矛盾をそのまま体現しているような政治スタイルです。
シールズの主張?と言えるか煽り行為が、若者大多数の支持を受けていたどころか反発を受けていたとも言える選挙結果(自民党支持率が20代で最も高いのが現状です)でした。
14年12月の総選挙、16年参院選と選挙のたびに民主党〜民進党は議席激減して行き、18年総選挙直前についに党を維持できなくなって希望の党騒動を経て事実上の党解体に陥りました。
解体後の新党も結党時比で現在半分〜3分の1の支持率に沈んでいますので、国民大多数、過半数の反対を尊重しろと勇ましいことを言いながらも、総選挙が近ずくとシュンとしてしまう関係です。
一方仕掛け人と見られる共産党は、シールズとの関係を表に出さず民主党に譲って、火の粉を浴びずしぶとく生き残り、7月15日紹介した通り今も調査機関平均支持率2%(国民民主支持率は0、何%前後に下がっています)前後を維持して堅調です。
奥田氏は国会では群衆相手ではないので (いうべき意見を持ってれば)まともな意見を述べたのでしょうか?
どういう意見を述べたかを、ネット検索すると以下の通りです。
まずNHKです。
https://archive.is/20150915140910/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150915/k10010235751000.html#selection-553.0-553.230^

野党が推薦した、法案への反対を呼びかけている学生などのグループ「SEALDs」の奥田愛基氏は「『SEALDs』は、注目を集めているが、安保法制に対する国民的な世論は私たちが作り出したのではない。この状況を作っているのは紛れもなく与党の皆さんで、安倍総理大臣の理解し難い例え話に不安に感じた人が国会前に足を運び、全国各地で声をあげ始めた。国会審議を異例の9月まで延ばした結果、国民の理解が得られなかったのだから、結論は出ている。廃案にするしかない」と述べました。

【緊急アップ!意見陳述全文掲載】「今日は、国会前の巨大な群像の中の一人として、ここにきています」SEALDs奥田愛基さんが参院で堂々意見陳述「安保法案」に反対を表明!

緊急アップ!意見陳述全文掲載】「今日は、国会前の巨大な群像の中の一人として、ここにきています」SEALDs奥田愛基さんが参院で堂々意見陳述
「安保法案」に反対を表明!
2015.9.15

全文をかいつまんで読むと、平和を守れとか、国民が反対しているから反対という主張中心で法案のどこがどういう問題かの具体論がない印象ですので、NHKのような要約になったのでしょう。
全文は以下に出ていますので明日以降、部分的に引用していきます。
全文自分で読みたい方は以下をお読みください。

【緊急アップ!意見陳述全文掲載】「今日は、国会前の巨大な群像の中の一人として、ここにきています」SEALDs奥田愛基さんが参院で堂々意見陳述「安保法案」に反対を表明!

免責事項:

私は弁護士ですが、このコラムは帰宅後ちょっとした時間にニュース等に触発されて思いつくまま随想的に書いているだけで、「弁護士としての専門的見地からの意見」ではありません。

私がその時に知っている曖昧な知識を下に書いているだけで、それぞれのテーマについて裏付け的調査・判例や政省令〜規則ガイドライン等を調べる時間もないので、うろ覚えのまま書いていることがほとんどです。

引用データ等もネット検索で出たものを安易に引用することが多く、吟味検証されたものでないために一方の立場に偏っている場合もあり、記憶だけで書いたものはデータや指導的判例学説等と違っている場合もあります。

一言でいえば、ここで書いた意見は「仕事」として書いているのではありませんので、『責任』を持てません。

また、個別の法律相談の回答ではありませんので、具体的事件処理にあたってはこのコラムの意見がそのまま通用しませんので、必ず別の弁護士等に依頼してその弁護士の意見に従って処理されるようにしてください。

このコラムは法律家ではあるが私の主観的関心・印象をそのまま書いている程度・客観的裏付けに基づかない雑感に過ぎないレベルと理解してお読みください。