金融政策の限界2

金融・資本支配が重要になって来ると回収の他に金融・資本政策をどうするかが、世界経済の基本的枠組みとなります。
野放図に与信が膨らむとサブプライムローン〜リーマンショックみたいな事件が起きて世界の実体経済に大影響を及ぼすので、その歯止めをどうするかの議論がリーマンショック後の金融規制強化論でしょう。
一方でリーマンショック以降需要蒸発に対応するためにアメリカ発信で異次元の金融緩和・・・金利低下+紙幣大量発行競争?が盛んになっている・・これは結果的に信用供与拡大競争をしていることになります。
信用拡大の後押しをして応援する代わりに、金融関係者の暴走を防ぐために規制強化しようと言うことで金融資本に対する批判が高まっている世論と折り合いを付けるつもりでしょう。
この辺は急速に高まって来たタックスヘイブン批判も(ガス抜きを図っている印象がある点では)根っこは同じです。紙幣大量発行・・マイナス金利まで進んで来るとパラドックス的ですが、逆に金融業者・・金融政策の機能低下が進みます。
どこかで書いたことがありますが、紙幣が足りないから金利を払ってでも借りるのであって膨大な貨幣発行し、必要以上に紙幣が供給されればその他商品同様にダブつけばリース料が下がるのは当然です。
紙幣も商品である以上・・供給過剰になれば、金利・リース料が下がり最後は金利を払ってまで借りる必要がなくなる・・日銀が決めなくとも実勢相場が下がる(日銀は現状追認機能に下がる)のは、当然の原理です。
アシカのショーでも京都大学の類人猿の研究でも餌(果物)を与えながら知能の動きを探り、訓練していますが餌をふんだんにおいて置けば餌で釣るテストや訓練は不可能になります。
借りたい人が少ないから2%から1%に下げても借り手が少ないので、更にゼロ→マイナスに下げても量的緩和しても理屈は同じです。
いろんな商売を見ていると分りますが、(技術・品質・提案力の進歩が止まって)価格(値下げ)競争に入るとその業界は終わりです。
資金余裕のある企業は、・・供給不足している国相手ならば投資出来るが、供給過剰の国内で設備増強することはありません。
まして金利が安いくらいで何故国内投資するの?と海外投資に資金が逃げて行くばかりです。
デイズニーランドの例で言えば、いくらお金があっても勝ち目もないのに競合するレジャーランドを直ぐ隣接地に作る人・企業はいないでしょう。
採算取れるからこそ、事業を買収したりするものであって、企業内にいくら蓄積があっても儲けられそうもない企業の株を買わないのと同じです。
腹一杯になった人に食事を勧めても半値でも要らない→9割引きでも要らない→更に満腹になるとこれ以上はお金をもらっても要らないと言います。
もっと要求すると棄て賃(マイナス金利)をもらわないと受け取れないと言うでしょう。
ゲップ状態(有り余っている)だからこそ、マイナス金利になっているのですから金利をいくら下げても「需要がなければ需要は増えません」
金利が需要を作るのではなく、需要があって供給が足りないときに金利が安ければ借りてでも設備投資するのですが、需要がない・・供給過剰で設備廃棄しなければならないときに、金を持っていても国内投資する企業はありません。
経済専門家は、過去の供給不足・資金不足時に有効だった政策を今でも有効であると誤解しているのです。
この辺は紙幣大量発行とインフレ可能性のテーマで、モノ不足のときに紙幣を2倍発行すれば、物価も2倍になりますが、モノが余っているときに紙幣が2倍供給されても2倍の量を買わない・・紙幣(預貯金)が滞留するだけであると書いたことがあります。
何千万の月収のある人あるいは億単位の預金のある人が、あるトキ月収が10万円増えたからと行ってその分そっくりどころかその何%も消費を増やすことはありません。
豊かな社会に於いては金利の上下や紙幣発行量の重要性はとっくに終わっているのに、未だに国を挙げて金利の上下や量的緩和のレベルを議論していること自体が滑稽なことです。

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