(フェイク?)報道と信用失墜2(政治と学者)

帝大7博士事件についてはApril 2, 2018,「メデイアと学者の煽り5(日露戦争4帝大7博士意見書2)」前後で連載しましたが、これこそは、学者+メデイア+背後の軍部一体の国民扇動の元祖というべきでしょう。
これに関してはhttps://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180614191227.pdf?id=ART0008242225の研究論文に詳しいので以下一部だけ引用しますが詳細は直接参照してください。

・・彼らの議論の内容について、この事件を詳述した 立花隆 は「驚 くべき杜撰な議論である。ほとんど床屋の政 談であるとl2切 り捨てている。
・・・メディアと大学教授と世 論の関係を考 える上できわめて興味深い。
本稿では「主戦論へと導いた事件 」というだけでな大学人とメディアが相互に利用しあうことを始めたメ ディア史上初の事 件として捉えなおしたい・・。

以上一部引用の他(天皇上層文を見ると)彼が国民代表のような主張をしているなど、現在の論理飛躍の思わせぶりメデイア報道の始まりです。
メデイアの論理飛躍の穴埋めに学者という権威利用した点も現在の憲法学者動員と同じです。
正式な学問発表・論文の場合、理系の場合には実験+論理検証を、文系の場合にも実験に相当する実務を知り尽くした論証を経ていない論文など相手にされませんが、7博士は国際政治のプロではないので、国際パワーポリテックスのナマ情報も知らずに空論を主張していたことを上記連載で書きました。
学問の自由と学者の政治発言は別物です。
学問は文系理系をとわず、過去の事実分析を積み重ねた上で過去(実験成果を含め)に起きたことの意味づけであるから説得力があるのであって、将来の予測能力はまた別です。
科学の発明発見も実験という過去の繰り返しによって確実さを得た上の意見ですが、これもそれまでの科学知識で分かっている限りの実験結果的正義に過ぎない点は、歴史・考古学者の意見が論者の収集した限度の事実にもとずく意見であって、新たな考古学資料や文献発見で歴史が変わるのと同じです。
我々法律の世界では、血液型がABOしか知らない時にはその血液型一致だけで親子関係有無の結論が決まっていたのが、もっと複雑な分類法がわかると数十年前の鑑定による同一性が間違いであることになり、この数十年ではDNA鑑定がその後の技術革新によってさらに次のレベルの鑑定をして見ると、別人であった結果が出るようになっています。
以下は逆の事例です。
http://www.cpigi.or.jp/news/img/09_09_10_yamada.pdf

2005年10月13日(木)
東京都で90年11月、Aさんが路上で刺されたうえ車に轢かれて死亡した事件で、警視庁は13日、Aさんを刺したB容疑者を殺人容疑で逮捕した。
これまで、Aさんの死因は轢き逃げによる脳の損傷だったが、轢かれる前にB容疑者に刺されたことが致命傷(死因)であったと改めて判断したため。
凶器の刃物に残された血液のDNA型鑑定の精度が、この15年で飛躍的に向上したことが決め手となった。15年前は、同じDNAを持つ人は「25人に1人程度」で証拠として不十分とされていたが、当時のDNAが保存されており、最新装置を使って新に行った鑑定では「数十億分の1」まで精度がアップ。問題の血液はBの血液だと改めて特定できた

広く知られていることでは万有引力の法則が、相対性原理の修正を受けたのと同じことが起きています。
このように学問はいろんな実験をしてわかった限度でいろんな意見をいうのは自由ですが、現在進行中の政治の動き及び将来のことになると、学者が(日露戦争でいえば武器弾薬の補給状況・・在庫がどのくらい残っているかの最高機密状況や相手方の兵力補給状況、国際世論の趨勢など・現役の交渉担当者や情報把握部署にいない限り・.逆にいえば、そういう部署にいれば軽々に外部発表できません)特別な情報を得ているわけはなく、また将来予見能力に秀でている特性もないので彼らが目先の政治論をいう特別な資格はありません。
彼らは過去のことを学ぶ能力に向いているグループである分、反比例的に即決や将来予測が最も不得手な人種の集まりでしょう。
能力もないのに帝大教授という肩書き利用してメデイアの振り付けどおり論じるようになると「床屋の政治談義」レベルになります。
僧侶が宗教論を比叡山等で講じるのは自由ですが、高僧としての権威を利用して具体的政治に介入すれば、政治責任をとるべきは当然です。
政治関与したから信長に叡山を焼き討ちされたのであり、宗教弾圧ではありません。
極端に言えば信玄や謙信のように頭をまるめて法体になっていても、軍を率いて出陣すれば、負けた場合死を覚悟すべきでしょう。
学者か僧侶かの身分によって政治責任がなくなるものではなく、政治行動には政治責任が伴うのは当たり前のことです。
この点では最近顕在化しつつある弁護士自治も同じ問題をはらんでいます。
弁護士会の自治権・・人権に関連があるといえば森羅万象ほとんど全て関連性がありますが、民主国家においては、具体的法案をどうすべきかは、民意によって決めることであって、特定法案についての賛否運動・.政治活動する自由までは前提にしていないように思われます。
道路交通法改正や飲食店での喫煙規制さえ、規制される方は人権を規制されるテーマですが、すべての法案に弁護士会の名で賛成反対の政治活動の自由があるとすればおかしなものです。
日弁連か千葉県弁護士会か忘れましたが、数日前に見たものによれば、最低賃金引き上げ決議?会長声明らしいものが記載されていました。
私個人で言えば、この種のことは政治が強制するのではなく、景気動向による・基本的には生産性次第という考えですが、それでも問題が起きているならば、生活保護費や子ども手当その他の引きあげ等の個別対応を基本にすべきという考えですし・まして今は好景気で日々バイト時給アップ・・人手不足がよく知られている通りですから、(今朝の日経新聞朝刊20pにはバイト時給上昇基調・・5月は1、8%高と出ています)なんとなく時宜に適さないイメージで受け取りました。
千葉県だけ下がっているというなら別ですが、上記は3大都市圏と出ています・・政治家でもない集団が政治に口出ししすぎるとこういうズレた運動になるのでしょうか?
美濃部氏の天皇機関説や滝川事件は、学問の場で学問として論文発表して学問として受け入れられていたものを、政治テーマにするためにメデイアと組んだ政治家が積極的に取り上げて政治問題化したものですから、文字通り学問の自由侵害ですが、7博士は専門分野外のことに学者の権威をふりかざして政治に介入しておきながら批判されると「学問の自由だ」と帝大でかばったのが本末転倒・・日本の不幸の始まりです。
上記論文によれば、東大史では、政治介入は不名誉なことらしく政治介入に関してはぼかして(いて内容不明なので著者が研究する気になったらしいです)「学問自由」の事件としてのみ記録しているようです。
学問に対する正面からの介入である美濃部〜滝川事件では文字通り「学問の自由」の事件でしたが、これをかばうどころか、愛弟子の宮澤教授が恩師を批判しているのですから、帝大のレベルってそんなものです。
宮澤教授に関する本日現在のウィキペデイアの紹介記事です。

1935年に天皇機関説事件が発生して師の美濃部が激しく攻撃された時には、東大で憲法学を教えていた宮澤も激しい批判の対象とされた。蓑田胸喜によれば、「美濃部達吉氏に対してと共に厳粛に司法行政的処置がなさるべきである」[2]「国体国憲に対する無学無信の反逆思想家が帝大憲法教授たることは学術的にも法律的にも断じて許さるべきではない」[3]とされた。

(フェイク?)報道と信用失墜2(国連特別報告1)

昨日引用の続きです。

すなわち「自民党議員らによる居丈高な物言い」がランキング下落の原因だという推定は、おそらく正しい。
というのも、「報道の自由度ランキング」は当該国の専門家へのアンケートによる質的調査と「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」のデータを組み合わせて作成される。
「専門家」とは報道関係者、弁護士、研究者などであり、彼らが前年比で報道の自由を実感できたか否かが大きなポイントとなる。なるほど、安倍政権のメディア対応は専門家の心証を害するものであろう。
ジャーナリズムの「空気」、そこで生まれる「体感自由」度が大きく順位を左右している。
体感自由とは体感治安から私が造った言葉である。体感治安は現実に発生した犯罪認知件数や検挙数とは別に、人々が日頃抱いている治安イメージである。
日本は現在も最も安全な国の一つだが、「治安が悪化している」と感じている国民は少なくない。
未成年者による殺人事件がセンセーショナルに報じられる一方、統計的に見れば少年の重大犯罪は減少している。その意味では、体感治安の悪化は犯罪ドラマや事件報道を含めメディア接触が生み出したものということができる.

上記執筆者と私は結論が微妙に違う部分がありますが、引用した記載自体は同感です。
調査する人が、国民から受け入れられなくなって不満を抱くメデイアに体感を聞き取れば「自由度が低い」となるのでしょう。
メデイアに対する国民評価のランキングと見れば合点がいきます。
言論の自由度は国の基礎的インフラですから、(トルコのエルドアンのように急激な体制変更しない限り)これが1〜2年で乱高下するわけがない・・昨日紹介したグラフを見れば乱高下しているのはメデイアに対する国民の信任度合い=人気です。
民主国家では政権は国民支持によって成り立っているので、国民がメデイア主張を信用しなくなれば、政権もそれに従う関係ですから、民主国家でメデイアの主張が政権で採用されないのは、メデイアが独占的な意見広報をしているにも拘わらず、国民(選挙によって表明される民意・サイレントマジョリティー)から支持されていないことが証明されています。
報道手段独占にあぐらをかいて、これまで国民を意のままに誘導していた彼らにとっては、「笛ふけど踊らぬ」国民の変わりようを見れば、今更ながら、情報提供方法を独占できていた過去が懐かしい・・社会から疎外されているように思うでしょう。
そういう過去系の人を対象に調査・・事情聴取すれば自分の意見がおかしすぎるので相手にされない点を棚に上げて「日本には言論の自由がない・自粛させられている」と言う意見中心になりそうです
昨日紹介したグラフによると民主党政権時が過去最高の評価であり、安倍政権になっていきなり過去最低に急降下しています。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-7031.php昨日引用の続きです。

日本の順位は二〇〇三年(小泉純一郎内閣)の四四位、二〇一〇年(鳩山由紀夫内閣)の一一位、二〇一六年(安倍晋三内閣)の七二位と大きく変動するが、この時期に「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」の量的拡大やメディア法制に大きな変化があったわけではない。
つまり、この変化の要因は専門家の体感自由、主にメディア報道に由来する印象に大きく左右されているわけである。二〇〇九年と一〇年は報道の「自由度が高く」、その前後の八年と一二年も「比較的高い」と高評価されているが、この時期はすっぽり民主党政権期に重なる。

以上を見ると聞き取り対象は報道独占にあぐらをかいてきたメデイア受けする意見を開陳してきたコメンテーターや弁護士などであり、民主党政権時代に報道の自由度ランキング急上昇・過去最高位になった理由は、メデイア界一丸となって革新系政党を応援していて、自民党政権批判一本やりできたメデイア界は民主党政権時代は夢を実現できた「我が世の春」を謳歌していた好感度によるものでしょう。
民主党政権が終わると突如好感度急落の原因をみるために、国連特別報告書の内容を見ると記者クラブ制度の弊害を強調していますが、記者クラブ制度は民主党政権でも維持されたままなのに、自民党政権になるとイキナリ弊害だとしてマイナス評価対象になるのは不思議です。
その他制度上の欠点といわれるもので自民党政権になってできたのは特定秘密保護法だけです。
その批判も、国連特別報告者意見書を読むと諸外国にある法令とどのように違うかの比較がなく、ただ「ジャーナリストが正当な目的であれば秘密を窃取しても?処罰除外すべき」と言うような偏ったジャーナリストの主張丸写しです。
世界中で一般的な戦場の売春婦を日本に限って性奴隷命名した問題同様で、秘密保護法は諸外国にもあるのに、日本が遅れて採用すると何故自由度ランクを下げねばならないかの説得的理由になっていません。
その他韓国主張そのまま?に歴史を直視して慰安婦問題を受け止めて?歴史を直視した教育すべきとかの批判もしています。
表現の自由度と関連性の薄い・検定制度を非難するならば、民主党政権でもありましたし、先進諸国だって皆一定の基準があるはずですが、(イギリスの教科書でもアヘン戦争や植民地支配の犯罪性教育をしていませんし、フランスも植民地支配を反省し償いをしていません)比較論がありません。
以上見て行くとほぼ革新系政党や文化人・・朝日新聞等の主張そのままですから、メデイア界が全面支持してきた民主党の支持率急落と一蓮托生で国民から不信の目を向けられて信用されなくなったので海外からお墨付きを得るために国連特別報告者を招請し、彼はこれに応えるために発信しているように見えます。
民主党→民進党→希望の党→国民民主党の支持率の変化を見れば、革新政党〜民主党の機関紙のような役割を果たしてきたメデイア界全体の支持率も同率で下がるのは当然です。
というよりは、メデイア界の主張をそのまま運動方針にしてきたのが旧社会党以来の革新系野党〜民主党→○△政党ですから、野党支持率の急低下と言うものの、実はメデイア界全体に対する信用低下のバロメーターというべきです。
メデイア界は、政治周辺にいて情報収集する過程でいわば評論家的立場を得たに過ぎない・政治家そのものに必要な能力がないのに、政治を主導しようとして来たことがそもそも間違いです。
昨日の日経新聞夕刊「あすへの話題」(京大教授佐藤卓己氏)に戦前の代議士に占める報道界出身者比率の多さ(37年選挙では34、1%以上)が紹介されていましたが、(論旨はオポチュニスト否定論にもっていく→民意無視政治待望のようですが・・私の意見は外部からフェイクで民意を煽るメデイアの尖兵を内部繁殖して内外呼応していたことが元凶の結論です)アマチュアが政治を牛耳った弊害が戦前の国策を誤らせた原因です。
日露講和条約反対に始まるジャーナリズムが煽る戦前の揚げ足取り政治→その都度内閣打倒繰り返し→政権弱体化の弊害を連載して来ましたが、今朝の新聞報道により、外から煽るだけではなく自ら政治家になった人が多かった(日露講和反対を煽った中心人物戸水博士も直後に政治家に転身しています・・ことがわかりました。

思わせぶり報道と信用失墜1(自由度ランキングの怪)

見出しに大きく軍関与の資料発見(正確な表現は忘れました)と書いていて、内容をよく読むとどうでもいいような資料・連行と何の関係もなさそうな資料しか書いていない・・よく読めばメデイアは中立ですというつもりでしょう。
軍による強制連行があったかどうかが国民の大関心事になっている最中にこういう誘導的見出しの記事が1面に出ると多くの国民が強制連行の証拠書類が出たのかと第一印象を抱きます。
昨日最後に書いたように多くの人は内容をじっくり読む暇がないのが普通です。
互いに他報道機関の憶測に過ぎない記事を検証することなく「他社が書いているから」という理由で?既成事実としてその上に自社でさらに少しずつ憶測を螺旋状に積み上げていく繰り返しで、戸塚弁護士やメデイア界は役割分担しながら憶測を世界に広めていたように見えます。
今回の森かけ関連報道でも顕著ですが、見出しと内容記事が違う報道をすると、誤解を与えるリスクが高いのですが、なぜか裁判所は「内容をよく読めばわかるはず」というトリックで名誉毀損訴訟の多くを退けてきました。
名誉毀損事件の被告・・加害者の多くは報道可能な媒体を持つメデイアですから、裁判所のこのような姿勢は、メデイア界による思わせぶりな事実上の虚偽(フェイク)報道を助長してきたことになります。
こうした報道態度はフェイク報道に近いので、思想表現の自由の保護を受けない・・公正取引分野での規制対象にすべきかもしれません。
商品の見出し広告と内容説明が違うのは消費者の誤認を招くので(大きな効能の見出しを買いておいて隅っこに小さな文字100人にひとりしか効きませんとか、大特売と書きながら特売品一個だけですとかいておく)公正取引法で許されないのが常識的運用です。
メデイアに限って古典的基準・常識人が内容まできっちり読めば反対意見も書いていて自分で判断できるはずということで、上記の通り名誉毀損に当たらないとして多くのどぎつい見出し広告が許容されてきました。
裁判所の基準は「通常人」が誤読するかという基準ですが、憲法学者の言う「言論の自由市場」という市場論は、その道のプロ論壇参加者や週刊誌で言えば、お金を出して買う購入層の読解力を基準に判断しているのですが、政治判断は電車内の吊り広告や新聞等にある週刊誌の表紙広告や新聞やテレビの見出しテーマによって影響を受ける比率の方が大きい実態があります。
見出しで多くの人が影響を受けているのですが、その場合その道の専門家も部外者(エコノミストその他の専門家も専門外の見出しに関しては)やレストラン店員も労働者も洗脳的に受ける影響力は似たようなものでしょう。
要はその内容吟味する時間も暇もない点では情報「消費者」なのです。
消費者保護が必要なのは、消費者の知的レベルが低いからではなく、消費のたびに内容チェックする時間も暇もないということです。
食品専門家でも表示品質通りの食品かどうかは、購入現場で判断できない・検査機関に持ち込まない限り店頭で品質チェック能力がないので、表示を信用して買うしかありません。
野菜果物では、見ただけでうまそうかどうかの判断がある程度つきますが、それでも食べて見てマズ過ぎれば「おかしい」となりますが、見ただけでは産地偽装をその場で見抜けません。
板倉社長の時だったか、三越事件があって信用がガタガタになってしまいましたが、顧客は鑑識能力がないから三越は偽物をつかまさないだろうという信用で高額品を買っていたのです。
日本では報道機関等の報道では「言論の自由」「報道の自由」と称してこれが許されていたのは、報道機関は実態調査裏づけを取ってからの発表だろうという信用が高かったのですが、裏付け調査どころか信用を悪用して、自分自身がヤラセ報道(サンゴ礁事件/捏造報道)するようなことが頻発するようになったこと自体、三越事件(三越も偽物を知らずに仕入れたのではなく三越が意図的にガラクタを高級宝石と売って事件でした)同様で、この頃から「情報も商品」として「消費者保護対象」にする必要が出てきていたことになります。
ところが言論に限っていまだにこのような「羊頭狗肉」報道がまかり通っているのが不思議です。
ただ彼らのいう報道の自由市場論は、彼ら大手メデイアが牛耳っている限りの自由市場論のように見えます。
裁判所とメデイア界合作のこのような変なルールが、ネット批判が可能になったことで「見出しと内容が違う、あるいは「言葉の(一方的)すり変え」にはすぐさま厳しい反論が出るようになりました。
ネットの発達によって、報道界が独占支配する「言論の自由市場」が終わったことがわかります。
メデイアの偏ったイメージ報道がすぐ批判に曝されるようになったので、彼らにとって「日本には言論の自由がない」ということになったらしく、国連特別報告者が訪日調査して(多分そういう不満分子が招請したのでしょうから、そういう人たちから聞き回った)特別報告が採択されたとかで、1昨年頃に大さわぎなりましたが、要は国内言論市場の独占支配が崩れて困っている実態が丸見えです。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-7031.php
日本が低迷する「報道の自由度ランキング」への違和感
2017年2月22日(水)12時09分

佐藤卓己(京都大学大学院教育学研究科教授)
<61位(2015年度)、72位(2016年度)と、日本は世界報道自由ランキングの順位を年々下げている。果たして安倍政権のメディアに対する姿勢に原因があるのか、それとも内閣支持率で空気を読むメディアの自己規制に問題があるのか――。「この順位に驚かない」という佐藤卓己・京都大学大学院教育学研究科教授による論考

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パリに本部を置くNGO「国境なき記者団」Reporters Without Bordersが二〇〇二年以降、二〇一一年をのぞいて毎年発行している。すでに述べたように、二〇一六年度版で日本の「報道の自由度」は一八〇国中、七二位に下落した
二〇一六年五月四日付『朝日新聞』の「天声人語」も、このランキングで中国政府が言論弾圧を行っている香港(六九位)よりも日本の方が低いことに「驚いた」といい、「西欧中心の見方ではないかと思う」と疑念を呈している。だが、このコラムは次のように結ばれている。
それにしても、昨今の自民党議員らによる居丈高な物言いは、やはり常軌を逸している。担当相が放送局に電波停止をちらつかせ、議員が報道機関を懲らしめる策を勉強会で披露する。あの種のふるまいがなければ、日本がここまで評判を落とすことはなかっただろう。

(稲垣注・朝日は「自分らが告げ口したのではない」という表向き弁解ですが、本音はこの部分でしょう)

疑惑(思わせぶり)報道3

愛媛県知事が、総理関与の重要公文書があると力んで出した文書によれば、「加計学園の〇〇が総理と面会して△△と言われた」かのような文書だったらしいのですが、すぐに総理官邸出入記録と合わないとネット反論が出て、肝心の総理官邸の出入記録に該当する面会記録がないことが明らかにされました。
それでも連日ワイドショーなどで安倍総理は今度こそ責任をとるべきだと大騒ぎでした。
こういう大報道を展開する前に首相動静記録(各新聞が時間や分単位で総理の1日の動静を報道している以上は、自社記録があって瞬時にわかるはずです)などの記録チェック・事実確認を全くしていなかったとすれば不思議です。
勘ぐれば、それを出したらメモの矛盾がわかるので、あえて伏せたまま大規模報道をしてバレルまでのあいだ1〜2週間でも政権を追い込み、国会審議をストップさせることや一時的な支持率低下に追い込む目的に利用したような見方が可能です。
客観記録と合わないことが出回っても、メデイアは大規模報道の前に裏付け調査しなかった理由を一切釈明しないままうやむやになっています。
財務次官に対するセクハラ疑惑も騒ぐだけ騒いで音源が合成されている・・そもそも本当にそういう苦情が前かあったというならば、何故当日職務命令で1対1の食事に出向かせたのかなどの反論が出てくるとうやむやです。
このようなほとんど虚偽に近いメデイア報道を大々的に流布してもネット批判がすぐに出て打ち消す威力のある時代が来たので、こういう繰り返しが目立つようになってきたのです。
ネット発信がなかった時代には反論があっても発表の場がないことから、メデイアはフェイク報道ギリギリ・思わせぶりな報道し放題の感がありました。
いまだに過去のフェイク?報道し放題の習慣が抜けない最後の悪あがきが森かけ騒動というべきでしょうか?
こうした繰り返しが多ければ多いほど、メデイア界の信用・地位が低下するばかりです。
メデイア界談合で?決めた1方的報道が始まると誰も反論できない仕組みを「言論の自由市場」と憲法学者等文化人が豪語してきました。
慰安婦騒動時には、まだメデイア界が報道を独占していたのでメデイアの洪水的一方的報道を不審に思っても反論する場がなくそのまま通用していたので誤った報道がはびこり日本や国際世論をあやまった方向へ導いてしまったのです。
このシリーズで、書いている通り、戸塚弁護士の性奴隷と定義づけた根拠をネットで初めて見て論理の粗雑さに驚くばかりですが、当時はなぜ「性奴隷」というのかをメデイアが報道しない限り素人が論拠を直接見るチャンスがなかったのです。
彼が書いた本を買えば読めると言われても、自分に関係なく論争する必要もない人は買いに行かない・ただそういう意見がある・・相応の根拠があるのだなという程度で終わりでしょう。
6月4日紹介したように性奴隷定義派は「経済困窮がなければ自発的に応募する筈がない→奴隷だ」と言う独自・短絡定義らしいですが、この定義によればドイツ等で合法化されている売春婦はみな性奴隷です。
4〜5年以上前から韓国の売春婦輸出が有名ですが、それを買っている?欧米諸国は性奴隷に対して謝り賠償金を払うべきですが、なぜ日本だけ国連で問題視されて謝り続け賠償金を払う必要があるかの説明がありません。
戸塚弁護士は「拉致されたり人身売買等による売春・性行為を強制されているのを「性奴隷」という従来定義を今後、「経済困窮に付け入られる弱者」を性奴隷と言いますという宣言をし、これを世界に発信すべきでしたが、これを全くしないで、朝鮮人慰安婦を「性奴隷」と認定?して世界に発信してきた結果、世界中の人が朝鮮人売春婦に限っては「売買対象」になっている奴隷だったと誤解します。
一般的になっている言葉の定義を独自に変えるならば、「ここでは従来の定義をこのように変えて主張している」と事前説明するべきでしょう。
商取引で有名ブランド品と称して偽物を売り中国産を国産と称して売ることに社内で統一していても対外的に「当社は、中国産を国産と表示しています」と説明表示しなければ、詐欺でしょう。
ここ数年燃費偽装や(神戸製鋼やスバルなど)検査偽装が社会問題になっていますが、一定ルールで検査していると表明して起きながら実際には検査手抜きしていたのも同じ問題です。
このように言葉の定義を自分勝手に変えるのは、社会に対するごかましであり許されません。
「今後(人身)売買対象でなくとも経済困窮等により結果的に自由がない女性を性奴隷と言います」あるいは「実態調査しなくとしたように発表します」と定義を変える場合には、自分が創設した新規概念を諸外国に説明し、この状態にあれば「西欧でもどこでも性奴隷になる」説明とセットにしないまま(調査の結果?)「朝鮮人慰安婦は性奴隷だった」と諸外国に宣伝していたように見えます。
定義変更の説明なしに、「慰安婦は性奴隷であった」といえば「拉致されたかそれに準ずる厳しい監視下で売春を強制されていた」「実態調査をした結果」の主張と誤解するのが普通です。
この誤解の上にメデイアが軍の関与判明(内容は昨日冒頭に書いたように「相応の便宜を図る代わり規制するに過ぎないのに)と大規模報道すれば、世界中の人が軍が性奴隷化に軍が手を貸していた・・「軍が直接拉致に関与した証拠が出た」のかと想像してしまいます。
そそっかしい私もそう理解していました。
1992年の宮澤総理訪韓に照準を合わせた朝日新聞大規模キャンペインに始まってメデイア界はこれを認めない日本政府追及一色になっていましたが、当時はまだネット利用が一般化していなかったので、メデイア界が独占している言論市場では、メデイア界の主張以外の意見は表明の場がない状態でした。
安倍政権成立時から慰安婦問題が大論争になってきた結果、大手メデイアの報道だから相応の裏付け調査した結果だと信用して、それ以上の(どういう調査をしてどういう結果が出たのかという初歩的な)疑いを持っていなかった(私もその一人ですが)一般国民が国連決議になった経緯やその根拠は何か?など細かい情報に関心を持つようになってきました。
その頃(2012年暮)には、関心を持てば自分で検索できるような情報提供環境が整った上に簡単に個人感想を発信できるようになっていたことが大きな原因です。
「メデイア界さえ抑えれば勝負あり」と思っていた中韓にとっては大誤算だったでしょう。
パク大統領による全面戦争宣言的意思表示によって時の安倍政権が果敢に受けて立つ気構えを示したことから、国民の多くが事態の深刻性に気がつき、遅ればせながら、慰安婦騒動の基礎を洗い出す動きが起こりました。
大手メデイアによる大規模報道と日弁連の主張にも関わらず、粗雑な論理構成→戸塚弁護士の「私」ならそう思わないという主観を前提にした意見→「私」の気持を基礎にする以上一般意見を調査する余地が元々なかったことが分かってきました。
いろんな事情が出てくると、マスメデイアが軍の周辺的関与を以て「軍の関与判明」と断定的大規模宣伝していたことが分かりました。
多くの人は新聞報道やニュースを出勤前や帰宅後短時間目を通すに過ぎないので、見出しの影響力が甚大です。

疑惑(思わせぶり)報道と事実報道2

私は慰安婦騒動の国際政治的元凶は、戦争後も日本の復活を阻止したい米国が、日本叩き・潰しの一環+中韓をそそのかしてアジアの分断を狙って中韓を後押ししてきた・・という私の憶測で従来書いてきましたが・・。
今回6月8日に引用したhttps://www.weblio.jp/wkpja/content/慰安婦_日本軍慰安婦で6月8日に引用しなかったもう一枚の写真をこの機会に引用しておきます。

「従軍慰安婦 写真」の画像検索結果
担架の上で座って、尋問を待つ日本軍慰安婦の中国人の少女。男性は英国空軍中尉”。1945年8月8日、ビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)の連合国軍キャンプにて、ティトマス軍曹によって撮影。
詳細は「日本の慰安婦」を参照

上記は英米軍は日本敗戦濃厚になった時に戦後日本の非道徳性を暴き東京裁判で裁くために日本のポツダム宣言受諾前から着々と資料集めをしていた実例です。
ところが反日感情の強いはずの中国人や朝鮮人を相手に聞き取りをしても米軍の慰安所よりも待遇が良かった・・・ホンの少しでも非人道的事例が出れば、これ見よがしに日本軍の蛮行として宣伝するための資料集めでしたが、それが成功しなかった・米国の尊敬すべき点は証拠の捏造まではしなかった点です・・結果が証明しています。
この調査結果を知り尽くしてるし客観証拠を全部握っている米国が、調査結果を公開すれば即座に勝負アリで終わっていたのに、これを発表せずに日弁連の運動・・日本側の内部裏切りを利用して連邦議会で日本の慰安婦非難決議をしたこと自体が日本叩き目的の政治謀略を裏づけるものです。
プラザ合意以降のジャパンパッシングと同時並行でした。
慰安婦騒動はこういう大掛かりな国際包囲網があって進んだ事件ですが、この間に中国の方が日本よりも強大になってきたので、米国の日本叩きの方針が変わり、逆に米国が対中叩きをするには日本を味方につける必要が出てきたので中韓は梯子をはずされた状態になったという意見を書いてきました。
米国の図式通りに踊っていたパク大統領と日本の協力者・メデイア界にとっては大変なことになってきました。
パク前大統領は国民不満によって弾劾され今は獄中ですが、日本のメデイアや中韓協力者はまだ命脈を保っているので慰安婦=性奴隷のまやかし「化けの皮を剥いでしまった安倍憎し」で安倍政権倒しに必死の様相です。
戸塚弁護士の性奴隷運動応援団の続きです。
日本の従軍慰安婦に関しては、メデイア界では軍関与の資料が出たと、(如何にも性奴隷の決め手の証拠のように)大騒ぎしていたことがあります。
戦地に同行する軍人相手の売春婦がいる場合に、軍人の健康管理上、保健衛生上の規制をし一方で移動に関する便宜を図る一方情報漏洩に関心があるのは当然・・付随サービスプラス規制は一体のものであり、性奴隷(強制性)認定するにあたっての意味ある規制ではありません。
ウイキペデイアによる従軍慰安婦に関する諸外国制度紹介を一部抜粋引用で見ておきます。

2 公娼制(管理売春)と慰安婦・慰安所の歴史
以下ヨーロッパ、中国朝鮮の歴史が鍾愛に紹介されています。省略
近代公娼制の確立
18世紀のヨーロッパでは売春が盛んになり、私生児も増加したため[125]、1724年の『公営売春宿擁護論』では公娼制による解決が主張された[126]のち産業革命期以降のヨーロッパでは公娼政策がとられた[97]。しかし非登録の私娼も多く、1843年頃はロンドンに9万人、パリに3万人、ベルリンに1万人[97]、1860年のロンドンでは30万人の娼婦がいたとされる[98]。
性病対策としての近代公娼制
近代公娼制は、性病対策と軍隊慰安によって設置され、フランスで確立し、その後ヨーロッパ、アメリカ合衆国や日本にも導入された
18世紀末に梅毒が流行し、ナポレオン戦争による大規模の人の移動のため性病がヨーロッパ中にひろがったが、同時に医学研究もすすんだ[129]。プロシアでは一旦廃止されたあと1851年に性病予防のために公娼制度が軍によって再開され[127]、風紀警察が特別に設置された[130]。イギリスはクリミア戦争の際の性病問題に対してイギリス軍の提案[131]で1864年から1869年にかけての伝染病(性病)法によって公娼制度が導入され[127]、警察が娼婦とみなした女性を逮捕し、検診を強制できるようになり、性病に感染していない場合は娼婦(公娼)として正式に登録された[131]。1873年、ウィーン国際医療会議で売春統制を各国共通にするための国際法が提案された。
1908年、警視庁は妓生取締令・娼妓取締令を出し、朝鮮の伝統的な売春業である妓生を許可制にし、公娼制に組み込んだ[23]。取締理由は売買人の詐術によって本意ではなく従事することを防ぐためとされた[23]。清(中国)での日本租借地関東州でも1909年に日本人娼妓の営業を禁止されたが、芸妓・酌婦の公娼行為は黙認された[25]。1910年には「日韓併合により、正式に公娼制度が導入された」と秦郁彦は書いている[138]
公娼の廃止に向けた取り組み
・・・日本においても、1920年代になると廃娼運動が盛んになり、「公娼制度は事実上の奴隷制度である」などの理由により、公娼廃止決議、公娼廃止を決定する都道府県が続出した[151]。
植民地公娼制[編集]
しかしこのような廃娼運動も、植民地においては本国と比較して後れを取った。
1870年代になってジョセフィン・バトラー[159]らの売春婦救済運動(廃娼運動[97])が盛んになり、19世紀末のイギリスやアメリカ合衆国では本国では公娼制が廃止される[97]。しかし、植民地においては存在し続けた(秦郁彦[160]、ヒックス[161]、藤目ゆき[162])。イギリスは1921年の婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約に調印しながらも植民地での公娼制は維持された[162]。アメリカ合衆国もフィリピンなどでは、米軍基地目当ての売春宿や性病検診と登録制は1990年代になっても廃止されなかった[162]。秦郁彦は、第二次世界大戦当時の英米では兵士の慰安婦は公娼から私娼中心になっていたが、戦地の現地人娼婦以外では女性兵士や看護婦が代替したと指摘している[1
第一次世界大戦時の米軍ではアメリカン・プランが推進された。アメリカン・プランとは、米軍の兵営5マイル以内では、どんな女性でも逮捕でき、その女性の市民権を停止することができる軍隊保護法であった[171][172]。市民権を奪われたあと女性に性病感染が発見されると、強制収容され、終戦までに1万5520人の女性が逮捕収監された[172]。この保護法は性病から兵士を保護する目的であり、逮捕収監は合法であったため、兵士で処罰されたものはいない[172]。
第二次世界大戦時の性政策[編集]
秦郁彦によれば、第二次世界大戦当時の戦地での性政策には大別して自由恋愛型(私娼中心。イギリス軍、米軍)、慰安所型(日本、ドイツ、フランス[173])、レイプ型(ソ連)の3つの類型があった[174]。
・・・英米軍が占領後に日本軍慰安所を居抜きで使用した場合もある[176]。アメリカ軍もフィリピンなどの植民地慰安所をのぞくと慰安所を設置しなかったが、ノルマンディーに上陸したアメリカ軍が多数のフランス女性をレイプし、性行を行っている姿を見ないで街を歩くことが出来ないほどの状態になったためル・アーヴルでは市長が郊外に慰安所の設置をアメリカ軍指揮官に懇願したがアメリカ軍はこれを拒否している[177][178]。
ドイツ軍は国家管理型の慰安婦・慰安所制を導入し500箇所あったといわれ、ドイツと同様の制度を導入した日本軍慰安所は400箇所あったとされる[179]。フランス軍、インド駐留イギリス軍、イタリア軍にも慰安所があったが、慰安婦を現地で募集する場合とそうでない場合とがある(詳細は下記節で述べる)。
ソ連軍による戦時性暴力と慰安婦[編集]
ソ連(ロシア)では慰安所は設置されていないがレイプが黙認された[189]。ヨシフ・スターリンは敵国の女性を戦利品とする「戦地妻」を容認し、「わが軍兵士のふるまいは絶対に正しい」と兵士を鼓舞した[190]。ソ連軍は占領したドイツで集団強姦を広範囲に行い[191][192]、レイプの被害者数はベルリンでは9万5000 – 13万、東プロイセン等では140万人、ドイツ全域で200万人にのぼった[193]。ソ連軍によって監禁された約170名の日本女性が強姦を受け23人が集団自決した敦化事件も起きている。また大古洞開拓団(三江省通河県)ではソ連軍による慰安婦提供の要請を受けて、2名の志願慰安婦を提供した事例もある[194]。満州開拓団にソ連軍が進駐した際には兵士の妻でなく単身女性が慰安婦として提供された黒川開拓団や郡上村開拓団の例がある[195]。
ソ連軍による戦時性暴力と慰安婦[編集]
ソ連(ロシア)では慰安所は設置されていないがレイプが黙認された[189]。ヨシフ・スターリンは敵国の女性を戦利品とする「戦地妻」を容認し、「わが軍兵士のふるまいは絶対に正しい」と兵士を鼓舞した[190]。ソ連軍は占領したドイツで集団強姦を広範囲に行い[191][192]、レイプの被害者数はベルリンでは9万5000 – 13万、東プロイセン等では140万人、ドイツ全域で200万人にのぼった[193]。ソ連軍によって監禁された約170名の日本女性が強姦を受け23人が集団自決した敦化事件も起きている。また大古洞開拓団(三江省通河県)ではソ連軍による慰安婦提供の要請を受けて、2名の志願慰安婦を提供した事例もある[194]。満州開拓団にソ連軍が進駐した際には兵士の妻でなく単身女性が慰安婦として提供された黒川開拓団や郡上村開拓団の例がある[195]。

上記を見ると、慰安婦が現地移動するには軍の便宜供与が必須であったことや性病管理などを理由に性奴隷という粗雑論理・・日本軍関連慰安婦だけこんな無意味なデータ程度を元に大騒ぎすること自体、性奴隷論を応援する色づけ報道の疑いが濃いものでした。
一般企業が出入り業者の出入りをチェックする規則があるように、どこでも入館証を発行したりするのは管理上やっていることであり、軍の移動について移動する慰安婦集団に対してもその程度のルール化や便宜を図ることと彼女らが奴隷であったかどうかとは直接関係がありません。
工事現場に入るには、ヘルメットをかぶるとか、特定企業内に出入りするには企業独自の入館基準をパスする必要があります。
売春婦でも慰安婦の場合、ことの性質上性病関連検査が必須であるとして軍が保健衛生上の基準を守らせていたとしても、売春が軍の強制管理下=奴隷的拘束の下で売春を強制されたかどうかとは関係ないことです。
刑務所,警察など未決勾留中の被疑者などは自弁で弁当を注文できますが、食品(物語風の心配で言えば、口封じ目的の毒殺の心配?)安全上の側面から指定業者に限定していますが、だからと言って警察等に隷属しているのではなく納入業しての規制を受けているにすぎません。
性奴隷かどうかは、売春婦になることが強制され、ひいては売春行為も強制されたかどうかであって売春婦をする以上は「一定基準を守らされた」というだけでは、奴隷制と無関係です。
車の運転をする以上は道路交通法を守る義務がありますが、それは奴隷制とは関係のないことです。
大手建設工事現場に入るにはヘルメットなどの安全装置着用が求められますし、食品工場などでは衛生管理上の着用が義務付けられます。
6月4日と5日上野論文を紹介しましたが、主張している事実はせいぜい軍関連売春婦であったという程度の事実がわかるに過ぎず、奴隷的拘束との関連性の有無としては遠すぎる事実を見つけては、あたかも大きな成果のように大騒ぎするメデイアの体質はここ数年の森かけ騒動でも同じです。
今回の森かけ騒動に関して財務省が抹消した公文書としては報道されている限りでは、森友氏がこう言っているという聞き取り程度の枝葉末節的なメモ類ばかりで、鬼の首でもとったかのような大騒ぎをしていましたが、大阪地検では公文書の意味を損ねるような改ざんではなかっと結論で不起訴処分にしました。
書類を直接比較して見ていないので正確には不明ですが、報道を仄聞する限りでは、「誰それがこう言った」というだけで総理の責任があるわけがないのでそんなところでしょう。
他方で愛媛県のメモが出て来たのでこれも安倍総理の責任という報道ですが、内容を見ると関係者から聞いたという眉唾文書ばかりです。
「政治家を利用してうまいことをしよう」とする「怪しい輩」はゴマンといて、役人はそのくらいのことはしょっちゅうですから、訪問者がどこそこの政治家と懇意だとか、応援すると言われたとか、ゴルフをしたとかいろんなホラを吹いても、役人の方は「また言ってる」とバカにしながらも一応こういうことを言っていたという情報処理(メモは残し)します。
愛媛県訪問者の誰それがこういったというメモが出たというだけで、いかにも安倍総理が不正をしていたかのようなイメージを流布するのですが、事実を主張しないで「疑惑をほのめかす」ばかりの報道体質・慰安婦誤報道以来の体質がまだ続いていることがわかります。
本来この程度の情報があった場合、いつものことか?とバカにしないで、念のために総理に暗い影がないか調べて見ようと嗅覚を働かし、調査に着手するまでは各社の随意であり合理的ですが、何も裏付け調査しないで、あるいは、調査してみて何も出なかった腹いせに?総理に汚職?の疑惑があるように言い募り国会審議を止める運動までするのは行き過ぎ・・業務妨害的な報道態度です。

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