何事も完璧化し、いろんなことにその考えを及ぼし過ぎると例外に属する分野で不都合な部分が目立ってくるものです。
身分制の場合、養子・猶子制度等でこの不都合をカバーして来ましたが、ジェンダーの場合、女性は男勝りとかの言葉で(褒めているのか女性としてはマイナス評価か不明ですが)カバーするしかありません。
女性的な男子は、今では草食系と言って逆に時流に乗っていますが、これまでは単に柔弱・軟弱とマイナス評価されるだけでした。
ジェンダーが強化されて来た結果、女子は稼ぐことに責任がなくて楽な反面、(今でも社会能力の劣る女性は結婚に逃げてしまう傾向があります)男に逃げられると生きて行けないので(その分男は簡単に逃げられない道徳が成立しましたが・・男の自制心次第です)忍従の日々を送らねばならない(・・ひいては男尊女卑思想が確立しました)のは行き過ぎとして、ジェンダー批判が起きて来たのです。
夫婦がうまく言っている場合には、お互いに自分の至らない(ジェンダー以前にやはり男女の特質の差があることが多いでしょう)点を反省して相手に対する尊敬と弱点を慈しみあって幸せなカップルとなれるとても幸せな制度ですから、それ自体悪い制度はありません。
私などは元々いろんな分野に無能ですが、ジェンダーの御陰で、「男だから仕方がない・・・」と許されて来て得したことが多いように思えます。
その分、何でも器用にこなしてくれる女性は有り難いと心底から感謝し尊敬しているので、比較的男女関係はスムースです。
しかし、うまく行く夫婦ばかりではありませんのでその場合にもこの法則が固く適用されている社会ですと、お互いに自由になれず却って不都合なルールになります。
男は、離婚直後少し不自由でもその内に相手を見つければ良い(経済力さえあれば家政婦も頼めるしどうにかなる)のですが、女性の方は不自由どころか実家がしっかりしない限り死活問題ですから、結果的に大概のことは我慢するしかなくなります。
この役割分担・ジェンダーは女性に損な分業だとして女性の社会進出が盛んになり、更には男性も家庭内の仕事を分担すべきだとする風潮になって来ました。
女性が外で働く以上は男性にも分担してもらわないと時間的に無理があるので当然の結果ですが、この結果女性は経済的に自立出来る人が増え、男性は女性がいなければ何も出来ない状態から、家事能力や女性専売特許だった文化的能力も徐々について来たので、子を生み育てる一点を除いては結婚するメリットが双方で縮小して来たことは確かでしょう。