消費者信用の拡大6(金利の重要性)

ローン金利を「変動金利ではなく固定金利にしていれば大丈夫」という意見もあるでしょうが、個々人ではそうでしょうが、仮に100%のローンが固定金利で銀行だけが逆ざやで損をするようなうまい話が実際に成り立つでしょうか。
3〜4日あるいは逆ざやになるのが融資量の1%くらいならば銀行もヤリクリできますが、融資量の100%が逆ざやになれば金利収入がなくなるのですからたちまち倒産です。
固定金利客が2〜3割しかないなくても(この場合7〜8割の債務者の人が変動金利約定→相場通り金利が上がることになります)逆ざやで1年も2年も続く見込みでは2〜3割もの逆ざやを抱えていると業績不振で大変なことになりますし、他方で債務者の7〜8割の人にとって金利急上昇し、その何割かの債務者が払えなくなると不良債権が増えてこの面でも大変です。
もちろん住宅ローンの7〜8割が変動金利契約の場合、金利上昇すると余裕で払っていた人もギリギリになり(一般消費縮小で不景気になります)ギリギリで払っていた人などが払えない事態が起きたら大社会問題になります。
政府がローン債権を金融機関から全額買い上げて、ローン債務者に全額免除してやれば全てなかったことになります。
その資金は国際金利相場無視でゼロ金利国債を発行し日銀に引き受けさせてそれに当てれば財源は無制限に出来ます。
ただし財源を金融機関救済や特定債務者のために使うのか・・不公平だと大騒ぎになるでしょう。
文句を言う人の債務も救済してやれば文句が出ないので、結果的に国民全部が無借金・無債務になるまで全部救済したらどうなるでしょうか?
中小企業の賃金支払い債務も病院へ医寮費・病院従業員や業者への支払いも全部政府が代わって払ってやる・・スーパーでの買い物代金もスーパーの仕入れ代金も・・従業員の給料も何もかも全部払ってくれれば公平ですが・・公平というか(悪)平等になるとどうなるかです。
もしも何もかもみんな政府が肩代わりしてくれるようになると・・モノやサービスの代金が何のためにあるのか?紙幣って何のためにあるのか訳がわからなくなります。
自分の義務・・電車賃もコーヒー代も全てネット決済については政府が肩代わりしてくれるようになると、何のために頑張るのか?「価値とは何か?」と言う根源に打ち当たります。
「こんなバカなことが起きたら・・」という想像自体、私のようなバカな人間しか思いつかないでしょうが・・。
全て政府が払ってくれる社会・債務帳消しが増えるとモラルハザードになると言われますが、国民全員の債務をすベて政府が肩がわりする理想的な?社会が実現すると努力の元になる貨幣価値取得動機がなくなってしまうことは明らかでしょう。
現実にこれの小規模実験しているのが生活保護受給者です。
一応最低生活なので肩身が狭くここからの脱出願望があるだけまだマシですが、それでも何をするにも無償なので乱診乱療等のモラルハザードが起きる他に生活保護脱出意欲を失ってしまうなどモラルハザードが心配になっています。
生活保護受給権は法で認められた権利である・・したがって何の遠慮もいらないので堂々と権利主張すべきという主張が多いですが、法で認められている以上は「権利」に違いないでしょうが、自分が働いた対価を得る権利と違い、社会保障政策として受給権が認められたに過ぎない権利は、本来の意味から見れば亜流の権利です。
権利行使とは言っても亜流の権利であることを自覚してある程度の遠慮があってこそ、脱出努力も生まれるのではないでしょうか?
全国民の受給権としてすべての国民が全ての債務から免除されるようになる・・国民全部に行き渡ると肩身が狭い心配もなくなり、全員が働く意欲を喪失しかねない・・国内総生産がどうなるかの問題です。
文字通り お金に換えられないものだけ(実際どう言う言うものが残るのか?)が「価値のある」社会になっていくのでしょう。
食料品に限らずすべての分野で国に肩がわり支払いしてもらうシステムになると、古来からの交換経済システム自体が消滅しますし、(ひいては供給システムで働く・・自己の労働や努力の対価は意味がなくなるので、みんながまともに努力し働かなくなってしまうと、社会がどうなるかに直面します。
ほとんど全部の国民が働かなくなる→生産低下→供給システム崩壊→国際収支が大赤字になって輸入ができなくなる→生活水準大幅低下が待っているでしょう。
住宅ローンやクレジット残高拡大は個人の問題ですが、これを国家規模にしたのが日銀の国債大量購入・市場性のある債権等の大規模購入問題です。
国債大量購入の場合、発光体はいくらでも買ってくれるので支払いの心配がない上に、保有国債の金利が市場で上がりそうになれば(債権相場下落)日銀自身が金利を決める権利があるので「上げなきゃいいんだ・大丈夫」と思っているでしょうが、エコノミスト・国民はそれを際限なくできるのかを心配しています。
世界中の国債金利が上がり始めても最後の最後まで日銀がゼロ金利維持のために日本国債を買い支え続けるのが可能か?でしょう・・海外保有者から売り浴びせを受ければ日銀はいくらでも円を刷れるので発行済国債全部を買い占めることも可能です。
日銀が市場から国債を買うと同額分の紙幣が市場に出回りますが、例えば100億円で国債を売った企業は現金百億を持っている訳に行かないのですぐに何かに投資するか当面の置き場所として換金性の高い預金・証券その他何かに換金するので他の債権等の相場が上がります。
日銀が直接証券市場で買い支えて相場に介入しなくとも間接効果があります。
マンションやビルを買う資金に使うにしても、金融機関経由で代金で支払った紙幣が日銀に還流して行くので、言われるほど紙幣が市場に溢れることはありません。
国民の債務肩代わり同様に日銀券を大量発行して証券市場で新株発行を直接引き受けたり既存株式を買い占めたらどうなるでしょうか?
株式相場が成り立たなくなるというか、高値安定して民間企業の実力を反映しなくなります。
悪平等が個人おモラルハザードを起こすように企業価値の採点表・温度計である株式市場や債権市場評価が機能しなくなります。
個々人の債務を政府が全て払うようになると個々人が何に価値目標を置いていいのかわからなくなり生きる目標をなくすように、企業人も市場評価がなくなると、指標をなくして困るでしょう。
※追記7月16日日経新聞5pには、この点の主張のはしりが出てきましたので追加記載しておきます。
日銀買い支えの結果国債相場が動かず、権利変動がないと銀行間の短期先物取引もなくなりディーラー失業の危機を書いています。
平和なときにも軍の訓練がいるように、イザとなったときに相場を読む取引のプロ・・戦士がいなくなるリスクを書いています
政府が国債発行によって全て肩代わり支払いしていくと将来的には上記の通り社会が停滞縮小していくしかないでしょうが、そんなことが出来るのは、国際収支黒字の範囲が限界でしょう。
日本だけがゼロ金利でなり立つのかは日本の長期的な国際収支次第(・・金あまりか不足国かの基準)であることを何回も書いて来ました。
この限界が来たときに長年指標無関係で生きて来た日本人が普通の経済活動に移行出来るかの疑問です。
資源・リン鉱石に頼っていたナウール共和国が、これがなくなってどうにもならない状態に陥った例を何回か紹介してきました。
日本で個人破産が今後社会問題になるほど増えるかどうかは今後の様子次第としても、いずれにせよリーマンショック以降の経済では消費の動向が重要化していることから債務データ全体だけでは分からない、その一部である個人負債比率の指標性が高まっているように見えます。
従来経済対策としての金融緩和が、企業投資資金を潤沢にして投資活発化を狙ったものでしたが、平成に入った頃から消費の下支えや拡大効果を期待するようになっています。
この結果、金融緩和→消費信用拡大の流れが出来ているので、消費信用拡大自体を政府の失策であるかのように批判材料にしたり、消費信用利用者を白眼視するよりはそのコントロールが重要になってきました。
この失敗がサブプライムローンに端を発したリーマンショックだったというべきであり、消費信用拡大が一過性の「悪いもの」と見るのは間違いです。
お金持ちからゼロ金利で消費信用にお金を回すのは、いわば一種の所得再分配機能を果たしている面もあります。
総融資額の1割が仮にデフォルとするとすれば、全体として資産家層の回収が減る・その分の所得再配分が行われたのと同じです。
高齢者から孫や子供に贈与を進めて消費を促す贈与税軽減政策に比べれば、本当に困っている弱者の消費を助けたのですから公平性が優っています。

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