弁護士業界で言えば、都心の名だたる法律事務所に入って数年して周辺県に移籍して、時代遅れ?旧来型の家事事件や生活保護事件に従事する若手がいくらもいます。
旧来型職種は総じて競争が激しくないというか高度なスキルを必要としない(弁護士であれば、半年〜1年の見習い程度ですぐできそうな)ことが多いので、脱落者には再挑戦し易いのです。
移民〜難民が人間であれば言葉が半分しか通じなくても誰でもできる最底辺層職種に浸透する傾向があるので、底辺層ほど職を奪われる危機感が強い・・移民反対、排外的になる傾向が起きる原因です。
国民同士の階層間移動では排斥運動がおきませんが、ただでさえ底辺労働の場が新興国の挑戦で職場が狭まっているときに上からの脱落者が加わるので、(弁護士業界で言えば旧来型業務は限界があるので新業態の企業法務進出が奨励されているのですが)余計に従来型の労働者の地位低下・平均賃金低下→先端産業で働く人との格差拡大を招きます。
韓国では就職路人予備校に通ってようやくサムスン等超一流企業に就職できても、30代から肩叩きが始まると言われています。
肩叩きにあうと、退職金等を利用して小さな居酒屋、土産物屋、コンビニ店主等を始めるしかないと言われていますが、似たようなことが世界中であるのでしょう。
要するに各種業界内の先端分野ではアメリカ企業的感覚で、少しでも能力に難があると見れば、容赦なく切り捨てて旧来型業種に脱落させていく集団です。
部外者にとっては、コンピューター系職業についていると聞くと先端で将来性がありそうですが、内部は多様な階層分化が出来上がっています。
プログラマーの職業寿命が短いのが知られていますが、職業寿命が尽きて再就職するとなれば、同業種で生きるのは無理で映画で見たようにローエンド・・ボイラーマンやタクシー運転手など超古式ゆかしい職業に戻るしかないのかも知れません。
数日前にリクルートが求人倍率の公表を取りやめたという記事が日経に出ていましたが、同じ業界関連でも職種が細分化されているので、求人倍率が細かな職種別で見ないと意味不明になる関係があるということらしいです。
建設業の求人倍率といっても分野によってまるで違うでしょうし、パソコン関連でいえばトータル求人が多くてもある分野では求人が少ないのに別の分野では求職が溢れているなどで細かな分野別で見ないと意味がないらしいです。
職業訓練校などは、数十年前から残っている古びた職業(重機操作等・今ではパソコン操作の練習?)の訓練をしているのが普通です。
4〜5年ほど前に交通事故被害で失業した1級建築士が、CADシステムの職業訓練に通っていたことがありました。
1級建築士でも何ができるかによって、求人倍率が違います。
長寿時代には再教育システムが必要と言うものの、40〜50台の人が20台の若者と最先端分野の教室で机を並べても生まれ付きのIT環境で育った彼らに付いて行くことができるわけがない・同年代の中高校教育でいえばいわば「落ちこぼれ組」「お荷物」です。
再勉強しなかった人よりはある程度分るようになったという程度でしかないので、本当の戦力として就職戦線で戦えるとは思えません。
部長職に止まったままでの学習ならば、基礎的能力で若者に叶わないものの、ある程度若者のやっているIT関連職務の理解ができる年配者になったという程度でしょうか?
完全離職した人の再就職用スキルを与える職業訓練校の役割は、「ローエンドのありふれた職業にせめて就職できるようにします」という程度の底上げを図ることでしかない印象ですがいかがでしょうか。
アメリカのホームレスに対する施策をさっと見た印象では、サービス業で接客できる程度の職業訓練・ピンポイント救済に引っかからないその他大多数は底辺労働にもつけない・・滅びゆく「先住民」のごとく「ゲットー」に囲って死ぬまで保護していくしかないイメージです。
シェルターは出入り自由なのでその点収容所とは違いますが・・。
出入り自由でも、アパートを借りる金もなく、ホテル等に泊まれない以上は夜になると路上で寝るか、別のシェルターを選べるにしても結局は近くのシェルターに帰るしかないのでは、事実上一生シェルター暮らしになる点は同じです。
能力別人口構成はピラミッド型で、底辺層の裾野が広いのでボランテイアがピンポイント的再教育して・一つ一つの成功例・・やっている人は善行を積んでいる達成感や満足感いっぱい・・それはそれでいいことです。
しかし・・こういうやり方では砂漠に水を撒いているような気休め・自己満足で抜本的解決にはなりません。
マザーテレサで知られるように、あるいはビルゲイツの巨額寄付金のように、欧米ではこういう気休め政策にのる人を賞賛して「アメリカ人の心根は優しい」のだという宣伝をして?底辺層不満のガス抜きしてきた社会です。
日本は個人スターを必要としない社会ですから、こういう真似事の売名行為?・・といえば怒るでしょうが・・は不要です。
一本釣りだけではなく、底辺レベルの底上げ・・40点以下の製造要員の仕事が新興国に取られるようになれば、国民の最底辺レベル層を原則として(それでもついて行けない人は一定率残るでしょうが)40点以上に引きあげる努力・・この種の底が挙げには静かな長期ビジョンによる国・社会の制度設計が必須ですが、これには数世代にわたる施策が必須です。
外国人を受け入れるようにする以上は、彼らに対する教育投資が必要と騒がれているのはこの現れです。
膨大な再教育投資の必要性を考えると、縄文の昔から一体的価値観のある日本人と違う歴史経緯・・外国人を受け入れて同化させていくだけでなく、単純労働で受け入れると彼らの技術水準をあげる教育が成功するとは思えない・・長期的に日本社会のためにならないという意見で、長移民受け入れ反対をしてきました。
日本の人手不足・高齢化の循環が安定軌道に乗るまでの数十年間・・我慢すれば高齢者と生産年齢人口のバランスが取れるようになります。
長い日本民族の歴史で見ればほんの短期間のことですから、ジタバタせずにじっと我慢の哲学こそが必要です。
民族ごとにスキルの歴史が違うのですから、その歴史にあったレベルの産業構造社会を作っていく・(日本がアジア展開するまで・・例えば中国は鉄のカーテンによって比喩的にいえば、中国人レベルが50点であれば50点の産業を担当できたのに政治力学によって解放されていなかったために5〜6点程度の低レベル産業にとどまっていた・・ダムが決壊して急激な近代化が生じたにすぎません。
中国がその勢いがどこまでも続くと過信?あるいは空威張りで自国民は100点の仕事をできると息巻いていますが、それは結果を見てからのことにすべきでしょう。