今日は大晦日・・クリスマス・イヴのコラムで、今年はいつの間にか年末になってしまったと書きましたが、そうは言っても年末・大晦日が実際に来れば感慨もひとしおです。
やはり1年の終わりとなれば、来し方(行く末)を思い起こす気持ちになる人が多いでしょう。
今年の1年間は皆様にとって、どんな1年だったのでしょうか?
私にとっては、日々基礎体力・食欲の衰えを実感するような1年でした。
1ヶ月ほど前の京都旅行に際しては、駅ではエレベーターが有るとそれに意識的に乗ったり地下鉄では意識的に座るようになりました。
(後で分ったことですが、この頃軽い風邪を引いていたらしく最近はまた元気です)
それまではエレベーターなど待ってるヒマがあったら歩いた方が早い意識でしたし、短時間乗る地下鉄などは座るかどうかは気分次第という無意識の状態でしたが・・。
庭仕事をして腰が疲れても、う〜んと伸ばしているとその場で直ったのが直り難くなったり、昨年までに比べてワンランク厚着したくなったりと、何かとこれまでとは違う感じをこの半年程で受けるようになりました。
レストランで食事しても、女性用程度の食事でもお腹いっぱいになって苦しくなったり・・・胃袋の許容量も小さくなってきました。
大晦日の次ぎに来る慣例の初詣も、ここ数年は真夜中に家を出るのは寒く感じるようになったからか、何となく出不精になってしまい、日が出て少しは暖かくなる昼間に切り替えています。
高齢化とは出不精の謂いでもあるでしょう。
約1ヶ月前に京都へ紅葉を楽しむために行ってきましたが、(京都ばかり行っている訳に行かないし)「2〜3年に1回京都へ行くペースだと今後何回も行かないうちに80代・・年を取ってしまうと石段を上るのが面倒になってしまうのだなあ!」と思って驚きました。
今回は天竜寺の裏にある大河内山荘の雰囲気が優しくて気に入りましたが、これも80代になると上がったり下がったりがきつくなるし、嵯峨野をテクテクと歩いていられなくなるでしょう。
足腰は元気だが、おもしろ半分に人力車に乗るのと、歩くのが疲れるから人力車に乗るしかないのとでは大きな違いがあります。
金閣寺や仁和寺その他の有名寺院も毎回行っても仕方ないので、6〜8年に一回となりますが、そうすると金閣寺や青蓮院などにはあと何回行けるかな?となります。
これまでの旅行では、仕事の都合で行くチャンスがあるかどうかだけを基準に(地方の仕事があるとそのついでに旅行して回るやり方)国内あちこちデタラメに行っていましたが、これからあと何回行けるかというつもりで旅行する必要がありそうです。
若い頃に読んだいろんな本では、人生は短いから寸時も惜しんで生きて行かねばならないとか、いつ死んでも良いように生きている偉人の生き方を読みましたが、そう言うものか・・と言うだけで、偉い人の話であって自分には何か遠い世界・・どこか他人のことでした。
大病を患って生命の大切さを知るともいいますが、高齢化すると食が細くなるなど具体的に生命の終わりが見えて来るので、逆に生命の大切さが分って来るのでしょう。
今年は、これまで無限に時間があるように思っていた自分に・・思えばこれまで若い者の気分で(その内年を取ることを理屈では知っていても、他人のことだと気にしていなかったのです)生きて来たことに改めて気付かされた1年でした。
そろそろ人生の終わりとは言わないまでも下り坂に向けて、哲学的模索が必要な年代にさしかかったようです。
昔から老人は信心深くなるように見えましたが、私のようなノー天気・凡人でさえも生命の終わりを、身近なものとして意識せざるを得ない世代の入り口にさしかかって来た1年でした。
観光地に戻しますと日本あちこちでは、一回行けば充分な所も多いのでそう言う所は「今後何回・・」と心配する必要がありません。
東京地裁で裁判があるときには、その都度(平均月1回ですが・・)妻と一緒に都内で時間の合ういろんな演劇等を見ていますが、これだって無数にチャンスがあるような気でいましたが、今後は回数にすればあまり残っていない感じです。
東京地裁、あるいは日弁連その他の仕事で東京に出たついでに、東京にいる末娘と待ち合わせてその辺で食事したりしていますが、これも後何回・・と考えると意外に少ないのに驚きます。
現役を引退した場合を想定すれば、わざわざ東京まで(と言っても特急で僅か30分ですが・・)演劇や催し物を見るためだけに出掛けるかな?となると疑問です。
寒い所(あるいは暑い所)を出掛けなくとも「家で妻に入れてもらったお茶をゆっくり飲んでいる方が良いや・・」となりそうです。
出不精になるとは言い換えれば、ゆっくりしていること自体をゆったりと味わうことが出来る歳になることだとも言えるでしょうか?
私の好きな漢詩(若い頃に読んだものですが、老境の醍醐味かな?と思って記憶していたもの)にこういうのがあります。
夜雨寄北 (夜雨北に寄す)
君問帰期未有期 君 帰期を問えども未だ期有らず
巴山夜雨漲秋池 巴山夜雨 秋池に漲る
何当共剪西窓燭 いつかまさに共に西窓の燭を切(剪)りて
却話巴山夜雨時 却って巴山夜雨の時を話すべき
李商隠(812〜858)
巴蜀に単身赴任している所へ妻=(北)から「いつになったら帰って来られるのか?」の問い合わせに対する返書の詩ですが、(今有名な巴蜀の長雨を見ていますよ)「まだ帰れませんがいつになったら家に帰って、西向きの窓に向かった部屋でろうそくの芯を切りながらゆっくりと巴蜀の長雨のことをあなたに話せる日が来るのだろう」という返事の詩です。
私は正面の意味だけでなく、老夫婦でゆっくりした時間の流れる空間描写(西窓の燭を切(剪)りて・・)を気に入っています。
来年からの10年と言わず20年ばかりは、老年期(私の心情的にはまだ熟年期のつもり)に入ったことを自覚しながら、ほどほどの健康を維持してゆったりした人生を楽しみたいと思っています。
この1年のご愛読ありがとう御座いました。
来年も大手マスコミの偏った意見に対する批判を中心にした勝手な意見を書き連ねて行きますので、よろしくお願いします。
来年は、皆様にとってよいオトシでありますように!