スラップ訴訟については、「ネット炎上とスラップ訴訟・言論封じ2」で16年4月26日に書き初めていましたが、そのまネット炎上に戻ったママになっています。
スラップ訴訟に関する本日現在のウイキペデイアの記事を紹介しておきます。
ウイキペデイア
スラップは、社会的地位や経済的な余裕のある比較強者が原告となり、比較弱者を被告とすることで恫喝的に訴訟を提起することが多い。
実際に比較強者が訴訟を提起した場合、被告側たる比較弱者には、法廷準備費用や時間的拘束[2]などの負担を強いられるため、訴えられた本人だけでなく、訴えられることを恐れ、被告以外の市民・被害者やメディアの言論や行動等の委縮、さらには被害者の泣き寝入りを誘発すること、証人の確保さえ難しくなる。したがって原告は、仮に敗訴してもスラップの主目的たる嫌がらせを容易に達成できる。
上記はまさに、私が「ネット炎上とスラップ訴訟・言論封じ2」で16年4月26日に具体的な想定例を挙げた通りの内容です。
・・・アメリカ合衆国カリフォルニア州では、「反SLAPP法」という州法に基づき、被告側が原告側の提訴をスラップであると反論して認められれば公訴は棄却され、訴訟費用の負担義務は原告側に課される[3]。
日本では反スラップ法はありませんが、上記ウイキペでイアでは以下の事例が紹介されています。
スラップであると報じられた実例。
日本
幸福の科学事件[5][6][7]
2011年6月、甘利明が週刊ニュース新書に対し取材記者、キャスター、プロデューサーを名誉毀損で提訴した[8]。
オリコン・烏賀陽裁判
2012年、明治大学教授野中郁江の学術論文などに対し、関連投資ファンドの経営陣が5500万円の損害賠償を求めた名誉毀損訴訟[9]。
弁護士澤藤統一郎からブログで批判されたことに対し、DHCと会長吉田嘉明が名誉毀損であるとして、損害賠償を求めて提訴したが、請求を棄却した事例[10]。
2012年、大渕愛子対My News Japan記事削除仮処分申請事件。原告が訴訟を、被告が記事をそれぞれ取り下げたことで和解が成立した[11]。
ユニクロ(ファーストリテイリング)がユニクロの過酷な労働環境を告発した文藝春秋社『ユニクロ帝国の光と影』(横田増生著)に対し、2億2千万円の損害賠償、出版差し止め、発行済み書籍の回収を求めた裁判[12][13]。一審、二審、最高裁全て「真実」「真実相当性がある」としてユニクロの全面敗訴。
読売新聞が押し紙の問題を載せた週刊新潮とジャーナリストに対して行った訴訟[14]。
NHK受信料支払い拒否問題に関連して、日本放送協会に対して裁判を起こすようアドバイスした「NHKから国民を守る党」に対して日本放送協会が起こした訴訟[15
日本では革新系によって、政治で負けたことの蒸し返しのための訴訟提起の頻発・・司法が政治に介入しすぎないかの不満・イメージが増幅されてきました。
しかし、厳密に言えば、国会や市議会等で政治で決めたことの蒸し返しではなく、議会等で決めたルール違反を指摘する・司法はその有無を認定しているに過ぎないのであって左翼系に対する批判が当たりません。
(ネット等では司法・法律家の左傾化などを煽っていますが、非合理な感情的批判をあおっているにすぎないように見えます。)
例えば、原発の運転再開訴訟その他では多くが政治決定に不満な勢力中心に粗探し的に訴訟提起する印象ですので、結果からみると政治決定に司法が介入しているような印象ですが、訴訟テーマは政治で決めた運転基準に違反していないかのチェック訴訟です。
イラク派兵問題では国会で決まったことの蒸し返しではなく、特措法の適用範囲であったかどうか・・戦闘地域であったかどうか・現地実態はどうであったかの事後検証審議のための日誌の開示を国会で問題にしていたにすぎません。
沖縄基地の政府と県との訴訟は、埋め立て許可基準に合致しているかどうかの争いです。
結果だけ見ると、左翼系による訴訟戦術で政策実現妨害を受けているイメージが強いので、不満を持つようになった右翼系がイメージだけ学んで「それならば!」とばかりに追いかけ的訴訟提起することがこの数年多くなっていますが、(NHK訴訟など多くの事件が敗訴になっているようですが、)訴訟に馴染むものとなじまないものがあるというあたり前のことに気をつける必要があります。
日本の左翼系も政府施策に反対するために同じように何でも訴訟する傾向があるように思い込んでいる人が多い(ネットでは不満が溢れていますが・・)のですが、(長崎の諫早水門開門訴訟や、原発運転停止や空港騒音による運行差し止め・・沖縄基地移転などなど政治問題の多くが国会で決めるのではなく?裁判闘争に訴えるのが普通です)ここ数年では、日本民族系も逆に訴訟に訴える戦術を取り始めました。
ところが、アメリカ社会や日本の左翼系は長年の訴訟経験で訴訟戦術に長けているので、訴訟経験のない右翼・民族系がモノマネ的訴訟をすると却って返り討ちにあうリスクが高まります。
粗暴な相手があまり暴力を振るうので、日頃やられっぱなしの柔弱な男が殴り返したら半殺しに遭うようなものです。
相手のやり方で対抗するならば、相応の鍛錬が必要です。
素人が鍛錬しても意味がないので、、やはりアメリカ式の訴訟ルールに日本法律家も習熟していく必要があるでしょう。
17年10月5日「言論の自由(国家民族や集団のため1)」で自由主義・人権保障や金融資本の本家アメリカで、独占禁止法違反や不正競争違反あるいは金融規制など、権利行使の限界に対する規制が厳しくなっていると紹介しましたが、なんとなく日本では訴訟天国と言われているアメリカでは、逆にそれだからこそ訴訟の分野でも「乱用は許さない」という厳しい運用・・スラップ訴訟法理が発達していることがわかります。
3権分立の原理もどちらかというと形式的理解ではなく、「政治分野に司法は介入しない」という厳格な運用を垣間見ることができます。
トランプ氏の移民規制は、大統領令であって議会意思を反映したものではないから単純な司法審査に馴染んでしまった可能性があります。