日本人の心=日本教1(伊勢神宮1)

伊勢神宮参拝の話に戻ります。
私が30年ほど前に家族でお参りしたときには、寒いときでもあり人影もまばらで正宮付近には見渡す限り私たち家族だけの森閑としたものでしたが、今年の9月末に鳥羽で2泊して外宮から順にお参りしたときにはウイークデイにもかかわらず駅構内並みの雑踏でした。
私は郊外の森の散歩などが好きですから、雑踏の雰囲気は元々好きではありませんので今回は仕事を休んでウイークデイにしたのですが、平成に入ってから国民の神道回帰が進んでいる印象を受けました。
正確には戦後右肩上がりで推移していたのですが,平成に入ってから水面下を超えたので目立つようになったと言うべきでしょうか?
日本人は無宗教と言いますが、キリスト教のような非合理な教えには承服出来ないというだけです。
日本教と言うか日本人の基本姿勢は人智の及ばないのがこの世の基本であって、人智の及ぶ範囲はホンの僅かであると言う謙虚な姿勢です。
分らないのが基本であるから,自分以外のもの・・動植物含めて全て対する畏敬の念・・どんな動物も植物も人間同様に大切にする・・欧米のように万物の霊長・・山を征服するなどという観念はありません。
ましてや人間同士においてはタマタマ今自分が優位にあるからと言って、相手をいくらでも動物並み以下に貶めて良いという意識がおきません。
中国の歴史では勝てば相手に何をしても良いという無茶苦茶なおぞましい歴史のオンパレードですし、アメリカも動物と同視する奴隷制度やペスト菌を塗った毛布などバラ撒いて抵抗力のないインディアンをほぼ絶滅させた・・その残酷さは良く知られているところです。
アメリカに限らずマヤ文明やアステカ文明を滅ぼして殆ど跡形もなくしてしまったのも西洋人です。
我が民族にはそう言う歴史がなくどんな人でも動物でも家族同様に大事にする習性・・これこそが日本の和の心・・神道の基礎でしょう。
どこにも神がいまします・・八百万の神と言い、どこでも手を合わすのは、あらゆるものに畏敬の念を抱くからそうなるのです。
戦争に勝った相手の神も敬う心でやってきました。
あらゆるものがみな同じく尊敬の対象になる日本の社会で「和の心」が重視されるのは必然です。
これに対し日本以外の社会では異教徒かどうか同人種間でもエリートか否かの差別化が好きですから、(上層階級は働かないなど)そこには相手をそのまま受入れる方向よりは差別化→敵意が基本となります。
聖徳太子の言う「和」の心を随ではトンと理解出来なかったので、これを「倭」の国と貶めて呼称するようになったのでしょうか。
出土している「漢の倭の奴の国王」の金印は後漢時代ですから、聖徳太子よりはずっと古いので「和」を基本にする精神は聖徳太子よりもずっと前からの日本列島の基本ルールであったことによります。
私は元々和の精神は縄文時代からの精神だという意見ですが、これを対外的にも日本列島にいる人たちの特徴としていつから知られるようになっていたかのかまでは分りません。
縄文人と弥生人の争いを前提にした解釈が一般でしたが、(騎馬民族説もこの一種です)最近の研究では一定期間経過で折り合って、平和併存・・一緒に住むようになって行った様子が出て来ています。
政治的動機で作られた日本書記や古事記とは違う・・民衆の心を編纂した万葉集を見ても,諸外国に多い英雄を讃える詩文等とは違い、今の日本人同様の温かい「和」の心で満たされています。
日本では古来からの経験で渡来人がきて最新技術でも何でも入って来ると、そのまま懐深く受入れて従来の生き方と融合して行く智恵になっているのです。
佛教伝来や唐の律令制の導入や明治の和魂洋才(その間に鉄砲その他多種多様な文化の伝来を吸収してきました)もその応用でした。

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