消費レベルアップ3→文化発信源の多様化2

世界に輸出出来る消費材(文化を仕込んだ表現)かは消費者の嗜好が決める・・研究者や政府官僚が決められないのですから、消費者レベルアップが重要です。
税で吸い取って政府が計画的に投資する分野・・こう言う大学を作りこう言うセンス=既存センスを教えればいいと言うものではありません。
例えば作家養成大学が世界に1つもないと思われますが、仮にあっても書き方の技術を教えることが出来るだけで書く内容を教えるのでは背理・・読む方は有名作家とそっくりの内容を読みたくありません。
その点割に楽なのは、お茶などの芸事や絵画、彫刻、料理、俳諧、デザイン学校その他は大先生に習って一応の水準まで真似出来るようになれば、一人前のお茶の先生、料理人やイラストレーターらしくなれる点では、割に楽な分野です。
客は、大先生とそっくりの料理を作ってくれれば十分満足ですから・・家元や学校制度は、一人の大先生がいてもその周辺以外の国民の多くが恩恵を受けられないのでこれを全国に行き渡らせる普及版を大量に拡散させるには便利です。
師匠のまねごとでも古くは都にある絵画はこう言うものか、仏像とはこういうもの、家が立派になって来ると座敷を引き立てるお花の活け方とはこういうもの立ち居振る舞いの型を普及させるのは良いことです。
全国どこへ行っても駅ビルには全国展開のレストランがあり、デパート支店やチエーン店が展開しているのは、この現在版です。
最近はやりの美術系巡回展もこの一態様でしょう。
日本では早くから家元制度が発達したことが庶民レベルを引き上げるのに大きな役割を果たした・・全国でこれを支える需要があったことが重要ですが・・と思われます。
全国に国分寺、国分尼寺・・戦後で言えば各県に1つの国立大学を作ったのと同じ効果があったでしょう。
御陰で日本人は末端まで行儀作法が行き届いた社会になっていて、文化受容能力の高い社会になったのでしょう。
その先のレベルを求める草の根のお宅系社会は、このような基礎底辺の広がりがあってこそ生まれるものかも知れませんので学校制度の普及は重要です。
ただ、学校制度は料理などの基礎になる一定の決まりを教えることが出来るだけで、創造自体は個人の能力にかかってきます。
今や、一定の文化が行き渡った結果、あちこちにニキビのようにお宅系文化が吹き出して来た状態・・マサに底辺層を厚くして来た成果ですが、今後その先のお宅系の型を教えるような仕組みづくりは無理があります。
これに応じた「型」を工夫することが可能としても、消費者が画一的「型」売れ筋を売りつけられても受入れなくなっている多品種時代ですから無理があります。
大量消費の代表・・アパレル業界が大変なことになっているのも、このような消費変化の結果でしょう。
全国展開のデパート・スーパーで1つの流行スタイルを数十〜百万単位で大量に売りつける商法は今後無理・・1デザイン数万人規模の顧客で足りるネット販売の時代が来るとデパート時代にその年の流行スタイル(有名デザイナー数人程度の作品)が10数種類程度で済んだのが、ネット時代には、名のない多くの作品・万単位にのぼる多様なスタイル・・ちょっとした気の利いた少量品に分散して行きます。
我が家でもここ何年か前から、唐津のある作家(まだオヤの域に達していないようですが気持ちの可愛い跡継ぎ)に注文して我が家風の陶器を順次作って頂いて、すごく満足しています。
この先一定レベルに達した消費者を満足させる製品を作れる技術者を養成する教育システムを(明治以降の学校システムが成功したのは欧米の技術修得目的だったので効果が高かったに過ぎません)巨額予算を投じて作って行くのは無理です。
今後は、上記のような小さな釜での徒弟奉公が必要な印象です。
今後は生産力競争から、消費力競争社会になるとした場合、新たな消費文化を先導し(ウオークマンに始まり最近のポケモンのような)新たな消費に必要な資材の先行生産力・・その先行者利益獲得競争すべきです。
ウオークマンのヒットに関連しますが、ソニー往年の輝かしい躍進の原動力は、盛田氏に至る創業世代が文化的に高度な素質を持っていたことが大きな要因だったと思われます。
その後一流大卒のエリートを大量に入れた第2世代経営者以降業績が冴えない・・最近復活したと言っても金融中心あるいは、買収したハリウッド映画中心に稼ぐようになっているのは寂しい限りですが、正に象徴的経過と言うべきです。
学歴エリ−トは(文化遺産継承比率が低い)中間管理職出身に偏り勝ち・・官僚が文化発信を担うには無理があることを肝に銘ずべきです。
多くの鉱工業製品・・必需品でさえも商品の最後の仕上げに遊び心がどこまで反映されているかが決め手になる時代には、政府が税を投入する大学や国立劇場・オペラ専用劇場などのインフラを用意して、方向性を教える従来型ではどうにもなりません・・。
4〜5日前の日経新聞では国立劇場の果たした役割と今後の課題・・歌舞伎・文楽などの後継者不足問題を書いていました。
私は国立劇場が出来た直後から数多く足を運んで来たので、関心があって読みましたが、学者が議論してどうなるものではない・・消費者が喜び、演し物に人気があれば、後継者が殺到?するし、そうでない限り「政府補助があるし、将来人間国宝にしてくれるぞ!」と言うだけでは次世代俳優になる応募者が集まらないでしょう。
要するに文化の消長・・存続は消費者が決めることです・・この意味では、橋下前大阪市長が消費者の支えない文楽予算を減らすと言ったか?の問題提起は意味があります。
日本の文化は世界中の文化とは違い、宮廷文化から生まれたのではなく、全て庶民発祥が特徴です。
政府主導社会ではありません。
遣唐使前後の古代と明治時代の外国の進んだ文化を受入れる時代では政府主導・・早く全国普及させるためには、国分寺制度や学校制度が有効・・これが一旦普及するととその先の工夫・・独自文化はいつも庶民から文化が起きて来た社会です。
独自性があってこそ世界の新製品需要を主導出来ます。

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