終身雇用から中短期雇用へ

社会の合理化としてすべての分野で系列・終身的安定関係が切り離されて、(親戚の店だからと言う義理で商品を買うのではなく)その時々の価格合理性の良い店から商品を買う時代です。
労働力も経済現象としてみれば商品取引の一種ですから、終身雇用制の崩壊→短時間労働の普遍化は、先祖代々の主従関係から切り離されて労働力=商品取引合理化の一環として一代限りとなっていたのが、更に短期化して来た終着点としてみるべきです。
これに関連して01/09/10「60台世代の活躍11(40歳定年制3)」等で若年定年制を提唱したことがありますが、終身雇用からイキナリ不安定な短期間労働契約・非正規雇用に行くのではなく、当面は終身雇用から20年単位の中期雇用化に段階的に進めて行くのが合理的です。
何時の時代にも日雇い労務者等不安定職種は存在するのですが、中間層の多くが没落してこの不安定職種に組み込まれてしまったことが現在の問題です。
とは言え、労働需給がタイトなときには非正規雇用が減り、緩めば増える関係ですから、労働市場の需給を無視して非正規雇用さえ禁止すれば解決出来るものではありません。
「非正規雇用と高齢者雇用」February 1, 2011 その他で書いて来たように、ここ20年ばかり長寿化による労働市場に対する供給過剰が、労働者の地位を不安定にしているのですから、トータル人口が減少して労働市場が均衡するまでは、高齢者の就労抑制こそが当面の課題であるべきです。
労働者が減ってくれば、企業は奪い合いになって法で強制しなくともこぞって正規雇用を打ち出すでしょう。
労働者供給過剰の状態で、法で非正規雇用を禁止しても「それなら雇わない」と言う方向になるので効き目がありません。
週何時間以上連続勤務した場合は、保険加入その他待遇改善を強制しても、そうなると雇用側は数時間単位の小刻みなパート雇用に走ります。
いずれにせよ労働力過剰下ではいろんな形の非正規雇用が増えるしかないとすれば、労働力過剰状態の解消政策こそが政治に求められます。
(「生活が苦しいならもっと働け・・」と言う(雇用助成金制度とセットで)高齢者や女性の就労拡大策や「子をもっと生め」(出産助成制度)では逆になります)
学校での勉強では、キャベツが暴落すれば農家がキャベツの植え付けを減らすので、自然に需給が均衡すると習うのですが、労働需給は放置すると却って生活の足しにするために女性や高齢者などの参入者が増えてしまう傾向があります。
ですからここには政治の関与・・市場経済に任せずに失業手当を拡充するなど福祉政策が養成されるのであって「もっと働け・・」と言うのは逆効果です。
どんな政策をとってもも直ぐには過剰が解消しないことも明らかですから、過剰が解消出来るまでの間その状態を受け入れながら、ひずみ是正策を工夫することが必要です。
ところで、非正規雇用は主として都市労働者の問題ですが、デフレ下では都市の底辺層内で出身階層による格差が個人の努力・・残業や休日出勤時間を増やす程度では埋めきれないほど拡大していることが問題です。
マスコミでは昔から地域格差是正・・国内散在居住形態復活に熱心ですし、その発想の延長で中国に関しても内陸部と沿海部の地域格差をいつもテーマに取り上げていますが、中国での本当の問題は、地域格差よりは出身地による差別・・農民工と元からの都市住民との制度上の格差問題の方が、実は大きな問題ではないでしょうか?

寄留簿2と本籍4

ちなみに、本籍「地「と言う言葉が出て来たので戸籍簿の特定の仕方について考えて行きますと、元は戸籍筆頭者の人別に編成して行くことが可能で、・・これが江戸時代までの宗門「人別帳」と言われるゆえんですが、人別帳や戸籍簿は村別に造っていたので、どこの村の誰それの戸籍と言えばそれで特定としては十分だったのでしょう。
地番が出来上がるまでは、「どこそこ国の何郡何郷の誰それ」と言う特定で済ましていたのでしょう。
何時からか不明ですが、戸籍の特定には場所的特定が始まりますが、(ご存知のように現在では戸籍謄本取り寄せには戸籍筆頭者名と本籍地番を書いて申請するシステムです・・22日紹介した本では、本籍地は索引機能しかないと書かれていました)最初は屋敷地番であったらしいのですが、・・・戸籍制度整備の目的とは別に土地に地番を振る作業が明治10年以降進んでいたことを、08/27/09「土地売買の自由化3(地番の誕生と境界)」のコラムで紹介しました。
(実際には日本中の土地に地番を振って行く作業が完了するには何十年もかかります)
平行して廃藩置県後地方制度整備が進み、郡県市町村制が決まりその中の大字小字の区分け、その字中の地番まで特定出来るようになったのは、何十年もかかった後のことです。
屋敷地番から土地の地番に戸籍が変わったのは明治19年式戸籍からだとどこかで読んだような気がします。
土地に地番を振って行く作業の進捗にあわせて戸籍簿の特定も屋敷地番から土地の地番に移行して行ったのでしょう・・。
この地番特定が普及して以降、本籍「地」と言うようになったのではないでしょうか?
現在日本中に地番を付す作業が完成していますので、戸籍簿は地番別に編成されているので、ある人の戸籍謄本・登録事項証明書を取り寄せるには戸籍筆頭者名と本籍地番を特定して行うことになっていますが、地番が後から出来て来た経過を示すものです。
それでも少しくらい地番がずれていても、戸籍役場からの電話で、同じ氏名の戸籍が何番地ならありますが、それで良いですかと聞いてくることがあります。
冒頭に書いたように同じ集落にあれば、元々地番などなくとも氏名だけでその部落の人には分るものですが、その歴史を引きずっている感じです。
これがコンピューター処理するようになると地番が1番地違ってもヒットしなくなるでしょうから、却って不便な面があります。
ご近所の人でもよく名前も顔も知っているが正確な住居表示となると何番だったか分らないものです。
コンピューターでもあの辺の誰それと言うだけで呼び出せるように氏名・・それも大方で・・からも検索出来るようにして欲しいものです。
この地番表示制度も住居表示制度が完備してくると意味を失い、今では住居表示で届出て来ても受け付けてもかまわないと言う通達が出ています。(22日に紹介した本はこうした通達集みたいなものです)
明治には屋敷地番と土地地番の混在時代でしたが、今では逆に地番表示の本籍と街区番号・住居表示による本籍の二種類が混在していることになります。
その内にに明治の初めに戸籍には屋敷地番を付していたのと同様に住居表示が中心になる時代が来るように思われます。
そうなると本籍「地」と言わずに単に本籍と言うようになるのでしょうか?

高齢者の新たな生き方

 

生物の気候変動等に対する適応には世代交代のサイクルが短い方が有利ですが、技術革新・経済変動の激しい時代には労働市場の入れ替わりも早い方が有利です。
機械設備で言えば、まだ使えるからと言って旧式の機械で40年も50年も操業していると競争に負けてしまいますし、商店でも内装のリニューアルをしないで30年もやっていると顧客に逃げられるのでしょっ中模様替えをしているのです。
労働者が技術革新に適応して行くためには、新陳代謝を早くして、そのひずみ是正に政府が何らかの手を打つべきであって、(早くから現役を引退した労働者の生き甲斐づくりの援助・・)古い機械や設備を長く使えば補助金を出すような政策をするべきではありません。
高齢者雇用に補助金を出して新陳代謝を遅くする現在の政策は、世界のスピード競争に日本が遅れを取るためにやっていることになります。
一定量の労働需要しかないのに供給の方が多いならば、若者を失業させる(あるいは非正規雇用に追いやる)か高齢者を失業させるかの二者択一となりますが、自然の競争に任せる方が良い結果になる筈です。
政治家がどこかに補助金を出さないと存在意義がなくなると思うならば、若者を優先正規雇用するように補助金を出して、他方で仕事を譲った高齢者に別の処遇を工夫すれば生産効率が上がるし、若者は技術革新について行けるどころか中には世界水準を追い越して世界の先端技術を開発することにもなるでしょうし、将来性があります。
老人雇用に補助金を出して無理に働かせようとしても新しい技術に追いついて行くのが大変なばかりで(労働生産性も下がり)漸く新しい技術に習熟したら超高齢化で隠退と言うのでは無駄です。
我が国の現状は、お祭りの神輿担ぎの役割を高齢者がいつまでも手放さずに、ヨタヨタ担ぎ、(政府は高齢者が担いでも危険がないように指導して)他方で屈強な若者が神輿を担げずにお祭りでもすることがなく、神社の隅で所在なく腐っているような社会です。
お祭りでも、高齢者には御神輿を担ぐより外の役割がある筈です。
高齢者に不向きな最新あるいは10年前の技術を訓練するのは非能率で(他方で若者が失業あるいは非正規雇用でぶらぶらしているのは)お互いに不幸ですから、高齢者は潔く若者に開け渡すとしても、ただボケていれば良いと言うのではありません。
ゆっくり余生を楽しんでもらえば、良いのではないでしょうか?
高齢者は若者の仕事を取らずに潔く次世代に引き渡すべきで、その結果時間が空けば、長い人生経験の味を元手に、俳句その他の高齢者ならではの能力を発揮出来る分野を開拓して行くべきです。
その結果新たなジャンルも生まれるし、高齢者と若者は住み分けて人類未経験の豊かな社会が出来上がる可能性があります。
江戸時代には、ご隠居さん向けの文化がいろいろ花開いています。
多くの高齢者が遊んでしまうと年金がパンクすると言う意見が多いようですが、前回末に書いたように労働需要が一定量しかない以上は、若者が遊ぶ(フリーター化する)か高齢者が遊ぶかの二者択一ですから、トータル国内生産量は変わらないのです。
むしろ両端で非正規雇用になる・・ワークシェアーするために双方ともに年金保険負担者にならないところが問題です。
潔く職場を若者に引き渡しても、国内総生産は同じ(むしろ効率が良くなる筈)ですし、仮に心配だとしても長年の貿易黒字による豊かな貯蓄があるので今のところ問題がありません。
この蓄積のあるうちに、(団塊の世代が通過して行き)頭でっかちの人口構成が改まる筈です。
世界初の超高齢社会に到達した我が国高齢者が、若者の仕事を取り上げて従来の延長でただ仕事を続ける期間が長くなっただけ、あるいは旅行・ゲームをしたりテレビを見ている時間が多くなっただけと言うのでは、芸がなさ過ぎます。
このチャンスに際して、我が国発の高齢者向けの人類未経験の時間(の過ごし方)を開発したらどうでしょうか?
この関心でOctober 13, 2010「文化は高齢者が創る」前後で書いたことがあります。

非正規雇用と高齢者雇用

非正規雇用形態の拡大自体は、経済原理からすれば労働需給が過剰になっている結果に過ぎませんから、結果だけを批判しても解決出来ません。
非正規雇用が増えているのは労働市場で供給過剰になっていることが根本原因とすれば、需要を増やすか供給を減らすしかありません。
日本の貿易黒字の蓄積・一人勝ちに対する国際不満・・プラザ合意の基礎です・・の結果、これ以上の黒字拡大は国際政治上許されなくなって来たことと、中国の解放と同時に始まったグローバル化の開始によって、生産や売り上げ拡大は海外立地で対応するしかなくなっているのですから、国内労働需要を増やす方向の政策は不可能です。
この結果、労働力供給を減らして行くしかないのですが、それには、(急激な人口減少策を採っても効果が出始めるのは20年先からですから、当面は)終身雇用制や高齢者継続雇用制度を変えて行かないと無理があるはずです。
非正規雇用の拡大は終身雇用制と裏腹の関係にあって、世界経済の激変に対して終身雇用制で守られている既存従業員を適時調整出来ないシステムを前提に、入口での採用絞り込みが起きてこれが非正規雇用の拡大に繋がっているからです。
1月29日の日経朝刊第5面によると、10年前に比べて団塊世代が60代前半にさしかかり人口が大幅に増えている外に60歳の就労率が72、7%から77、2%へ61歳では66、7%から74、3%に上昇しているとあります。
私の息子の世代(団塊ジュニアー)が年間出生者が200万人前後(今は100万余りでしょう?)でしたから、団塊世代は300万人前後いたように思います。
平成20年までの統計局統計によると平成20年の59歳人口が224万人、60歳が226万1000人(60歳になってもこれだけまだ生き残っている)で、他方新卒(高校大卒含めた)付近の年齢18歳で118万8500人、19歳で120万7000人、20歳で120万8000人しかいません。
実際にこの期間に就労率が増えているのは約10%ずつですが、それでも約22〜25万人ずつ就労者が増え続けていることになりますから、これが累積して結局は7割になって来たのです。
55歳定年制の3〜40年前には60以上で働いているのは政治家や大手企業の限られた役員くらいで一般労働者はゼロに近かったのが、7割と言うことは今では健康である限りみんな働く時代になっていると言うことでしょう。
何回も書いていますが、2〜30年ほど前までは55歳定年制の時代が長く続いていましたが、これが高齢化にあわせて定年延長のかけ声にあわせてじりじりと定年が伸びて来て、今では60歳定年制が一般的になりました。
この5年間の定年延長だけでも220万人(60歳で220万人以上と言うことは55歳ころではもっと生存者が多かった筈ですが)×5=1100万人も就労者が増えて来た勘定になります。
55歳定年当時に比べて1100万人も基礎的就労人口が増えているのに加えて、60歳以上では累積した増加数は1歳ごとに226×0、7=150万人以上ですから、この累積分で新卒2年分全員(新卒全員が就職するとは限らないので労働力率を約8割として)就職出来ない数字が積み上がっていることになります。
60歳以上の就労率アップが叫ばれ、今では7割も働く時代が来ていて、さらに就労人口が増える一方(病人・障害者等があるので7〜8割が限界でしょうが、このまま70歳以上まで持ち上がって行くとトータルで増え続ける)ですから、新規参入者は立場が弱くなる一方です。
これに加えて女性の(子育て後の)就労率の上昇も重要です。
私の事務所でも当初10年くらいは大卒新人の求人をしていましたが、平成に入ってからは子育ての終わった40代の女性の採用に切り替えています。
(同じく正規雇用ですが、その方が実力があるからです・・・)
企業にしてみれば60歳まで働いていたベテランが、10〜15万の低賃金で(しかも非正規雇用で)続けて働いてくれるとすれば、右も左も分らない高卒や大卒新人に20数万も払って正規雇用する意欲がわきません。
将来のために新規採用をゼロにはしないまでも、従来新卒100人採用していた企業があるとすれば、正規雇用の新卒は本当の幹部候補2〜30人にとどめて残りは定年後の高齢者採用に舵を切る方が有利です。
近くの千葉三越デパートに行くと定年後の感じの(元外商担当らしい)人が、ゴロゴロと働いていますがその分新卒採用が減っているのです。
しかも非正規雇用に形式が変わっても、高齢者雇用継続の行政指導に従う企業・・主として大手では、元の会社に居残る人が殆どですから、大手企業の方が新規採用数がその分減って行くのは当然です。
定年後の雇用継続には補助金がつきませんが、新たに高齢者を雇用すると補助金がもらえる仕組みまでありますが、新卒にはそんなものは皆無です。
政府は長年高齢者の再雇用に補助金まで出して、高齢者の優先雇用を推進して来たのですから、その分新卒の正規雇用が減るのは当然です。
そこをホッカムリして新卒の就職難・フリーター化をマスコミが騒いでもしらけるではありませんか?
ここ20年ばかり国内生産能力は現状維持程度(同じ生産量では技術革新の結果必要労働力量は減少して行きます)で推移しているのに、労働市場滞在者が増える一方では、入口での新卒就職が厳しくなるのは当然です。
・・要は労働力過剰ですから、高齢者の就労率の削減(高齢者には俳句でもやらせておく)を図るか、基礎になる人口の早期減少政策しか解決策がないと繰り返し書いているのです。
どんな政党が出ても国際政治力学上(これ以上の黒字累積は許されません)及びグローバル経済化の結果経済的にも国内の生産力は現状維持がやっとですから、一方で就労者を増やす(滞在期間延長)政策を採っている以上は、若者が就職し損ねてフリーター等になるしかないことを「20年で失われたのは?2」 January 20, 2011 その他で繰り返し書いてきました。
マスコミや政府は、年金保険料支払い者を増やすために高齢者雇用継続を訴えているのですが、その結果高齢者が非正規雇用に変化して労働市場に居残り(・・社会保険の負担者はそれほど増えません)他方で新卒の多くが正規就職出来なくなるので、結果的に年金・社会保険支払者が両端で減って行く図式です。
(年金不安を煽らずに)高齢者には気持ちよく隠退させて、海外旅行や温泉に行ったり俳句でもやらせておけば高齢者には豊かな老後ですし、その分若者の正規雇用を増やした方が年金や保険の負担者が増えて、若者もやる気を出して日本の将来は明るくなります。

家の制度2(実効性)

農家の多くは元々最小単位の核家族で漸く生活していましたから、これ以上構成員を減らせないとすれば、周辺産業にあわせて生活水準を引き上げるには耕作面積の拡大でしか対応出来ないのですが、農家をやめる人がいないと自分の耕地を増やせないことから(・・この誘導をしなかった、出来なかったのは政治の失敗です)農業以外の生産性が上がるのに比例して農家の相対的窮乏化がいよいよ進んでししまいます。
戦後は機械化が進み農業生産性も少しづつ上がりましたが、それでも農家戸数を減らせないので規模拡大が出来ず、戦後の兼業・農家出稼ぎが広がりましたが、これは家族構成員をこれ以上減らせないことを前提にした・・・一人あたりの従事時間を減らして行く試みだったことになります。
農家の収入は(生産性が上がらない限り)明治維新前後を通じて増えないとしてもまわりで景気良く収入が増えていると、農家の人もラジオを聞いたり近代的な乗り物に乗ったり本を買ったりしなくてはなりません。
これは現在でも同じ原理ですから、農業生産性上昇が周辺産業に追いついていないにもかかわらず農家も周辺産業従事者並みに生活水準を引き上げて行くには、規模拡大か補助金注入しない限り窮乏化を防ぐ方法はありません。
高度成長期には自民党政権が資金注入続けていて、農家経済のかさ上げに努力して来たのです。
この注入が限界に来たのが昨今の経済情勢ですが、この解決・・補助金を減らして行くには農家人口を減らし一戸当たり規模拡大しかない筈です。
家の制度に戻しますと、家督相続人が明治民法で新たに得たものは何もなく範囲の広がった扶養義務だけ負荷されるのでは納得し難いので、戸主の居所指定権などの観念的指導権限を強化したのですが、東京大阪等に出て行った弟に対する居所指定権などと言っても実効性がなくお笑いです。
他方この扶養義務ですが、家の制度を論理的に説明するために何かあればその代わり故郷の実家で面倒見てくれると言う制度的保障・・観念強調だけですが、家を出た弟妹にとっても「江戸時代までの扶養2」 February 9, 2011 でも書きましたが、元々弟妹まで養いきれないから都会に押し出していたのですから、いざとなっても、長男が面倒見るほど経済力がないことを知っていましたので、お互いに茶番だと理解していたことになります。
家長と構成員どちらから見ても家の制度は意味のない制度で、すべての分野で家の制度は、実効性のない観念だけだったことになります。
今になると戦前の家の制度を過大に評価して如何にも悪い制度であったかのように思われていますが、実は思想的には親族・集落共同体崩壊の危機感に対する歯止め約としての観念的期待に過ぎず実体経済的裏付けがなかったことと、この次に書いて行く戸籍制度と整合させ維持するために自動的に構築しただけで、何らの実効性もない制度だったので、物の分かる人は家の制度に何の意味も見いだしていなかった筈です。
何かあっても親戚が面倒見てくれる訳ではないことが何十年も前から既に証明されているし、その結果親戚に相談しても解決してくれないので弁護士に相談来ているのですが、それでも親戚付き合いしておかないと何かの時に困ると言う潜在意識を吐露する人が多いものです。
これは古くは農業社会では核家族だけでは賄えない作業が多いことによる親族共同体での助け合いが必須だったことの遺伝子的記憶と明治民法制定直前頃に親族共同体崩壊が進んで行くことに対する保守層による危機感に応える意味で、観念だけでも家の制度を創設して保守反動層をなだめた思想教育の残滓に過ぎないでしょう。

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